ロストロギアを専門に処理する課、六課と七課、通称機動六課(七課)の、六課のトップは、労働時間を完全に無視した時間まで仕事に勤しんでいた。
決して強制されたわけではない。本人が望んでいるのだ。
その分残業代がでるし、正に趣味と実益を兼ねている、と本人は言う。
否、むしろ中毒だ。
簡単にいえばワーカーホリックなのであった。
「さてコーヒーコゥシィっと。」
彼の机は戦場だ。
様々な書類、何故か使い古しの雑巾、風邪薬、割れたメガネ、テッシュペーパーetc etc……。
と、ゴミにしか思えないものが散乱し、それが机の上から下まで続いている。
彼の名前は『ライアン=ミズリカ』。
それなりにいい男なのだが、目の下のクマと、痩せすぎた体躯、そしてコーヒー臭さがそれを完全に殺している。
「いいか、よく聞け青年よ。俺の血液の九割はコーヒーなんだ。」
と平然な顔で言ってのけた大物でもある。
後に起こる事件が彼の残業時間をさらに延長することとなるが、勿論今の彼がそれを知ることはできない。知ったとすれば、彼は大喜びしただろう。労働的な意味で。
発言から分かるとおり、キールのトラウマの主でもある。
――――――――――――――――
午後七時四十五分。
海鳴市 市街地上空 およそ三百メートル付近。
「どうだヴィータ、見つかりそうか?」
狼形体となったザフィーラが、空中に「立ち」ながら傍らのヴィータに問うた。
一方ヴィータは、目を閉じ、闇の書を片手に宙に佇んでいる。
「居るような――居ないような。」
グラーフアイゼンが数回振られ、彼女の肩に落ち着く。
『居るね。サーチに関しちゃ幽霊になってから随分と得意になってねぇ。』
飄々とした様子で答えるは幽霊の「暗き王冠」。クラウン。
『じゃあ位置は?』
『知らないよ。何言ってんの。』
『ダメじゃねーか!』
ヴィータの頭の中にしか聞こえていない声に、ヴィータは思わず突っ込んだ。
はやての故郷である地球の日本、海鳴市をさっそくヴィータは探し始めたところ、どうも朝と、夜あたりに巨大な魔力反応があることがわかった。
闇の書のページ数にしてみれば少なくとも二十ページ、多くとも三十ページ。
これに手を出さない理由は一切存在しない。
「別れて探そう……、おいヴィータ? 何をボンヤリしている。」
「なんでもねーよ。それよりアンタもしっかり探してよ。」
ザフィーラが踵を返して空を駆けていく。ヴィータは、グラーフアイゼンを振りかざした。
同時に、赤いベルカ式の三角に近い独特の魔法陣がヴィータの足もとに展開される。
さぁ、始めようじゃないか、というクラウンの言葉を隅に追いやって、
「封鎖領域……展開。」
≪Gefängnis der Magie≫
術式構成開始。グラーフアイゼンが僅かに発光する。
それを確認すると、回転するベルカ式魔法陣に乗ったヴィータはグラーフアイゼンを素早く振った。
『ショータイムだ、ってね。』
『ちげーよ。』
紫とも何とも言えない「膜」がヴィータを中心に海鳴市の市街地に広がり、既成空間を遮断、位相をずらして新たなる空間を構築していく。こうすることで、魔法を使役するものにとっての常識である「隠蔽」ができ、一般人が紛れ込むのを防ぐことができる。
『戦闘開始、と書いてショータイムだ。』
ヴィータの口の端が僅かに釣りあがった。
さぁ長い夜の始まりだ。
「5……6……7……、8!」
ここは高町なのはの部屋。女の子らしい小道具や、人形が置いてある。
彼女の朝は早い、よって、必然的に早めに就寝することとなる。
しかし、とりあえず彼女は「練習」をしていた。
「9、うぅぅ。」
空中に浮遊する色とりどりの羽をもったダーツ。それらは、両手を広げてなんとか制御しようと額に汗をかく彼女の正面にある。
それらはただ浮かんでいる訳ではない。
ダーツの的にたいして針先を向けて、円形を描くように、それこそ踊るように回転している。
この練習は、「高速誘導弾の複数操作」を行うための布石だ。
いくら強力な一撃を修めていようと、当たらなければなんの意味も無い。デカイ花火が上がるだけになってしまう。
だから、ひたすら大量・高速の魔法弾を操れるように練習しているのだ。
「10、11、13、14、15、16本――――もう駄目ッ。」
回転が停止し、せきを切ったかのようにダーツが部屋の隅に置いてある的に殺到した。
ドズン。
鈍い音がした。16本のダーツが一斉に刺さった音だ。
≪新記録です。しかし精度は80点です≫
「やっぱり本数が多いとね~。」
計16本のダーツは、ほとんどが中心からそれている。中心付近に刺さっているのは本分ぐらい。その他は低得点のところに刺さっている。
「一本なら完璧なんだけどね。」
もう一度挑戦しようとなのはが腰を上げた、その時だ。背中に冷水を浴びせられたかのような感覚が通り抜けた。
なにかと思った次の瞬間、レイジングハートの警告が聞こえた。
≪広域封鎖結界の展開を確認。どうやら閉じ込められたようです。≫
ドアのノックされる。ひょっとすると知っている人物では無いかもしれない、という考えが脳裏を掠める。なのはは、置いてあるダーツを数本つかむと、侵入者に対して身構えた。
