気配――敵意。その数はおよそ十。肉眼で把握。そして、それらは空を飛ん
でいた。驚いたことに、背中から生える二枚の羽で。悪い冗談――その姿は、
悪魔そのものだった。そこで苦笑をもらす。自分とて吸血鬼/バケモノではな
いか。
意識を変革する。今の私の存在意義は狩ること。その銃でその異能でその弾
丸で。照準、弾道計算――もっとも効率のよい方法を模索。そのイメージを銃
弾へフィードバック。引き金は軽かった。甲高い音が爆発する。魔弾は解き放
たれた。
でいた。驚いたことに、背中から生える二枚の羽で。悪い冗談――その姿は、
悪魔そのものだった。そこで苦笑をもらす。自分とて吸血鬼/バケモノではな
いか。
意識を変革する。今の私の存在意義は狩ること。その銃でその異能でその弾
丸で。照準、弾道計算――もっとも効率のよい方法を模索。そのイメージを銃
弾へフィードバック。引き金は軽かった。甲高い音が爆発する。魔弾は解き放
たれた。
空を飛行していたハートレスはその光に気づいた。チカッと瞬くわずかな光。
その瞬間が致命的だ。熟練の狙撃は、その光が見えたときには、すでに相手の
命を奪っている。
最初のハートレスは頭を潰された。その隣のものは腹部を。そして右後方に
いたものの眼孔から頭蓋に進入し破壊した。その間は秒にも満たない。
その瞬間が致命的だ。熟練の狙撃は、その光が見えたときには、すでに相手の
命を奪っている。
最初のハートレスは頭を潰された。その隣のものは腹部を。そして右後方に
いたものの眼孔から頭蓋に進入し破壊した。その間は秒にも満たない。
――が。その最後の一体は、その軌跡の先に、馴染み深いにおいを嗅ぎ取った。
それは心のにおい。魔弾が牙を突き立てる間際、そのハートレスは自らの主に念
を送った。それと同時に、空を裂いて魔弾がハートレスの頭部に到達した。
一拍おいて、致命的な破壊を負ったハートレス達は、風船のように破裂した。
魔弾はハートレスたちを全滅させた。あっけなく終わったその戦いに、リップヴ
ァーンは拍子抜けしていた。
それは心のにおい。魔弾が牙を突き立てる間際、そのハートレスは自らの主に念
を送った。それと同時に、空を裂いて魔弾がハートレスの頭部に到達した。
一拍おいて、致命的な破壊を負ったハートレス達は、風船のように破裂した。
魔弾はハートレスたちを全滅させた。あっけなく終わったその戦いに、リップヴ
ァーンは拍子抜けしていた。
だがこれは始まりに過ぎない。
これから彼女に死の風が吹き抜ける。
これから彼女に死の風が吹き抜ける。
「いよーぅし。上出来だ」
シグバールは体操をしていた。屈伸をし、膝を伸ばし、念入りに身体をほぐし
ていた。標的の場所は分かった。ハートレスが死に際、シグバールに思念を送っ
ていた。心の在り処、つまりは敵。吸血鬼の居場所を。
シグバールは体操をしていた。屈伸をし、膝を伸ばし、念入りに身体をほぐし
ていた。標的の場所は分かった。ハートレスが死に際、シグバールに思念を送っ
ていた。心の在り処、つまりは敵。吸血鬼の居場所を。
「さて、オフェンスとディフェンスの交代だ」
シグバールは床にうつ伏せになった。そして、二つのガンアローを合体させた。
ガンアローには近、中距離戦用のトゥーハンドタイプと、長距離専用のスナイ
プタイプがある。今のガンアローの形態は、スナイプタイプだ。二つのガンアロ
ーを直結させることで、純度の高い魔力弾を発射することが可能になる。その魔
力弾は2kmの距離から撃ちだしても、着弾前に大気中に四散することは無い。
つまりは、狙撃に特化した形態なのだ。
スコープをたて、シグバールは標的を覗き込む。それは女だった。黒い服を着
ていた。その首下にかける装飾に見覚えがあった。鍵十字。ナチ。最後の大隊。
シグバールは床にうつ伏せになった。そして、二つのガンアローを合体させた。
ガンアローには近、中距離戦用のトゥーハンドタイプと、長距離専用のスナイ
プタイプがある。今のガンアローの形態は、スナイプタイプだ。二つのガンアロ
ーを直結させることで、純度の高い魔力弾を発射することが可能になる。その魔
力弾は2kmの距離から撃ちだしても、着弾前に大気中に四散することは無い。
つまりは、狙撃に特化した形態なのだ。
スコープをたて、シグバールは標的を覗き込む。それは女だった。黒い服を着
ていた。その首下にかける装飾に見覚えがあった。鍵十字。ナチ。最後の大隊。
