~グリフ大陸・西端部 デルポイの丘~
緑に生い茂った短い草が広がる丘。遠くには朽ちた神殿が見える。
ここはデルポイ。神の言の葉が降り立つ場所。
人里から遠く離れ、今は誰も住まうことのない古びた街。
ディックは数日をかけてようやくこの場所にたどり着いた。
ディック「
アポロンのやつ...こんなところまで来いだなんて!」
しかもその連絡は鳩により届けられたのだ。今時伝書鳩ってどうなのよ…
さらに詳しい場所は雑な地図に記されただけ。広大な丘のどこに彼らがいるのかさっぱりわからない!
ディック「とりあえず、あの神殿を目指すか」
~デルポイ神殿~
シャカコッ
スライドの切り欠きを合わせてロックピンを抜く。
セーフティ解除。ハンマーを落としてスライドを前に外す。
チンッ
コイルスプリングを引き抜きバレルを下から持ち上げるように外す。
カショッ
いつもと同じ、銃の整備。
だけどなにかしっくりこない。
その原因は明らかだ。
これまで共に歩んできた仲間が、実のところ水の国を滅亡に導く原因となる組織の一員だったなんて。
机の上に銃をいったん置き、ふぅとため息をつきながらつぶやいた。
キノ「最初は復讐の気持ちでいっぱいだった。でも、いつしかそんなことばかり考える自分が嫌になって。世界を見て回ってみればあの出来事を乗り越えられると思ったのに、実際そうだったのに」
今更しっぽすら見せなかった黒幕が現れるなんて、キノはどうしたらいいのか、整理がつかないでいたのだ。
その様子を見てアポロンが近づいてきた。
アポロン「ソナタの心の迷いは人であれば当然のものだ」
キノ「…君ならどうする?」
アポロン「どうするか、それはソナタが見つけなければならない」
キノ「相変わらず厳しいんだね」
アポロン「ソナタの強さがあれば、ソナタが納得する答えにたどり着くと確信しているのだ」
キノ(そうはいっても…頭の中がぐるぐる回ってばかりで…)
アポロン「キノ、まもなくディックがここに来る。我の選択を見届けてくれるか」
キノはその言葉に驚いた。今までのアポロンらしくないと思ったらだ。
そして”選択”とは何を指しているのか想像を巡らせる。
キノ「…まさか、神託を行使するつもり?それってつまりディックの命を…」
それ以上は言えなかった。神託はアポロンに課せられた変えられない運命。
アポロンは丘の先に広がる山々を見つめ、そして思い出す。あのキヲクを…
???「アポロン…アナタにコトノハをタクシマス…
シャカイナの器を滅すノデス」
アポロン「これが神の啓示…承った…神よ」
十数年前…アポロンは生まれ育ったここデポロイで神の啓示を受けた。
それから彼はキノと
ボルクを同行に迎い入れ、シャカイナの復活を為さんとする地縛民を観察することにしたのだ。
かつての英雄メサイアが滅したシャカイナを復活させることが出来るなんてと、彼は懐疑的に思っていたのだが、ディックの登場により事態は急変した。
地縛民が長きに渡り人生を捧げて育んできた想い、願い、祈りが集約されて生まれた人間、それがディック=ピッド。
シャカイナの器として未曽有のカルマを抱えた人間。
アポロン「そなたにロールを与えました。この世から消滅するという役割を」
邂逅したディックに対して行った単純にして明解な選択。しかしその行動は容易にはじき返されてしまった。
かもめ「私の教え子に何をしているのですか!」
一瞬の間に、アポロンはデルポイの丘にいた。
アポロン「我がロールが解き放たれただと。そして一瞬のまに空間転移とは…神に匹敵する力、あの声の主は一体…」
もしかして神とはただ唯一の存在ではないのか…
神が唯一絶対の存在ではない、その可能性をアポロンは感じ始めていた。
~【序】~
ディック「あぁ!やっと見つけた!おいアポロン、今時伝書鳩ってどうかと思うぜ」
アポロンとキノを見つけたディックは二人に向かって近づこうとしたのだが、アポロンが発する隠そうとしない殺気を浴び足を止めた。
ディック「おいおい、どういうつもりだ?俺はお前たちが知ってるっていうピエタの過去を聞きに来たんだぜ!」
アポロン「…」
殺気をそのままに、アポロンは大剣を背中から取り出し切っ先をディックに向ける。
ディック「ふーん…そっちが”その気”のままならこっちだって!イマジナリーフレンド!こい
リョウガ!」
バシュゥゥゥ!青い炎が渦を巻き、その中から短剣を持ったリョウガが現れた。
リョウガ「ディック、これは想定の中でも最悪のパターンだな」
ディック「対話すらしてもらえないとなると…」
リョウガ「まずはあいつを抑えるか!」
アポロンに向かって飛び出したリョウガの背中を見ながら、ディックも走り出す。
俺が何をすべきなのか、ピエタのみんなに何が必要なのか・・・!その答えを手にするために!
