「ががが、ががが、がおがおがー! ががが、がががが、がおがおがー!!」
ポニーテールにかんざしを差した小さな少女──銀成学園理事長──が1匹、廊下を走り抜けた。
彼女はひどく楽しそうにキラキラと笑い、両腕を横へめいっぱい伸ばし、走っていた。
彼女はひどく楽しそうにキラキラと笑い、両腕を横へめいっぱい伸ばし、走っていた。
ただそれだけです。別に本筋とは関係ありません。
「ねえ斗貴子さん。最近のジャンプって敵が出てくるたび修行するよね。ドラゴンボールもそうだったけど今のジャンプって
ラディッツ出てきたら修行、サイバイマン出てきたら修行って感じだよね。あと修行の内容がほとんど新技習得っていうのは
分かりやすくていいんだけど、でもホラさ、やっぱり新技っていうのは死闘の最後のギリギリな時、本当負けそうになりなが
ら自力で思いついて最後の決め手に……って感じが熱いしありがたみが出てくると思うんだ」(声色)
「知るか! カズキの声真似はよせ! というかココはどこだ! えらくこだわっているがキミは意外に漫画好きなのか!」
「一度に質問されてもね……とりあえず」
六舛は無表情で喉を叩いた。
「こだわってなんかないわよ! べ、別にジャンプなんてどうでもいいんだからねっ!」(声色)
「何でヴィクトリアの声……。ま、まあいい。話を本筋に戻そう。私達の演技力向上の件は──…」
「問題ない。お2人はこれからここで修行」
斗貴子は辺りを見回した。山にほどよく近いそこは一面森に覆われひどく欝蒼としている。
銀成市でも恐らく秘境の部類に属するだろう。
(途中までの道のりや進行方向から察するに、LXEの本部から北西に2~3kmという所か。山を越えれば隣の市だ。しかし、な
ぜ彼はこんな所に……?)
ラディッツ出てきたら修行、サイバイマン出てきたら修行って感じだよね。あと修行の内容がほとんど新技習得っていうのは
分かりやすくていいんだけど、でもホラさ、やっぱり新技っていうのは死闘の最後のギリギリな時、本当負けそうになりなが
ら自力で思いついて最後の決め手に……って感じが熱いしありがたみが出てくると思うんだ」(声色)
「知るか! カズキの声真似はよせ! というかココはどこだ! えらくこだわっているがキミは意外に漫画好きなのか!」
「一度に質問されてもね……とりあえず」
六舛は無表情で喉を叩いた。
「こだわってなんかないわよ! べ、別にジャンプなんてどうでもいいんだからねっ!」(声色)
「何でヴィクトリアの声……。ま、まあいい。話を本筋に戻そう。私達の演技力向上の件は──…」
「問題ない。お2人はこれからここで修行」
斗貴子は辺りを見回した。山にほどよく近いそこは一面森に覆われひどく欝蒼としている。
銀成市でも恐らく秘境の部類に属するだろう。
(途中までの道のりや進行方向から察するに、LXEの本部から北西に2~3kmという所か。山を越えれば隣の市だ。しかし、な
ぜ彼はこんな所に……?)
道中はひどく難儀した。
途中までは砂利散らばる林道を歩けていたが、ラスト2時間はピラニアの泳ぐ川をイカダで下り崖を上り蒼く輝く氷の洞窟
さえ抜けた。林に張り巡らされたロープを滑車で下っている時、斗貴子はもう本当何もかもうっちゃって帰ろうかと思った。
下にはあぶく立つ紫色の沼があり、野牛のような頭蓋骨がそこかしこに浮かんでいた。硫黄のような匂いが立ち込めていた。
正に人外魔境の、ここは本当に日本の埼玉県かと疑いたくなるような光景の連続だった。
途中までは砂利散らばる林道を歩けていたが、ラスト2時間はピラニアの泳ぐ川をイカダで下り崖を上り蒼く輝く氷の洞窟
さえ抜けた。林に張り巡らされたロープを滑車で下っている時、斗貴子はもう本当何もかもうっちゃって帰ろうかと思った。
下にはあぶく立つ紫色の沼があり、野牛のような頭蓋骨がそこかしこに浮かんでいた。硫黄のような匂いが立ち込めていた。
正に人外魔境の、ここは本当に日本の埼玉県かと疑いたくなるような光景の連続だった。
そして辿りついたのは何の変哲もないログハウスである。彼らは目下、その前で佇んでいるという有様だ。
「しかし……到着しても信じられないな。本当にいるのか? こんな所に。キミがいう、演技の神様? っていうのが」
「間違いない。いる。俺の師匠もこんな感じの場所に住んでいた」
「そ。お約束。達人っていうのは未開の土地にいる」
師匠? あ、ああ、秋水に剣を教えたという師匠のコトか。とりあえず手近な疑問から片付けた斗貴子はしかし、ゲンナリ
と肩を落とした。
秋水ときたら拳を固め、ここまでの道中の異常さと達人の連関性を生真面目に説き始めている。ふだん寡黙な彼にして
はいやに多弁だ。思わぬ大冒険とこの後の修行にちょっと興奮しているのかも知れない。
「近頃思っているが、キミ、ちょっとノリがおかしくないか? 大丈夫か最近。まひろちゃんからおかしな影響を受けているような……」
「大丈夫だ。心配はない。それよりも今の問題は演技の神様についてだ」
「だからいるのか」
「間違いな(ry」
「そ。お約(ry」
「それはさっき聞いた! 私が聞きたいのはどういう師匠かだ!」
斗貴子がバンと手近な木を叩く。怒声が山に木霊した。激昂。斗貴子あとはもうログハウスを指差し指差し怒鳴る一方である。
「いっておくがこんな場所に住んでいるような奴は決まって碌でもない輩だ!! どうせやたら気難しい老人がこの中に居て
私達に無理難題を押し付けるんだろ! この街にきて以来ヘンな連中に散々な目に遭わされ続けた私だから分かる!
