とある小さな公園にて。
「うわーん、やめてよじん君!耳が取れちゃうよー!」
ちょっと意地悪そうな男の子が、ぬいぐるみっぽい何かの耳を引っ張っていた。
その名はウサコッツ。可愛らしい見かけは世を欺く卑劣な策略。本性は邪悪なる悪の手先・フロシャイムの一員だ。
しかし彼は悲しいかな、子供に危害は加えることが出来ないように設計されて造られているのだ。子供の誘拐が主な
任務であるが故、人質にした子供に万一のことがあってはならないからである。
そんな彼の元に、救世主は現れた。
「こら、よしなさい。弱い者いじめなんてしちゃダメでしょ?」
まだ幼さを残す声。そこにいたのは、妖精のように可憐な一人の少女だった。
―――いささか緊迫感に欠ける、ウサギと少女の馴れ初めであった。
「うわーん、やめてよじん君!耳が取れちゃうよー!」
ちょっと意地悪そうな男の子が、ぬいぐるみっぽい何かの耳を引っ張っていた。
その名はウサコッツ。可愛らしい見かけは世を欺く卑劣な策略。本性は邪悪なる悪の手先・フロシャイムの一員だ。
しかし彼は悲しいかな、子供に危害は加えることが出来ないように設計されて造られているのだ。子供の誘拐が主な
任務であるが故、人質にした子供に万一のことがあってはならないからである。
そんな彼の元に、救世主は現れた。
「こら、よしなさい。弱い者いじめなんてしちゃダメでしょ?」
まだ幼さを残す声。そこにいたのは、妖精のように可憐な一人の少女だった。
―――いささか緊迫感に欠ける、ウサギと少女の馴れ初めであった。
天体戦士サンレッド ~友情秘話!?ウサギと少女と真っ赤なヒーロー
「じん君はいじめっ子でねー。いっつもぼくやぼくの友達をいじめるんだ。ひっどいよねー」
フロシャイム川崎支部所属・ウサギのぬいぐるみ型怪人ウサコッツはプリプリ怒りながら少女に熱弁を振るう。
「政治家もさ、こういうところから考えていかないとダメだと思うんだ。郵政民営化とか定額給付金もいいけどさ。
そう思うでしょ、えっと…」
「テレサ・テスタロッサよ。テッサでいいわ」
「へー、テッサちゃんかー。外国人だね、かっこいい!あ、ぼくはウサコッツだよ」
「ふふ、可愛いお名前ね、ウサちゃん」
「もー、バカにして!ぼくはぜんぜん可愛くなんてないよっ!」
ぶんぶん腕を振り回す姿は、どこをどう見ても可愛かった。少女―――テッサの胸をズキューンと貫くくらいに。
「でもテッサちゃん、初めて見る顔だよね。どっか遠い所に住んでるの?」
「え?そ、そうね。遠いと言えば遠いかしら…」
「じゃあ、今日はお休みだから遊びに来たとか?」
「ええ…気分転換に、ちょっと遠出してみようかなって。ウサちゃんは近くに住んでるの?」
「うん。この近くにアジトがあるんだ。世界征服を企む悪の組織・フロシャイム。ぼくはその一員なの!」
「世界征服…悪の組織…!?その一員って…どんな悪いことをしてるの?」
テッサは息を呑んで居住いを正し、目つきを少し鋭くした。
―――知ってる人は知っていようが、彼女はとある<正義の組織>において、重要な地位にいる。
眼前にいるのが如何に見かけはファンシーなぬいぐるみでも、本当に悪事に手を染めているのならば、決して容赦は
しない。彼女の立場と責任感が、悪を見逃すことなど許しはしないのだ。
「えーっとねえ…空き缶入れに、使い古しのフライパンを捨てようとしたことがあるよ!それから、人ん家の蛇口の
元栓を固く締めちゃったこともあるかな」
「…………」
「あ、そうだ!後輩のアントキラーっていうアリジゴク怪人は停めてあった自転車を勝手に持っていったし、ギョウ
って奴はね、合コンで失敗した腹いせに自転車を蹴り飛ばしてお巡りさんに注意されたくらいの悪党だよ!」
「…………」
テッサは思いっきり脱力した。確かにどれもこれも悪事には違いないが、<悪の組織>がやるレベルではない。街に
よくいる<素行不良のおにーちゃん>レベルだ。
「そうだ!忘れちゃいけない!ヒーローの抹殺だって企んでるんだよ!」
「ヒーロー…?」
「そう。天体戦士サンレッドって奴でね―――」
「お?なんだなんだ、ヴァンプのとこのウサ公じゃねーか。女の子なんか連れちゃって、生意気にデートか?」
噂をすればなんとやら―――溝ノ口発の真っ赤なヒーロー・サンレッドの登場である。
