千鶴=狼娘の姿は見えない。
ただ、たたたたとタイプライターを叩くような足音と共に、周りの土が削れ飛ぶ。驚異的なスピードで周囲を旋回しているのだ。
土埃だけでもダメージを受けそうなほど、その勢いはものすごい。
「これでどちらからくるか分からないはず。
さっきのようには行かせないだワン」
石ころがひとつ、正面から栄子に向かって飛んできた。
栄子はそれをつかんだ。
「お主が今のリーダー格とみた。
まずはお主から、倒させていただくだワン」
土埃の範囲が狭くなってきた。そしてやがて。
ある一方で土が大きくはじけ飛んだ。跳躍だ。
「作戦B……」
栄子がつぶやく。
「くらえっ」
千鶴=狼娘の貫き手が、栄子の肩を貫いた。
その瞬間、栄子が叫ぶ。
「今だ! 悟郎、来い!」
ばさっという音がして、悟郎の姿が中空に現れた。
木の枝から飛んだのだ。テントの素材だった鉄棒を振りかざし、千鶴=狼娘を狙っている。
「千鶴さんを返してもらうぞ!」
同時にまわりにいた他のメンバーも銘々投石や包丁の一撃の用意に入る。
「空中と地上、全方位。囲んだ!」
「行けえっ」
ただ、たたたたとタイプライターを叩くような足音と共に、周りの土が削れ飛ぶ。驚異的なスピードで周囲を旋回しているのだ。
土埃だけでもダメージを受けそうなほど、その勢いはものすごい。
「これでどちらからくるか分からないはず。
さっきのようには行かせないだワン」
石ころがひとつ、正面から栄子に向かって飛んできた。
栄子はそれをつかんだ。
「お主が今のリーダー格とみた。
まずはお主から、倒させていただくだワン」
土埃の範囲が狭くなってきた。そしてやがて。
ある一方で土が大きくはじけ飛んだ。跳躍だ。
「作戦B……」
栄子がつぶやく。
「くらえっ」
千鶴=狼娘の貫き手が、栄子の肩を貫いた。
その瞬間、栄子が叫ぶ。
「今だ! 悟郎、来い!」
ばさっという音がして、悟郎の姿が中空に現れた。
木の枝から飛んだのだ。テントの素材だった鉄棒を振りかざし、千鶴=狼娘を狙っている。
「千鶴さんを返してもらうぞ!」
同時にまわりにいた他のメンバーも銘々投石や包丁の一撃の用意に入る。
「空中と地上、全方位。囲んだ!」
「行けえっ」
千鶴=狼娘の姿が消えた。
全方位を囲んでいたはずなのに? 空中にいた悟郎がむなしく着地する。渚の投げた石が正面の木に当たって鈍い音を立てる。
「しまった」
一番近くにいた栄子は、事情を了解していた。
「あいつ、地中へ!」
「ぷはっ」
みんなの輪から少し離れた場所で、千鶴=狼娘が息継ぎをした。
素早く地面を掘削してあそこまで逃げたのだ。千鶴=狼娘が勢いよく地上に飛び出してくる。
「地面が柔らかくて助かっただワン。
やはりこの山々は、わたしに味方してくれているのだワン。
……さて、」
千鶴=狼娘がにやりと笑った。
「作戦Cはなんだワン? 準備があるなら、待ってやってもいいだワンが……」
「なめやがって、みんな、作戦C……だ……」
栄子の体が揺れて、地面に膝をつく。出血によるショックだった。
「栄子! もう無理よ!」
早苗が栄子の体を支える。
「ゲームオーバーだワンね」
千鶴=狼娘が、くるりと踵を返した。
そのとき。
千鶴=狼娘の背後から、低いエンジン音が聞こえてきた。
それはだんだん大きく、スピードを上げて迫ってくる。
「まさかっ」
千鶴=狼娘が再び振り返った。その目に、
護送車のライトが映った。
全方位を囲んでいたはずなのに? 空中にいた悟郎がむなしく着地する。渚の投げた石が正面の木に当たって鈍い音を立てる。
「しまった」
一番近くにいた栄子は、事情を了解していた。
「あいつ、地中へ!」
「ぷはっ」
みんなの輪から少し離れた場所で、千鶴=狼娘が息継ぎをした。
素早く地面を掘削してあそこまで逃げたのだ。千鶴=狼娘が勢いよく地上に飛び出してくる。
「地面が柔らかくて助かっただワン。
やはりこの山々は、わたしに味方してくれているのだワン。
……さて、」
千鶴=狼娘がにやりと笑った。
「作戦Cはなんだワン? 準備があるなら、待ってやってもいいだワンが……」
「なめやがって、みんな、作戦C……だ……」
栄子の体が揺れて、地面に膝をつく。出血によるショックだった。
「栄子! もう無理よ!」
早苗が栄子の体を支える。
「ゲームオーバーだワンね」