見え見えだ、いい加減にしろ!」
「待て津村」
「なんだ」
「一見ただの無理難題でも実は最も効率的な特訓手段だ。現に俺の場合はそうだった」
「そ。先輩の言う通り。後で演技している途中で「こういう意味だったのか」って気付くさ。だから無駄じゃない」
「仮に無駄じゃないとしてもそういうのは最初にいえ! どんな目的で特訓するか説明しなきゃ教わる方は身が入らないし
真剣に取り組んでくれないんだぞ! イヤイヤ練習したせいでおかしなやり方編み出したり変な癖をつけたりしたらどうな
る! 教える側が身に付けて欲しかったフォームをまるで習得してくれなかったら修行の意味がないぞ!」
「斗貴子氏。それはいくらなんでも現実的すぎる。もっとロマンとか夢を持とうよ」
「現実的で結構! 私達が常に直面しているのは何だ! 現実だ! 夢やロマンじゃない!」
肩をいからせ叫ぶのは、ログハウスの中にいるであろう人間への恫喝か。
「というかこれだけ騒いでるのに出てこないとはな! まったく! なんであのテの気難しい老人連中はいやに勿体つけるんだ!」
「ひょっとして津村、君はいま帰りたいと思っているのか?」
「ああ。パピヨンの件さえなければとっととな」
「だがどの道、今からでは不可能だ」
「どういう意味だ?」
「沼の上のロープは俺が切断した。あそこを歩いて帰るのは不可能だ。君は5秒ともたず溶けるだろう」
「ああ何だそうかロープが……って待てェ! なんで切断した! キミはいまさらっとスゴいコトをいったな!! えええ?」
「1日で演技を極めパピヨンに勝つにはそれだけの覚悟が必要だ。いわば……背水の陣!」
「馬鹿か! あのロープがなかったら私達は帰れないんだぞ! 奴に勝つ勝たない以前に挑むコトさえできない!!」
「…………」
「しまったという顔で汗をかくなァ!! あああもうやっぱりキミはまひろちゃんの影響を受け過ぎだ! なんだあのコなんだ
あのコ! キミのような性格の者まで作り変えて! おかげでコレからどうすればいいか分からない!!!」」
「大丈夫。小屋の裏の坂を5分下ればバス停がある。銀成学園まではバスで7分、意外に近い」
「………………達人が未開の土地にいるといったのはどこの誰だ? もう嫌だこの街。いつか絶対出てやる」
衝撃的な六舛の告白に、激怒さえ勢いを失ったようだ。斗貴子はうなだれ軽く涙を流した。
「で、演技の神様というのは?」
「ズバリ。ガウンの貰い損の影の創始者」
「ガウンの……ああ、いま演劇部が手本にしてるグループのか。しかし何でまたキミはそんな人と知り合いなんだ?」
つくづく謎めいた少年である。六舛は「内緒」とだけ呟きドアに手を当てた。
「年に数回のバカンスしに銀成市へ来ているってメールがさっき来た。だからちょうどいいかなって」
「そもそも達人だの神様がメールを使うな。ありがたみがなさすぎる……」
「しかし……到着しても信じられないな。本当にいるのか? こんな所に。キミがいう、演技の神様? っていうのが」
「間違いない。いる。俺の師匠もこんな感じの場所に住んでいた」
「そ。お約束。達人っていうのは未開の土地にいる」
師匠? あ、ああ、秋水に剣を教えたという師匠のコトか。とりあえず手近な疑問から片付けた斗貴子はしかし、ゲンナリ
と肩を落とした。
秋水ときたら拳を固め、ここまでの道中の異常さと達人の連関性を生真面目に説き始めている。ふだん寡黙な彼にして
はいやに多弁だ。思わぬ大冒険とこの後の修行にちょっと興奮しているのかも知れない。
「近頃思っているが、キミ、ちょっとノリがおかしくないか? 大丈夫か最近。まひろちゃんからおかしな影響を受けているような……」
「大丈夫だ。心配はない。それよりも今の問題は演技の神様についてだ」
「だからいるのか」
「間違いな(ry」
「そ。お約(ry」
「それはさっき聞いた! 私が聞きたいのはどういう師匠かだ!」
斗貴子がバンと手近な木を叩く。怒声が山に木霊した。激昂。斗貴子あとはもうログハウスを指差し指差し怒鳴る一方である。
「いっておくがこんな場所に住んでいるような奴は決まって碌でもない輩だ!! どうせやたら気難しい老人がこの中に居て
私達に無理難題を押し付けるんだろ! この街にきて以来ヘンな連中に散々な目に遭わされ続けた私だから分かる!
見え見えだ、いい加減にしろ!」
「待て津村」
「なんだ」
「一見ただの無理難題でも実は最も効率的な特訓手段だ。現に俺の場合はそうだった」
「そ。先輩の言う通り。後で演技している途中で「こういう意味だったのか」って気付くさ。だから無駄じゃない」
「仮に無駄じゃないとしてもそういうのは最初にいえ! どんな目的で特訓するか説明しなきゃ教わる方は身が入らないし
真剣に取り組んでくれないんだぞ! イヤイヤ練習したせいでおかしなやり方編み出したり変な癖をつけたりしたらどうな
る! 教える側が身に付けて欲しかったフォームをまるで習得してくれなかったら修行の意味がないぞ!」
「斗貴子氏。それはいくらなんでも現実的すぎる。もっとロマンとか夢を持とうよ」
「現実的で結構! 私達が常に直面しているのは何だ! 現実だ! 夢やロマンじゃない!」
肩をいからせ叫ぶのは、ログハウスの中にいるであろう人間への恫喝か。
「というかこれだけ騒いでるのに出てこないとはな! まったく! なんであのテの気難しい老人連中はいやに勿体つけるんだ!」
「ひょっとして津村、君はいま帰りたいと思っているのか?」
「ああ。パピヨンの件さえなければとっととな」
「だがどの道、今からでは不可能だ」
「どういう意味だ?」
「沼の上のロープは俺が切断した。あそこを歩いて帰るのは不可能だ。君は5秒ともたず溶けるだろう」
「ああ何だそうかロープが……って待てェ! なんで切断した! キミはいまさらっとスゴいコトをいったな!! えええ?」
「1日で演技を極めパピヨンに勝つにはそれだけの覚悟が必要だ。いわば……背水の陣!」
「馬鹿か! あのロープがなかったら私達は帰れないんだぞ! 奴に勝つ勝たない以前に挑むコトさえできない!!」
「…………」
「しまったという顔で汗をかくなァ!! あああもうやっぱりキミはまひろちゃんの影響を受け過ぎだ! なんだあのコなんだ
あのコ! キミのような性格の者まで作り変えて! おかげでコレからどうすればいいか分からない!!!」」
「大丈夫。小屋の裏の坂を5分下ればバス停がある。銀成学園まではバスで7分、意外に近い」
「………………達人が未開の土地にいるといったのはどこの誰だ? もう嫌だこの街。いつか絶対出てやる」
衝撃的な六舛の告白に、激怒さえ勢いを失ったようだ。斗貴子はうなだれ軽く涙を流した。
「で、演技の神様というのは?」
「ズバリ。ガウンの貰い損の影の創始者」
「ガウンの……ああ、いま演劇部が手本にしてるグループのか。しかし何でまたキミはそんな人と知り合いなんだ?」
つくづく謎めいた少年である。六舛は「内緒」とだけ呟きドアに手を当てた。
「年に数回のバカンスしに銀成市へ来ているってメールがさっき来た。だからちょうどいいかなって」
「そもそも達人だの神様がメールを使うな。ありがたみがなさすぎる……」
華奢な少年が肩にくっと力を入れるだけで扉が開いた。どうやら鍵は掛っていないらしい。
「取りあえず入ってみる?」
斗貴子と秋水は一瞬顔を見合わせた。
(どうする津村?)
