時空治安維持局、という組織が存在する。
現在、彼らの呼び名で「第97世界」とよばれる緑と水の惑星に干渉し、裏からなんとか戦争を止めようとしているのも彼らである。――しかし悲しいかな、殆どの人間が時空治安維持局そのものの存在を疑い、大国は一向に関心を示さず、比較的発展の遅れている国は疑っているばかり。
さて、話を戻そう。
彼らの行動理念はこうである。
「何であれ、殺し合いが許容される世界はいずれ滅びる。いかなる手を使っても戦闘行為を中断、治安を維持する。」
先史時代、高度な技術力を持っていた「ベルカ」という国が大きな軍事行動を起こし、「次元世界」と呼称される、次元について理解している区域や、さまざまな国が戦争に巻き込まれたとされる。
「ゆりかご」という全長数キロにも及ぶ軍艦による「攻撃」により次元震が発生、複数の世界の座標が完全に崩壊。「虚数空間」という空間に落ちた。
そして、「ゆりかご」が消え、ベルカが滅びたあと、各国・各世界は協力し、「時空治安維持局」を創設した。
その時の創設メンバーは一二人。これが最高評議会、通称「円卓」の始まりである。
「治安維持局」には、軍がある。しかしそれは正確には軍ではなく、日本の自衛隊と少々性格が似ている。
使用する兵器はゴム弾やスタングレネード、麻酔弾、電磁パルスや電子戦による無力化兵器が基本で、殺傷しようにもできないモノばかりだ。
戦争を行っている政府や団体に勧告、中断させない場合は介入して鎮圧、止めさせる。
その後、戦闘行為が行われぬように監視をする、というのが基本だ。
こんなことができるのも、様々な国や世界が参加しているから、というのと、いざとなれば次元世界に逃げればいい、ということだ。
その国の国民の感情を考えて居ないように見えるが、戦争というのは、徹底的に焼き尽くされるか、それとも強大な力で脅されるか、のどちらしか存在しない。
そうすれば終わるだろう。しかし、死傷者が出れば(当たり前だが)、文字通り「憎悪の連鎖」が起こることになる。それならば、第三者が介入したほうがまし、ということだ。
そして時空治安維持局を含む各世界では、「魔法」という技術がある。
これは「リンカーコア」という物理的に存在しない器官が大気中に存在する「魔力素」を取り込み、貯蔵、それを噴射、制御して様々なことに応用しようとする技術である。
見た目はどう見ても戦車砲並みなのに、決して人に傷をつけないなど、その力は科学に劣るとも引けを取らない。
言葉は悪いがこれを餌に戦争を止めることすらある。
――「時空治安維持局考察」より抜粋。
指名手配犯、「プレシア=テスタロッサ」事件、通称PT事件から半年。
様々な所に影響を及ぼし、進みすぎた技術がいかに生命の脆さを露呈させるかを示した事件ともいえる。不安定とはいえ完全に外見が同じ人間を作り出すことができるクローン技術、それは人が踏み出してはいけない領域にも思えた。
ロストロギア「ジュエルシード」をめぐり、偶然巻き込まれた「高町なのは」の協力もあり、ロストロギアを専門に処理する第六課と七課は時の庭園と呼ばれる本拠地の制圧に成功。
プレシア自身は虚数空間へ自ら身を投げて自殺した。もちろん、死体は上がっていない。何せ虚数空間内部では魔力素が無力化されるうえ、様々な事象がおこりうるので、調査なんて出来やしないのだ。
そしてプレシアに協力していたクローン人間である「フェイト=テスタロッサ」は裁判の結果、「犯罪能力あり。しかし半分洗脳状態であった可能性がある。」とのことで、監視をつけることを条件に仮釈放、保護観察処分になった。
現地民に、つまりは「高町なのは」に不用意に魔法の存在を暴露し、あまつさえ協力させるという事をした「ユーノ=スクライア」は、罰金刑ですんだ。治安維持局自体が地球には何度もコンタクトを取っていた、というのと、自身が腹部を貫通するというひどい怪我を負っていたからやむ負えない、という判断からである。
そしてそれからおおよそ半年ほど。
「闇の書」が「クライド=ハラオウン」が艦長を務める「エスティア」の制御を奪いかけたため、魔導炉を無理やり壊し自爆した為に砕け散った、あの事件後、自らの転生機能を使って、とある少女の家の本棚に収まり、少女の誕生日にその機能を回復したところから物語は始まる。
その部屋の主すら知らない間に魔力素をいたるところから収集し、時間をかけて自己を修復する歪められし意思。それはのちの「ゆりかご」事件につながっていくこととなる。
「リリカルなのはIF STORY 欲望の行き着く先は」、始まります。