「あ!あいつだよ、テッサちゃん!あいつがサンレッド!」
「あれが…」
テッサはマジマジとその姿を見つめる。頭部はなるほど、ヒーローらしく真っ赤なヘルメットを被っているが、他は
<アニメ第二期決定>と文字の入ったTシャツに半ズボン、サンダル履きというだらしない格好だ。
テッサの中の<正義のヒーロー像>が、ガラガラと崩れていくには十分過ぎる。そんな彼女を尻目に、ウサコッツは
レッドに駆け寄り、飛び掛る。
「レッド、今日こそぶっ殺すよー!」
拳から飛び出した鋭利な爪―――ウサコッツ必殺のデーモンクロー。鋼鉄さえも易々と断ち切る爪はしかし届かず、
ウサコッツは耳を捕まれて宙釣りにされた。
「お前な…毎回毎回、やめろって。そろそろ無駄だって悟れよ…」
「うっうるさいやい!レッドのバーカ!甲斐性なし!ヒモ!かよ子さんに捨てられちゃえ!」
「…………」
レッドは無言でウサコッツをぶん回す。ウサコッツは世にも哀れな悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと!やりすぎですよ、あなた!」
「あん?何だよ、えーっと…」
「テッサです。それよりウサちゃんを離してあげてください!そこまですることないでしょう!」
「…命狙われたんだけど、俺…」
毒気を抜かれつつ、レッドはウサコッツを離した。グルグル目を回しながらも、ウサコッツはどうにか立ち上がる。
「うう…綿がひっくり返るかと思ったよ…」
「自業自得だろうが…全く」
やれやれとばかりに鼻を鳴らすレッド。テッサはウサコッツを介抱しつつ、レッドに尋ねた。
「えっと…レッドさん?あなたの目から見て、フロシャイムとはどういう組織ですか?」
「あー?どういうって…失格だよ失格!悪の組織として!」
レッドはぶっきらぼうに言い放つ。
「近所付き合いは欠かさない。ペットボトルは洗って捨てる。秋の味覚はお裾分けしてくれるわ、世のため人のため
になることはするわ―――もう悪の組織よりボランティアクラブでもやってろっての!こんなんじゃ世界征服なんざ
百年経ってもできねーよ!」
「でも、あなたの命を狙ってるんですよね?」
「そうは言うけどな、こいつら<Tシャツ>の俺にいつもボロ負けしてんだぞ?バトルスーツ着せることもできねー
んだぞ?はっきり言うけどダメダメだよ!何が何でも俺を殺したいって<熱意>がさっぱり感じられねーんだよ!」
少しは自覚もあったのだろう、ウサコッツは項垂れてションボリしている。レッドも多少は気が咎めたのか、バツが
悪そうに顔を背けた。
「わりーけど、本音だよ…えっと、フグ刺しちゃんだっけ?」
「テッサです」
「…あんたからも忠告しといてやれよ。悪の組織なんてやめろって。それじゃあな」
レッドは公園から去っていく。あとには春には似つかわしくない寒々しい風と、立ち尽す一人と一匹が残された。
「ねえ…ウサちゃん。あの赤い人の言う通りだわ。あなた、悪の組織なんてやめなさい」
テッサは真摯な面持ちで語った。
「あなたに悪党なんて、どう考えても向いてません。もっと自分に合った生き方が、きっとあるはずです」
「テッサちゃん…」
「小学生にいじめられて、悪事もロクにしない。相手にしてくれるのは、正義のヒーローとは名ばかりのチンピ…
コホン、ちょっとガラの悪い赤い人だけ。そんなんじゃ、世界征服なんて夢のまた夢じゃない。いえ、そもそもがそんな
恐ろしいことを夢見ちゃいけません」
「…………」
ウサコッツは、黙ってそれを聞いていた。
「私もできることなら協力するから。ウサちゃんには悪の道よりも、陽の当たる世界で生きてほしいの…」
「…ありがとう、テッサちゃん。心配してくれて」
でも、それはダメだよ。ウサコッツは迷いも屈託もなく答えた。
「ぼくはこれでも極悪非道の怪人なんだ。今さらまっとうな生き方なんてできないよ」
「ウサちゃん…あなたは裏の世界の本当の恐ろしさを知りません。さっきの赤い人みたいな、敵対しつつも適度に
馴れ合って手加減してくれるような正義の味方ばかりじゃないわ。圧倒的な兵力と科学力を以て容赦なく悪を挫く…
そんな正義の組織に目を付けられたら、どうするの?工作員を送り込まれ、組織は壊滅。あなただって無事では…」
