9月10日。夕方。
「いらっしゃいませー!」
耳をつんざく甘ったるい歓声に中村剛太は顔をしかめた。
(やっぱ入るんじゃなかった)
振り返ると真新しい強化ガラス製の自動ドア越しにハートマークだらけのA型看板が見えた。なぜそれを見た段階で踵を
返さなかったのかと5秒前の自分を呪いたくなるほど頭の悪そうなA型看板だ。薄いパールピンクで塗装され、丸っこい文
字で「メイドカフェ ぎんせーえんじぇるす!」と銘打たれている。輪郭には数えるのが馬鹿らしいほどのハートマーク。
(本当にここで良かったのか?)
右手に握ったメモ切れを自問自答がてら見る。そのまま広告に載せられそうなほど丁寧に書かれた地図と様々な要素を
照合。残念ながら住所店名立地条件全てが符号。流麗な知人の文字が恨めしい。
「いらっしゃいませー! 1名様ですか!」
黄色い髪を両側で縛った少女が店の奥からぴょこぴょこと飛び出してきた瞬間、剛太はますますこの空間への嫌悪を強
めた。何故ならば少女は濃紺のワンピースにフリフリしたワンピースを掛けていた。メイド服。起源は女主人とメイドの区別
用といわれているが対好事家どものサービスへ供されるようになって久しい。
やはりここはメイドカフェであった。ただでさえ垂れ気味でだらしない目が地の底めがけずり下がって行くのを剛太はひし
ひしと感じた。
応対に出てきた少女と同じいでたちの連中が、丸テーブルとイスと見た目普通だが顔面の何事かが干からびている男性
諸氏ひしめく広い店内の中で活発に活動しているのが見えた。見るつもりはなかったが剛太は入口入ってすぐの場所で長
細い体を立ちすくませているため、その先へ洋々と広がる店の内実を否応なしに見せつけられた。
耳をつんざく甘ったるい歓声に中村剛太は顔をしかめた。
(やっぱ入るんじゃなかった)
振り返ると真新しい強化ガラス製の自動ドア越しにハートマークだらけのA型看板が見えた。なぜそれを見た段階で踵を
返さなかったのかと5秒前の自分を呪いたくなるほど頭の悪そうなA型看板だ。薄いパールピンクで塗装され、丸っこい文
字で「メイドカフェ ぎんせーえんじぇるす!」と銘打たれている。輪郭には数えるのが馬鹿らしいほどのハートマーク。
(本当にここで良かったのか?)
右手に握ったメモ切れを自問自答がてら見る。そのまま広告に載せられそうなほど丁寧に書かれた地図と様々な要素を
照合。残念ながら住所店名立地条件全てが符号。流麗な知人の文字が恨めしい。
「いらっしゃいませー! 1名様ですか!」
黄色い髪を両側で縛った少女が店の奥からぴょこぴょこと飛び出してきた瞬間、剛太はますますこの空間への嫌悪を強
めた。何故ならば少女は濃紺のワンピースにフリフリしたワンピースを掛けていた。メイド服。起源は女主人とメイドの区別
用といわれているが対好事家どものサービスへ供されるようになって久しい。
やはりここはメイドカフェであった。ただでさえ垂れ気味でだらしない目が地の底めがけずり下がって行くのを剛太はひし
ひしと感じた。
応対に出てきた少女と同じいでたちの連中が、丸テーブルとイスと見た目普通だが顔面の何事かが干からびている男性
諸氏ひしめく広い店内の中で活発に活動しているのが見えた。見るつもりはなかったが剛太は入口入ってすぐの場所で長
細い体を立ちすくませているため、その先へ洋々と広がる店の内実を否応なしに見せつけられた。
「わーお客さんステキー!」
「やーん。お尻触っちゃ駄目ですよぉ」
「そうなんですかぁ。お客さん頑張ったんですねー。エラいエラい。よしよし」
「じゃんけん! じゃんけん!」
「やーん。お尻触っちゃ駄目ですよぉ」
「そうなんですかぁ。お客さん頑張ったんですねー。エラいエラい。よしよし」
「じゃんけん! じゃんけん!」
少女達はひっきりなしに甘い声を上げ、笑い、元気よく男性諸氏に応対している。まったくよくここまで美辞麗句を吐ける
と剛太が感心するほど少女達は言葉の全てを「お客さん」褒めに費やしている。
(お前らそれ絶対営業用だよな? 本心から思ってないよな? 思ってないから耳触りのいい言葉ばっか吐けるんだよな?)
醒めた脳髄は営業終了後または休憩中の少女たちがいかに口さがない調子で顧客を評しているか想像させた。ややも
すると顧客の触れた手を念入りにアルコール消毒しているかも知れない。入口近くのレジにはイラスト──リボンその他の
装飾と可愛らしさだけが取り柄の意味不明動物ども──で過剰に彩られた料金表があった。現実逃避用に眺めたそれら
はますます現実から逃避するに十分な料金設定を剛太に突きつけた。と同時にどうして少女たちがああも必死に接客して
いるか納得した。つまり金のためかと剛太が一人勝手に結論づける頃、目の前で白い割りばしのような足をミニスカートか
ら覗かせている少女が困惑丸出しで眉をひそめ「あのー、お客さん?」と呼びかけてきた。
それでようやく剛太は我に返った。初めてみるメイドカフェの異空間ぶりに心を奪われていたらしい
と剛太が感心するほど少女達は言葉の全てを「お客さん」褒めに費やしている。
(お前らそれ絶対営業用だよな? 本心から思ってないよな? 思ってないから耳触りのいい言葉ばっか吐けるんだよな?)