(玄関に上がれば気配を聞きつけてくるだろう。それも演技の神様とやらが中にいれば、だが。どの道このままじゃ埒があ
かない。いったん中に入ろう)
(玄関に上がれば気配を聞きつけてくるだろう。それも演技の神様とやらが中にいれば、だが。どの道このままじゃ埒があ
かない。いったん中に入ろう)
彼らは六舛に向き直り、渋々と頷いた。
「がおがおがー!!」
「がおがおがー!!」
「がおがおがー!!」
銀成学園の廊下で少女が2匹、じゃれあっていた。
まひろがちょいちょいと右腕を出して牽制すると、かんざしを差した古風な少女が両手をあげて威嚇する。
それの繰り返しだ。
それの繰り返しだ。
「がお」
「がお」
「「がー!!」」
「がお」
「「がー!!」」
両者は弱P連打で小突きあって時々伸びあがって威嚇をしあっている。
さきほどから千里と沙織が制止しているが、一向に効果はない。
(馬鹿丸出しねこの2人)
ヴィクトリアはため息をついた。
リビングの中で立ち竦む斗貴子と秋水をよそに、六舛はキッチンの方へ歩いて行く。
「木場空牙(くうが)。居る? 六舛だけど」
(木場空牙?)
(それが演技の神様の名前? なんか非常に偽名臭くないか?)
(それが演技の神様の名前? なんか非常に偽名臭くないか?)
意外に広いログハウスだった。玄関から一直線に伸びる廊下はかなり長く、その壁面には斗貴子がぱっと見ただけでも
5つの扉がついていた。
そのうち玄関から数えて2つ目へ六舛が速攻入っていったのがログハウス侵入3秒後だ。
むろん不法侵入だ。斗貴子は慌てて彼を追い、秋水も後に続いた。
5つの扉がついていた。
そのうち玄関から数えて2つ目へ六舛が速攻入っていったのがログハウス侵入3秒後だ。
むろん不法侵入だ。斗貴子は慌てて彼を追い、秋水も後に続いた。
そして今に至る。彼らは、リビングに居た。
(隣の部屋はキッチンか)
斗貴子はぼんやりと六舛を眺めた。彼はとうとう冷蔵庫や三角コーナーさえ物色し始めている。
(まるでドロボウだな。いいのか?)
疑問が浮かぶもあまりに堂々とした六舛の態度に何もいえない斗貴子だ。ただ秋水と2人して立ちつくし、リビングを観察
がてら眺めている。
綺麗な部屋だった。年に数回使うだけにしては恐ろしく埃が少ない。もっとも調度品と言えば部屋の中央におかれた木製
の丸テーブルぐらいだから散らかり様とか汚れ様がないのだろう。必要な物はそれこそバス経由で坂の下から運んでくる
に違いなかった。
(にしてはCDが多いな……)
丸テーブルの上には正方形のCDケースが雑然と散っている。ヒットソングにはあまり興味のない斗貴子だが、漠然とそ
れらを眺めているうちいつしかテーブルの前へ座り込んでいるのに気付いた。
「どうした?」
「あ、いや……」
粛然と不思議がる秋水に半ば上の空という様子で答える。細い指はケースを持ち上げては戻し持ち上げては戻しの繰り
返しだ。やがて卓上のCD総てにそうした斗貴子は「やはり」とだけ呟いた。
「全部同じアーティストのCDだ。いや、それだけなら別段不思議でもないんだが、この名前に少し心当たりが」
「つまり……錬金術絡みの話か?」
「ああ」
秋水がキッチンに目をやったのは一般人(六舛)の存在を鑑みたからか。幸い彼は「別の部屋も見てくる」とだけ言い
残しどこかへ消えている。恐らくキッチンにも扉があって別の部屋へ行ったのだろう。
それで斗貴子も安心したのか。声のボリュームを微増させた。
「確か2年ぐらい前だな。キミは知らないかも知れないが、あるアイドルがシークレットライブ中、ホムンクルスの襲撃
を受けた。相当大規模な事件だったから覚えている。犠牲者はそのアイドルと彼のファンの合計129名」
「つまりここにあるCDは」
いつしか綺麗な正座の秋水に、斗貴子は頷いてみせた。
斗貴子はぼんやりと六舛を眺めた。彼はとうとう冷蔵庫や三角コーナーさえ物色し始めている。
(まるでドロボウだな。いいのか?)