「望むところだよ!」
ウサコッツは夢と希望に満ちた笑顔(彼には表情というものはないが、テッサにはそう見えた)を浮かべる。
「ぼくは立派な悪の化身としてフロシャイムを盛り立てていくんだ。正義の組織が工作員を送り込んでくるんなら、
大歓迎だよ。そんくらいの方が<ハク>が付くじゃん!逆に返り討ちにしてやろうってもんだよ!」
「…………」
「うわー、何だかその気になってきちゃった!早く来ないかなー、正義の工作員!楽しみだな~!」
「…そうね」
テッサは、少し寂しげにウサコッツに笑いかける。
「来てくれるといいですね、正義の組織からの工作員」
それはまるで、無邪気にサンタを信じる子供と、そんなものはいないと理解してしまった大人のようだった。
フロシャイム川崎支部所属・ウサギのぬいぐるみ型怪人ウサコッツはプリプリ怒りながら少女に熱弁を振るう。
「政治家もさ、こういうところから考えていかないとダメだと思うんだ。郵政民営化とか定額給付金もいいけどさ。
そう思うでしょ、えっと…」
「テレサ・テスタロッサよ。テッサでいいわ」
「へー、テッサちゃんかー。外国人だね、かっこいい!あ、ぼくはウサコッツだよ」
「ふふ、可愛いお名前ね、ウサちゃん」
「もー、バカにして!ぼくはぜんぜん可愛くなんてないよっ!」
ぶんぶん腕を振り回す姿は、どこをどう見ても可愛かった。少女―――テッサの胸をズキューンと貫くくらいに。
「でもテッサちゃん、初めて見る顔だよね。どっか遠い所に住んでるの?」
「え?そ、そうね。遠いと言えば遠いかしら…」
「じゃあ、今日はお休みだから遊びに来たとか?」
「ええ…気分転換に、ちょっと遠出してみようかなって。ウサちゃんは近くに住んでるの?」
「うん。この近くにアジトがあるんだ。世界征服を企む悪の組織・フロシャイム。ぼくはその一員なの!」
「世界征服…悪の組織…!?その一員って…どんな悪いことをしてるの?」
テッサは息を呑んで居住いを正し、目つきを少し鋭くした。
―――知ってる人は知っていようが、彼女はとある<正義の組織>において、重要な地位にいる。
眼前にいるのが如何に見かけはファンシーなぬいぐるみでも、本当に悪事に手を染めているのならば、決して容赦は
しない。彼女の立場と責任感が、悪を見逃すことなど許しはしないのだ。
「えーっとねえ…空き缶入れに、使い古しのフライパンを捨てようとしたことがあるよ!それから、人ん家の蛇口の
元栓を固く締めちゃったこともあるかな」
「…………」
「あ、そうだ!後輩のアントキラーっていうアリジゴク怪人は停めてあった自転車を勝手に持っていったし、ギョウ
って奴はね、合コンで失敗した腹いせに自転車を蹴り飛ばしてお巡りさんに注意されたくらいの悪党だよ!」
「…………」
テッサは思いっきり脱力した。確かにどれもこれも悪事には違いないが、<悪の組織>がやるレベルではない。街に
よくいる<素行不良のおにーちゃん>レベルだ。
「そうだ!忘れちゃいけない!ヒーローの抹殺だって企んでるんだよ!」
「ヒーロー…?」
「そう。天体戦士サンレッドって奴でね―――」
「お?なんだなんだ、ヴァンプのとこのウサ公じゃねーか。女の子なんか連れちゃって、生意気にデートか?」
噂をすればなんとやら―――溝ノ口発の真っ赤なヒーロー・サンレッドの登場である。
「あ!あいつだよ、テッサちゃん!あいつがサンレッド!」
「あれが…」
テッサはマジマジとその姿を見つめる。頭部はなるほど、ヒーローらしく真っ赤なヘルメットを被っているが、他は
<アニメ第二期決定>と文字の入ったTシャツに半ズボン、サンダル履きというだらしない格好だ。
テッサの中の<正義のヒーロー像>が、ガラガラと崩れていくには十分過ぎる。そんな彼女を尻目に、ウサコッツは
レッドに駆け寄り、飛び掛る。
「レッド、今日こそぶっ殺すよー!」
拳から飛び出した鋭利な爪―――ウサコッツ必殺のデーモンクロー。鋼鉄さえも易々と断ち切る爪はしかし届かず、
ウサコッツは耳を捕まれて宙釣りにされた。
「お前な…毎回毎回、やめろって。そろそろ無駄だって悟れよ…」
「うっうるさいやい!レッドのバーカ!甲斐性なし!ヒモ!かよ子さんに捨てられちゃえ!」
「…………」