シグバールは内心舌を巻いていた。あの魔技を繰っていたのが、まさか女だっ
たとは。さらに、よく見てみれば、なかなか可愛らしい顔をしている。そのそば
かす顔と、槍の如きマスケット銃は、不釣り合いに過ぎた。
だがシグバールは手を抜かない。猟師である彼は、狩場の掟を知り尽くしてい
た。少しでも手を抜くことは、自分の生死に直結する。女だからといって甘くす
ることはなかった。ひとたびその心臓に銃口を向ければ、それは獲物になり下が
る。シグバールは限りなく冷徹になることが出来た。もう彼に頭の中に、そばか
す顔の可憐な少女、という印象はなかった。ただただ彼女の急所の位置だけがイ
メージされていた。
先ほどの柔軟で、程よく筋肉が弛緩していた。良い状態だ。もう少し時間を掛
けたかったが、これ以上は望むまい。事態は切迫している。奴が今の場所を移動
しないうちに、ケリをつけねばならない。そのために、いつもの狙撃までの準備
を、随分と省いていた。しかし、これで十分だろう。長年の勘が告げていた。
シグバールは、もう一度、標的を見た。
たとは。さらに、よく見てみれば、なかなか可愛らしい顔をしている。そのそば
かす顔と、槍の如きマスケット銃は、不釣り合いに過ぎた。
だがシグバールは手を抜かない。猟師である彼は、狩場の掟を知り尽くしてい
た。少しでも手を抜くことは、自分の生死に直結する。女だからといって甘くす
ることはなかった。ひとたびその心臓に銃口を向ければ、それは獲物になり下が
る。シグバールは限りなく冷徹になることが出来た。もう彼に頭の中に、そばか
す顔の可憐な少女、という印象はなかった。ただただ彼女の急所の位置だけがイ
メージされていた。
先ほどの柔軟で、程よく筋肉が弛緩していた。良い状態だ。もう少し時間を掛
けたかったが、これ以上は望むまい。事態は切迫している。奴が今の場所を移動
しないうちに、ケリをつけねばならない。そのために、いつもの狙撃までの準備
を、随分と省いていた。しかし、これで十分だろう。長年の勘が告げていた。
シグバールは、もう一度、標的を見た。
冷たい風が吹いていた。
そこだけは音が失われていた。
永い一瞬が過ぎた。
ふっ、と短い息を吐いた。
シグバールはトリガーを引き絞った。
魔弾が解き放たれた。
そこだけは音が失われていた。
永い一瞬が過ぎた。
ふっ、と短い息を吐いた。
シグバールはトリガーを引き絞った。
魔弾が解き放たれた。
リップヴァーンは油断なく周囲に注意を巡らせていた。たった今現れた化物達、
その新たな襲撃を予測してのことだ。あの化物達が、あれだけのはずがない。あ
んなもろいものが、厳重に警備された研究所を落とせるものか。他にも仲間がい
るはずだ。それらを全滅する。そして、ミレニアムに手を出したことを、死ぬほ
ど後悔させる。
その新たな襲撃を予測してのことだ。あの化物達が、あれだけのはずがない。あ
んなもろいものが、厳重に警備された研究所を落とせるものか。他にも仲間がい
るはずだ。それらを全滅する。そして、ミレニアムに手を出したことを、死ぬほ
ど後悔させる。
今の狙撃で、こちらの位置を特定されていはない、と彼女は断じた。あの化物
の最後を見る限り、奴らは狙撃されたことにも気づいていなかったようだ。なら
ば、もう少しこの場で待機し、あのビルの屋上の監視を続行する。
の最後を見る限り、奴らは狙撃されたことにも気づいていなかったようだ。なら
ば、もう少しこの場で待機し、あのビルの屋上の監視を続行する。
そう考えたときだった。額にプレッシャーを感じたのは。ちりちりとした感触。
そして、彼女の第六感が最大級の危機を察知し、並行して吸血鬼の反射神経が身
体を強制的に動かしていた。
そして、彼女の第六感が最大級の危機を察知し、並行して吸血鬼の反射神経が身
体を強制的に動かしていた。
その動作の完了と、リップヴァーンの肩が破裂したのは同時だった。
「――、――、……え?」
まるで噴水のように、赤い液体が飛び出した。見る見るうちに黒服が赤く染ま
っていく。リップヴァーンは愕然とその様子を見つめた。だが、意識の空白
は一瞬で塗りつぶされ、すぐさま彼女は床に伏せていた。そして、彼女の頭があ
った場所を、乾いた音が通過していった。その音は床に当り、粉々に割れた。銃
弾だ。銃弾の破片が散らばっている。
っていく。リップヴァーンは愕然とその様子を見つめた。だが、意識の空白
