風の都と呼ばれる街・イリオン。だが、紫の瞳の少年は思う。ここはそんな大層なもんじゃない―――
ただの地獄だ。
ここは奴隷たちの部屋―――いや、部屋なんてご立派なものじゃない。何もない、だだっ広いだけの空間。
虚ろな目をした奴隷たちが、我が身を嘆きながら横たわっている。その中に、その紫の瞳の少年はいた。
彼の名は、エレフ。元は幸せな家庭で育ちながら、一転して奴隷に堕とされた少年。
鞭で打たれて、散々殴られて、痣だらけの惨めな顔。だがその目には、強い光があった。誰もが生きる希望を失い、
運命に屈する中で―――彼は、そうしなかった。
(俺は…こいつらみたいにならない。なってたまるか!)
自分たちを扱き使う連中と同じくらいに、彼は無気力な奴隷たちを軽蔑していた。牙を抜かれた、惨めな負け犬。
(生きてるくせに、死んでやがる…その腕はなんのためにあるんだよ。剣を握る気もねえのかよ!)
いっそ死んだ方が楽だ。誰もがそう口にする。だが、エレフはそうは思わない。
(奴隷は犬同然だって?それならそれでいいさ。例え犬でも―――!)
―――例え奴隷が犬であれ―――剥くべき牙は忘れない―――!
そんな反骨精神のおかげで彼は奴隷たちを使役する神官たちに目を付けられ、余計に酷い扱いを受けてしまって
いるのだが。
「くそォ、痛え…!」
歯を食い縛ったせいで、顔面に無数に付けられた痣がヒリヒリ疼いた。エレフは自分を散々嬲ってくれやがった
あの胡散臭い変態野郎の顔を思い浮かべ、顔を歪めながら憎々しげに呟く。
「あの変態神官…いつか殺してやる…!」
そう呟いた時、クスクスと、含み笑いが聞こえた。いつの間にやら目の前に、見慣れた顔があった。
「よう、ブサイクちゃん。ひでえツラだなあ」
「ふん、人のこと言えたツラかよ…」
そう返された彼はちげえねえ、と快活に笑う。とても奴隷のイメージではない。
彼の名はオリオン―――顔の痣の数から分かる通り、神官からの受けの悪さは、エレフといい勝負だ。
エレフが彼に抱いている印象は、ズバリ<慣れ慣れしいバカ>ただし<ある意味尊敬すべきバカ>である。
彼はそこらの木片で作った手製の弓と矢(バカのくせに器用だとエレフは思った)をもてあそびながら、エレフ
の隣に座った。
しばし二人は他愛もない話に興じる。それ以外に娯楽などないからだ。オリオンはそんな与太話の中で、何でも
ないかのようにエレフに問うた。
「しかしよ、エレフ。いつか殺してやる、つーけどさ。いつかって…いつよ?」
「え?いつかって…」
答えに詰まる。いつか殺してやる。そう、自分は口癖のように何度も言った。だけど。
(けど、俺は…未だに、その<いつか>を決めちゃいない)
そして、エレフは、結局答えられない。オリオンは頭を掻きながら「悪かった」と呟く。
「あの野郎、胡散臭くて変態のくせに神官だからな。そうそう簡単に殺れねえのは分かってるよ」
「…ふん。どうせお前も口だけだって、そう言いてえんだろ?」
「うんにゃ。そうは言わねえよ。お前は本当にやらなきゃいけない時はやれる奴だ。だからよ」
オリオンは胸を張って言った。
「いつかお前がやる時にゃ、俺が助けてやるさ」
「…ふん。ま、期待しないでおくよ」
「つれないねえ…で、変態神官ぶっ殺して、その後は、妹を探すんだろ?」
「ああ…そうだよ。ミーシャ…きっとあいつも生きてる」
エレフは空を仰ぎ、今はどことも知れぬ妹を想う。離れ離れになって随分経ったが―――忘れたことなどない。
思い出すまでもなく―――いつも、想っている。
(きっと見つけ出して…俺が、守ってやる)
そんな気恥ずかしい誓い。けれど、それが今の彼にとって、最も大きな生きる理由だ。
「じゃあその時には、俺もどうせやることないし、妹探しを手伝ってやらねえこともないぜ?」
「ふん。そんなこと言って、俺の可愛い妹に言い寄ろうってのか?誰がテメエに妹を寄越すかボケ」
「けっ。お前さんの妹じゃあ、カワイコちゃんなんて期待しねーよ…血筋ってのは残酷だぜ?」
「ふっ、言ってろ。この俺の妹だ、とびきりの美少女だよ」
「ぷ、く、くくく…」
「あっはっはっは!」
二人はどちらともなく笑いあった。
どこか妙な組み合わせながら、凸と凹のようにぴったりはまる。それが、エレフとオリオンだった。
ただの地獄だ。
ここは奴隷たちの部屋―――いや、部屋なんてご立派なものじゃない。何もない、だだっ広いだけの空間。
虚ろな目をした奴隷たちが、我が身を嘆きながら横たわっている。その中に、その紫の瞳の少年はいた。
彼の名は、エレフ。元は幸せな家庭で育ちながら、一転して奴隷に堕とされた少年。
鞭で打たれて、散々殴られて、痣だらけの惨めな顔。だがその目には、強い光があった。誰もが生きる希望を失い、
運命に屈する中で―――彼は、そうしなかった。
(俺は…こいつらみたいにならない。なってたまるか!)
