夕焼けに照らされた帰り道、ユージは転倒寸前の自転車に急ブレーキをかけることで何とか事なきを得た
。少し先でタマキが自転車を止めキョトンとした顔でこっちを見ているが、ユージは何だかよく分からない
汗をかきながら驚愕に目を見開いている。それからすぐに周囲に誰も居ないことを確認すると、タマキの側
に駆け寄って小声で話した。
 「た…タマちゃん……さっき何て言った?」
 「だから……ひ、避妊具って、何で必要なのかな、って……」
 言いながらタマキが頬を赤くして俯くのを見ながら、ユージには何も見えていなかった。
頭の中では言葉にならない文字列が高速で駆け巡り脳が完全にフリーズしている。
 「……ユージ君?」
 タマキの声に脳の8割くらいが暴走状態から回復する。それでも頭の中を様々な疑問が埋め尽くそうとす
る中、どうにか思考を保とうとする。そうだ、そもそも……
 「何で俺に?」
 するとタマキはさらに顔を赤くしながら小声で言った。
 「私……こういうこと話せるような友達居ないし……お父さんや先生には恥ずかしくて聞けないし、キリ
ノ先輩達や宮崎さんには何だか切り出しづらいから……それで……」
 まわりまわって白羽の矢が立ったのがユージだったのだ。ボソボソと呟くように言いながら下を向いたタ
マキを見て、ユージは照れの混じった苦笑を浮かべため息をついた。東の名前が挙がらなかったことは、こ
の際無視することにする。

 しかし、タマキの疑問に答えるにしても冷静になってみると質問の意図がわからない。タマキにその手の
知識が乏しいことはわかるのだが……と、ユージは首を捻る。
 「えーっと、タマちゃんさ……赤ちゃんがどうやってできるかはわかるよね?」
 相変わらず下を向いたままだが、コクリと頷いて「保険の授業で……」と言った。
 「じゃあもう俺が答えられることはないと思うんだけど……」
 だがタマキは顔を上げて首を振った。
 「だって、セックスって赤ちゃんをつくるためにするんでしょ?それなのにどうして避妊具付けたりする
の?」
 そこでようやくユージは理解した。タマキには性行為そのものがどういった過程で行われるのかや、その
過程でお互いが快感を得られること、そしてその為だけにセックスをすることがあるということを全く知ら
ないのだ。確かに教科書レベルではそんなものだった気もするし、そういった知識を共有する友人がいない
とこういったことになるのかな……?恐らくタマキの認識では、ちょっと恥ずかしい共同作業と言うような
ところなのだろう。いや想像だけど。
 しかし、ユージはまたも考え込んだ。一体どこからどうやって説明すれば……
 「ユージ君も分からない?」
 「い、いやっ、そういうんじゃないんだけど……参ったな……」

 そもそも、きちんと説明するべきなのだろうか?今どきこの純粋さは十分に保護対象に当たるような気が
するし、どうにかして誤魔化すべきなのか?
 「はぁ……ユージ君ならちゃんと教えてくれると思ったのにな……」
 うろたえるユージを見てタマキはがっかりしたようにため息をついた。
 ――タマちゃん、それは反則です……
 その言葉が「ちゃんと知っている」ことか、「嘘をつかない」ことのどちらを指していたのかはこの際問
題ではなく、ともあれユージはきっちりと説明すること決めた。
 「わかったよ。じゃあ一から説明するよ?」
 「うん」
 ――そうだ。どの道いつかは知ることになるんだしそれなら早い方が傷も浅くて済むはずだしそれに恥ず
かしいのを我慢してしかも俺に頼ってくれたんだから教えてあげなくちゃ悪いよな。うん。
 ……言い訳がましいな、俺……。
 「まずは……ええと、多分ここから勘違いしてると思うんだけど、男は別にいつでも好きに精子を出せる
わけじゃないんだ。だからセックスも男のソレを挿入したら終わり、っていうものじゃない」
 「……そうなんだ。じゃあどうやったらでるの?」
 「う……その……て、適度な刺激を性器に与え続けると……なんというか、気持ちよくなって思わず……
みたいに……」
 「へぇー……」
 やめてタマちゃんそんなに素直に感心した目で見ないで何かもう俺色々と耐えられなくなりそう……

 「それでセックスの時は女の人の中で男のをこすって刺激を与えて……ってことになるんだけど、それが
気持ちいいから赤ちゃんが欲しい時以外でもセックスができるように避妊具を付けたりすることがあるんだ」
 「ふぅん……?」
 これでいいよな……などとユージは安堵のため息をついたりしていたが、十分説明を受けたはずのタマキ
は何故か思案顔だ。
 「……ねえユージ君」
 「どうしたのタマちゃん?」
 「それって女の人も気持ちよくなるの?」
 「!!」
 ユージはここでやっと『そのこと』に思い至った。タマキがこんな疑問を持ってしまったその根本的な理
由。タマキは性的な快感を得るという感覚そのものを知らない。つまりそれは……
 「タマちゃん……オナニーとかしたことない……?」
 「おなにー?」
 その瞬間、頭の上に疑問符を浮かべながら問い返すタマキを見て、ユージはうっかり口からこぼれた自分
の言葉を猛烈に後悔した。
 「ユージ君、『おなにー』って何?」
うあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ
あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………



 この後、ユージがその意味から方法、自身の経験に至るまでの説明を終えたとき、すっかり
燃え尽きていたことだけは、ここに記しておく。



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最終更新:2008年05月01日 20:30