レッドは無言でウサコッツをぶん回す。ウサコッツは世にも哀れな悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと!やりすぎですよ、あなた!」
「あん?何だよ、えーっと…」
「テッサです。それよりウサちゃんを離してあげてください!そこまですることないでしょう!」
「…命狙われたんだけど、俺…」
毒気を抜かれつつ、レッドはウサコッツを離した。グルグル目を回しながらも、ウサコッツはどうにか立ち上がる。
「うう…綿がひっくり返るかと思ったよ…」
「自業自得だろうが…全く」
やれやれとばかりに鼻を鳴らすレッド。テッサはウサコッツを介抱しつつ、レッドに尋ねた。
「えっと…レッドさん?あなたの目から見て、フロシャイムとはどういう組織ですか?」
「あー?どういうって…失格だよ失格!悪の組織として!」
レッドはぶっきらぼうに言い放つ。
「近所付き合いは欠かさない。ペットボトルは洗って捨てる。秋の味覚はお裾分けしてくれるわ、世のため人のため
になることはするわ―――もう悪の組織よりボランティアクラブでもやってろっての!こんなんじゃ世界征服なんざ
百年経ってもできねーよ!」
「でも、あなたの命を狙ってるんですよね?」
「そうは言うけどな、こいつら<Tシャツ>の俺にいつもボロ負けしてんだぞ?バトルスーツ着せることもできねー
んだぞ?はっきり言うけどダメダメだよ!何が何でも俺を殺したいって<熱意>がさっぱり感じられねーんだよ!」
少しは自覚もあったのだろう、ウサコッツは項垂れてションボリしている。レッドも多少は気が咎めたのか、バツが
悪そうに顔を背けた。
「わりーけど、本音だよ…えっと、フグ刺しちゃんだっけ?」
「テッサです」
「…あんたからも忠告しといてやれよ。悪の組織なんてやめろって。それじゃあな」
レッドは公園から去っていく。あとには春には似つかわしくない寒々しい風と、立ち尽す一人と一匹が残された。
「ねえ…ウサちゃん。あの赤い人の言う通りだわ。あなた、悪の組織なんてやめなさい」
テッサは真摯な面持ちで語った。
「あなたに悪党なんて、どう考えても向いてません。もっと自分に合った生き方が、きっとあるはずです」
「テッサちゃん…」
「小学生にいじめられて、悪事もロクにしない。相手にしてくれるのは、正義のヒーローとは名ばかりのチンピ…
コホン、ちょっとガラの悪い赤い人だけ。そんなんじゃ、世界征服なんて夢のまた夢じゃない。いえ、そもそもがそんな
恐ろしいことを夢見ちゃいけません」
「…………」
ウサコッツは、黙ってそれを聞いていた。
「私もできることなら協力するから。ウサちゃんには悪の道よりも、陽の当たる世界で生きてほしいの…」
「…ありがとう、テッサちゃん。心配してくれて」
でも、それはダメだよ。ウサコッツは迷いも屈託もなく答えた。
「ぼくはこれでも極悪非道の怪人なんだ。今さらまっとうな生き方なんてできないよ」
「ウサちゃん…あなたは裏の世界の本当の恐ろしさを知りません。さっきの赤い人みたいな、敵対しつつも適度に
馴れ合って手加減してくれるような正義の味方ばかりじゃないわ。圧倒的な兵力と科学力を以て容赦なく悪を挫く…
そんな正義の組織に目を付けられたら、どうするの?工作員を送り込まれ、組織は壊滅。あなただって無事では…」
「望むところだよ!」
ウサコッツは夢と希望に満ちた笑顔(彼には表情というものはないが、テッサにはそう見えた)を浮かべる。
「ぼくは立派な悪の化身としてフロシャイムを盛り立てていくんだ。正義の組織が工作員を送り込んでくるんなら、
大歓迎だよ。そんくらいの方が<ハク>が付くじゃん!逆に返り討ちにしてやろうってもんだよ!」
「…………」
「うわー、何だかその気になってきちゃった!早く来ないかなー、正義の工作員!楽しみだな~!」
「…そうね」
テッサは、少し寂しげにウサコッツに笑いかける。
「来てくれるといいですね、正義の組織からの工作員」
それはまるで、無邪気にサンタを信じる子供と、そんなものはいないと理解してしまった大人のようだった。
「あ、もうこんな時間だ。ぼく、そろそろ帰らなきゃ」
「あら、ほんと…随分話し込んじゃいましたね」
ウサコッツはすたすた公園の出口へと駆けていき、そこで名残惜しそうに振り返った。