自分たちを扱き使う連中と同じくらいに、彼は無気力な奴隷たちを軽蔑していた。牙を抜かれた、惨めな負け犬。
(生きてるくせに、死んでやがる…その腕はなんのためにあるんだよ。剣を握る気もねえのかよ!)
いっそ死んだ方が楽だ。誰もがそう口にする。だが、エレフはそうは思わない。
(奴隷は犬同然だって?それならそれでいいさ。例え犬でも―――!)
―――例え奴隷が犬であれ―――剥くべき牙は忘れない―――!
そんな反骨精神のおかげで彼は奴隷たちを使役する神官たちに目を付けられ、余計に酷い扱いを受けてしまって
いるのだが。
「くそォ、痛え…!」
歯を食い縛ったせいで、顔面に無数に付けられた痣がヒリヒリ疼いた。エレフは自分を散々嬲ってくれやがった
あの胡散臭い変態野郎の顔を思い浮かべ、顔を歪めながら憎々しげに呟く。
「あの変態神官…いつか殺してやる…!」
そう呟いた時、クスクスと、含み笑いが聞こえた。いつの間にやら目の前に、見慣れた顔があった。
「よう、ブサイクちゃん。ひでえツラだなあ」
「ふん、人のこと言えたツラかよ…」
そう返された彼はちげえねえ、と快活に笑う。とても奴隷のイメージではない。
彼の名はオリオン―――顔の痣の数から分かる通り、神官からの受けの悪さは、エレフといい勝負だ。
エレフが彼に抱いている印象は、ズバリ<慣れ慣れしいバカ>ただし<ある意味尊敬すべきバカ>である。
彼はそこらの木片で作った手製の弓と矢(バカのくせに器用だとエレフは思った)をもてあそびながら、エレフ
の隣に座った。
しばし二人は他愛もない話に興じる。それ以外に娯楽などないからだ。オリオンはそんな与太話の中で、何でも
ないかのようにエレフに問うた。
「しかしよ、エレフ。いつか殺してやる、つーけどさ。いつかって…いつよ?」
「え?いつかって…」
答えに詰まる。いつか殺してやる。そう、自分は口癖のように何度も言った。だけど。
(けど、俺は…未だに、その<いつか>を決めちゃいない)
そして、エレフは、結局答えられない。オリオンは頭を掻きながら「悪かった」と呟く。
「あの野郎、胡散臭くて変態のくせに神官だからな。そうそう簡単に殺れねえのは分かってるよ」
「…ふん。どうせお前も口だけだって、そう言いてえんだろ?」
「うんにゃ。そうは言わねえよ。お前は本当にやらなきゃいけない時はやれる奴だ。だからよ」
オリオンは胸を張って言った。
「いつかお前がやる時にゃ、俺が助けてやるさ」
「…ふん。ま、期待しないでおくよ」
「つれないねえ…で、変態神官ぶっ殺して、その後は、妹を探すんだろ?」
「ああ…そうだよ。ミーシャ…きっとあいつも生きてる」
エレフは空を仰ぎ、今はどことも知れぬ妹を想う。離れ離れになって随分経ったが―――忘れたことなどない。
思い出すまでもなく―――いつも、想っている。
(きっと見つけ出して…俺が、守ってやる)
そんな気恥ずかしい誓い。けれど、それが今の彼にとって、最も大きな生きる理由だ。
「じゃあその時には、俺もどうせやることないし、妹探しを手伝ってやらねえこともないぜ?」
「ふん。そんなこと言って、俺の可愛い妹に言い寄ろうってのか?誰がテメエに妹を寄越すかボケ」
「けっ。お前さんの妹じゃあ、カワイコちゃんなんて期待しねーよ…血筋ってのは残酷だぜ?」
「ふっ、言ってろ。この俺の妹だ、とびきりの美少女だよ」
「ぷ、く、くくく…」
「あっはっはっは!」
二人はどちらともなく笑いあった。
どこか妙な組み合わせながら、凸と凹のようにぴったりはまる。それが、エレフとオリオンだった。
―――数日後の夜。エレフは部屋を抜け出し、アテもなく歩く。
勿論見つかれば、こっ酷く殴られるだろう。けれど―――何故か、今日。今日に限って。
そうしなければならない―――そう、思った。そして…彼は聴いた。その声を。
(ヤァ、エレフ。綺麗ナ満月ダネ?ィィ夜ニナリソゥダ)
もはやその声は、彼にとって馴染み深いものだった。初めは不気味がっていたものだったが、今ではこの声は、
自分の一部だとすら思えるようになった。彼は天を仰ぎ見る。
夜空は少し雲がかかっているが、確かに綺麗な満月だった。
(狼は奔る前に月に吼える―――)
どこかで聞いた、そんな言葉を思い出していた―――俺は、狼のように、強くあれるだろうか?
「…あ…嫌ぁ…!」
漏れ聞こえてきた悲鳴に、思考が中断する。どこから聞こえた―――辺りを見回す。
(あの部屋か…?一体何が…)
中にいる人間に気付かれないよう、ドアに耳を当てて中の様子を探る。
「逃がさないよぉ、仔猫ちゃん…高い金を出して買ったんだからねぇ…イヒ、イヒ、イッヒッヒッヒ…」
(…っ!)
