20話 免罪符
池田里子はごく一般的な主婦だ。
夫と息子の三人で平穏に暮らしていた。
だが、殺し合いに巻き込まれ、彼女の精神状態は非常に悪化していた。
「死にたくない、死にたくない、私はまだ死ぬ訳には……」
愛する夫と息子の元へ何としても帰らなければ。
その一心で、里子は支給された角材を手に持つ。
優勝すれば家に帰れる――あっさりと他人を殺す判断を里子はしてしまう。
ここは海岸、大海原の波が打ち寄せる。
夏場は海水浴場として機能しているのだろう、プレハブ小屋で作られた海の家もある。
「あそこに誰かいるかしら……」
里子の足は海の家へ向かう。
砂浜の砂が靴の中に容赦無く侵入し気分が悪いが我慢する、いちいち落としてもきりが無い。
海の家の建家まで数メートル、と言う所まで来た所で、中から人が出てくる。
20代前半の狼獣人の女性のようだった。
「!」
狼女性は里子に気付き少し驚いた表情を見せた。
里子は角材を振りかぶって、狼女性に殴りかかった。
「であああぁあああああ!!」
狼女性は少し驚きこそしたものの大して動じる事も無く、里子の懐に潜り込んだ。
「ぐうッ!?」
里子は腹部に熱い感覚を感じ動きを止める。
狼女性の持っていた、散髪用の鋏が、里子の腹部に深々と刺さっていた。
「うぐあ、あ」
角材を落とし呻く里子の腹から、狼女性は鋏を引き抜き、もう一回刺した。
内臓が傷付き血が溢れる。
里子の口から赤い液体が流れ出てくる。
「わ、わだシ、は……」
まだ死ぬ訳にはいかない。
だが、容赦無く意識は消失していく。
身体が崩れ落ちるのを感じながら、最期に里子が思い浮かべたのは夫と息子の顔だった。
杉下愛美は、血に濡れた鋏をたった今殺した女性の衣服でよく拭う。
「あなたが私を殺そうとするから悪いのよ……私は悪くない」
その言葉は女性の死体に向けて言ったのだが、自分に言い聞かせる文面でもあった。
愛美は理髪師だった。
3年程付き合っている彼氏もおり、順風満帆と言う訳では無かったが平穏な生活を送っていた。
それが、突然殺し合いに巻き込まれる。
最後の一人にならなければ生きて帰れない死のゲーム。
愛美は乗る事にした。
人は殺したく無かったが、死にたくないし、首輪で主催に命を握られているのだから、やるしか無い。
支給されたのがいつも仕事場で使っている物と全く同じタイプの散髪鋏だったのは、奇遇だった。
「悪くない……人を殺したって、だって、それがルールなんでしょ? このゲームの」
誰に問いかける訳でも無く、自分に言い聞かせるように、愛美は言った。
これから何人も殺さなければいけない自分の殺人への抵抗を薄めるために。
【池田里子 死亡】
【残り38人】
【G-2/海岸/早朝】
【杉下愛美】
[状態]やや精神に異常
[装備]散髪鋏
[持物]基本支給品一式
[思考]
基本:殺し合いに乗り優勝を目指す。
《人物紹介》
【池田里子】 読み:いけだ・さとこ
32歳。専業主婦。夫と10歳になる息子との三人暮らし。
恋愛結婚で、子供にも恵まれ、平穏な生活を送っていた。
【杉下愛美】 読み:すぎした・めぐみ
灰色の狼獣人。26歳の理髪師。3年の付き合いの彼氏がおり仲も良好。
最終更新:2013年03月24日 15:49