疑問が浮かぶもあまりに堂々とした六舛の態度に何もいえない斗貴子だ。ただ秋水と2人して立ちつくし、リビングを観察
がてら眺めている。
綺麗な部屋だった。年に数回使うだけにしては恐ろしく埃が少ない。もっとも調度品と言えば部屋の中央におかれた木製
の丸テーブルぐらいだから散らかり様とか汚れ様がないのだろう。必要な物はそれこそバス経由で坂の下から運んでくる
に違いなかった。
(にしてはCDが多いな……)
丸テーブルの上には正方形のCDケースが雑然と散っている。ヒットソングにはあまり興味のない斗貴子だが、漠然とそ
れらを眺めているうちいつしかテーブルの前へ座り込んでいるのに気付いた。
「どうした?」
「あ、いや……」
粛然と不思議がる秋水に半ば上の空という様子で答える。細い指はケースを持ち上げては戻し持ち上げては戻しの繰り
返しだ。やがて卓上のCD総てにそうした斗貴子は「やはり」とだけ呟いた。
「全部同じアーティストのCDだ。いや、それだけなら別段不思議でもないんだが、この名前に少し心当たりが」
「つまり……錬金術絡みの話か?」
「ああ」
秋水がキッチンに目をやったのは一般人(六舛)の存在を鑑みたからか。幸い彼は「別の部屋も見てくる」とだけ言い
残しどこかへ消えている。恐らくキッチンにも扉があって別の部屋へ行ったのだろう。
それで斗貴子も安心したのか。声のボリュームを微増させた。
「確か2年ぐらい前だな。キミは知らないかも知れないが、あるアイドルがシークレットライブ中、ホムンクルスの襲撃
を受けた。相当大規模な事件だったから覚えている。犠牲者はそのアイドルと彼のファンの合計129名」
「つまりここにあるCDは」
いつしか綺麗な正座の秋水に、斗貴子は頷いてみせた。
「そう。そのアイドルの物だ」
「…………」
ジャケットに必ず「Cougar」と銘打たれたCDを秋水は黙然と眺めた。何を考えているか斗貴子は直感し、次いで軽い驚き
に見舞われた。
彼の心情はおおむね自分と一致しているようだった。
ジャケットに必ず「Cougar」と銘打たれたCDを秋水は黙然と眺めた。何を考えているか斗貴子は直感し、次いで軽い驚き
に見舞われた。
彼の心情はおおむね自分と一致しているようだった。
戦士を長くやっていると必ず持ち得る感覚。
例えばすでに持ち主がいなくなった部屋でもいい。作りかけのプラモ。血が付いた銀色の腕時計。「8時には帰りまーす♪」
と親に送られた最後のメール。
或いは、戦団の書類の中で事務的に踊る犠牲者の名前。
と親に送られた最後のメール。
或いは、戦団の書類の中で事務的に踊る犠牲者の名前。
それらを。
ホムンクルスが理不尽に命を奪った人間の痕跡を。
何かの拍子で目にした時に感じる激しい怒りと胸を突く悲しみ。やるせなさ。
それを秋水はひしひしと感じているようだった。
愁いに揺れる端正な瞳が、やがて静かに閉じられた。
死してなおファンに愛され、ログハウスの中にCDを並べられる。
そんなアイドルを──写真の中で凛々しい顔をしている彼を──秋水は悼んでいるようだった。
そんなアイドルを──写真の中で凛々しい顔をしている彼を──秋水は悼んでいるようだった。
やれやれ、と斗貴子は嘆息した。
(元信奉者がよくもまあ……と毒づきたくもあるが)
(元信奉者がよくもまあ……と毒づきたくもあるが)
(この変化は、キミが早坂秋水を守った結果かも知れないな。カズキ)
テーブルの前で静かに手を合わすと、秋水もそれに倣った。
(冥福を祈る。かつてのキミのように)
かつてカズキも同じコトをしていた。犠牲者の骨を埋葬し、手を合わせていた。
記憶は疼痛をもたらす針となり、心臓を狙っているようだった。
犠牲者の家族が味わっている痛み。
「深い深い痛み」。
それを斗貴子はひしひしと感じていた。
繕っていても、平然としているようでも、拭いがたい痛みが常に意識の中にある。
それは日常の馬鹿騒ぎに声を荒げた瞬間にだけ知覚を逃れるが、すぐに舞い戻ってくる。
何かが彼の代わりになって欠如を埋めるというようなコトは絶対にないのだと斗貴子は思う。
記憶は疼痛をもたらす針となり、心臓を狙っているようだった。
犠牲者の家族が味わっている痛み。
「深い深い痛み」。
それを斗貴子はひしひしと感じていた。
繕っていても、平然としているようでも、拭いがたい痛みが常に意識の中にある。
それは日常の馬鹿騒ぎに声を荒げた瞬間にだけ知覚を逃れるが、すぐに舞い戻ってくる。
何かが彼の代わりになって欠如を埋めるというようなコトは絶対にないのだと斗貴子は思う。
(やはり私はパピヨンのように割り切るコトはできない。どうしてアイツは平気な顔で演劇部に来れるんだ……)
「一通り見てみたけど、いないみたい。木場空牙」
「うへ!?」
頭上からの声に斗貴子は仰天した。感傷に浸るあまり背後の影に気付けなかった。
「……もしかして、俺、悪いコトした?」
見上げたカズキの友人は、若干ながら戸惑っているようだった。斗貴子も戸惑った。平素淡白な六舛だから、戸惑う顔は
予想外だった。もしかすると斗貴子のカズキに対する感傷が分かったのかも知れない。彼もまた、友人への感傷を抱えている
筈なのだ。
「あ、いや。その…………」
立ち上がりながら斗貴子は頬をかいた。気まずい。下手に言い繕えば日々堪えている何かが決壊し、ますます六舛を