は一瞬で塗りつぶされ、すぐさま彼女は床に伏せていた。そして、彼女の頭があ
った場所を、乾いた音が通過していった。その音は床に当り、粉々に割れた。銃
弾だ。銃弾の破片が散らばっている。
「は――あ。こ、れ、は」
いうまでもなく狙撃だった。傷を押さえ込むように身体を丸め、彼女はしばら
くやりすごした。そして狙撃が途切れると同時に、彼女は床を匍匐運動で、遮蔽
物の陰に移動しようとした。しかし、撃ち抜かれた箇所のせいで思うように動け
ない。雷撃のような激痛が彼女を苛み、その挙動を拒んだ。
いうまでもなく狙撃だった。傷を押さえ込むように身体を丸め、彼女はしばら
くやりすごした。そして狙撃が途切れると同時に、彼女は床を匍匐運動で、遮蔽
物の陰に移動しようとした。しかし、撃ち抜かれた箇所のせいで思うように動け
ない。雷撃のような激痛が彼女を苛み、その挙動を拒んだ。
「く――っあ、ぅ」
痛みを下唇を思いっきり噛むことで耐える。鉄の味が口内に広がった。
リップヴァーンの心中に疑問が浮かぶ。どうやって、敵はこの位置を特定でき
たのか。それは、あのバケモノたちのおかげだろう。どうやったのかは知らない
が、彼らをおとりにして、自分の位置を知ったのだ。
リップヴァーンは自らの過ちを悔いた。すぐにここを立ち去り、場所を変える
べきだったのだ。自身の過ちによって傷を負い、事態を悪化させてしまった。教
訓が生かされていない、とリップヴァーンは自省した。迂闊な行動により、命の
危険に遭遇したことが、以前にもあった。
それ以来自分は常に、狙撃手のありようを心がけてきた。それがなんだ。この
ざまは。吸血鬼となったからといって、自分が無敵となった、とでも思っていた
のか。ひどい慢心だった。
やっとの思いで、遮蔽物の陰に到達した。大きく息をすること数回。もう傷口
の再生は始まっている。しかし、彼女の体からは既に多くの血が流れ出ていた。
これ以上、長い時間、狙撃のための集中力を保つことは出来そうになかった。
痛みを下唇を思いっきり噛むことで耐える。鉄の味が口内に広がった。
リップヴァーンの心中に疑問が浮かぶ。どうやって、敵はこの位置を特定でき
たのか。それは、あのバケモノたちのおかげだろう。どうやったのかは知らない
が、彼らをおとりにして、自分の位置を知ったのだ。
リップヴァーンは自らの過ちを悔いた。すぐにここを立ち去り、場所を変える
べきだったのだ。自身の過ちによって傷を負い、事態を悪化させてしまった。教
訓が生かされていない、とリップヴァーンは自省した。迂闊な行動により、命の
危険に遭遇したことが、以前にもあった。
それ以来自分は常に、狙撃手のありようを心がけてきた。それがなんだ。この
ざまは。吸血鬼となったからといって、自分が無敵となった、とでも思っていた
のか。ひどい慢心だった。
やっとの思いで、遮蔽物の陰に到達した。大きく息をすること数回。もう傷口
の再生は始まっている。しかし、彼女の体からは既に多くの血が流れ出ていた。
これ以上、長い時間、狙撃のための集中力を保つことは出来そうになかった。
「勝負は、次の一撃……」
リップヴァーンは覚悟を決めた。そして、次弾の装填を始めた。
リップヴァーンは覚悟を決めた。そして、次弾の装填を始めた。
「かわしただぁ!? 嘘だろ」
シグバールは、スコープから目を離し、信じられない、といった表情をしていた。
シグバールは、スコープから目を離し、信じられない、といった表情をしていた。
必殺をこめた一撃だ。当然殺したものだと思っていた。しかし、現に標的は彼の魔
弾をかいくぐり、今だ生きている。彼の戦いは終わっていなかった。
さらに悪かったのは、標的が狙撃に気づき、弾の届かないところまで逃げたこと
だ。
これではこちらの攻撃は届かない。直線方向にしか進まない銃弾では、奥のほうへ逃
げ
た敵を撃ち抜くのは、よほどの銃でない限り至難の技だ。ガンアローでは壁を撃ち抜
く
ことは出来ない。
打開が必要だった。こちらの魔弾は直線しか進まないが、あちらの魔弾はその射線
弾をかいくぐり、今だ生きている。彼の戦いは終わっていなかった。
さらに悪かったのは、標的が狙撃に気づき、弾の届かないところまで逃げたこと
だ。
これではこちらの攻撃は届かない。直線方向にしか進まない銃弾では、奥のほうへ逃
げ
