「やれやれ、やっと終わった…」
日本史の先生はつかれきった声を出して、社会科準備室のドアを開けた。
「あ、朝一から夏期補講お疲れ様です。お茶冷えてますよ。」
コジローがそう言って冷蔵庫を開ける。そして日本史の先生の湯飲みに
冷えた麦茶を注ぎながら尋ねる。
「どうでしたか?『ゼロからの近代政治史』の反響は。」
「んー、歴代の内閣総理大臣の名前と支持母体を暗記しろといったら、
悲鳴を上げていたよ。東さんなんか、この世の終わりのような顔をしていたね。」
「そりゃ、東なら、ね…」
「でも、私立文系で受けるなら、それくらいは覚えておかないとダメだよ。」
「そりゃあそうなんですがね…」
コジローも返す言葉がないようだ。
「ああ、でもさ、君のところの奥さんは、こういうの得意そうだけどね。」
「え、キリノですか?確かに集中したときは簡単に憶えるけど、でも、またなんで?」
「なんでって、そりゃ、力があるのにもったいないからだよ。今からでも進学しないの?」
「いや、それはその…」
コジローが返答に窮したのを見て、追求をあきらめたのか、話題を変えた。
「ま、いいか。さて、石田先生は、これからが本番でしょ?気をつけてね、合宿。」
「あ、ハイ。事故のないように行ってきます。」
そこへ、社会科準備室のドアがノックされた。
「失礼します。先生、荷物を取りに来ました。」
「おう、誠はその保冷庫を頼む。ユージとダンは、このポカリの箱な。
それじゃ、行ってきます。」
コジローは一礼すると、荷物を持って社会科準備室から出て行った。
「よし、みんなそろったな。出発前に確認するが、トイレに行きたい者はないか?」
「先生、遠足じゃあるまいし…」
ダンが軽口をたたくと、キリノが、
「あ、あたし行ってくるね。さとりん、行こう?」
と、東の手を引っ張っていってしまった。あっけにとられていたユージがたずねる。
「いいんですか?先生、キリノ先輩に合宿を手伝ってもらって…」
「まぁ、あいつからやりたいって言い出したからな。総体前の強化合宿だから、
あいつも気になるんだろう。それに女子の細かいところは、俺じゃ手が回らないから、
あいつに助けてもらえたら、俺自身助かるし。今のだって、ダンの軽口で、
東がトイレに行きたくても行けないのを救ってくれたじゃないか。」
「そうですね…でも、自腹を切ってついてきてくれるなんて…」
「ま、久々にお前たちと楽しくやりたいんだろ。だから、気にするなって。
ほら、戻ってきた。さあ、今度こそ出発だ。」
そう言って、コジローはマイクロバスに乗り込んだ。
昼過ぎには目的地に着いた。まず宿舎となる民宿へ行き、部屋割りをして
荷物を降ろす。それから食事を済ませ、練習会場となる体育館に着いた。
「礼!お願いします!」
「「「「「「お願いします!」」」」」」
ダンの号令に合わせて、練習が始まる。総体前とあって、みんな気合が入っている。
ただし、練習のし過ぎで本番の試合で動けなくなっては元も子もない。ころあいを
見計らってコジローが号令をかける。
「よし、十分間休憩!」
「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」
みんなは面と篭手をはずして引き上げてくる。キリノがニコニコしながら、
ポカリを差し出す。
「はいはい、お疲れ。はい、タマちゃん、ユージくん。これはミヤミヤとダンくん…」
「キリノ先輩、練習に入ってくださいよ、せっかく来たんですから。」
ポカリを受け取ったダンがいう。
「えー、だって引退してから時間がたっているから、みんなにとうてい
ついていけないよ。あたしはサポート役、マネジャーで十分。」
そこへコジローが顔を出す。
「そうだな。代替わりしたんだから、けじめはちゃんとつけないと。
キリノが入ったら、お前たちはキリノに頼るかもしれないし。
それじゃ合宿の意味がない。」