吐き気を催すような、胡散臭い変態神官の猫撫で声。気色が悪い。クソッタレ。
「嫌…来ないでぇ…!」
次に、少女のか細い声。これだけで、エレフは状況を飲み込んだ。要するに―――あの野郎は―――
(何が…神に仕える者だ!畜生!)
頭が沸騰するほどの怒り。爪が食い込むほどに、拳を握り締めた。
「私の渇きを潤してくれぇぇぇぇぇ…!」
「嫌ぁぁぁぁぁっ!」
少女の悲鳴が、エレフの中の何かを弾けさせた。彼は咄嗟に足元の石を拾い、ドアを蹴り飛ばす。
そこにあった光景は予想通り、あの変態神官が年端もいかぬ少女を組み敷いている、醜悪な姿だった。
「な…なんだね、キミィ!折角いいところだったのに…!」
「何がいいところ、だ!クソ野郎!」
(オリオン…お前、言ったよな?いつやるんだって…)
エレフは腕を振りかぶり、握り締めた石を、変態神官の頭目掛けて投げ付けた。その一連の動作は、奇妙な
までにゆっくりと感じられた。
(いつかって…今さ!)
まるで、奔る前の狼のように、彼は月夜に吼える。
「ヤァァァァッ!」
「ギャァァァッ!」
見事―――石は変態神官の脳天に吸い込まれるように命中。変態神官は頭を押さえてのた打ち回った。そんな
見苦しい変態には構わず、エレフは少女に駆け寄る。
「大丈夫かい、君?」
「は、はい…ありが…」
二人はそこで、互いの顔を見合った。ドクン。心臓が飛び跳ねた。
「嘘…だろ?なんで…」
暗くて完全には顔は分からない。それでも―――分かった。その少女は。間違いなく。
お互いにただ一言、口を開く。
「エレフ…!?」
「ミーシャ…!?お前、なんでこんな所に…!?」
―――離れ離れになった兄妹の再会。それがこんな場所で叶おうとは女神の慈悲か、あるいはそれすら女神の
残酷さなのか。少なくとも、再会を喜ぶだけの余裕すら、彼らにはない。
「う、うう…誰ぞ…誰ぞおらぬかぁぁぁぁっ!」
変態神官(まだ生きてたのかよ、クソッ!)が叫ぶ。静かな月夜に、その声は響き渡る。すぐさま夜勤の衛兵が
駆けつけてくるだろう。酒でも呑んでサボっててくれないかと期待したいが、いくらなんでも希望的観測がすぎる
だろう。
「追っ手が来る前に逃げよう…ミーシャ!」
「…うん!」
二人は手を取り合って駆け出す。もはや変態神官なんぞに構っちゃいられない。今は逃げなければ―――
だが運命の女神は、とことん無慈悲なのだろうか。
気が付けば二人は追い詰められ、周囲全てを衛兵に取り囲まれていた。
「このガキ共が…八つ裂きにしてくれるわ!」
一斉に槍を構える衛兵たち。エレフとミーシャは思わず目を瞑った。
(終わりかよ、これで…ごめんな、ミーシャ。俺、お前を助けてやれなかった)
エレフは唇を噛み締めながら、最期の時を待った。待った。
―――いくら待っても、その時は来ない。そのかわりに、何故か衛兵たちの悲鳴が響く。
「ギャア!」「うわあ!」「な、何だ…ヒイッ!」
二人は恐る恐る目を開く。眼前に広がる光景は、そこかしこに蹲る衛兵たち。
そしてその中央で偉そうに胸を張る、弓を構えた少年―――
「ふふん。女の子を助けて脱走なんて、男の子じゃねーですか。ヒーローじゃねーですか。さては惚れたな?
彼女こそお前のエリスなんですか?」
「バカ!こいつは俺の妹だ!じゃなくて…オリオン!お前、なんで…」
「はあ?何でお前の妹がここに…つーか可愛いじゃねえか!血筋はどうなってるんだ血筋は!?なんつってる
場合じゃねーか。しかし、なんではねーだろ?ブサイクちゃん。言った通りさ。お前がやる時にゃ―――
俺が助けてやるってね」
ニヤリ、とオリオンは笑った。エレフは不覚にも、涙が溢れた。
「つまり…<今助けてやる>ってことさ!」
言うが早いか、オリオンの構える弓から、閃光のように矢が奔る。それは正確に残りの衛兵たちの足やら腕やら
口にはできない所とかにも命中する。
(どこに当たったかは、思わず顔を顰めたエレフと、思わず頬を染めたミーシャの表情から察してください)
「おら、とっとと逃げようぜ!捕まるんじゃねえぞ、エレフ!妹ちゃん!」
「へっ…お前こそな、オリオン!」
そしてエレフは、ミーシャの手を強く握り締める。それはどんな宝石よりも、かけがえの無いものに思えた。
「エレフ…!」
返事はしない。ただ強く頷き、エレフは駆け出した。
「待てえ!この奴隷め!」
「ええい、喰らえ必殺!<弓が撓り弾けた焔・夜空を凍らせて>撃ち!」
なんかかっこいいポーズを取りつつ、オリオンは矢を放つ!