「ねえ、テッサちゃん。また会えるかな?」
「そうね…またお休みが取れたら、きっとここに来るわ」
「うん、きっとだよ!じゃーね、テッサちゃん!バイバイ!」
手をふりふり、ウサコッツは夕暮れの道をポテポテと歩いていく。その姿が消えるまで、テッサも手を振り返していた。
「…ふう」
そして溜息とともに、テッサは携帯電話を取り出した。彼女だって携帯電話は持ってますよ…一般のものとは比較に
ならないほど高性能の携帯電話をね…。
テッサはそれを握り締めて、しばし逡巡する。脳裏を駆け巡るのは<職権乱用><本末転倒><公私混同>といった
四字熟語の羅列。そして、ウサコッツの笑顔だった。
(ぼくは立派な悪の化身としてフロシャイムを盛り立てていくんだ。正義の組織が工作員を送り込んでくるんなら、
大歓迎だよ。そんくらいの方が<ハク>が付くじゃん!逆に返り討ちにしてやろうってもんだよ!)
「…くっ!」
そうは言っても、どう考えても彼女の所属する<組織>が、フロシャイムへの派兵を認めるとは思えない。それ以前
に、鼻にも引っかけない可能性の方が高いだろう。
<組織>はヒーローごっこをやっているわけではない。もっと対処すべき巨悪は、たくさんあるのだ。
そんなこと、テッサは分かりすぎるくらいに分かっている―――それでも。
それでも、ウサコッツの笑顔を心の中から消すことはできなかった。
今から自分の為そうとしていることが、恐ろしい程の背信行為であることも理解している。
普段の彼女なら思い浮かべることすらない、悪徳。
絶対に選ぶはずのない、裏切り。
―――ある意味で、彼女は完膚なきまでに敗れ去っていたのだ。ウサコッツの、桁外れの愛くるしさの前に。
震える指でボタンを押した。程無くして、繋がる。
「…サガラさんですか?」
「!た…大佐殿!?一体どうしたのですか!大佐殿が自ら連絡してくるなど…」
「単刀直入に言います。相良宗介軍曹―――あなたに、ある任務に就いてもらいたいのです…」
「任務…ですか?」
「はい。実は私、偶然ですがある悪の組織と接触したんです」
「な!?ま、まさか拉致監禁された挙句、過酷な拷問を…!?」
「されてません!…何と言いましょうか、彼らは巧妙に偽装し、世間的にはまるで単なる慈善団体であるかのように
振る舞っているのです。しかし…私は彼らの中に、恐るべき<悪>の匂いを嗅ぎ取りました」
「悪の匂いを…!」
電話越しでも、彼の戦慄が伝わってくる。テッサはあまりの罪悪感に頭痛と眩暈がしてきた。
「しかし、現時点ではあくまでも<匂い>だけなんです。彼らは完璧な工作によって、証拠は一切残していません…
これでは<ミスリル>としても動きようがないのです」
「くっ…バカな!確かな悪がそこにありながら、身動きが取れないと仰るのですか!?」
「その通りです―――そこでサガラさん。あなたにその組織に潜入してもらいたいのです」
「潜入…即ち、<ミスリル>が動くに足るだけの証拠を押さえてくればよいのですね。了解しました。必ずや大佐殿
の期待に応えてみせます!」
その声は真剣そのものだ。テッサは自身への嫌悪感で腹痛と吐き気を覚えた。
「あ…あの、あくまでも私の予感でしかないのですし、あなたにも本来の任務があることですし、そこまで気負って
もらわずとも…本当に、任務というよりは私の個人的なお願いくらいに考えて、空き時間を利用してのちょっとした
様子見程度でいいので…」
「いいえ!やるからには誠心誠意、決死の覚悟で任に当たらせていただきます!」
「…あ…ありがとう…では、詳細は後ほど…」
テッサは電話を切り、深く、ふかーーーく溜息をついた。自分は悪魔に魂を売ってしまったのだ…。しかもこれだけ
の悪徳を為したところで、これが本当にウサコッツのためになるのかどうかさえ分からない。今考えると、もっと他に
いい方法はなかったものかと思える。
だが…もう、自分はやってしまったのだ。改めて己の罪の重さを自覚し、少女は泣いた。
断っておくが、本来のテッサは間違ってもこのような愚行に手を染めるような人物ではない―――だが。
そんな彼女から判断力と冷静さとモラルを完全に失わせて、こんなことをやらせてしまうのがウサコッツ自身ですら
気付いていない、恐るべき能力…。即ち―――<可愛いは正義>である!