「ほらね、センセーもこう言っているし。」
「えー、一番頼っているのは先生じゃんか!」
ダンが不平の声をあげる。
「ダンくんの言うとおりです!」
ミヤミヤも続く。
「まぁ、まぁ、それよりも練習をしましょうよ。」
聡莉がなだめるが、ブーイングはなかなか収まらなかった。
練習を終えてから、風呂と食事を済ませる。ただし強化合宿と銘打つだけあって、
夜には地元の道場との練習試合を行った。このように初日からハードな練習のためか、
夜間練習後にシャワーを浴びて、ミーティングを済ませると、みんなばたばたと
倒れこむようにして眠りについた。キリノは女子みんなが寝息を立て始めたのを
確認すると、食堂にいるコジローのもとへ向かった。
「センセー、女子はみんな寝たよ。」
「そうか、見張りありがとうな。」
「どういたしまして。」
キリノはコジローの横に座る。
「えへへへ。センセー、ようやく二人きりだね。」
「そうだな…でも、合宿に来ているんだから、それを考えろな?」
「えー、でも…」
「だって、ここは民宿だから、何かあったら、筒抜けだろうが!」
「はーい、わかりました…」
といいつつも、コジローに身を寄せる。コジローは、キリノの肩に手を回して
引き寄せた。
「キリノ、ありがとうな。」
「ううん。センセーが頑張っているから、あたしは一緒にみんなを応援したいだけ。」
「ああ、実際助かっているけど…ホント、あいつらの言うとおり、俺はお前に
頼りっぱなしだと思う。お前はどうなんだ?俺の相手も含めてサポート役ばかりで、
お前はそれでいいのか?」
「それでいいのかって、どういうこと?」
「いや、大学進学とか考えなくていいのか?ほら、卒業してすぐ俺のところに来たけど、
お前は大学に行く力があるわけだし。」
「センセー。あたしはちゃんと自分の進路を見つけたよ。大学に進むだけが
進路じゃないでしょ?あたしは、頼りないセンセーを助けて、ステキな家庭を作って、
いい子どもたちを育てるのが夢なの。」
「ははっ、頼りないか…」
「でもね、センセーがものすごく頑張っているから、あたしはそれを応援したいんだ。
だってさ、あたしたちが親や先生、先輩からしてもらった以上のことを次の世代に
してあげればさ、きっと次の世代はグッと成長しているはずだよ?それを繰り返して
いくのが、進化とか、進歩とかいうものじゃないかなぁ…あたしはもう充分に、
みんなの愛情を感じているから、次の世代に、あたしたちの子どもに伝えたいの。」
「キリノ…お前って…」
コジローはキリノを抱きしめて言った。
「よし、やるぞ俺は!明るい未来のため!キリノ、サポート頼むぞ!」
「うん!でも、眠い…」
「しょうがねぇなぁ…ま、でも、頼りにしてるぜ、奥さん!」
そう言ってコジローは寝息を立てている妻を抱きかかえて、女子の部屋へ連れていった。
次の日は、朝は軽めのメニューをこなし、昼からは地元の高校と練習試合の予定だった。が、
「え、食中毒?」
電話の向こうで、相手の先生が申し訳なさそうな声で伝える。
『いや、こちらも合宿をはっていたら、生野菜の中に…』
「それじゃあ、仕方ないですね。どうぞお大事にしてください。」
コジローは静かに受話器を置いた。
「先生、どうするんだ?結局。」
ダンが不安そうに聞く。無理もない。午後からは地元の高校の道場で試合をするつもりなので、
体育館の予約は入れていない。つまりまるまる昼からの行き場がなくなったのだ。
「そういうときは、気分転換に泳ぎに行こうよ!」
久しぶりに聞く声に振り返ると、西瓜を入れた網を持ったサヤがいた。
「サヤ、おまえ何で…」
「何でって、合宿の激励と差し入れだよ?」
「そりゃありがたいけど、泳ぎに行くって、そんな用意…」
「もちろんあるよね?」
サヤの声にみんながウンウンと頷く。
「さてはおまえら…」