「ぐはあ!」
「ふはははは、お次は<歪む世界螺旋の焔・輪廻を貫いて>撃ち!」
実に芸術的なポーズを取りつつ、オリオンは更に射る!
「ぎゃあ!」
「さーて、お次はお待ちかねの最終奥義…」
「誰も待ってねえし技名長えよ、バカ!」
「黙らっしゃい!これぞ、オリオン流弓術の真髄!今なら入会金無料・キミも習ってみないか!?」
「わぁお得って、誰が習うか、アホッ!」
必死に走りながらも、ツッコミを入れるのを忘れないエレフ。息の合ったコンビである。
「ぷっ…クスクス…」
そんな二人を見て、ミーシャは呆気に取られていたようだが、やがて肩を震わせて笑い出した。
つられて、エレフとオリオンも笑い出す。
「へへ…ハハハハッ!」
「アハハハハ…!」
「「「ハハハハハ!」」」
三人は、心の底から笑った。この時。彼らは全てから。
無慈悲な女神の紡ぐ運命の糸からすらも、自由だったのかも知れない。
勿論見つかれば、こっ酷く殴られるだろう。けれど―――何故か、今日。今日に限って。
そうしなければならない―――そう、思った。そして…彼は聴いた。その声を。
(ヤァ、エレフ。綺麗ナ満月ダネ?ィィ夜ニナリソゥダ)
もはやその声は、彼にとって馴染み深いものだった。初めは不気味がっていたものだったが、今ではこの声は、
自分の一部だとすら思えるようになった。彼は天を仰ぎ見る。
夜空は少し雲がかかっているが、確かに綺麗な満月だった。
(狼は奔る前に月に吼える―――)
どこかで聞いた、そんな言葉を思い出していた―――俺は、狼のように、強くあれるだろうか?
「…あ…嫌ぁ…!」
漏れ聞こえてきた悲鳴に、思考が中断する。どこから聞こえた―――辺りを見回す。
(あの部屋か…?一体何が…)
中にいる人間に気付かれないよう、ドアに耳を当てて中の様子を探る。
「逃がさないよぉ、仔猫ちゃん…高い金を出して買ったんだからねぇ…イヒ、イヒ、イッヒッヒッヒ…」
(…っ!)
吐き気を催すような、胡散臭い変態神官の猫撫で声。気色が悪い。クソッタレ。
「嫌…来ないでぇ…!」
次に、少女のか細い声。これだけで、エレフは状況を飲み込んだ。要するに―――あの野郎は―――
(何が…神に仕える者だ!畜生!)
頭が沸騰するほどの怒り。爪が食い込むほどに、拳を握り締めた。
「私の渇きを潤してくれぇぇぇぇぇ…!」
「嫌ぁぁぁぁぁっ!」
少女の悲鳴が、エレフの中の何かを弾けさせた。彼は咄嗟に足元の石を拾い、ドアを蹴り飛ばす。
そこにあった光景は予想通り、あの変態神官が年端もいかぬ少女を組み敷いている、醜悪な姿だった。
「な…なんだね、キミィ!折角いいところだったのに…!」
「何がいいところ、だ!クソ野郎!」
(オリオン…お前、言ったよな?いつやるんだって…)
エレフは腕を振りかぶり、握り締めた石を、変態神官の頭目掛けて投げ付けた。その一連の動作は、奇妙な
までにゆっくりと感じられた。
(いつかって…今さ!)
まるで、奔る前の狼のように、彼は月夜に吼える。
「ヤァァァァッ!」
「ギャァァァッ!」
見事―――石は変態神官の脳天に吸い込まれるように命中。変態神官は頭を押さえてのた打ち回った。そんな
見苦しい変態には構わず、エレフは少女に駆け寄る。
「大丈夫かい、君?」
「は、はい…ありが…」
二人はそこで、互いの顔を見合った。ドクン。心臓が飛び跳ねた。
「嘘…だろ?なんで…」
暗くて完全には顔は分からない。それでも―――分かった。その少女は。間違いなく。
お互いにただ一言、口を開く。
「エレフ…!?」
「ミーシャ…!?お前、なんでこんな所に…!?」
―――離れ離れになった兄妹の再会。それがこんな場所で叶おうとは女神の慈悲か、あるいはそれすら女神の
残酷さなのか。少なくとも、再会を喜ぶだけの余裕すら、彼らにはない。
「う、うう…誰ぞ…誰ぞおらぬかぁぁぁぁっ!」
変態神官(まだ生きてたのかよ、クソッ!)が叫ぶ。静かな月夜に、その声は響き渡る。すぐさま夜勤の衛兵が
駆けつけてくるだろう。酒でも呑んでサボっててくれないかと期待したいが、いくらなんでも希望的観測がすぎる
だろう。
「追っ手が来る前に逃げよう…ミーシャ!」
「…うん!」
二人は手を取り合って駆け出す。もはや変態神官なんぞに構っちゃいられない。今は逃げなければ―――
だが運命の女神は、とことん無慈悲なのだろうか。
気が付けば二人は追い詰められ、周囲全てを衛兵に取り囲まれていた。
「このガキ共が…八つ裂きにしてくれるわ!」
一斉に槍を構える衛兵たち。エレフとミーシャは思わず目を瞑った。
(終わりかよ、これで…ごめんな、ミーシャ。俺、お前を助けてやれなかった)
エレフは唇を噛み締めながら、最期の時を待った。待った。
―――いくら待っても、その時は来ない。そのかわりに、何故か衛兵たちの悲鳴が響く。
「ギャア!」「うわあ!」「な、何だ…ヒイッ!」
二人は恐る恐る目を開く。眼前に広がる光景は、そこかしこに蹲る衛兵たち。
そしてその中央で偉そうに胸を張る、弓を構えた少年―――
「ふふん。女の子を助けて脱走なんて、男の子じゃねーですか。ヒーローじゃねーですか。さては惚れたな?