アポロン「さぁこい!」
ディック「うおおお!」
リョウガ「『能力無効化』!(万全を期すぜ!)」
迎え撃つアポロンは大剣を大きく振りかざす。
アポロンの斬撃はディックの寸先をかすめ、地面に突き刺さる。土埃が舞い上がった。
間を置かずディックの拳がアポロンに迫る!
大剣をつかんだまま、拳を避け身体を横にひねる。
すかさずリョウガのナイフが舞う!
ひねりの反動で大剣を地面から抜きつつナイフを躱し、回転の勢いを殺さないままディックめがけ大剣を振りかざす。
だが、そこにディックらの姿はなかった。そのかわりに小さな光の球が静かに浮遊している。
アポロン「!?」
どごぉぉぉん!
光球が爆発したのだ、その小ささに反して大きな衝撃を伴って!
ディック「魔導『小光球(シャウガンチュウ)』!どうだ、前の俺とは一味違うだろう?」
土埃漂う中、アポロンはディックが器として成長していると改めて実感した。
アポロン(…確実にディックのカルマが濃くなっている…かくなる上は!)
大剣を持つ腕に力が入る。
アポロン「はぁぁぁ」
大剣エクス=ペリエンスが光を帯びる。呼応してアポロン自身も光に包まれていった。
ディック「肉体強化か…でもその土煙の中から俺の姿は見えるかな?」
不思議なことに先ほど大剣により巻き上げられた土埃は落ちることなく浮遊を続け、アポロンの視界を奪っている。
アポロン(!この土煙舞うばかりで収まる気配がない…まさか)
ディック「気づくのがちょっと遅かったな!魔導『土固賽(トゥグゥサイ)』!」
その発声に合わせて舞い上がっていた土がアポロンを中心に集まっていく。
すぅぅぅぅん!
一瞬の間にそこには土でできた六面体が形成されていた。
リョウガ「ようやく動きを封じたな。土のマナを練り合わせているから簡単には破壊できないだろう!」
ディック「さぁアポロンまずは俺の質問に答えろ!」
その声に応えはなかった。その代わりに周辺に衝撃が走った!
バスゥゥゥ…!
ディック「な…なんだ!」
土の六面体の中腹に横に切れ目が入り、そこから光が膜状ににじみ出る。
バスゥゥゥ…!
再び、そして続けざまに…
バスゥゥゥ…!
六面体から膜状の光が強くなる!
リョウガ「まずい!捕縛が破られる!」
バシュゥゥゥン!
六面体が放散し土塊が四方に飛び散る!大きな衝撃からか地下水が吹き上がった。
そして、その中から…
アポロン「ソナタの未来を我に委ねよ!」
~【破】~
太陽の光が吹き上がる水柱に反射してゆらゆらと煌めいている。
降り注がれた水により地面には大きな水たまりができつつある。
キノ「なんて美しい…まるで楽団の指揮者のよう!」
遠くで戦いを見守っていたキノはその姿に目を奪われた。
土固賽から解き放たれたアポロンは、裾が燕の尾のように分かれた深い青色のスーツに身を包んで立っていた。
手には白色で長い棒状の剣(エクス=タクト)を握っている。
それは大剣エクス=ペリエンスを纏ったアポロンの新しい力!『エクス=ペリエンス=テイルコート』!