醒めた脳髄は営業終了後または休憩中の少女たちがいかに口さがない調子で顧客を評しているか想像させた。ややも
すると顧客の触れた手を念入りにアルコール消毒しているかも知れない。入口近くのレジにはイラスト──リボンその他の
装飾と可愛らしさだけが取り柄の意味不明動物ども──で過剰に彩られた料金表があった。現実逃避用に眺めたそれら
はますます現実から逃避するに十分な料金設定を剛太に突きつけた。と同時にどうして少女たちがああも必死に接客して
いるか納得した。つまり金のためかと剛太が一人勝手に結論づける頃、目の前で白い割りばしのような足をミニスカートか
ら覗かせている少女が困惑丸出しで眉をひそめ「あのー、お客さん?」と呼びかけてきた。
それでようやく剛太は我に返った。初めてみるメイドカフェの異空間ぶりに心を奪われていたらしい
「悪いけど客じゃなくて私用。この人呼んでくんない? つーか呼ばれたの俺なんだけど」
ため息交じりに右手のメモの更に右下、著者名を指差すと少女は「わかった!」と店奥へ駆け出し、そして綺麗にスッ転
んだ。ドジっこメイドであろう。ドリンク運搬中の仲間に当たりオレンジジュースが盆ごと氷ごと近くのテーブルに降り注ぎ、
歓談していた20代後半の男性客がずぶ濡れになった。平謝りに謝るドジっこメイド。
んだ。ドジっこメイドであろう。ドリンク運搬中の仲間に当たりオレンジジュースが盆ごと氷ごと近くのテーブルに降り注ぎ、
歓談していた20代後半の男性客がずぶ濡れになった。平謝りに謝るドジっこメイド。
(そういう演出いいから)
作為を感じつつレジカウンターへもたれかかる。疲れた。ただそれだけを思いながら耳障りな乱痴気騒ぎを聞き流す。
いつしか剛太はここに至るまでの経緯を反芻し始めていた。
「しばらくこの町へ残留?」
9月7日。
ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズという色々常識外れな共同体との戦いが決着して間もない頃。
秋水とまひろが病室で他愛もない会話をしている頃。
寄宿舎管理人室において防人衛は剛太にとって意外な指示を下した。
ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズという色々常識外れな共同体との戦いが決着して間もない頃。
秋水とまひろが病室で他愛もない会話をしている頃。
寄宿舎管理人室において防人衛は剛太にとって意外な指示を下した。
「そうだ。キミにはしばらくこの街で残党狩りに従事してもらう」
「ああ。LXE。あの信奉者……早坂秋水がやってた任務の引き継ぎっスね? アイツだけまだ入院中ですし」
軽い調子で答えると、ガスコンロから戻ってきた防人がうむと頷いた。手には湯呑。ブラボー謹製ブラボー緑茶である。飲
むかと問われたので恭しく礼を言いながら受け取る。古びた陶器の心地いい熱さが掌に広がる。
「ま、厳密にいえば残党がまだ残っているかどうかの調査だな。秋水のおかげで逆向凱率いる残党は壊滅したが、もうこ
の町のどこにも残党が潜んでいないとは決していい切れない」
「確か逆向って奴も銀成学園での決戦の時は眠ってたそうですしね」
「そうだ。一見平和に見えるこの街だが火種が未だ燻っている可能性がある」
「つーかパピヨンとかいう奴は野放しにしといていいんですか? いま一番危ないのはアイツじゃあ?」
一連の戦いの最後に突如として現れ漁夫の利をかっさらった蝶人を挙げると、防人はしかし意外にサッパリした顔つきで
答えた。
「アイツなら大丈夫だ。戦士・カズキに対する敬意は本物。彼との決着を経ずして今さらこの町に危害を加える事は絶対に
ない。だから俺が気にしているのは他の連中の事だな。ヴィクターや逆向のように『今は動けないが復活の機会を待ってい
る』……そういう者たちを完全に根絶しない限り、この街は永久に平和を取り戻せない」
(確かに100年前からヴィクター眠ってたもんなあ)
男の上司が淹れたにしては滅法うまい緑茶をすすりながら、剛太は銀成市の大変さに思いを馳せた。1世紀前に『存在(い)
るだけで死を撒き散らす』ヴィクターが漂着して以来、Dr.バタフライ率いる共同体が癌腫のようにしずしずと住民を殺し、その
玄孫も腹立ち紛れに住民を殺し、学園が襲われ、それが決着したと思えばLXEの残党がまたぶり返し、バタフライの遺産を
巡って流れの共同体と戦士たちと3つ巴の争いを繰り広げた。
(それでなお残党残ってたら……この街呪われ過ぎだろ)
重々しく湯呑を置くと、飲み差しの水面に蛍光灯が反射した。その丸いきらめきが連想させるある人物に剛太ははっと息
を飲み、頬に一条の汗を垂らした。
「……一つ質問したいんスけど。もしあのムーンフェイスとかいう奴がいたらどうします?」
「発見したら捕捉しつつ俺たちに連絡。戦闘に突入したら全力で逃げてくれ」
飄々とした声音が俄かに堅さを帯びたのは経緯ゆえであろう。剣持真希士。ムーンフェイスに殺された防人の部下。彼の
像が自分にオーバーラップしているのを剛太は感じた。
「た! 確かに俺のモーターギアじゃ無理っぽいですもんねアイツ。それでもまあ尾行と逃げ帰り位はできるでしょ!」
空元気の赴くまま腕まくりをすると、「流石は戦士・剛太! くれぐれも頼むぞ!」と景気のいい返答が返ってきた。
少し前までは上司の一人にすぎなかった防人へ何やら配慮めいた事をした不思議を剛太は発見せぬまま、彼は彼らしい
質問へ移行した。
「で、その任務は誰とやるんスか?」
普段やる気なさげな表情がはちきれんばかりの期待に染まったのは詰まるところ望みのためである。垂れた瞳は子犬の
ように見開き、口元も年相応のワクワクドキドキを見せている。
「誰ってそりゃあまあ」
子供めいたニヤツキが防人の顔面に広がった。
「戦士・斗貴子だ!」
「よっしゃあッ!!!」
今度は心からのガッツポーズ。剛太は猛然と立ち上がり、咆哮した。