「かたいこと言いっこなし。さぁ、行こう!」
キリノが立ち上がって言う。
「キリノ、お前まで…あ、でも、俺の水着がないぞ?」
コジローの抗議の声をサヤが遮る。
「あ、大丈夫。差し入れの西瓜と一緒にキリノのお母さんから預かってきたから。」
「お義母さんから?」
コジローは一抹の不安を抱きながらもサヤから水着袋を受け取った。
「ま、普通の水着だわな…」
コジローは民宿の男部屋で水着に着替える。戦々恐々としながら水着袋を
開けたが、中身は単純な紺色のトランクスタイプの水着とバスタオルとビーチサンダルだった。
コジローが男子連中を引き連れて浜辺に行くと、すでに女子は浜辺に出ていた。
コジローは妻の姿を探す。案外簡単に見つかった。麦わら帽子に、剣道で使っていた
手ぬぐいを巻いている。そして水着の上には服を羽織っていた。
(まぁ、あいつらしい格好だな。)
そう思いながら近づいていくと、キリノは地面に向かって何かブツブツ言っている。
「キリノ。」
「あ、センセー。」
振り返った姿を見て、コジローは愕然とした。前回海に行ったときのハイビスカスの
水着とばかり思っていたら、なんと着用していたのは学校指定の水着。
(なにゆえそんなものを…)
動揺を隠してコジローは尋ねる。
「何をやっているんだ?」
「ほら、カニさんがいるから、『少しお庭を借りるね』と言っていたんだ。」
確かにキリノの前には小さなカニがいる。コジローは、キリノらしいと苦笑した。
そこへサヤの声がとどく。
「さぁ、西瓜割りをやろうか!」
「よし、行くか!」
コジローが立ち上がろうとするのを、キリノは肩を押さえる。
「センセーはダメ。」
「なんで…」
「だって、全部食べちゃうもの。」
「そんなわけあるかい!」
「えへへ、理由なんてどうでも良いんだ、それ、埋めちゃえー!」
キリノのかけ声に、部員たちが集まって、あっという間にコジローを
埋めてしまった。
「おーい、どうにかしろー!」
コジローの抗議もむなしく、みんなは別のところに去っていった。
なんとかして脱出したコジローが聞くところによると、結局西瓜はタマが
粉砕してしまったらしい。
コジローは海の家から浜辺をながめている。みんな楽しそうに遊んでいる。
ダンとミヤミヤはタコ?で遊んでいる。タマとユージは砂の城作り。
東は浮き輪でプカプカ浮かんでいる。他の部員はサヤを中心にボール遊びをしている。
「あー、平和だねぇ。」
つい、そんな言葉もでる。ただ好事魔が多し。入道雲が沸き立ったたかと思うと、
なま暖かい風が吹き、やがて嵐が来た。
「おーい、みんな戻ってこい!」
コジローの声に答えて、みんな海の家にやってきた。でも誰か足りない。
「おい、キリノは?」
「え、カニやフナムシを探しに行くって、あっちへ…」
誠が指さした先には岩陰があった。今は雨と波でかすんでいる。
「よし、俺が見に行くから、お前たちはここを動くな。二重遭難が怖いからな。
見つけたら携帯で連絡する。でも、連絡がなかったり、晴れても戻ってこなかったら、
ダン、110と119だぞ。」
そう言うとコジローは、水着袋をかかえると大雨の中飛び出していった。
波しぶきにさらわれそうになりながらも、どうにか岩陰についた。
果たせるか、岩陰の洞窟にキリノはいた。
「おい、キリノ!」
「あ、センセー…」
「心配したぞ…」
そう言ってコジローは妻を抱きしめる。
「うん。気がついたら波も高くなって、ここから動けなかったんだ。」
「無事でよかった。まず、これで水を拭け。」
そう言ってバスタオルを渡す。それからダンに携帯で連絡をする。
「ああ、俺だ。無事に見つかったから、落ち着いたら帰るな。」
コジローは通話を終えると電話を水着袋に入れた。そして妻の方を
見ると、キリノはポロポロ泣いていた。
「ゴメンね、センセー。えらそうなことを言っておきながら、足手まといで…」