感得の大剣エクス=ペリエンスは成長する剣。
その使用者とともに経験したあらゆるものを吸収し、力を蓄え、その姿を変える。
アポロン「真理を持って、我人事を全うす!森羅万象の一幕を紡ぎださん!『パルティシオン=サルバロール』!」
それは命なき者にロールを与えるアポロンの新たな力!
自然界に存在するものであれば、彼の意のままにその役割を全うする!
しかし『メサイア=サルバロール』との併用は不可能!神託と真理、二つのタクトを同時に振ることは許されていないのだ!
多くの戦いを経験した大剣はアポロンの新たな可能性を切り開いたのだ。
ディックとリョウガもまたその場から動けないでいた。
ディック「まさか…エクス=ペリエンスを纏ったのか!?」
リョウガ「気を抜くな!何か攻撃がくるかもしれないぞ!」
アポロンがタクトを振り上げると、水にロールが与えられ、吹き上がる水柱は鎮まりかえり、あたり一帯は水面模様となった。静けさが周囲を包み込む。
そう、それは彼らへの攻撃ではなかったのだ。
ディック「どうやら攻撃をするつもりはないみたいだな」
リョウガ「アポロン、どういうつもりだ?」
アポロン「ソナタらのカルマをはかり知るためには剣を重ねなくてはならない故。ソナタらの成長しかと確認した。これで真理を全うする手はずが整った」
キノ「え!アポロン、それってつまりディックを殺すってこと?」
アポロン「否。我は神託ではなく真理を全うする。シャカイナの器たるディックと共に、未来を切り開く!」
リョウガ「神託を破棄するってことか?そんなことして…」
ディック「大丈夫なの?命を取られたりしないの?」
アポロン「神の信託であれば破棄することはご法度だ。だが、偽りの神託であれば話は別だ」
キノ「偽りの神託…どういうこと?君は神様から指令を受けたんじゃぁないの?」
リョウガ「まさか…お前が神託を受けた相手は神ではなく…」
アポロンは思い出していた。自身に託された言の葉を。その声を。
彼は、神の声を何度も心の中で反芻していた。それゆえに気づいたのだ。その声の主が、神ではなくある人間だということに。そしてその人間が何者かということに。
アポロン「我が神託を受けた相手…それは「
果倉部かもめ」!…つまりスピノザだ!」
~【急】~
アポロンの言葉に、キノの頭の中はめちゃくちゃに乱れた。
つまり僕は仇であるスピノザの命令を受けて行動していたの?アポロンはそれを知っていた?ボルクがスピノザの一員であることも関係してるの?
キノ「…どうして僕にその話をしなかったの?」
アポロン「最悪手となりえたからだ。ソナタが単身スピノザの本拠地に乗り込む可能性があった。しかしそう簡単には物事は進まない」
キノ「…(確かに復讐となったら暴走しちゃうだろうな)…スピノザに近づき叩くための方法として、スピノザの手のひらで踊ることも必要だったってこと?」
アポロン「その通りだ。ボルクは危険を承知で本拠地に潜入している。そしてボルクは果暮部かもめの管理下にある。彼の隠密が悟られないように、バトルグランプリの時には我らは偽りあう必要があったのだ」
キノ「演技が上手だね…正直な僕には仲間をだますようなことできないよ!」
アポロン「キノ!惑わせてしまってすまない…最善の選択ではないだろうが、これが我が決めた選択なのだ」
彼はキノの肩をつかみ目を見つめる。キノはその目を見据えた。
巡る頭の中。だが、力強いアポロンの手、揺るぎない目。すべては自分のために為されたこと。
次第に心は落ち着いていった。キノはアポロンの選択を信じることに決めたのだ。
キノ「わかったよ。アポロン、ありがとう。それにボルク、君にも感謝しないとね」
アポロン「果倉部かもめの力は計り知れない。だが神ではない。我らと同じ人間だ」
キノ「それなら倒せない道理はないね」
アポロン「我らは我らの為すべきことをしよう」
キノ「うん♪」
ディック「…スピノザ?ってかもめ先生が神様だって?」
リョウガ「人造の神ってところじゃないか?所詮ただの人間だ。だが俺たちには関係ない」