意中の女性。尊敬する人。女神。スパルタン。青髪を短く鋭く切り上げたセーラー服美少女戦士の姿を脳内でふし拝んで
いる内、剛太の頬を熱い物が伝った。いつしか彼は感涙に咽び泣いていた。
「やっぱりキャプテンブラボーは話が分かる!」
「当たり前だ。部下に動いてもらう以上、こういうブラボーな配慮をせずしてどうする!」
「ブラボー! おお、ブラボー!」
会心の笑みで拳を突き出すと防人もそれに応じた。拳と拳の触れ合いは何かが通じた漢同士のロマンであろう。
「もっとも彼女は本調子でないから、栴檀貴信から受けた傷がほぼ治っているお前が存分に補佐してやってくれ」
垂れ目少年、今度は胸をドンと叩いた。
「任しといて下さいよ! そりゃあもう存分に助けますよ!」
意中の人にいいトコ見せられるとばかり剛太は発奮した。そもそも任務の題目は「残党が居るかどうかの調査」である。
となれば調査にかこつけ斗貴子と2人街と闊歩できるかも知れない。月に消えたカズキの隙をつくようで悪くもあるが、ただ
色々と辛い場面を見せつけられた分くらいいい思いしても……という欲目がむくむくと首をもたげてきた。でもそれは敬愛す
る先輩の抱えた重大な問題を解決する物ではなく、むしろ自分の欲求を満たしたいが故の穢れた行為。それはよくないそ
れはダメだと剛太が葛藤する間にもウィンドウショッピングだの2人きりの外食だのへの妄想が任務に対する不純なモチベー
ションを強めていく。とにかく任務の中で先輩を補佐、絶対守るだけがいいと自制めいた妥協を打ち出しながらも、こう守っ
た後に「ありがとう剛太」とか笑われたらどうするスッゲー嬉しくねとかいう取らぬ狸の皮算用さえ湧き出てくるからまったく
どうしようもない。要するに剛太、横取りするのじゃなくちょっとしたデート気分を味わいたいのであろう。
「ああ。LXE。あの信奉者……早坂秋水がやってた任務の引き継ぎっスね? アイツだけまだ入院中ですし」
軽い調子で答えると、ガスコンロから戻ってきた防人がうむと頷いた。手には湯呑。ブラボー謹製ブラボー緑茶である。飲
むかと問われたので恭しく礼を言いながら受け取る。古びた陶器の心地いい熱さが掌に広がる。
「ま、厳密にいえば残党がまだ残っているかどうかの調査だな。秋水のおかげで逆向凱率いる残党は壊滅したが、もうこ
の町のどこにも残党が潜んでいないとは決していい切れない」
「確か逆向って奴も銀成学園での決戦の時は眠ってたそうですしね」
「そうだ。一見平和に見えるこの街だが火種が未だ燻っている可能性がある」
「つーかパピヨンとかいう奴は野放しにしといていいんですか? いま一番危ないのはアイツじゃあ?」
一連の戦いの最後に突如として現れ漁夫の利をかっさらった蝶人を挙げると、防人はしかし意外にサッパリした顔つきで
答えた。
「アイツなら大丈夫だ。戦士・カズキに対する敬意は本物。彼との決着を経ずして今さらこの町に危害を加える事は絶対に
ない。だから俺が気にしているのは他の連中の事だな。ヴィクターや逆向のように『今は動けないが復活の機会を待ってい
る』……そういう者たちを完全に根絶しない限り、この街は永久に平和を取り戻せない」
(確かに100年前からヴィクター眠ってたもんなあ)
男の上司が淹れたにしては滅法うまい緑茶をすすりながら、剛太は銀成市の大変さに思いを馳せた。1世紀前に『存在(い)
るだけで死を撒き散らす』ヴィクターが漂着して以来、Dr.バタフライ率いる共同体が癌腫のようにしずしずと住民を殺し、その
玄孫も腹立ち紛れに住民を殺し、学園が襲われ、それが決着したと思えばLXEの残党がまたぶり返し、バタフライの遺産を
巡って流れの共同体と戦士たちと3つ巴の争いを繰り広げた。
(それでなお残党残ってたら……この街呪われ過ぎだろ)
重々しく湯呑を置くと、飲み差しの水面に蛍光灯が反射した。その丸いきらめきが連想させるある人物に剛太ははっと息
を飲み、頬に一条の汗を垂らした。
「……一つ質問したいんスけど。もしあのムーンフェイスとかいう奴がいたらどうします?」
「発見したら捕捉しつつ俺たちに連絡。戦闘に突入したら全力で逃げてくれ」
飄々とした声音が俄かに堅さを帯びたのは経緯ゆえであろう。剣持真希士。ムーンフェイスに殺された防人の部下。彼の
像が自分にオーバーラップしているのを剛太は感じた。
「た! 確かに俺のモーターギアじゃ無理っぽいですもんねアイツ。それでもまあ尾行と逃げ帰り位はできるでしょ!」
空元気の赴くまま腕まくりをすると、「流石は戦士・剛太! くれぐれも頼むぞ!」と景気のいい返答が返ってきた。
少し前までは上司の一人にすぎなかった防人へ何やら配慮めいた事をした不思議を剛太は発見せぬまま、彼は彼らしい
質問へ移行した。
「で、その任務は誰とやるんスか?」
普段やる気なさげな表情がはちきれんばかりの期待に染まったのは詰まるところ望みのためである。垂れた瞳は子犬の
ように見開き、口元も年相応のワクワクドキドキを見せている。
「誰ってそりゃあまあ」
子供めいたニヤツキが防人の顔面に広がった。
「戦士・斗貴子だ!」
「よっしゃあッ!!!」
今度は心からのガッツポーズ。剛太は猛然と立ち上がり、咆哮した。
意中の女性。尊敬する人。女神。スパルタン。青髪を短く鋭く切り上げたセーラー服美少女戦士の姿を脳内でふし拝んで
いる内、剛太の頬を熱い物が伝った。いつしか彼は感涙に咽び泣いていた。
「やっぱりキャプテンブラボーは話が分かる!」
「当たり前だ。部下に動いてもらう以上、こういうブラボーな配慮をせずしてどうする!」
「ブラボー! おお、ブラボー!」
会心の笑みで拳を突き出すと防人もそれに応じた。拳と拳の触れ合いは何かが通じた漢同士のロマンであろう。
「もっとも彼女は本調子でないから、栴檀貴信から受けた傷がほぼ治っているお前が存分に補佐してやってくれ」
垂れ目少年、今度は胸をドンと叩いた。
「任しといて下さいよ! そりゃあもう存分に助けますよ!」