気まずくしてしまいそうだった。それが嫌だった。
「ところで確認したいが、木場空牙という者が演技の神様なのか?」
秋水が憮然と呟いた。六舛と斗貴子はぎこちなくだが彼を見て、咳払いを一つ漏らした。
「まあね。話戻そうか斗貴子氏」
「そ、そうだな。今重要なのはそっちだからな」
両者の表情や声は硬いが……。
一見空気の読めぬ質問に救われた形だ。むしろ秋水は敢えて空気を読まなかったのかも知れない。
「木場空牙っていうのはHN。本名は誰もしらない」
「HN……ああ。字(あざな)とか号みたいなものか」
「そういえばキミはさっき言ったな」
「うへ!?」
頭上からの声に斗貴子は仰天した。感傷に浸るあまり背後の影に気付けなかった。
「……もしかして、俺、悪いコトした?」
見上げたカズキの友人は、若干ながら戸惑っているようだった。斗貴子も戸惑った。平素淡白な六舛だから、戸惑う顔は
予想外だった。もしかすると斗貴子のカズキに対する感傷が分かったのかも知れない。彼もまた、友人への感傷を抱えている
筈なのだ。
「あ、いや。その…………」
立ち上がりながら斗貴子は頬をかいた。気まずい。下手に言い繕えば日々堪えている何かが決壊し、ますます六舛を
気まずくしてしまいそうだった。それが嫌だった。
「ところで確認したいが、木場空牙という者が演技の神様なのか?」
秋水が憮然と呟いた。六舛と斗貴子はぎこちなくだが彼を見て、咳払いを一つ漏らした。
「まあね。話戻そうか斗貴子氏」
「そ、そうだな。今重要なのはそっちだからな」
両者の表情や声は硬いが……。
一見空気の読めぬ質問に救われた形だ。むしろ秋水は敢えて空気を読まなかったのかも知れない。
「木場空牙っていうのはHN。本名は誰もしらない」
「HN……ああ。字(あざな)とか号みたいなものか」
「そういえばキミはさっき言ったな」
──「ズバリ。ガウンの貰い損の影の創始者」
「影の創始者というのは、どういう──…」
「主催者のれヴぉ氏を見出して育てたから。あ、これはフィクションだから。モデルになった人とは無関係だから」
(誰にいっている)
「いわば木場空牙はプロデューサー。自分で演技をするより、才能を発掘して育てる方が好きだとか」
「ズブの素人である私達を育てるにはまさにうってつけの人材か。だが……肝心の彼がいないとなると」
「へへ。俺っちならすでにここにいやすよー」
「わわわ!?」
”それ”は何の前触れもなく斗貴子の肩に乗った。顔である。いつの間にか男が背後に居て、セーラー服越しに顔を乗せて
いる。不意の出来事。彼女の背筋は粟立った。
(だが同時に目つぶしと胸部への貫手を敢行したのは正に津村ならではの反応だ!)
(出たぜ津村氏のデスコンボォー!! こいつでカズキ数回、病院送りにしたのは有名な話だぜー!!(脳内声色モデル雑魚キャラ))
秋水と六舛はただ淡々と斗貴子の反応を眺めた。咄嗟に助けなかったのは無論彼女の戦闘力を信頼してのコトである。
(なんでキミたちそんなにノリノリなんだ! じゃない! しまった! つい、反撃を──!)
首捻じ曲げつつ反省する斗貴子の眼前で意外な出来事が起こった。背後の男が消えたのである。目つぶしと貫手は鮮
やかな残像を突き破り、空を切った。
(消えた? どこへ?)
きょろきょろと周囲を見渡す斗貴子に六舛と秋水は「前」とだけ呼びかけた。
それでようやく正面を見た斗貴子が思わず飛びのいたのは、胸の辺りに手が伸びてきていたためだ。
(っの! ヤブカラボウに変なコトをするな!! ブブブブチ撒けるぞ!!)
距離を置き、用心深く胸を覆いながら相手を見る。空を切った五指は未だに「何かを揉みこむように」わきわきと動いてた。
「主催者のれヴぉ氏を見出して育てたから。あ、これはフィクションだから。モデルになった人とは無関係だから」
(誰にいっている)
「いわば木場空牙はプロデューサー。自分で演技をするより、才能を発掘して育てる方が好きだとか」
「ズブの素人である私達を育てるにはまさにうってつけの人材か。だが……肝心の彼がいないとなると」
「へへ。俺っちならすでにここにいやすよー」
「わわわ!?」
”それ”は何の前触れもなく斗貴子の肩に乗った。顔である。いつの間にか男が背後に居て、セーラー服越しに顔を乗せて
いる。不意の出来事。彼女の背筋は粟立った。
(だが同時に目つぶしと胸部への貫手を敢行したのは正に津村ならではの反応だ!)
(出たぜ津村氏のデスコンボォー!! こいつでカズキ数回、病院送りにしたのは有名な話だぜー!!(脳内声色モデル雑魚キャラ))
秋水と六舛はただ淡々と斗貴子の反応を眺めた。咄嗟に助けなかったのは無論彼女の戦闘力を信頼してのコトである。
(なんでキミたちそんなにノリノリなんだ! じゃない! しまった! つい、反撃を──!)
首捻じ曲げつつ反省する斗貴子の眼前で意外な出来事が起こった。背後の男が消えたのである。目つぶしと貫手は鮮
やかな残像を突き破り、空を切った。
(消えた? どこへ?)
きょろきょろと周囲を見渡す斗貴子に六舛と秋水は「前」とだけ呼びかけた。
それでようやく正面を見た斗貴子が思わず飛びのいたのは、胸の辺りに手が伸びてきていたためだ。
(っの! ヤブカラボウに変なコトをするな!! ブブブブチ撒けるぞ!!)