その書がいつ作られたのか、誰が作ったのか、なんのために作られたのか、詳細を知る者は実に少ない。何故か? 記録にないからである。
「闇の書」。その過ぎた力は少女の誕生日に覚醒した。
彼女の、「八神はやて」の両親は、すでにこの世には存在しない。ありきたりな交通事故、それが彼女の両親の命をいとも簡単に奪い去った。
交通事故で命を落とす確率は、現代の日本ではとても低確率だ。
しかし、ゼロという訳ではないのだ。必ずしも誰かが傷つき、そして死ぬ。だからこそ確立に「低い」がつく。
彼女の誕生日は、基本的に静かだ。誰かが訪問してくることもまずありえない。
下半身が謎の麻痺に冒されているという点もあるが、現在学校に行っておらず、友達が極端に少ないということも関係している。
否、正確には毎日「は」学校に行っていない。週の決まった日に学校に赴き、プリント類や宿題を貰い、それで勉強している。何せ立つことすら困難な程に下半身が麻痺している。歩こうものなら頭部から地面に突っ込むことは間違いない。
だから、特にいつもと変わらず生活し、布団に入った。
そして深夜。ほとんどの人が寝静まった頃に事は起こった。
鳴海市にある、八神はやての家の一室で燐光を発する物体があった。
物心ついた時から、いつの間にか彼女の部屋の本棚に収まっていたという一冊の本。一見するとそれは辞書のようにも見える。重厚な表紙に飾りのようにも見えなくはない鎖、不思議な紋様、しかしページには点の一つすら記されていない。
だから彼女自身もとくに気にすることなく本棚のこやしにしていた。何せ本というには白紙で読むところがなく、捨てようにも豪華な作り。つまりは捨てられない。悲しい関西人の性だ。
紫色の光を帯びた一冊の本が周囲の本を押しのけて前進してくる。数冊の本がゴトゴトと重力に従って落下する。無論物音がする。
「ん~~~、誰やぁ? 泥棒さん? 盗るものなんて――。」
そうすれば自然と目を覚ますわけである。そこで紫色に光る本が目に入った。宙に浮いている状態で。
「え?」
意味不明な光景だった。ゆっくりと回転しながら天井付近を浮遊している一冊の本。
それは明らかに重力を無視した動きで、寝室のベットに体を起して見つめているはやての元にやってきて静止、彼女の胸の辺りから光る球が書に吸い込まれ、ガラスが割れたような音と同時に表紙を拘束していた鎖が砕け散り、紫色の光る粒子を部屋にばらまき、風も吹いていないのに、誰もいないのにページがすさまじい勢いで捲られていく。
唖然とするはやては、一体何事かと手を握り締め目を見開く。
そして、とあるページで見えない手が止まると、部屋が爆発的な光で満たされた。
「ひゃあ!?」
瞳孔が開ききっていたため、過剰な光を制御出来ず視界がホワイトアウト。しばらくの間うまく物を見ることができなかった。しかし、耳は正常な状態であった。
「闇の書の正常起動を確認しました。」
凛とした刀を思わせる声。
「我ら、闇の書の収集を行い、主を守る守護騎士に御座います。」
落ち着きのある声。
「夜天の主の元に集いし雲。」
男性の低い声。
「ヴォルケンリッター、なんなりと命令を。」
どことなく幼い声。
おおよそ三十秒後。彼女の瞳は正常な状態に戻った。しかし、その瞳は日常の風景を映してはいなかった。
美しき桃色の髪をポニーテールにした女性、名乗ってはいないが烈火の将シグナム。
金髪の髪を肩で切りそろえたどこか優しげな女性、湖の騎士シャマル。
犬の耳が頭についた屈強な男性、盾の守護獣ザフィーラ。
自らとそれほど違わない小学生程の体格、茜色の髪を三つ編みにしている少女、鉄槌の騎士ヴィータ。
ここで常識的に考えてみよう。どこにでもいる普通の少女が、あまつさえ本が宙に飛んで自分の胸から何か飛んで行って本が光って、ふと気がついた時には四人の知らない人達が深夜の部屋にいる、そんな状況下に寝起きではっきりしない頭で遭遇する。
以前読んだ小説みたいや。この後私どうなるんやろ。なんて思いながら彼女の脳は全力で現実を回避。意識をシャットダウンさせた。
一方で騎士たちは膝をついて頭を下げ、目を閉じる典型的な誓いのポーズを取っていた。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
流石は誇り高き騎士達。丸々一分強の沈黙にも動じない。しかし、長い。
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「……………?」