意中の人にいいトコ見せられるとばかり剛太は発奮した。そもそも任務の題目は「残党が居るかどうかの調査」である。
となれば調査にかこつけ斗貴子と2人街と闊歩できるかも知れない。月に消えたカズキの隙をつくようで悪くもあるが、ただ
色々と辛い場面を見せつけられた分くらいいい思いしても……という欲目がむくむくと首をもたげてきた。でもそれは敬愛す
る先輩の抱えた重大な問題を解決する物ではなく、むしろ自分の欲求を満たしたいが故の穢れた行為。それはよくないそ
れはダメだと剛太が葛藤する間にもウィンドウショッピングだの2人きりの外食だのへの妄想が任務に対する不純なモチベー
ションを強めていく。とにかく任務の中で先輩を補佐、絶対守るだけがいいと自制めいた妥協を打ち出しながらも、こう守っ
た後に「ありがとう剛太」とか笑われたらどうするスッゲー嬉しくねとかいう取らぬ狸の皮算用さえ湧き出てくるからまったく
どうしようもない。要するに剛太、横取りするのじゃなくちょっとしたデート気分を味わいたいのであろう。
「で、後もう1人、スペシャルアドバイザーの協力も仰ぎたいが、いいか?」
「ええ! ええ! 先輩さえいれば後はどうでも!! ああそれにしてもいいなあ。先輩と2人きり、いいなあ」
「ええ! ええ! 先輩さえいれば後はどうでも!! ああそれにしてもいいなあ。先輩と2人きり、いいなあ」
防人の問いを夢見心地で考えなしに快諾したが故に。
(こんな場所来る羽目になったんだよなあ。くそ。先輩と1秒でも長く一緒に居たいのに……)
トホホと肩を落とす剛太に聞きなれた声が響いた。
「あらあら剛太クン。もうちょっと後でも良かったのに」
「あんたにそれ決める権限あるんスかね。キャプテンブラボーならともかく」
憮然とした調子で呼びかけると呼び出し人──わざわざメモまで書いてメイドカフェに呼び出した──早坂桜花がくすりと
笑みをこぼした。剛太はその笑みを見ていない。もともと微妙な感情を抱く桜花によって理解しがたい場所へ呼び出された
ため感情は最悪。顔も見たくないとばかりレジカウンターにもたれ、剣呑な目つきで壁ばかりを眺めている。
「残党の件で話があるってメールしたら、あの不細工な自動人形がそれ持ってきたんだけど」
「ええ。分かってるわよ。でももうちょっと待ってくれないかしら」
「だから何だよもうちょっとって。ああ畜生。やっぱ協力なんて仰がなきゃ良かった」
「だってバイト終わるのもうちょっと後だし……」
「…………バイト?」
はつと胸中に生じた疑惑によって首を捻じ曲げようやく桜花を見た剛太はしばし目を奪われた。
彼女は、メイド服を着ていた。
艶やかな黒髪にホワイトブリムを付け、濃紺のワンピースと純白のエプロンドレスを纏い、フリフリのついたロングスカート
の前で両手を組んで楽しそうに剛太を眺めていた。
ただそれだけであるのに彼女は正に清楚の体現であった。腰まで伸びた黒髪も聡明たる美貌も気品のある佇まいも全て
全て紺と白を基調とした衣装と絶妙なる合致を見せている。香水、だろうか。シトラスの甘やかな匂いが剛太の鼻梁をくすぐっ
た。その控え目な匂いはしかしますます桜花をよく見せ、もはや清廉潔白なるメイド長の趣さえ漂わせ始めている。斜に構
えたリアリストであるところの剛太さえ不覚にも見とれかけた。すらりと伸びた長身は華奢でありながら胸部はひどく豊饒で
あり衣服の生地がいまにも張り裂けんばかりに隆起している。熟成。たわわ。果実。メロン。スイカ。あらゆるワードが熱に
霞む剛太の頭を駆け巡り、視線を「そこ」へ釘付けた。
「やだ剛太クン。そんなに見ちゃ津村さんに悪いでしょ」
胸を覆うように両手を交差させる桜花だが、特に気分を害した様子はない。はしたない弟を軽く叱るような口調でニコニコ
と相好を崩している。
剛太は口をもごもごとさせながらとりあえず「悪ぃ」とだけ謝ったが、自分の置かれた境遇を再認識すると咳き込むように
文句を垂れ始めた。
「じゃなくて!! バイト!? なんであんたがココでバイトしてんだ!!」
「なんでってそりゃあ……面白そうだったからだけど? 寄宿舎のカレーパーティーで一回着て以来、気に入ってたのよね。
そしたらたまたま街角でオーナーにスカウトされちゃって。やってみようかなって」
いかにも的外れな質問を浴びたとばかり桜花はきょとんとしている。そのあどけない反応に一瞬毒気を抜かれかけた剛太
だがここで矛を引っ込めては敗北とばかり常識論頼りの攻勢を開始した。店内では喧騒がやみ全ての視線が剛太たちに
向きつつある。
「違う! 俺の聞きたいのはそういうコトじゃねェ! 高校って普通バイト禁止だろ! しかもあんた生徒会長じゃねェか!
生徒会長が校則破ってバイトしていいのかよ!?」
ぎゃんぎゃんと言葉を吐きつくすと、剛太は脱力したようにぜーはーと息をついた。すかさず最初に出てきた黄髪ツインテー
ルの少女が「ドリンクはいかがですか」と聞いてきたが「いるか!」なる垂れ目の絶叫で速攻撃退された。
一方桜花は平然たるもので、「ああ、それ?」とだけ人のいい笑顔を浮かべた。
「私と秋水クンは数か月前『交通事故』に遭って入院したの。入院したら医療費が嵩むでしょ? 医療費が嵩んだら、2人暮
らしの私達の生活は苦しくなっちゃうの」
「つまり……生活苦しいって理由で特別に許可して貰った訳か」
憮然とした面持ちで指摘すると、桜花は「そそ。ぴんぽーん」と両手製の大きな輪を頭上に描いた。おどけている、剛太は
丹田直送「生涯最大級」の溜息をついた。
「だからって何故にメイドカフェ……。もっと生徒会長らしい職場あんだろ。先公どももよく許可したな」
「あら? 銀成学園の先生たちって結構寛大よ? 『現代の若者文化を実地で学びより良い生徒会活動に反映する』とか
何とか報告したら速攻で許可下りたし、休みの日とか結構皆さん遊びにくるし……」
(ヤな学校だなオイ)
(それにね。かなり実入りがいいの。テキトーに男の人あしらうだけでボロ儲けなのよ?)