距離を置き、用心深く胸を覆いながら相手を見る。空を切った五指は未だに「何かを揉みこむように」わきわきと動いてた。
「へへ、すいやせんねえ。可愛い女のコを見るとついついスキンシップしたくなるもんで。へへ」
想像とは常に現実と乖離するものだ。斗貴子はつくづくそう実感した。
息を呑む。凛々しく尖る瞳を丸くし、その人物を見た。
息を呑む。凛々しく尖る瞳を丸くし、その人物を見た。
「おお。そこに見えるは六っち。ひさぶー」
「ひさぶー。キバっち。ところでドコへ?」
「ここから徒歩2分のとこにある秘湯でさ。男湯と女湯隔てし壁にほどよい覗き穴がありやしてね。後は言わずもがな。へへ」
「ひさぶー。キバっち。ところでドコへ?」
「ここから徒歩2分のとこにある秘湯でさ。男湯と女湯隔てし壁にほどよい覗き穴がありやしてね。後は言わずもがな。へへ」
六舛と親しげに言葉を交わす”キバっち”こと演技の神様は……。
「ああ、ところでお姉さん、もしカレシがいやしたらご勘弁を」
想像図には。
老人には。
老人には。
あと半世紀ばかり必要な男性だった。20代の中ごろといった所だが、防人よりは年下に見えた。
「ええ、ええ分かりやす。意中の方以外に触れられる、それは女性にとって問題でゲしょーし、カレシにとっても取られたよう
で落ち着かねー。俺っちもリバっち触られたら嫌でして。へえ」
で落ち着かねー。俺っちもリバっち触られたら嫌でして。へえ」
ぺらぺらとよく喋る彼はひどく細長い体系だ。180cmほどの全身には贅肉もなければ厳つい筋肉もついていない。飾り
気のない黒の半袖Tシャツから覗く腕ときたらまったく女性のように頼りない。しかしそういうか細さが却ってスタイルをよく
見せている。プロデューサーというがモデルをやっても遜色ないほどの体型だ。
気のない黒の半袖Tシャツから覗く腕ときたらまったく女性のように頼りない。しかしそういうか細さが却ってスタイルをよく
見せている。プロデューサーというがモデルをやっても遜色ないほどの体型だ。
「罪なのはあなたの可愛いさでありやしょう。男は常に可愛いコに触れたくなるものどうか何卒ご容赦をば。へへへ。リバっ
ちはそういうとちょっぴり喜んでくれやすよ。それがまたかーわいいんでさ」
ちはそういうとちょっぴり喜んでくれやすよ。それがまたかーわいいんでさ」
ウルフカットの下で端正な顔が人好きのする笑みを浮かべていた。エビス顔、というべきだろうか。ニッコニコと眦(まなじ
り)を緩めながら彼はしきりに揉み手をしている。
り)を緩めながら彼はしきりに揉み手をしている。
(この顔……?)
一瞬秋水は丸テーブルに散らばるCDへ目をやった。「似ている」。目の前の人物はかつてホムンクルスに喰い殺された
というアイドルにやや似ていた。
ただしすぐさまその思考は雲散霧消した。雰囲気はあまりに乖離していた。
CDジャケットの中にいるアイドルの凛々しい、人間離れした──かの総角主税さえ足元に及ぶかどうかの──顔つきと
眼前にいる青年のエビス顔はまったく違っていた。むしろ「似ている」と直感した方がおかしい……観察を終えた秋水はそう
思った。表情の違いを差し引いても顔の造形は全てにおいて微妙に違う。1ランクから2ランク下だ。共通点と言えばせい
ぜいウルフカットぐらいであろう。それもファンによくいる「髪型をマネしました」程度の共通だ。
(そういえば彼の号は木場空牙……。空牙。例のアイドルの名前「Cougar」のもじりか)
死後もCDを持っているのと総合し、秋水は──ただの熱心なファンなのだろう──と結論付けた。
というアイドルにやや似ていた。
ただしすぐさまその思考は雲散霧消した。雰囲気はあまりに乖離していた。
CDジャケットの中にいるアイドルの凛々しい、人間離れした──かの総角主税さえ足元に及ぶかどうかの──顔つきと
眼前にいる青年のエビス顔はまったく違っていた。むしろ「似ている」と直感した方がおかしい……観察を終えた秋水はそう
思った。表情の違いを差し引いても顔の造形は全てにおいて微妙に違う。1ランクから2ランク下だ。共通点と言えばせい
ぜいウルフカットぐらいであろう。それもファンによくいる「髪型をマネしました」程度の共通だ。
(そういえば彼の号は木場空牙……。空牙。例のアイドルの名前「Cougar」のもじりか)
死後もCDを持っているのと総合し、秋水は──ただの熱心なファンなのだろう──と結論付けた。
「あ、リバっちってのは俺っちが片思い中の人でしてね。そりゃあ怒ると滅法怖いですよ? なにせ口の悪い仲間と大喧嘩
した時ぁ相手を1週間ばかり意識不明にしましたからねえ」
「……」
「……」
六舛と秋水は斗貴子を見た。
「……キミたち、何が言いたい?」
彼らの目は語っている。同族だ。同族がいた! と。
「あぁでも相討ちっすかね。リバっち、自分も瀕死になりやしたから」
「自らの身が滅ぼうとも敵を討つ、か」
「すごいね斗貴子氏。もしかしたら生き別れの姉妹かも」
「言いたいコトがあるならハッキリ言え! いい加減にしないとブチ撒けるぞ!」
「え? 姉妹? いやー、それは流石にないでしょ。だってリバっちの妹って……」
「?」
「あ、いや。普段は笑顔が可愛いコなんすよ。リバっち。おっぱいも大きいす。95す。ジーパン時のむっちりしたお尻のライ
ンもいいっすけどね、やっぱおっぱい! 俺っちはいつかあのロケットおっぱいを直に触りたいんす! もちろん合意の上で!」
「黙れ! エロスはほどほどにしろ!!」
「ほどほどにしまさあ! 見る触るだけならほどほどの範疇でさ姉御!!」
「誰が姉御だ! えええいもう! おかしなコトをいちいち叫ぶな! 叫ぶようなコトか!!!」
「もち! なぜなら俺っちリバっちラブ! ボイン大好きっす! 怒りっぽいところ含めて大好きっす!」
した時ぁ相手を1週間ばかり意識不明にしましたからねえ」
「……」
「……」
六舛と秋水は斗貴子を見た。
「……キミたち、何が言いたい?」
彼らの目は語っている。同族だ。同族がいた! と。
「あぁでも相討ちっすかね。リバっち、自分も瀕死になりやしたから」
「自らの身が滅ぼうとも敵を討つ、か」
「すごいね斗貴子氏。もしかしたら生き別れの姉妹かも」
「言いたいコトがあるならハッキリ言え! いい加減にしないとブチ撒けるぞ!」
「え? 姉妹? いやー、それは流石にないでしょ。だってリバっちの妹って……」
「?」
「あ、いや。普段は笑顔が可愛いコなんすよ。リバっち。おっぱいも大きいす。95す。ジーパン時のむっちりしたお尻のライ
ンもいいっすけどね、やっぱおっぱい! 俺っちはいつかあのロケットおっぱいを直に触りたいんす! もちろん合意の上で!」
「黙れ! エロスはほどほどにしろ!!」
「ほどほどにしまさあ! 見る触るだけならほどほどの範疇でさ姉御!!」
「誰が姉御だ! えええいもう! おかしなコトをいちいち叫ぶな! 叫ぶようなコトか!!!」
「もち! なぜなら俺っちリバっちラブ! ボイン大好きっす! 怒りっぽいところ含めて大好きっす!」
彼は聞かれもしないコトをまくしたてて、一人で勝手に照れて首を掻いたりしている。
決して造詣の悪い顔という訳でもなく、黙って、笑うのをやめ、それなりのメイクを施せば中堅どころのモデル雑誌の巻頭
ぐらいは飾れるだろう。
決して造詣の悪い顔という訳でもなく、黙って、笑うのをやめ、それなりのメイクを施せば中堅どころのモデル雑誌の巻頭
ぐらいは飾れるだろう。
(これが演技の神様!? ただのエロスなダメ人間じゃないか! 本当に大丈夫なのかこんな人に師事して!!)