彼女こそお前のエリスなんですか?」
「バカ!こいつは俺の妹だ!じゃなくて…オリオン!お前、なんで…」
「はあ?何でお前の妹がここに…つーか可愛いじゃねえか!血筋はどうなってるんだ血筋は!?なんつってる
場合じゃねーか。しかし、なんではねーだろ?ブサイクちゃん。言った通りさ。お前がやる時にゃ―――
俺が助けてやるってね」
ニヤリ、とオリオンは笑った。エレフは不覚にも、涙が溢れた。
「つまり…<今助けてやる>ってことさ!」
言うが早いか、オリオンの構える弓から、閃光のように矢が奔る。それは正確に残りの衛兵たちの足やら腕やら
口にはできない所とかにも命中する。
(どこに当たったかは、思わず顔を顰めたエレフと、思わず頬を染めたミーシャの表情から察してください)
「おら、とっとと逃げようぜ!捕まるんじゃねえぞ、エレフ!妹ちゃん!」
「へっ…お前こそな、オリオン!」
そしてエレフは、ミーシャの手を強く握り締める。それはどんな宝石よりも、かけがえの無いものに思えた。
「エレフ…!」
返事はしない。ただ強く頷き、エレフは駆け出した。
「待てえ!この奴隷め!」
「ええい、喰らえ必殺!<弓が撓り弾けた焔・夜空を凍らせて>撃ち!」
なんかかっこいいポーズを取りつつ、オリオンは矢を放つ!
「ぐはあ!」
「ふはははは、お次は<歪む世界螺旋の焔・輪廻を貫いて>撃ち!」
実に芸術的なポーズを取りつつ、オリオンは更に射る!
「ぎゃあ!」
「さーて、お次はお待ちかねの最終奥義…」
「誰も待ってねえし技名長えよ、バカ!」
「黙らっしゃい!これぞ、オリオン流弓術の真髄!今なら入会金無料・キミも習ってみないか!?」
「わぁお得って、誰が習うか、アホッ!」
必死に走りながらも、ツッコミを入れるのを忘れないエレフ。息の合ったコンビである。
「ぷっ…クスクス…」
そんな二人を見て、ミーシャは呆気に取られていたようだが、やがて肩を震わせて笑い出した。
つられて、エレフとオリオンも笑い出す。
「へへ…ハハハハッ!」
「アハハハハ…!」
「「「ハハハハハ!」」」
三人は、心の底から笑った。この時。彼らは全てから。
無慈悲な女神の紡ぐ運命の糸からすらも、自由だったのかも知れない。
「―――と、まあ、俺たちはそんなこんなでイリオン大脱出なわけですよ。いやあ、あの頃は毎日毎日ボクらは
城壁を築くために石を運ばされて嫌になっちゃってたよ、お分かりかね?」
「うん…よく分かったよ。それで、どうなったの?」
―――街の大衆酒場。遊戯はテーブルから身を乗り出し、オリオンに続きを促した。
オリオンと出会ってしばらく経つが、遊戯は意外に彼との旅を楽しんでいた。少々軽すぎる性格だが、一緒に
いて苦にならないタイプではあるし、色々飽きない話をしてくれる男である。
(どっかの島のお姫様をナンパしたらその父親である国王に目を潰されそうになったエピソードなんて、本当
に手に汗握る展開で面白かったなあ…)
そんな物騒な話を面白いと思う遊戯も、案外いい性格をしている。それはそうと、オリオンは話を続けた。
「しかしながら、船に忍び込んで遠くに行こうとしたものの、嵐に遭って船は難破、俺たちは哀れ、離れ離れ」
「あっちゃー…それじゃあ二人には、もうずっと会ってないの?」
オリオンはうんにゃ、と首を横に振った。
「ミーシャの方は見つかったよ。今はあいつ、レスボス島で巫女さんなんかやってる」
「レスボス島で…巫女さん」
「ああ。漂流して流れ着いたとこを助けられたそうでな。運がよかったよ。で、俺は俺で色々やらかしてる内に、
星女神の勇者だのなんだのになっちまって。それでレスボス島の星女神の神殿に行ってみたら、あーらビックリ、
巫女になってたミーシャと感動の再会ってわけなのさ」
「…色々やらかしたって部分が気になる所なんだけど」
「それを詳しく語ると、明日の朝までかかるぜ?それで構わないなら話してやっても…」
「ごめん、脳内で色々妄想しとくよ」
そんな会話を交わしつつ。遊戯の中で、何かが引っ掛かっていた。
「しかしエレフはさっぱりだ。どこを探してもまるで見当たらない。ミーシャの奴が可哀想だぜ、全く…」
オリオンはぐいっと酒を飲みながら、何やら考え込んでいた。
「レスボス…久しぶりに戻ってみるかなぁ…あそこ美人ばっかだから実に楽しいんだよな、ムフフ…あ、遊戯。
何だったらお前も一緒に来ないか?お前の探してる友達も、もしかしたら手がかりくらい掴めるかもしれないぜ。
案内ぐらいならしてやるよ」
「ん~…どうしようかな。あ、そうだ、オリオン。それはそうと」
「どうした?」
「もしかしてオリオン、そのミーシャって人のこと、好きなの?」
軽くカマをかけただけのつもりだったのだが、オリオンは飲んでた酒を盛大に吹き出した。顔を真っ赤にしつつ、
大げさに手をフリフリする。
「ババババババカ野郎!おお、お前なあ、俺はあんな辛気臭い女は苦手…いや、むしろ嫌いといってもいいね!