甘く小さな声に剛太の身がゾクゾクと竦んだ。耳元に熱く潤んだ吐息がかかる。彼女はいつしか剛太の傍に立ち、耳元で
ヒソヒソと囁きだしている。思わぬ挙措に店内の客とメイドたちから羨望と好奇の混じった視線が刺さり始め、剛太を狼狽
させた。
(ちょ! 何やってんスか!)
(しっ。そのまま。残党探してるんでしょ?)
思わず敬語で抗議する剛太の耳へ更に桜色の唇が接近した。
(だったらこのお店を調べるコトね)
やや赫々としていた顔色が俄かに緊張の青めがけて中和された。
(つーコトは、まさかこの店に……?)
桜花は何もいわず顔を離した。いつものごとき笑顔からは「残党」なる非日常の存在は感じられない。
「私はもうあがっちゃうけど、料金の方は心配しないでね。オーナーに口利きしておくから」
「待て。なんで俺が店に入るコトになってる? フツーに聞き込みとか張り込みすりゃいいだろ。つかバイトしてるならあんた
が調べりゃ……」
「ゴメンなさいね。その辺りの事情はちょっとフクザツなの。でもお店に入ったらすぐ分かるから」
剛太は甚だ理解に苦しんだ。フクザツな事情? 店に入ればすぐ分かる?
(なに企んでんだよ残党どもは)
なかなか事態が飲み込めない剛太をよそに桜花は携帯電話を取り出しわざとらしく呟いた。
「あら。もうこんな時間。じゃあ私はあが──…」
困惑きわまる大声が飛びかかって来たのはその時である。
「桜花せんぱーい!」
クルリと方向転換した桜花めがけ先ほどの黄髪少女が走ってきた。
「あら光ちゃ……じゃなかったわね今は。沙織ちゃん。どうしたの?」
沙織、と呼ばれた少女はひどく困り切っている様子だった。小学生といっても通じるほど大きな瞳を更に見開き表面張力
ギリギリまで困惑という名の液体を湛えているようだった。その顔を見た剛太はおや? と首を傾げた。どこかで見た覚えが
ある。軽く記憶をなぞる。
(あ。そうだ。寄宿舎の管理人室で会議してる時、武藤の妹たちと覗きやってた奴だ。ん? いや待てあの時は確か、鐶光
とかいう敵のホムンクルスが化けてたんだよな。ってコトは「本物」とは初対面か?)
その「本物」、剛太にはまったく目もくれずただただ必死に桜花へ状況説明をしている。それが終わらない限り剛太の用件
は終わりそうにないので聞くともなしに聞いてみる。
やがて門外漢の垂れ目にも事情が分かった。
どうやら同僚が一人、来れなくなったらしい。理由は「子供が熱を出した」せい。子持ちでメイドカフェ勤務? 不思議な話
だがこんなフザけた場所なら仕方ない……剛太はそう割り切った。とにかく事情が以上のようであるなら店長なりオーナー
なりに相 談すれば良さそうなものだが、沙織の話では彼らとも連絡がつかないらしい。
「困ったわね。じゃあ私たちで何とかしないと」
と桜花が店内を見ると、メイドたちが一斉に首を横に振った。どうやら自信がないらしい。
(やれやれ。上司が上司ならバイトもバイトかよ)
剛太が呆れていると、桜花がするりとレジカウンターに滑り込み、レジの下から慣れた手つきで紙を一枚取り出した。難
しい顔で眺めている所から察するに、どうやらシフト表らしい。
「やっぱりあと1人いないと回らないわね」
「回らない? え、でもここファミレスとかじゃないでしょ? 1人ぐらいいなくても何とかなるんじゃ?」
不思議そうな呟きに桜花はいかにも仕事慣れした調子で答えた。
「ここは食べ物作って出すだけじゃないのよ剛太クン。お客さんが来たらマンツーマンでおもてなししなきゃいけないの。で、
今日の売上予算的には私が上がった後、もう1人いないとどうしても回らないっていう訳。休んだ人は普通の人の3人分ぐ
らい働け る人だし……。かといって2人以上入れたら今度は人件費が予算オーバーだから、入れられるのはあと1人って
だだけど……誰にするべきかしら。あ、沙織ちゃん。とりあえず今日オフの人に電話掛けて出れるかどうか聞いてくれない?