「あら、ほんと…随分話し込んじゃいましたね」
ウサコッツはすたすた公園の出口へと駆けていき、そこで名残惜しそうに振り返った。
「ねえ、テッサちゃん。また会えるかな?」
「そうね…またお休みが取れたら、きっとここに来るわ」
「うん、きっとだよ!じゃーね、テッサちゃん!バイバイ!」
手をふりふり、ウサコッツは夕暮れの道をポテポテと歩いていく。その姿が消えるまで、テッサも手を振り返していた。
「…ふう」
そして溜息とともに、テッサは携帯電話を取り出した。彼女だって携帯電話は持ってますよ…一般のものとは比較に
ならないほど高性能の携帯電話をね…。
テッサはそれを握り締めて、しばし逡巡する。脳裏を駆け巡るのは<職権乱用><本末転倒><公私混同>といった
四字熟語の羅列。そして、ウサコッツの笑顔だった。
(ぼくは立派な悪の化身としてフロシャイムを盛り立てていくんだ。正義の組織が工作員を送り込んでくるんなら、
大歓迎だよ。そんくらいの方が<ハク>が付くじゃん!逆に返り討ちにしてやろうってもんだよ!)
「…くっ!」
そうは言っても、どう考えても彼女の所属する<組織>が、フロシャイムへの派兵を認めるとは思えない。それ以前
に、鼻にも引っかけない可能性の方が高いだろう。
<組織>はヒーローごっこをやっているわけではない。もっと対処すべき巨悪は、たくさんあるのだ。
そんなこと、テッサは分かりすぎるくらいに分かっている―――それでも。
それでも、ウサコッツの笑顔を心の中から消すことはできなかった。
今から自分の為そうとしていることが、恐ろしい程の背信行為であることも理解している。
普段の彼女なら思い浮かべることすらない、悪徳。
絶対に選ぶはずのない、裏切り。
―――ある意味で、彼女は完膚なきまでに敗れ去っていたのだ。ウサコッツの、桁外れの愛くるしさの前に。
震える指でボタンを押した。程無くして、繋がる。
「…サガラさんですか?」
「!た…大佐殿!?一体どうしたのですか!大佐殿が自ら連絡してくるなど…」
「単刀直入に言います。相良宗介軍曹―――あなたに、ある任務に就いてもらいたいのです…」
「任務…ですか?」
「はい。実は私、偶然ですがある悪の組織と接触したんです」
「な!?ま、まさか拉致監禁された挙句、過酷な拷問を…!?」
「されてません!…何と言いましょうか、彼らは巧妙に偽装し、世間的にはまるで単なる慈善団体であるかのように
振る舞っているのです。しかし…私は彼らの中に、恐るべき<悪>の匂いを嗅ぎ取りました」
「悪の匂いを…!」
電話越しでも、彼の戦慄が伝わってくる。テッサはあまりの罪悪感に頭痛と眩暈がしてきた。
「しかし、現時点ではあくまでも<匂い>だけなんです。彼らは完璧な工作によって、証拠は一切残していません…
これでは<ミスリル>としても動きようがないのです」
「くっ…バカな!確かな悪がそこにありながら、身動きが取れないと仰るのですか!?」
「その通りです―――そこでサガラさん。あなたにその組織に潜入してもらいたいのです」
「潜入…即ち、<ミスリル>が動くに足るだけの証拠を押さえてくればよいのですね。了解しました。必ずや大佐殿
の期待に応えてみせます!」
その声は真剣そのものだ。テッサは自身への嫌悪感で腹痛と吐き気を覚えた。
「あ…あの、あくまでも私の予感でしかないのですし、あなたにも本来の任務があることですし、そこまで気負って
もらわずとも…本当に、任務というよりは私の個人的なお願いくらいに考えて、空き時間を利用してのちょっとした
様子見程度でいいので…」
「いいえ!やるからには誠心誠意、決死の覚悟で任に当たらせていただきます!」