知り合いじゃなきゃ道端ですれ違っても目も合わせねえよ!いや、マジで、な、なんだよ、そんな目で見るな!
まるで俺が好きな子相手に意地張ってそっぽ向いちゃうウブな少年のようじゃないか!」
オリオンはとうとう両手で顔を覆い、地面に突っ伏してゴロゴロ転がり始めた。
「…………」
なんて分かりやすい男なんだろうか。遊戯は呆れつつも、頬が緩むのを感じた。もう一人の自分も、クスクスと
笑っているのが伝わってくる―――しかし彼は急にその笑いを止め、真剣な口調で話しかけてきた。
(―――相棒。一度レスボスへ行ってみた方がいいかもしれないぜ)
「え?どういうこと?」
「ん?遊戯、お前、何ブツブツ言ってんだ?」
転げまわりながらもオリオンが訝しげな顔で訊いてくる。
「あ、ごめん。何でもないよ」
オリオンにはまだ自分の詳しい素性、ひいてはもう一人の自分のことは話していない。遊戯は心の中だけで会話
を続けた。
(あの神話、覚えてるか?あの中で、星女神の巫女は、どうなった?)
(どうなったって―――あ!)
(そう…生贄になったんだ。オレはそれがどうも気になる。もしかしたら、その時が近いんじゃないかとな)
(…そうなったりしたら…嫌だよ!だって、オリオンは…!)
遊戯の脳裏に、件の神話の一節が蘇る。オリオンはミーシャのために復讐に身を投じ―――ミーシャと同じく、
<蠍>の手にかかり、死んだ…。
「…う!?」
遊戯は奇妙な灼熱感を覚えて、胸元を押さえる。
(千年パズル―――!?すごく熱い…一体、何が…意識が…遠く…)
城壁を築くために石を運ばされて嫌になっちゃってたよ、お分かりかね?」
「うん…よく分かったよ。それで、どうなったの?」
―――街の大衆酒場。遊戯はテーブルから身を乗り出し、オリオンに続きを促した。
オリオンと出会ってしばらく経つが、遊戯は意外に彼との旅を楽しんでいた。少々軽すぎる性格だが、一緒に
いて苦にならないタイプではあるし、色々飽きない話をしてくれる男である。
(どっかの島のお姫様をナンパしたらその父親である国王に目を潰されそうになったエピソードなんて、本当
に手に汗握る展開で面白かったなあ…)
そんな物騒な話を面白いと思う遊戯も、案外いい性格をしている。それはそうと、オリオンは話を続けた。
「しかしながら、船に忍び込んで遠くに行こうとしたものの、嵐に遭って船は難破、俺たちは哀れ、離れ離れ」
「あっちゃー…それじゃあ二人には、もうずっと会ってないの?」
オリオンはうんにゃ、と首を横に振った。
「ミーシャの方は見つかったよ。今はあいつ、レスボス島で巫女さんなんかやってる」
「レスボス島で…巫女さん」
「ああ。漂流して流れ着いたとこを助けられたそうでな。運がよかったよ。で、俺は俺で色々やらかしてる内に、
星女神の勇者だのなんだのになっちまって。それでレスボス島の星女神の神殿に行ってみたら、あーらビックリ、
巫女になってたミーシャと感動の再会ってわけなのさ」
「…色々やらかしたって部分が気になる所なんだけど」
「それを詳しく語ると、明日の朝までかかるぜ?それで構わないなら話してやっても…」
「ごめん、脳内で色々妄想しとくよ」
そんな会話を交わしつつ。遊戯の中で、何かが引っ掛かっていた。
「しかしエレフはさっぱりだ。どこを探してもまるで見当たらない。ミーシャの奴が可哀想だぜ、全く…」
オリオンはぐいっと酒を飲みながら、何やら考え込んでいた。
「レスボス…久しぶりに戻ってみるかなぁ…あそこ美人ばっかだから実に楽しいんだよな、ムフフ…あ、遊戯。
何だったらお前も一緒に来ないか?お前の探してる友達も、もしかしたら手がかりくらい掴めるかもしれないぜ。
案内ぐらいならしてやるよ」
「ん~…どうしようかな。あ、そうだ、オリオン。それはそうと」
「どうした?」
「もしかしてオリオン、そのミーシャって人のこと、好きなの?」
軽くカマをかけただけのつもりだったのだが、オリオンは飲んでた酒を盛大に吹き出した。顔を真っ赤にしつつ、
大げさに手をフリフリする。
「ババババババカ野郎!おお、お前なあ、俺はあんな辛気臭い女は苦手…いや、むしろ嫌いといってもいいね!