手の開いてる人 は店長やオーナーに電話をかけ続けて。繋がったらいまどういう状況か報告して指示を仰いで」
やがて同僚たちが動き出すのを確認すると、桜花はすぐさまシフト表に視線を戻した。瞳の色は真剣だ。どうすればこの
難局を乗り切れるか心底マジメに考えているらしい。そういう雑味のない様子に「こういう表情(カオ)もできるのか」と剛太
はひどく感心した。が、素直に褒めるのも癪なので、わざと茶化すように質問する。
「あんた慣れすぎだろ。つかいつから勤務してんだよ」
「そうね。総角クンたちとの決着付いてからだから……1週間ぐらい?」
にこりともしない桜花に剛太は息を呑んだ。
(幾らなんでも適応しすぎだろ)
とはいえ生徒会長になれるほど有能な桜花であるから、未知の仕事でも飲みこむのは早いのであろう。
しかし彼女の奮戦も空しくオーナーや店長と連絡が取れたという報告がメイドたちから上がる気配はない。
やがて沙織が戻ってきた。桜花の指示を受けどこかで電話していたらしい。
「うぅ。駄目だったよ桜花先輩。誰も連絡つかないー」
あどけない表情をしかめて軽くベソを書く後輩に桜花は生徒会長らしく、「じゃ」と微笑んだ。
「私が残るわ。それでいいでしょ? 店長やオーナーには後で説明しておくわ」
「さすが桜花先輩!」
「というコトでゆっくりしていかない剛太クン? 私を御指名ならサービスしちゃうけど」
くしゃくしゃの髪を更に掻きむしりながら「さてどう先輩に報告したものか」と思案にくれる剛太である。
「あんたにそれ決める権限あるんスかね。キャプテンブラボーならともかく」
憮然とした調子で呼びかけると呼び出し人──わざわざメモまで書いてメイドカフェに呼び出した──早坂桜花がくすりと
笑みをこぼした。剛太はその笑みを見ていない。もともと微妙な感情を抱く桜花によって理解しがたい場所へ呼び出された
ため感情は最悪。顔も見たくないとばかりレジカウンターにもたれ、剣呑な目つきで壁ばかりを眺めている。
「残党の件で話があるってメールしたら、あの不細工な自動人形がそれ持ってきたんだけど」
「ええ。分かってるわよ。でももうちょっと待ってくれないかしら」
「だから何だよもうちょっとって。ああ畜生。やっぱ協力なんて仰がなきゃ良かった」
「だってバイト終わるのもうちょっと後だし……」
「…………バイト?」
はつと胸中に生じた疑惑によって首を捻じ曲げようやく桜花を見た剛太はしばし目を奪われた。
彼女は、メイド服を着ていた。
艶やかな黒髪にホワイトブリムを付け、濃紺のワンピースと純白のエプロンドレスを纏い、フリフリのついたロングスカート
の前で両手を組んで楽しそうに剛太を眺めていた。
ただそれだけであるのに彼女は正に清楚の体現であった。腰まで伸びた黒髪も聡明たる美貌も気品のある佇まいも全て
全て紺と白を基調とした衣装と絶妙なる合致を見せている。香水、だろうか。シトラスの甘やかな匂いが剛太の鼻梁をくすぐっ
た。その控え目な匂いはしかしますます桜花をよく見せ、もはや清廉潔白なるメイド長の趣さえ漂わせ始めている。斜に構
えたリアリストであるところの剛太さえ不覚にも見とれかけた。すらりと伸びた長身は華奢でありながら胸部はひどく豊饒で
あり衣服の生地がいまにも張り裂けんばかりに隆起している。熟成。たわわ。果実。メロン。スイカ。あらゆるワードが熱に
霞む剛太の頭を駆け巡り、視線を「そこ」へ釘付けた。
「やだ剛太クン。そんなに見ちゃ津村さんに悪いでしょ」
胸を覆うように両手を交差させる桜花だが、特に気分を害した様子はない。はしたない弟を軽く叱るような口調でニコニコ
と相好を崩している。
剛太は口をもごもごとさせながらとりあえず「悪ぃ」とだけ謝ったが、自分の置かれた境遇を再認識すると咳き込むように
文句を垂れ始めた。
「じゃなくて!! バイト!? なんであんたがココでバイトしてんだ!!」
「なんでってそりゃあ……面白そうだったからだけど? 寄宿舎のカレーパーティーで一回着て以来、気に入ってたのよね。
そしたらたまたま街角でオーナーにスカウトされちゃって。やってみようかなって」
いかにも的外れな質問を浴びたとばかり桜花はきょとんとしている。そのあどけない反応に一瞬毒気を抜かれかけた剛太
だがここで矛を引っ込めては敗北とばかり常識論頼りの攻勢を開始した。店内では喧騒がやみ全ての視線が剛太たちに
向きつつある。
「違う! 俺の聞きたいのはそういうコトじゃねェ! 高校って普通バイト禁止だろ! しかもあんた生徒会長じゃねェか!
生徒会長が校則破ってバイトしていいのかよ!?」
ぎゃんぎゃんと言葉を吐きつくすと、剛太は脱力したようにぜーはーと息をついた。すかさず最初に出てきた黄髪ツインテー
ルの少女が「ドリンクはいかがですか」と聞いてきたが「いるか!」なる垂れ目の絶叫で速攻撃退された。
一方桜花は平然たるもので、「ああ、それ?」とだけ人のいい笑顔を浮かべた。
「私と秋水クンは数か月前『交通事故』に遭って入院したの。入院したら医療費が嵩むでしょ? 医療費が嵩んだら、2人暮
らしの私達の生活は苦しくなっちゃうの」
「つまり……生活苦しいって理由で特別に許可して貰った訳か」
憮然とした面持ちで指摘すると、桜花は「そそ。ぴんぽーん」と両手製の大きな輪を頭上に描いた。おどけている、剛太は
丹田直送「生涯最大級」の溜息をついた。
「だからって何故にメイドカフェ……。もっと生徒会長らしい職場あんだろ。先公どももよく許可したな」
「あら? 銀成学園の先生たちって結構寛大よ? 『現代の若者文化を実地で学びより良い生徒会活動に反映する』とか
何とか報告したら速攻で許可下りたし、休みの日とか結構皆さん遊びにくるし……」
(ヤな学校だなオイ)
(それにね。かなり実入りがいいの。テキトーに男の人あしらうだけでボロ儲けなのよ?)
甘く小さな声に剛太の身がゾクゾクと竦んだ。耳元に熱く潤んだ吐息がかかる。彼女はいつしか剛太の傍に立ち、耳元で
ヒソヒソと囁きだしている。思わぬ挙措に店内の客とメイドたちから羨望と好奇の混じった視線が刺さり始め、剛太を狼狽
させた。
(ちょ! 何やってんスか!)
(しっ。そのまま。残党探してるんでしょ?)
思わず敬語で抗議する剛太の耳へ更に桜色の唇が接近した。
(だったらこのお店を調べるコトね)
やや赫々としていた顔色が俄かに緊張の青めがけて中和された。
(つーコトは、まさかこの店に……?)