ヴィータの顔が少し変化する。いくらなんでも時間がかかりすぎだ。いったい何をしているのか。少しばかり顔を上げ、それから戻した。
『ヴィータ、主の合図を待て。無礼は決して許されん。』
魔力を通じての思念通信でシグナムが注意すれば、
『その通りだ。』
とザフィーラが続き、
『でも、どうしたの?』
と、シャマルが問う。
もう一度顔を上げて主の姿を確認したヴィータは、念話を使わずにそのことを仲間達に告げた。
「アタシの目が正しければ、気絶してる。」
「何?」
「なんだと?」
「嘘?」
ヴォルケンリッターの面々は面を上げて覗き込むと、ベットにのけ反るように倒れた少女が、「もうお金ない~~それ以上は堪忍してや~~」などと眉間に皺をよせて寝言を言う主の姿があった。
主が自分たちの姿を見て気絶、なんていうことは勿論一回もなかった訳であるから、四人の騎士たちは少しの間狼狽した。
シャマルは、はやての体を手慣れた様子で起こすと、体勢を直して布団をかけ直し、瞼をこじ開けて瞳を覗き込んだ後、呼吸や脈を確認する。
「大丈夫みたい。何か異常が起きているとも思えないし、えーっと、本当に気絶しちゃったのね、我らが主は。」
びっくりしちゃったのかしら、とシャマルが苦笑しつつ言う。
「いきなり気絶とかいくらなんでも「それ以上は無礼だ」わかったよ。」
さっそくいつもの調子を取り戻したヴィータが言いかけた軽口をすばやくシグナムが制する。
「ところでこの後どうする? やはり主を守るのが我ら守護騎士の果たすべき責務だと思うのだが?」
部屋の窓のカーテンの隙間から周囲をうかがっていたザフィーラが、そのままの体勢で問いかけた。
「じゃあ私は主の様子を見守る、でどう?」
傍らに陣取ったシャマルがはやての髪の毛を整えながら言う。寝言は止まっているが、やっぱり何か悪い夢でも見ているのか、眉間の皺が取れない。
「ふむ、ではザフィーラはその護衛、私とヴィータは周囲の警戒を。いくぞヴィータ、主の安眠を妨げるものを排除する。」
そう言うとレヴァンティンという長剣型のアームドデバイスを通常モードに移行する。
「了解。」
ヴィータは短く答えると、今回の主であるはやてを一瞥、部屋を出るシグナムに従った。
例えば、宝くじの一等が当たったとする。その券をとりあえずパニック状態で仕舞い込み、ろくに頭の整理もしないで寝る。
そして次の日に大当たりしている券を見つけたとする。
どうなるか? 当然大興奮・狂乱状態になることは言うまでもない。
小学生である八神はやてもそれに近い心境であった。
まず、普段通りの時刻に起きた。目覚ましなんて必要ない。体が勝手に起こしてくれる。はやてはいつも通りにベットから身を起こした。
「お早うございます、我が主。」
「お早う。……お早う?」
目の前には知らないブロンドの髪の女性。はやては布団を引き寄せ、首を傾げる女性、シャマルに指を突き出し。
「はい? どうかしましたか?」
「だっ、誰や?!」
彼女を落ち着かせるのにしばらく時間がかかったのは言うまでもない。
「えっと、ヴォルケンリッター言うたかな?」
「ええ。そうです、我が主。」
シャマルが興奮するはやてをなんとか落ち着かせ、騎士全員を呼び集めてリビングにあるテーブルに座ったのはそれからしばらくしてだ。
「魔法」と呼ばれる技術の説明、自分たちの存在、闇の書に関する説明。
そして勿論お互いの自己紹介。
「ナルホドなぁ、魔法か~~そんなん絵本の中にしか無いと思ってたんやけど、ほんとにあったんやな~~。なんか楽しいわ。」
そう言いつつはやては渋いお茶をすする。ヴォルケンリッターの面々は、目の前に置かれたお茶を飲むことを遠慮しているように見える。
それをはやては楽しそうに眺めると、
「毒なんて入れてないんよ?」
一回言ってみたかったんよね。というと、ヴォルケンリッターも取りあえず湯気を立てるお茶を一口飲む。シグナムは美味しそうに飲み、ヴィータは渋い顔をし、ザフィーラとシャマルは特に感想もないような顔をする。
「ところで主、一ついいですか?」
「なんなん? そんなシリアスな顔して?」
シグナムは椅子に座り直し、落ち着かないように息を吸い込んだ。
彼女の心境はこうだ。この主はあまりに私たちの知っている人種ではない。それならば、一体彼女は何を闇の書に望むのだろうか、と。
「主は闇の書に望みますか? 無論、如何なる願いであれ我々はお供しますが。」
はやてはキョトンとしたようすでヴォルケンリッターの面々を眺め、頷いた。
「平和と家族。」
最終更新:2009年01月26日 16:03