知り合いじゃなきゃ道端ですれ違っても目も合わせねえよ!いや、マジで、な、なんだよ、そんな目で見るな!
まるで俺が好きな子相手に意地張ってそっぽ向いちゃうウブな少年のようじゃないか!」
オリオンはとうとう両手で顔を覆い、地面に突っ伏してゴロゴロ転がり始めた。
「…………」
なんて分かりやすい男なんだろうか。遊戯は呆れつつも、頬が緩むのを感じた。もう一人の自分も、クスクスと
笑っているのが伝わってくる―――しかし彼は急にその笑いを止め、真剣な口調で話しかけてきた。
(―――相棒。一度レスボスへ行ってみた方がいいかもしれないぜ)
「え?どういうこと?」
「ん?遊戯、お前、何ブツブツ言ってんだ?」
転げまわりながらもオリオンが訝しげな顔で訊いてくる。
「あ、ごめん。何でもないよ」
オリオンにはまだ自分の詳しい素性、ひいてはもう一人の自分のことは話していない。遊戯は心の中だけで会話
を続けた。
(あの神話、覚えてるか?あの中で、星女神の巫女は、どうなった?)
(どうなったって―――あ!)
(そう…生贄になったんだ。オレはそれがどうも気になる。もしかしたら、その時が近いんじゃないかとな)
(…そうなったりしたら…嫌だよ!だって、オリオンは…!)
遊戯の脳裏に、件の神話の一節が蘇る。オリオンはミーシャのために復讐に身を投じ―――ミーシャと同じく、
<蠍>の手にかかり、死んだ…。
「…う!?」
遊戯は奇妙な灼熱感を覚えて、胸元を押さえる。
(千年パズル―――!?すごく熱い…一体、何が…意識が…遠く…)
―――そこにいたのは、果たして本当にオリオンだったのだろうか。
怒りと憎しみ、そしてそれ以上の悲しみによって塗り潰された瞳で、彼は目の前で倒れ伏す男を凝視していた。
「ははは…あははははははは!」
能天気にさえ思える、あの陽気で快活な笑いではなく―――泣いているようにしか見えない、悲痛な笑い声。
「やっと…やっと、お前の仇を討てた…見ててくれたか、ミーシャ…俺は、やっと…」
「―――すんだようだな、オリオン」
オリオンの背後に現れたのは、蠍の尻尾のような奇抜な髪型の男だった。オリオンは振り向きもせず答える。
「ああ。終わったよ…何もかも、終わったんだ」
「そうか。それで、これからどうするつもりだ?」
「どうもこうもねえ…俺にはもう、何もねえ…何も残されちゃいねえんだ…愛する人を失った世界には―――
どんな色の花も、咲きはしない…なんて、な」」
「ふん…なるほどな」
蠍は深く頷き―――
「なら、死ね」
何でもない動作で剣を抜き、背後からオリオンを貫いた。背中から腹部を突き破られ、オリオンは口から真っ赤な
血を吐きだす。よろよろと振り返り、蠍に向き直った。蠍は、酷薄に笑っていた。
「な、何を…」
「何を、だと?知れたこと。アルカディア王を殺した大罪人を、処罰するまで」
「―――!」
「全く、何ということをしてくれた?我らが王デメトリウスが、貴様に何をしたというのだ」
オリオンは信じられない、といった様子で蠍を睨み付けた。
「てめえ…てめえが言ったんだろうが…ミーシャを殺すよう命じたのは、こいつ…アルカディアの王だって…」
「ああ。それは嘘だ」
蠍は、平然と答えた。
「教えてやろう。本当はな…あの娘を殺したのは、私だ」
「な―――ん、だと…」
「おや、本当に気付いていなかったのか?もしや分かった上で私に利用されていると見せかけているのかもしれん
と警戒していたのだが、そこまで愚かだったとはな。はっはっはっは!」
「き…貴様ぁぁぁぁっ!」
掴みかかろうとしたオリオンの右腕を、蠍は目にも止まらぬ速度で斬り落とした。オリオンは力尽き果て、地へと
倒れ伏す。それを見下ろし、蠍は傲然と言い放つ。
「さて、最後に何か言い残すことはないか?」
「…………」
「ん~?聴こえんな。何と言った?」
「ミー…シャ…」
それは、かつて愛し―――今なお愛する女性の名。
「…ミーシャ…ごめん…俺…は…」
「くく…最期の言葉が、女の名前か。勇者オリオンともあろう者が、女々しいものだ。よかろう。彼女に会わせて
やるともさ。冥府でなぁ!」
蠍の振り下ろした剣が、僅かに残ったオリオンの命の灯を、完全に消し去った―――
怒りと憎しみ、そしてそれ以上の悲しみによって塗り潰された瞳で、彼は目の前で倒れ伏す男を凝視していた。
「ははは…あははははははは!」
能天気にさえ思える、あの陽気で快活な笑いではなく―――泣いているようにしか見えない、悲痛な笑い声。
「やっと…やっと、お前の仇を討てた…見ててくれたか、ミーシャ…俺は、やっと…」