桜花は何もいわず顔を離した。いつものごとき笑顔からは「残党」なる非日常の存在は感じられない。
「私はもうあがっちゃうけど、料金の方は心配しないでね。オーナーに口利きしておくから」
「待て。なんで俺が店に入るコトになってる? フツーに聞き込みとか張り込みすりゃいいだろ。つかバイトしてるならあんた
が調べりゃ……」
「ゴメンなさいね。その辺りの事情はちょっとフクザツなの。でもお店に入ったらすぐ分かるから」
剛太は甚だ理解に苦しんだ。フクザツな事情? 店に入ればすぐ分かる?
(なに企んでんだよ残党どもは)
なかなか事態が飲み込めない剛太をよそに桜花は携帯電話を取り出しわざとらしく呟いた。
「あら。もうこんな時間。じゃあ私はあが──…」
困惑きわまる大声が飛びかかって来たのはその時である。
「桜花せんぱーい!」
クルリと方向転換した桜花めがけ先ほどの黄髪少女が走ってきた。
「あら光ちゃ……じゃなかったわね今は。沙織ちゃん。どうしたの?」
沙織、と呼ばれた少女はひどく困り切っている様子だった。小学生といっても通じるほど大きな瞳を更に見開き表面張力
ギリギリまで困惑という名の液体を湛えているようだった。その顔を見た剛太はおや? と首を傾げた。どこかで見た覚えが
ある。軽く記憶をなぞる。
(あ。そうだ。寄宿舎の管理人室で会議してる時、武藤の妹たちと覗きやってた奴だ。ん? いや待てあの時は確か、鐶光
とかいう敵のホムンクルスが化けてたんだよな。ってコトは「本物」とは初対面か?)
その「本物」、剛太にはまったく目もくれずただただ必死に桜花へ状況説明をしている。それが終わらない限り剛太の用件
は終わりそうにないので聞くともなしに聞いてみる。
やがて門外漢の垂れ目にも事情が分かった。
どうやら同僚が一人、来れなくなったらしい。理由は「子供が熱を出した」せい。子持ちでメイドカフェ勤務? 不思議な話
だがこんなフザけた場所なら仕方ない……剛太はそう割り切った。とにかく事情が以上のようであるなら店長なりオーナー
なりに相 談すれば良さそうなものだが、沙織の話では彼らとも連絡がつかないらしい。
「困ったわね。じゃあ私たちで何とかしないと」
と桜花が店内を見ると、メイドたちが一斉に首を横に振った。どうやら自信がないらしい。
(やれやれ。上司が上司ならバイトもバイトかよ)
剛太が呆れていると、桜花がするりとレジカウンターに滑り込み、レジの下から慣れた手つきで紙を一枚取り出した。難
しい顔で眺めている所から察するに、どうやらシフト表らしい。
「やっぱりあと1人いないと回らないわね」
「回らない? え、でもここファミレスとかじゃないでしょ? 1人ぐらいいなくても何とかなるんじゃ?」
不思議そうな呟きに桜花はいかにも仕事慣れした調子で答えた。
「ここは食べ物作って出すだけじゃないのよ剛太クン。お客さんが来たらマンツーマンでおもてなししなきゃいけないの。で、
今日の売上予算的には私が上がった後、もう1人いないとどうしても回らないっていう訳。休んだ人は普通の人の3人分ぐ
らい働け る人だし……。かといって2人以上入れたら今度は人件費が予算オーバーだから、入れられるのはあと1人って
だだけど……誰にするべきかしら。あ、沙織ちゃん。とりあえず今日オフの人に電話掛けて出れるかどうか聞いてくれない?
手の開いてる人 は店長やオーナーに電話をかけ続けて。繋がったらいまどういう状況か報告して指示を仰いで」
やがて同僚たちが動き出すのを確認すると、桜花はすぐさまシフト表に視線を戻した。瞳の色は真剣だ。どうすればこの
難局を乗り切れるか心底マジメに考えているらしい。そういう雑味のない様子に「こういう表情(カオ)もできるのか」と剛太
はひどく感心した。が、素直に褒めるのも癪なので、わざと茶化すように質問する。
「あんた慣れすぎだろ。つかいつから勤務してんだよ」
「そうね。総角クンたちとの決着付いてからだから……1週間ぐらい?」
にこりともしない桜花に剛太は息を呑んだ。
(幾らなんでも適応しすぎだろ)
とはいえ生徒会長になれるほど有能な桜花であるから、未知の仕事でも飲みこむのは早いのであろう。
しかし彼女の奮戦も空しくオーナーや店長と連絡が取れたという報告がメイドたちから上がる気配はない。
やがて沙織が戻ってきた。桜花の指示を受けどこかで電話していたらしい。
「うぅ。駄目だったよ桜花先輩。誰も連絡つかないー」
あどけない表情をしかめて軽くベソを書く後輩に桜花は生徒会長らしく、「じゃ」と微笑んだ。
「私が残るわ。それでいいでしょ? 店長やオーナーには後で説明しておくわ」
「さすが桜花先輩!」
「というコトでゆっくりしていかない剛太クン? 私を御指名ならサービスしちゃうけど」
くしゃくしゃの髪を更に掻きむしりながら「さてどう先輩に報告したものか」と思案にくれる剛太である。
念仏番長が銀成市にメイドカフェを出店する事にしたのは、つまるところ私欲のためである。
来音寺萬尊(らいおんじまんそん)といういかにも偽名くさい本名を持つこの男は号が示す通り坊主である。
容貌魁偉にして禿頭、学ランの上から巨大な数珠をかけている所はまったくもう誰がどう見ても坊主であるが、ただし非
常に俗物であり、一度などは新興宗教めいたものを立ち上げ暴利を貪っていた。
紆余曲折を経て改心し友情の大切を噛みしめるようにはなったが、しかしコトあるごとに自身を模した「念仏くん」なるグッ
ズを売りたがるのが珠に瑕である。
知り合いの財閥令嬢を説き伏せまんまとメイドカフェを銀成市に出店し、そこのオーナーに収まったのもつまるところは新
興宗教時代のしくじりによって山のような在庫ができた「念仏くん」グッズを捌くためである。