「…あ…ありがとう…では、詳細は後ほど…」
テッサは電話を切り、深く、ふかーーーく溜息をついた。自分は悪魔に魂を売ってしまったのだ…。しかもこれだけ
の悪徳を為したところで、これが本当にウサコッツのためになるのかどうかさえ分からない。今考えると、もっと他に
いい方法はなかったものかと思える。
だが…もう、自分はやってしまったのだ。改めて己の罪の重さを自覚し、少女は泣いた。
断っておくが、本来のテッサは間違ってもこのような愚行に手を染めるような人物ではない―――だが。
そんな彼女から判断力と冷静さとモラルを完全に失わせて、こんなことをやらせてしまうのがウサコッツ自身ですら
気付いていない、恐るべき能力…。即ち―――<可愛いは正義>である!
―――そして、別の日。
「へー。この公園でそんなことがあったんだ」
「うん。とってもいい子だったんだよ」
「ソイツ スキ」
ウサコッツはアニマルソルジャーの面々と共に、公園を訪れていた。そこに。
「こんにちは、ウサちゃん」
「あ…こんにちは、テッサちゃん!」
三つ編みにした髪を風に靡かせ、ウサコッツ達に向けて笑いかけるテッサの元に、アニソルの面々が駆け寄る。
「この子?こないだここで会ったのって」
「そーだよ、ねこ君。テッサちゃんだよ」
「はじめまして。皆、ウサちゃんのお友達?」
「うん。デビルねこにPちゃん、それにヘルウルフだよ」
「よろしくね!」
「オマエ スキ」
無口なPちゃんは何も喋らないが、翼をパタパタさせて挨拶する。
「ふふ、皆よろしく…ところでね、ウサちゃん。ちょっとお願いがあるの。聞いてくれる?」
「お願い?」
「実はね。あなた達の組織に入りたいって子を紹介したいんだけど…」
「え!ホントに!?」
「すごいや、ウサちゃん!ねえねえ、どんな子なの?」
はしゃぎ回る可愛い奴らに頬を緩めつつ、テッサは公園の茂みに向けて声をかけた。
「出ておいで、ボン太くん!」
「ふもっふー!」
草むらから飛び出したモフモフした謎のナマモノは、元気よく鳴き声をあげて愛想を振りまくのであった。
「へー。この公園でそんなことがあったんだ」
「うん。とってもいい子だったんだよ」
「ソイツ スキ」
ウサコッツはアニマルソルジャーの面々と共に、公園を訪れていた。そこに。
「こんにちは、ウサちゃん」
「あ…こんにちは、テッサちゃん!」
三つ編みにした髪を風に靡かせ、ウサコッツ達に向けて笑いかけるテッサの元に、アニソルの面々が駆け寄る。
「この子?こないだここで会ったのって」
「そーだよ、ねこ君。テッサちゃんだよ」
「はじめまして。皆、ウサちゃんのお友達?」
「うん。デビルねこにPちゃん、それにヘルウルフだよ」
「よろしくね!」
「オマエ スキ」
無口なPちゃんは何も喋らないが、翼をパタパタさせて挨拶する。
「ふふ、皆よろしく…ところでね、ウサちゃん。ちょっとお願いがあるの。聞いてくれる?」
「お願い?」
「実はね。あなた達の組織に入りたいって子を紹介したいんだけど…」
「え!ホントに!?」
「すごいや、ウサちゃん!ねえねえ、どんな子なの?」
はしゃぎ回る可愛い奴らに頬を緩めつつ、テッサは公園の茂みに向けて声をかけた。
「出ておいで、ボン太くん!」
「ふもっふー!」
草むらから飛び出したモフモフした謎のナマモノは、元気よく鳴き声をあげて愛想を振りまくのであった。
―――天体戦士サンレッド。
これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語である!
これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語である!