千鶴=狼娘が、くるりと踵を返した。
そのとき。
千鶴=狼娘の背後から、低いエンジン音が聞こえてきた。
それはだんだん大きく、スピードを上げて迫ってくる。
「まさかっ」
千鶴=狼娘が再び振り返った。その目に、
護送車のライトが映った。
護送車は茂みをなぎ倒しながら前進し、ひときわ大きな大木にぶつかって止まった。
後部座席のドアが自動で開く。ゆっくりと滑るように。そして中から、小さな人影が姿を現した。
白い帽子に青い髪、青の模様が入ったワンピース。
イカ娘の登場だった。
「あ、タコ姉ちゃん」
たけるが護送車に駆け寄る。運転席では梢が、エアバッグに埋もれてもがいていた。
「運転って……、ぷはあ、意外と難しいのね……」
「もしやとは思ったが、やはりやったことがなかったでゲソか」
たけるの力を借りて梢が運転席から這い出てくる。いつの間にか知り合いになっていたらしいたけるの、携帯による誘導で、この場所にたどり着いたのだ。
「へへ……、コンティニューがあったみたいだな」
栄子が言った。早苗に支えられ、その顔色はどんどん青くなっている。
「栄子、その傷は……」
イカ娘が言った。
「なあに大丈夫。
とはいえもう動けないみたいだ。
イカ娘、わたしのかわりに、そいつをぶっ飛ばしてやってくれよ」
イカ娘は指で了解のサインを作った。
その表情に、迷いはない。
後部座席のドアが自動で開く。ゆっくりと滑るように。そして中から、小さな人影が姿を現した。
白い帽子に青い髪、青の模様が入ったワンピース。
イカ娘の登場だった。
「あ、タコ姉ちゃん」
たけるが護送車に駆け寄る。運転席では梢が、エアバッグに埋もれてもがいていた。
「運転って……、ぷはあ、意外と難しいのね……」
「もしやとは思ったが、やはりやったことがなかったでゲソか」
たけるの力を借りて梢が運転席から這い出てくる。いつの間にか知り合いになっていたらしいたけるの、携帯による誘導で、この場所にたどり着いたのだ。
「へへ……、コンティニューがあったみたいだな」
栄子が言った。早苗に支えられ、その顔色はどんどん青くなっている。
「栄子、その傷は……」
イカ娘が言った。
「なあに大丈夫。
とはいえもう動けないみたいだ。
イカ娘、わたしのかわりに、そいつをぶっ飛ばしてやってくれよ」
イカ娘は指で了解のサインを作った。
その表情に、迷いはない。
「ぶっ飛ばしてやると聞こえただワンが」
「お主はやりすぎたでゲソ」
イカ娘と千鶴=狼娘は対峙した。
「わたしは……、深海から地上を侵略するために来た。
最初はお主と同じく、近づくものをみんなひざまずかせる決意だったでゲソ」
(本当に最初だけだったけどね……)と、誰かが思った。
「でも、今のわたしは、それだけじゃないことが分かっている。
栄子や千鶴に働かされたり、たけるや侵略部のみんなと遊んだり……、
早苗に追いかけまわされることでさえ、わたしを構成する一部分だったでゲソ。
狼娘。お主はわたしの同志でゲソ。
でもお主が『わたし』を否定するなら、戦ってでもお主を止めなければならない」
「磯崎を派遣して叩いてやるつもりが、逆に火をつけてしまったようだワンね」
千鶴=狼娘が言った。
「お主の侵略とわたしの侵略、どちらがより優れたものか?
ここで決めてみるのもいいだワン」
その細い目が鋭くなった。
「正々堂々否定してやる」
「お主はやりすぎたでゲソ」
イカ娘と千鶴=狼娘は対峙した。
「わたしは……、深海から地上を侵略するために来た。
最初はお主と同じく、近づくものをみんなひざまずかせる決意だったでゲソ」
(本当に最初だけだったけどね……)と、誰かが思った。
「でも、今のわたしは、それだけじゃないことが分かっている。
栄子や千鶴に働かされたり、たけるや侵略部のみんなと遊んだり……、
早苗に追いかけまわされることでさえ、わたしを構成する一部分だったでゲソ。
狼娘。お主はわたしの同志でゲソ。
でもお主が『わたし』を否定するなら、戦ってでもお主を止めなければならない」
「磯崎を派遣して叩いてやるつもりが、逆に火をつけてしまったようだワンね」
千鶴=狼娘が言った。
「お主の侵略とわたしの侵略、どちらがより優れたものか?
ここで決めてみるのもいいだワン」
その細い目が鋭くなった。
「正々堂々否定してやる」
つづく