目論見はこうだ。色んな意味で群雄割拠してる東京23区は敢えて外して埼玉にメイドカフェを作る。そして可愛い女の子
を沢山集めて人気を出す。すると各所で取り上げられ有名になる。そこでマスコットとして「念仏くん」グッズをねじ込む。結果、
バカ売れ。正に完璧なプランである。
「ま、勝手にやってよ」
日頃念仏を小馬鹿にしてやまない後付け反則何でもアリのへそ出しマスクは冷笑したが、しかし念仏は自身の成功を信
じている。この日もオーナーの職務を放棄し、知り合いの粘液デロッデロショタ生物に従業員一同の写真を見せびらかし悦
に浸っていた。携帯電話の電源は切っている。自慢タイムを邪魔されたくなかったのだ。
「都心から外れども女子のレベルは遥かに高し……! やはり我の目に狂いはなかった」
桜花はいわずもがな。その後輩の河合沙織もコケティッシュな雰囲気がウケている。他の女子も高レベル。いずれも街角
で念仏直々にスカウトした逸材どもである。無論失敗も多かった。顔に傷ある凛々しいセーラー服の少女は勧誘途中でブチ
切れて目つぶししてきたし、同じくセーラー服で髪を筒にいれてる外人少女は汚物でもみるような冷たい目つきで毒舌を降らし、
念仏の心を抉り、シルクハットを被ったお下げ少女はメイドに対する講釈を十万行ばかり垂れてから丁重に断った。虚ろな
瞳でうろうろしてた少女は「地図があれば……行けます」といったから書いてあげた。でもやってくる気配がない。
「とはいえ次なるツンデレカフェの開業を視野に入れた場合、毒舌少女は外せんぞ。今度出会ったら必ずや引き入れてみせる」
「そ、そうデロか」
粘り強さが最大の武器であるデロデロのショタは、しかし度重なる念仏の自慢話にとうとう根負けしたらしく去って行った。
「フン。他愛もない。次は居合辺りに──…」
自慢のメールを送ろうと携帯電話を開いた念仏、電源がオフになっているのに気付いた。そして電源を入れる。
見計らったように電話が来た。桜花からである。報告を聞いた念仏は思わず立ち上がった。
「何! サソ……遥っちが休むだと……? ま、まあ良いわ。お主が代わりに入るというのなら問題はない。後は頼んだぞ。
我もすぐに駆け付ける!」
遥っち。義理の息子を養育するためメイドに身をやつしてまで働く元レディース。桜花とはあらゆる要素が対極的だが、
「無理してる感じが逆にイイ」「実は怖そう。でも怒られたい」などなどの理由で当店ナンバー2の人気者である。念仏の誘い
によって銀成に来たのである。
来音寺萬尊(らいおんじまんそん)といういかにも偽名くさい本名を持つこの男は号が示す通り坊主である。
容貌魁偉にして禿頭、学ランの上から巨大な数珠をかけている所はまったくもう誰がどう見ても坊主であるが、ただし非
常に俗物であり、一度などは新興宗教めいたものを立ち上げ暴利を貪っていた。
紆余曲折を経て改心し友情の大切を噛みしめるようにはなったが、しかしコトあるごとに自身を模した「念仏くん」なるグッ
ズを売りたがるのが珠に瑕である。
知り合いの財閥令嬢を説き伏せまんまとメイドカフェを銀成市に出店し、そこのオーナーに収まったのもつまるところは新
興宗教時代のしくじりによって山のような在庫ができた「念仏くん」グッズを捌くためである。
目論見はこうだ。色んな意味で群雄割拠してる東京23区は敢えて外して埼玉にメイドカフェを作る。そして可愛い女の子
を沢山集めて人気を出す。すると各所で取り上げられ有名になる。そこでマスコットとして「念仏くん」グッズをねじ込む。結果、
バカ売れ。正に完璧なプランである。
「ま、勝手にやってよ」
日頃念仏を小馬鹿にしてやまない後付け反則何でもアリのへそ出しマスクは冷笑したが、しかし念仏は自身の成功を信
じている。この日もオーナーの職務を放棄し、知り合いの粘液デロッデロショタ生物に従業員一同の写真を見せびらかし悦
に浸っていた。携帯電話の電源は切っている。自慢タイムを邪魔されたくなかったのだ。
「都心から外れども女子のレベルは遥かに高し……! やはり我の目に狂いはなかった」
桜花はいわずもがな。その後輩の河合沙織もコケティッシュな雰囲気がウケている。他の女子も高レベル。いずれも街角
で念仏直々にスカウトした逸材どもである。無論失敗も多かった。顔に傷ある凛々しいセーラー服の少女は勧誘途中でブチ
切れて目つぶししてきたし、同じくセーラー服で髪を筒にいれてる外人少女は汚物でもみるような冷たい目つきで毒舌を降らし、
念仏の心を抉り、シルクハットを被ったお下げ少女はメイドに対する講釈を十万行ばかり垂れてから丁重に断った。虚ろな
瞳でうろうろしてた少女は「地図があれば……行けます」といったから書いてあげた。でもやってくる気配がない。
「とはいえ次なるツンデレカフェの開業を視野に入れた場合、毒舌少女は外せんぞ。今度出会ったら必ずや引き入れてみせる」
「そ、そうデロか」
粘り強さが最大の武器であるデロデロのショタは、しかし度重なる念仏の自慢話にとうとう根負けしたらしく去って行った。
「フン。他愛もない。次は居合辺りに──…」
自慢のメールを送ろうと携帯電話を開いた念仏、電源がオフになっているのに気付いた。そして電源を入れる。
見計らったように電話が来た。桜花からである。報告を聞いた念仏は思わず立ち上がった。
「何! サソ……遥っちが休むだと……? ま、まあ良いわ。お主が代わりに入るというのなら問題はない。後は頼んだぞ。
我もすぐに駆け付ける!」
遥っち。義理の息子を養育するためメイドに身をやつしてまで働く元レディース。桜花とはあらゆる要素が対極的だが、
「無理してる感じが逆にイイ」「実は怖そう。でも怒られたい」などなどの理由で当店ナンバー2の人気者である。念仏の誘い
によって銀成に来たのである。