た敵を撃ち抜くのは、よほどの銃でない限り至難の技だ。ガンアローでは壁を撃ち抜
く
ことは出来ない。
打開が必要だった。こちらの魔弾は直線しか進まないが、あちらの魔弾はその射線
を自由に変えることが可能だ。その能力は、撃ちだされた後も持続する。遮蔽物に背
をあずけての狙撃も出来よう。対して、シグバールはそれが出来ない。彼の撃ちだす
銃弾はすべて、遮蔽物に阻まれるだろう。
「ちっ、厄介な」
シグバールは渋面を作った。うまくいかない。そもそも最初の狙撃で殺せていれば
シグバールは渋面を作った。うまくいかない。そもそも最初の狙撃で殺せていれば
よかったのだが、さすがは吸血鬼といったところか。その反射神経は伊達ではなかっ
た。重傷を負わせることには成功しただろうが、即死には到らなかったのことが、シ
グバールにとって致命的だった。このままでは、何も出来ないまま、あちらの魔弾に
貫かれるだろう。
「……はーあ。腹くくるしかない、ってハナシか」
その表情は、諦めではなく、必勝を予感したものでもなく、不安や、自信などのも
その表情は、諦めではなく、必勝を予感したものでもなく、不安や、自信などのも
ろもろの要素が、混ざり合ったようなものだった。
シグバールは立ち上がり、フェンスに足を掛け、それを乗り越え、屋上の床と虚空
の
間をつなぐ、ぎりぎりのところに降り立った。そして見た。彼の敵がいる場所を。遠
く
はない。が、近くもない。『接近する』には微妙な距離だった。
接近。そう、彼は、狙撃手に対して、接近戦を試みるつもりだった。彼自身、分の
悪
い賭けだと承知していた。しかし、敵に重傷を与えたとはいえ、この状況を長引かせ
る
のは危険だった。確かにあちらが力尽きるまで、長期戦に持ち込んだほうが、確実に
勝
てるのかもしれない。だが、シグバールは知っている。手負いの獣がいかに恐ろしい
か
を。次の魔弾が、どれ程の精度を持って襲い掛かるのか……。
その前に、狙撃手が苦手とするフィールド/接近戦に持ち込み、蹂躙する。それが
シ
グバールの狙いだった。
シグバールは立ち上がり、フェンスに足を掛け、それを乗り越え、屋上の床と虚空
の
間をつなぐ、ぎりぎりのところに降り立った。そして見た。彼の敵がいる場所を。遠
く
はない。が、近くもない。『接近する』には微妙な距離だった。
接近。そう、彼は、狙撃手に対して、接近戦を試みるつもりだった。彼自身、分の
悪
い賭けだと承知していた。しかし、敵に重傷を与えたとはいえ、この状況を長引かせ
る
のは危険だった。確かにあちらが力尽きるまで、長期戦に持ち込んだほうが、確実に
勝
てるのかもしれない。だが、シグバールは知っている。手負いの獣がいかに恐ろしい
か
を。次の魔弾が、どれ程の精度を持って襲い掛かるのか……。
その前に、狙撃手が苦手とするフィールド/接近戦に持ち込み、蹂躙する。それが
シ
グバールの狙いだった。
そしてシグバールは躊躇いなく、目の前に広がる虚空へ一歩踏み出し、“そのまま
疾
走した”。
疾
走した”。
ⅩⅢ機関のメンバーは通常のノーバディとは異なり、それぞれ固有の能力があった。
それはさまざまな属性に分けられ、例えばチャクラムにより炎を操るもの、例えば弦
楽器により水を操るもの、多種多様な遣い手がいた。
シグバールの属性は空間だった。自分の意を空間に作用させることが可能だった。
それはいかなるものなのか。自分の意――それはいうなれば、自分に都合のいい情報
である。通常の空間には多くの法則が存在する。重力、物理……それらは往々にして
枷となる。
だがシグバールには枷にならない。法則そのものを書き換えてしまうからだ。
例えば、宙に浮かび、逆立ちすることは、どんな人間にも出来ないだろう。それがそ
例えば、宙に浮かび、逆立ちすることは、どんな人間にも出来ないだろう。それがそ
の空間の法則に反しているからだ。だがシグバールにはできる。宙に浮かび、逆立ち
している自分が正しいように、その空間の法則を書き換えてしまえばいい。自分の意
で空間を変質させてしまえばいい。彼が書き換えた空間に限っては、シグバールは多
くの法則から解放される。通常では為しえない奇跡を起こすことが出来る。
その応用で、その空間には何もないという情報を、床があるという情報に書き換え
る――そうすることで、虚空の疾走を可能にした。
シグバールは走る。彼我の距離が縮まりつつあった。終焉は近かった。