そしてドアが開かれ、
「おいなの」
は、と言う前に、
「えーい!」
ダーツ数本が投げられた。
「おおおおおおおおおおッ?!」
それはもちろん侵入者ではなかった。キールだ。
魔力で強化されて疾風の如く飛来したダーツを危うく回避すると、鎖付きの大槍型ストレージデバイス「コキュートス」をなのはの方に突きつけて怒鳴った。
当然だ。こんなことされて笑える人間なんて、きっと居ない。
「何しやがる! 早くバリアジャケットを着ろ、以上。」
お客さんを出迎えるぞ、と部屋を出ながらキールは言った。
「きやがった。」
≪誘導弾です。≫
遠距離砲撃。それは、なのはの知っている魔法弾ではなく、鉄球を操作して弾とする変わったやり方だ。
夜の空の彼方から魔力で操作された攻撃が、隕石のように迫る。
一瞬。キールが動いた。
ぶら下がっていた鎖を掴み、空から飛来した鉄球を薙ぎ払って強引に方向を捻じ曲げる。
さらに追加で発射されていた鉄球を、一発はコキュートスによる点の刺突で相殺し、
≪Divine Shooter≫
「シュート!」
最後の一発をなのはの桜色の砲撃が迎撃した。
ここはなのはの家の近所のビル。丁度よい足場ということで二人はここを選んだのである。
「いいか! なのはは後衛、俺が前衛、よく狙ってお客さんに痛い一撃をぶち込め!」
「分かった! 任せて!」
言うが早いが、キールはビルの端に行き、空を蹴った。
≪対象、高速で接近。来ます。≫
瞬間的に速度を発揮できなくとも、距離があれば速度を出すことはそう難しいことではない。鉄球の来た方向からやってきた真紅のドレスの女の子――つまりヴィータとキールの距離はあっという間にゼロになる。
「テートリヒ・シュラーク!」
「はあっ!」
空中での激突。
一際大きな火花が散ったかと思えば、キールの体がいとも簡単に跳ね飛ばされた。
「今だ!」
≪Divine Shooter≫
「えーい!」
否、それはフェイクだ。
激突した瞬間、キールはワザと体を後ろに後退させた。そして襲いかかるは複数の桜色の砲撃魔法。
それをヴィータは、グラーフアイゼンの重量を利用してそれらを回避しつつ薙ぎ払う。そして、指の間に挟んだ鉄球を上に投げると、バレーボールのように体をしならせて打った。
「くっ――!」
とっさに展開したミッドチルダ式の魔法陣が鉄球の進行を阻む。魔法なのに物理的な音を立てて鉄球が悲鳴を上げ、砕け散る。
なんて威力だ。なのはは僅かに顔を歪ませた。
「穿ち貫け凍える煉獄。」
と、ヴィータの真下のビルの屋上で冷気が爆発した。
空気中の水分を集めて氷で本体を肥大させ、ミサイルと見間違う速度で放たれた大きな槍が、宙に浮かんでいるヴィータに襲いかかる。
とっさに回避に入るも、速度の蹂躙はそれを許さない。ヴィータは撃ち落とされた。
「戻れ。」
槍についている鎖が「伸びて」いる。
否、物理的にはあり得ないのだが、鎖が次々に追加されているといった方が正しい。それをキールは引っ張り、手元にコキュートスを戻した。
己の魔力を冷気に変換する能力。それを付加した槍を魔力にて射出する技。
防御の殆んどを投擲するための力とする貫通技。隙もでかいが威力もでかい。
「コノヤロー!!」
間一髪で障壁を展開して避けていたヴィータは、女が使うべきではない言葉を吐きながら急降下。キールにグラーフアイゼンを振り下ろす。
「いきなり襲ってきてそりゃないだろッ!」
鎖を投擲。
ヴィータは打ち払おうとするも、蛇の如くうねりヴィータに絡みつき、体を拘束する。
制御。制御。
ヴィータはコンクリートに叩きつけられる。
敵に追撃をかけんとキールは槍を構え、そこになのはのディバインシューターが数発突き刺さった。いつの間にかなのはは砲撃しやすい位置に移動していたのだ。
「ナイスなのは!」
「これで決めよう! キール!」
≪警告。不自然な力の発動を確認。砲撃の弾道が強制的に逸らされました。≫
コンクリートを粉砕する程の攻撃を食らったはずのヴィータは、むくりと立ち上がった。バリアジャケットの表面に青い粒子が模様のように渦巻いている。それは、防御用のなにかであることは予想がついた。
しかしそれは、本人の、つまりヴィータの魔力とは別物の力なのだ。二人は警戒の視線を送る。
「危ない危ない。じゃあ始めよーぜ。」
不可思議な粒子がヴィータの体を、グラーフアイゼンを覆い尽くし、浸透していく。魔力とは異なる力。首を数回廻したヴィータは、キールとなのはにグラーフアイゼンの突起を向ける。
≪マスター、やはり該当データ無し。警戒してください。≫
レイジングハートを構えなおす。キールは、立ち上がったヴィータの隙を窺おうとゆっくりと歩を進めている。そして、なのはのすぐ横に来た。
「イレギュラーな力なら慣れてる。じゃあ行こうぜ、なのは。お話を聞かせてもらう、なんだろ?」
なのはは、何を言われているのか分からないという表情をするが、すぐにいつもの調子を取り戻したように笑顔を浮かべた。
そうだ、お話を聞かせてもらう。それが私のやり方。
「行くよ、レイジングハート!」
≪Ok my master.≫
最終更新:2009年01月26日 18:09