(しかし、さっきの動きは……。俺の目でさえ完全には捉えきれなかった)
秋水は慄然とした。
(間違いない。瞬発力だけなら俺はおろか音楽隊最速の栴檀香美より上だ。しかし)
人間の身でホムンクルスの香美を凌駕している「演技の神様」は何者なのであろう。
(しかし、さっきの動きは……。俺の目でさえ完全には捉えきれなかった)
秋水は慄然とした。
(間違いない。瞬発力だけなら俺はおろか音楽隊最速の栴檀香美より上だ。しかし)
人間の身でホムンクルスの香美を凌駕している「演技の神様」は何者なのであろう。
「で、何の御用で?」
「実は──…」
「実は──…」
ややあって。
六舛から用件と秋水たちの経歴とを聞いた演技の神様はぴしゃりと額を叩いた。「くぅ!」と目を細めているのは、やられ
た、一本取られた。そんな顔である。
「難しぃっスねそりゃあ~。まあ確かにお2人とも素材はいいですよ? 片や見ての通り超美形で去年の剣道全国大会ベスト4、
片や小柄ながらに女豹のごとき美少女さん! まっとうに訓練を積みゃあ、まあ、3か月でブレイクさせるコトはできますけどねー。
しかし1日ってのは、1日で演技力最高レベルってのはこれまた難題些か難儀の五里霧中。果たしてどこまでやれるやらで
ありましょう」
えらく明るい神様だと秋水は思った。同時に彼のそんな表情や口調が『誰か』に似ているのに気付いた。
(顔の次は表情や口調か……。だが今度こそ確かに似ている。俺の身近にいる人間ではないが……)
斗貴子はいつものような無愛想な表情だ。もっとも無理は承知らしく
「不可能なのは最初から分かっている。ならばせめて基礎だけでも教えて貰えないか? もともと私達の問題、後は自力で
どうにかする」
とだけいった。
すると演技の神様は、
「いやいや姉御? 俺っちは難しいっつってるだけで不可能たぁいってませんよ。へへ」
といった。ニッコリと笑い、真っ白な歯を見せながらぱたぱたと手を振った。
「なにせ2人ともルックスのみならず体がいい感じに出来上がっていやすからねえ。えーと、あ、津村斗貴子さんでしたっけ?
演劇部に入るまでは何を? さっきの貫手はお見事でした。何をやってたか分かりやせんがね、体の動かし方ってのを余程
ご存じでねーとああは動けませんや。いやお見事お見事」
ぴょこぴょこと飛び跳ねながら彼は斗貴子の拳を取った。
「ど、どうも。(というかアレを避けれたあんたこそ何者だ。一朝一夕で身に着く動きじゃなかったぞ)」
「一方、早坂秋水さんの方は言わずと知れた剣道経験のモチヌシ……じゃあやりようはあるってもんで。へえ。お見受けした
ところ声の出し方も完璧っすから基礎練なしでいけやすよ」
「具体的には、何を?」
秋水の反問に神様はぱあっと瞳を輝かせ腕を上げた。
「俺っちは常々思っていやす。人というのは『枠』の生き物だと! 粋じゃねーすよ。わく。わ・く! 衣服! メイク! アク
セサリーに皮膚ーッ! そーいうのが枠となり、俺っちら個人を世界と各別してくれてるんじゃあないですか」
分かったような分からないような意見だ。アーティスティックな感性は斗貴子にとって理解しがたい。
「で、精神的な意味でも枠はあるんす。信念とか個人的特性とかそういうの。俺っちが役者さんや歌手をプロデュースする
時ァ、まずその枠をよく観察しやすね。へえ。この枠をどう使い、どう飾れば売れるのか? 或いはどー言いくるめればもっと
いい演技とか歌捻りだせるのかってね。で、需要って枠と役者さんたちの枠がズバリと嵌りこんだ時の快感って奴ぁ本当、
忘れられませんぜ!」
「そ、そうか」
「だから俺っちはプロデュース専門なんでさ。自分どうこうするより人間って奴の枠をうまく使う方がはるかに面白いす」
「で、秋水先輩や斗貴子氏の”枠”は」
「お2人とも生真面目な枠の持ち主ですから、いきなり自分とかけ離れた役はやれやせんね。自分に似た役でも、まあ一晩
の修行ですから? 細かい感情表現まではムリかと。厳密にいえば見てくれるお客様の心に訴えかける表現ができねー
というべきでしょうかね」
ですがね! と演技の神様はバンザイをして天井を見上げた。
「アクション! あらかじめ決めた手順を生真面目に守り最適速度で実行する演技力! そいつなら断然向いてやすよ。特撮
俳優みたくガッシガッシ打ち合ってる姿、今は想像だけですがきっと観客さんたちを沸かせられる確信がありやす! つか俺っち
自身そういうのがダンゼン見たい! ってえ話しでどでしょ? 六っち」
「だな。どうせパピヨンのような色っぽい演技はお2人には無理だし」
「いまキミはさりげなく物凄く失礼なコトをいわなかったか?」」
「どうするの? アクションならパピヨンの不得意分野だけど」
「確かにな。彼は激しい運動をするたびすぐに血を吐く。体術自体さほど得意ではないようだ」
「つまり、私達の得意分野で奴を超えるという訳だな。了解した」
た、一本取られた。そんな顔である。