ディック「そうだ!アポロン、そろそろ教えてくれないか?お前が知ってるピエタの過去を!」
アポロン「そうだったな。真理を追う今、ようやくソナタに伝えることができる話だ」
神託のもとでは話すことが出来なかった話、それはメサイアの血族に託されたシャカイナの遺産。
アポロン「我が持ちしはシャカイナを復活させる方法だ」
ディック「なに!」
リョウガ「…」
アポロン「ディック、そのまま動くな」
そういうとアポロンは手に持ったタクトをディックの胸に突き当てた。
するとディックの足元に広がる水面に波紋が広がっていくではないか。
その波紋は次第に落ち着きを見せ、最後には7つの円となった。
そのうち2つの円は、ディックとリョウガの足元で震えている。
ディック「これは…なんだ?」
アポロン「シャカイナは死期を前にその魂を7つに分離させた。そして死後、転生するために長い時間をかけて円環の理を巡っていたのだ。そして今この時代にシャカイナの魂たちは転生を果たす。ソナタらの姿として」
ディック「俺たちが…シャカイナの転生者!?」
リョウガ「…やっぱりか。確証はないがそんな感じはしていたよ」
ディック「まじか…」
アポロン「ソナタの能力「イマジナリーフレンド」の本質はシャカイナの転生者を召還するものだ。だが7人を呼び出すにはそれ相応の力が必要。そして制御する力がな。我はそれらをカルマの質と量で確認し、可能だと判断した」
ディック「俺の能力こそが、シャカイナを転生に導くものだったなんて…ん?ってことはリョウガ、お前って俺の空想上の存在じゃないってこと?」
リョウガ「…そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。俺はお前に呼び出されている間はその前後の記憶がないからな。だがアポロンの話を聞くに、俺はどこかで実在しているみたいだ」
ディック「じゃあさ俺の能力で呼び出さなくてもいいってことじゃん!どこに住んでるんだよ?」
リョウガ「だから記憶ないんだって!」
アポロン「…ここからは我の推測なのだが」
ディック「ん?」
アポロン「どれだけ探してもリョウガを見つけることはできないだろう」
リョウガ「なぜだ?」
アポロン「リョウガ、ソナタはこの世界の人間ではないからだ」
キノ「え?どういうことアポロン?」
アポロン「この世界とは別の世界、円環の理の向こう側、そこにリョウガはいる。通常はたどり着けないその場所に、他の5人の転生者も向こう側にいるのだ」
ディック「…ほかの世界?」
リョウガ「…なるほど。「イマジナリーフレンド」は異世界から転生者を召還することができる能力でもあるのか」
キノ「ディック…あんた当方もない能力者だったのね」
ディック「あー…そうなのかも」
アポロン「7人の転生者が揃えばシャカイナと同等の力を発現することが出来るだろう。もちろん器たるディック、お前がしっかり制御するという必然の上でだ」
ディック「あ!そうか!力が暴走しないように制御するのが俺の仕事、つまり俺が司令塔!」
はぁぁぁぁ!突然声をあげて「こい!シャカイナの転生者よ」と叫んでみたが、誰も召還されない。
リョウガ「キャパが足りないんだな。俺一人召還するだけで、精いっぱいだもんな」
ディック「ぐぬぬ」
アポロン「そのために我らがいるのだ。ディック、これからは我らと行動を共にし、6人分の転生者を呼び出せるだけのキャパを身に着け、そして」
キノ「スピノザを倒そう!」
一同「オー!」
アポロンと大剣エクス=ペリエンスの能力により、ディックの『イマジナリーフレンド』の謎が解明された。
それはシャカイナを呼び出すためにディックに備わった召還術、神託のロールを打ち消し真理を求める戦士たちが目指す先。
今はまだ届かなくともいつかはできるようになる!そうディックは誓うのであった。
だが彼らは再び世界の渦に飲み込まれていく。そう、向こう側の世界の渦に。
to be continued...
最終更新:2017年10月02日 01:20