「そんなことを言うな。俺はどれだけお前に助けられているか。
それに比べればこんなことぐらい…」
コジローはそう言って妻を抱きしめる。どれくらい立っただろうか、キリノが口を開く。
「ねぇ、センセー…」
「どうした。」
「もっと、体の中から暖めて…」
そう言ってキリノの方から、夫の首に手を回した。
唇を、
重ねた。
舌を絡ませた。
肩紐をずらして、
胸をあらわにした。
舌を絡ませながらも、
掌で乳房を、指で乳首を
揉む、おす、こねる、つまむ。
時にやさしく、時に強く、乱暴に。
妻は悲鳴をあげた。それを合図にして、
水着を、一気に腰まで引き下ろした。
舌は耳朶を、胸を、臍を這い回る。
あん、やんと妻は喘ぎ声をあげた。
妻の腋に手を入れて持ち上げて、
生まれた時の姿にしてしまう。
股間に指を這わせてゆく。
湿り気を帯びた泉へ、
指が侵入していく。
声が大きくなる。
声にあわせて、
指の動きが、
加速する。
声にならぬ
声で妻は泣く。
金髪をやさしく
なでる。目と目が
あう。それを合図に
夫は妻の中へ入っていく。
妻はまた、喘ぎ声をあげる。
少しずつ腰の動きが加速する。
センセー、センセーと妻はねだる。
背徳感故か、夫の背中に電気が走る。
夫は腰の動きを加速させる。音が響く。
妻の唇は青紫色から、つややかな桃色へと
暖かみを取り戻し、喘ぎ声を上げるばかり。
その唇を、夫は乱暴に奪い、蹂躙する。
お互いの気持ちが高ぶり、腰の動きは
コントロールが効かない。その時が
近づいているのが、二人にわかる。
夫は歯を食いしばり、時間を稼ぐ
妻は足を夫の腰に回していた。
すでに二人とも獣だった。
夫は精を中にはなった。
妻は身体を浮かした。
絶叫が洞窟に響く。
痙攣が収まり、
二人は肩で
息をして
いた。
二人が落ち着く頃には、嵐も落ち着いてきた。
「さて、そろそろ戻ろう。みんな心配しているそ。」
「え、でも、このままじゃ…」
確かにキリノの肩や胸には、桜色のそれとわかる印がついていた。
「すまん、キリノ…ついつい調子に…」
「だから、Tシャツと短パンをを貸してね。」
そう言うとキリノはコジローの水着入れからTシャツと短パンをとると、
水着の上から着た。
「ところでキリノ…」
「なんで前のビキニの水着じゃないんだ?」
「だって、みんな学校指定なのに、あたしだけビキニじゃ
浮いちゃうでしょ?」
「それもそうか。」
「それに…」
「それに?」
「学校指定の方が、先生が萌えるんじゃないかって。」
「俺はそんなに不純じゃない!」
コジローは義理の母親を思い浮かべながら叫んだ。
「でも、教え子に手を出している時点で…」
「説得力がないよね。」
振り向くと誠と忍が洞窟の入り口から顔を出していた。
「心配だから迎えに来たぞ。」
ダンや他のみんなも顔を出す。
「セ、ン、セ、イ?」
鬼の形相でサヤが仁王立ちしている。
「これは合宿であって、新婚旅行じゃないですよね。」
「そ、そりゃ当たり前だろ!」
「じゃ、そんなにイチャつく元気があるんなら、夜間練習頑張りましょうね?」
そう言いながらサヤはコジローを引っ張っていった。
「いいんですか、キリノ先輩…」
忍がおそるおそる聞く。
「え、なにが?」
ねこ口でキリノが逆に尋ねる。
「いや、失礼ですけど、あんな情けない人が、その、連れ合いで…
今からでも大学に入って、もっとステキな人を…」
忍の言葉を制して、キリノが答える。
「うん、確かに情けないよね。でもね、そこがいいんだな!」
満面も笑みで、批判はゆるさんとばかりに即答するキリノにつられて、
みんなも笑い出す。
「お迎えありがとうね、じゃあ、夜間練習ガンバロー!」
そう言ってキリノは立ち上がり、洞窟の外へと歩いていく。みんなも
つられて歩き出した。浜辺には庭を取り戻したうれしさか、カニがたくさん闊歩していた。
最終更新:2008年10月27日 23:10