「難しぃっスねそりゃあ~。まあ確かにお2人とも素材はいいですよ? 片や見ての通り超美形で去年の剣道全国大会ベスト4、
片や小柄ながらに女豹のごとき美少女さん! まっとうに訓練を積みゃあ、まあ、3か月でブレイクさせるコトはできますけどねー。
しかし1日ってのは、1日で演技力最高レベルってのはこれまた難題些か難儀の五里霧中。果たしてどこまでやれるやらで
ありましょう」
えらく明るい神様だと秋水は思った。同時に彼のそんな表情や口調が『誰か』に似ているのに気付いた。
(顔の次は表情や口調か……。だが今度こそ確かに似ている。俺の身近にいる人間ではないが……)
斗貴子はいつものような無愛想な表情だ。もっとも無理は承知らしく
「不可能なのは最初から分かっている。ならばせめて基礎だけでも教えて貰えないか? もともと私達の問題、後は自力で
どうにかする」
とだけいった。
すると演技の神様は、
「いやいや姉御? 俺っちは難しいっつってるだけで不可能たぁいってませんよ。へへ」
といった。ニッコリと笑い、真っ白な歯を見せながらぱたぱたと手を振った。
「なにせ2人ともルックスのみならず体がいい感じに出来上がっていやすからねえ。えーと、あ、津村斗貴子さんでしたっけ?
演劇部に入るまでは何を? さっきの貫手はお見事でした。何をやってたか分かりやせんがね、体の動かし方ってのを余程
ご存じでねーとああは動けませんや。いやお見事お見事」
ぴょこぴょこと飛び跳ねながら彼は斗貴子の拳を取った。
「ど、どうも。(というかアレを避けれたあんたこそ何者だ。一朝一夕で身に着く動きじゃなかったぞ)」
「一方、早坂秋水さんの方は言わずと知れた剣道経験のモチヌシ……じゃあやりようはあるってもんで。へえ。お見受けした
ところ声の出し方も完璧っすから基礎練なしでいけやすよ」
「具体的には、何を?」
秋水の反問に神様はぱあっと瞳を輝かせ腕を上げた。
「俺っちは常々思っていやす。人というのは『枠』の生き物だと! 粋じゃねーすよ。わく。わ・く! 衣服! メイク! アク
セサリーに皮膚ーッ! そーいうのが枠となり、俺っちら個人を世界と各別してくれてるんじゃあないですか」
分かったような分からないような意見だ。アーティスティックな感性は斗貴子にとって理解しがたい。
「で、精神的な意味でも枠はあるんす。信念とか個人的特性とかそういうの。俺っちが役者さんや歌手をプロデュースする
時ァ、まずその枠をよく観察しやすね。へえ。この枠をどう使い、どう飾れば売れるのか? 或いはどー言いくるめればもっと
いい演技とか歌捻りだせるのかってね。で、需要って枠と役者さんたちの枠がズバリと嵌りこんだ時の快感って奴ぁ本当、
忘れられませんぜ!」
「そ、そうか」
「だから俺っちはプロデュース専門なんでさ。自分どうこうするより人間って奴の枠をうまく使う方がはるかに面白いす」
「で、秋水先輩や斗貴子氏の”枠”は」
「お2人とも生真面目な枠の持ち主ですから、いきなり自分とかけ離れた役はやれやせんね。自分に似た役でも、まあ一晩
の修行ですから? 細かい感情表現まではムリかと。厳密にいえば見てくれるお客様の心に訴えかける表現ができねー
というべきでしょうかね」
ですがね! と演技の神様はバンザイをして天井を見上げた。
「アクション! あらかじめ決めた手順を生真面目に守り最適速度で実行する演技力! そいつなら断然向いてやすよ。特撮
俳優みたくガッシガッシ打ち合ってる姿、今は想像だけですがきっと観客さんたちを沸かせられる確信がありやす! つか俺っち
自身そういうのがダンゼン見たい! ってえ話しでどでしょ? 六っち」
「だな。どうせパピヨンのような色っぽい演技はお2人には無理だし」
「いまキミはさりげなく物凄く失礼なコトをいわなかったか?」」
「どうするの? アクションならパピヨンの不得意分野だけど」
「確かにな。彼は激しい運動をするたびすぐに血を吐く。体術自体さほど得意ではないようだ」
「つまり、私達の得意分野で奴を超えるという訳だな。了解した」
「じゃあけってー! メインはハデハデな殺陣の練習。あとは俺っち特性の台本記憶術を伝授しまさ。徹夜になりますがいい
ですかね? 突貫でやりゃあ明日には演劇部の上位陣にはなれやすよ。うんうん」
演技の神様はぱちぱちと手を叩いた。
ですかね? 突貫でやりゃあ明日には演劇部の上位陣にはなれやすよ。うんうん」
演技の神様はぱちぱちと手を叩いた。
話は、まとまった。
後は細々とした打ち合わせや防人たちへの連絡といった雑事、それから練習という感じに落ち着いた。
後は細々とした打ち合わせや防人たちへの連絡といった雑事、それから練習という感じに落ち着いた。
(そういえば)
と秋水は気付いた。先ほどよぎった演技の神様への既視感。その正体が具体像を帯びた。
と秋水は気付いた。先ほどよぎった演技の神様への既視感。その正体が具体像を帯びた。
(彼は、音楽隊の小札零に似ている。たまたま似たような形質の持ち主というだけか? それとも──…)