「―――すんだようだな、オリオン」
オリオンの背後に現れたのは、蠍の尻尾のような奇抜な髪型の男だった。オリオンは振り向きもせず答える。
「ああ。終わったよ…何もかも、終わったんだ」
「そうか。それで、これからどうするつもりだ?」
「どうもこうもねえ…俺にはもう、何もねえ…何も残されちゃいねえんだ…愛する人を失った世界には―――
どんな色の花も、咲きはしない…なんて、な」」
「ふん…なるほどな」
蠍は深く頷き―――
「なら、死ね」
何でもない動作で剣を抜き、背後からオリオンを貫いた。背中から腹部を突き破られ、オリオンは口から真っ赤な
血を吐きだす。よろよろと振り返り、蠍に向き直った。蠍は、酷薄に笑っていた。
「な、何を…」
「何を、だと?知れたこと。アルカディア王を殺した大罪人を、処罰するまで」
「―――!」
「全く、何ということをしてくれた?我らが王デメトリウスが、貴様に何をしたというのだ」
オリオンは信じられない、といった様子で蠍を睨み付けた。
「てめえ…てめえが言ったんだろうが…ミーシャを殺すよう命じたのは、こいつ…アルカディアの王だって…」
「ああ。それは嘘だ」
蠍は、平然と答えた。
「教えてやろう。本当はな…あの娘を殺したのは、私だ」
「な―――ん、だと…」
「おや、本当に気付いていなかったのか?もしや分かった上で私に利用されていると見せかけているのかもしれん
と警戒していたのだが、そこまで愚かだったとはな。はっはっはっは!」
「き…貴様ぁぁぁぁっ!」
掴みかかろうとしたオリオンの右腕を、蠍は目にも止まらぬ速度で斬り落とした。オリオンは力尽き果て、地へと
倒れ伏す。それを見下ろし、蠍は傲然と言い放つ。
「さて、最後に何か言い残すことはないか?」
「…………」
「ん~?聴こえんな。何と言った?」
「ミー…シャ…」
それは、かつて愛し―――今なお愛する女性の名。
「…ミーシャ…ごめん…俺…は…」
「くく…最期の言葉が、女の名前か。勇者オリオンともあろう者が、女々しいものだ。よかろう。彼女に会わせて
やるともさ。冥府でなぁ!」
蠍の振り下ろした剣が、僅かに残ったオリオンの命の灯を、完全に消し去った―――
(―――はっ!?い、今のは…?)
我に返った遊戯は、汗でびっしょりになっていた。あの光景は…ただの幻覚では、決してなかった。
(相棒…お前も、同じものを見たか)
(うん。あれは…)
千年パズルには、色々と不思議な力が宿っている。それが未来のビジョンを、遊戯に見せたのだとしたら。
(嫌だ…嫌だ、あんなの!あんなのが―――オリオンの運命だなんて!)
遊戯はぎりっと歯を食い縛った。
(それに、エレフって人だって…!)
(分かってるさ。だから相棒、オリオンと一緒にレスボスへ行ってみないか?これはオレの直感だが―――
そこで、何かが始まるような、そんな気がするんだ)
(うん、分かった。キミの直感を信じるよ。行こう、レスボスへ!)
遊戯は頷き、未だに転げまわっているオリオンに力強く声をかけた。
「オリオン!」
「うわっ!?い、いきなり大声出すなよ、ビックリするだろうが!」
「行こう、レスボスへ!さあ、グズグズしてないで早く!青春は待ってくれないよ!」
「…ああ。そりゃいいけどよ…何で急に、そんなやる気なんだよ?つーか青春って、お前なあ…」
やっとこ立ち上がったオリオンは、やたらテンションの高い遊戯に目を丸くするのだった…。
我に返った遊戯は、汗でびっしょりになっていた。あの光景は…ただの幻覚では、決してなかった。
(相棒…お前も、同じものを見たか)
(うん。あれは…)
千年パズルには、色々と不思議な力が宿っている。それが未来のビジョンを、遊戯に見せたのだとしたら。
(嫌だ…嫌だ、あんなの!あんなのが―――オリオンの運命だなんて!)
遊戯はぎりっと歯を食い縛った。
(それに、エレフって人だって…!)
(分かってるさ。だから相棒、オリオンと一緒にレスボスへ行ってみないか?これはオレの直感だが―――
そこで、何かが始まるような、そんな気がするんだ)
(うん、分かった。キミの直感を信じるよ。行こう、レスボスへ!)
遊戯は頷き、未だに転げまわっているオリオンに力強く声をかけた。
「オリオン!」
「うわっ!?い、いきなり大声出すなよ、ビックリするだろうが!」
「行こう、レスボスへ!さあ、グズグズしてないで早く!青春は待ってくれないよ!」
「…ああ。そりゃいいけどよ…何で急に、そんなやる気なんだよ?つーか青春って、お前なあ…」
やっとこ立ち上がったオリオンは、やたらテンションの高い遊戯に目を丸くするのだった…。