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中村と滝川 ◆hYjIv1GPO2 - (2006/10/22 (日) 11:16:21) のソース

*** 344 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 11:53:59.68 o8Rfup/t0 
「嫌だ!」 
「そうは言っても女になったんだから諦めないと」 
彼、中村は目の前のテーブルをばしんと叩いた。 
「そんなこと言ってもな。もうお前は女だし、それにあわせないと社会では・・・」 
「じゃあ今までの男としての俺はどうなる!?俺は男だ、誰がなんと言おうと男だよ!」 
「だからあれほど早く彼女を作れって」 
「アルバイトしてるとそんな暇ないだろう!誰のせいで学費をぎりぎりまで自分で稼がないといけなくなったと思ってるんだ!」 
現在失業中の父親、ここでダウン。代わりに母親が口を開く。 
「そうは言っても、なってしまったものは仕方ないでしょう。男男と叫んでても、社会じゃ誰もそう見てくれないわよ、義子。」 
「俺は義男だ!父さんも母さんも、口を開けば女らしく女らしく、俺はそんなの気に入らない!俺は絶対男やめねー」 
彼は父母に吠え立てると、荒々しく部屋を出て行ってしまった。 

「・・・やっぱり、傷つけてしまったのか」 
「そりゃそうでしょう。二人して娘が出来たとはしゃいでたらねえ」 
「部屋を勝手に模様替えしようとしたりとかな。楽しみにしてた家族旅行の金はそれで消えたし。」 
「今まで口答えもしなかったあの子が、部屋を滅茶苦茶にしましたからね」 
「「はぁ・・・」」 
「・・・そうは言っても前向きに考えていかなければしょうがないだろう。いつまでも男にこだわらせるより 
はっきり望んだ娘だったと言ったほうがいいに決まってる」 
「あの子からしてみれば、息子として望まれるのは嬉しくても、娘として望まれると、これは今までの息子の自分を無視してるように感じるんでしょうね」 
「私たちは、どちらもあの子の心をもっと労わってやるべきだったかな。せめてあの子としっかり話し合うべきだった」 
「今更遅いですよ。きっと金輪際女らしくはしないでしょうね・・・」 
「「はぁ・・・」」 

「何が娘ならよかっただ!美女に生まれ変わっただ!どいつもこいつも人の気持ちも分からずに!!」 
買ってきて以来、愛玩用ではなくもっぱら憂さ晴らし用に使われている兎のぬいぐるみを、割れた窓に叩きつけながら 
彼女、中村は怒鳴った。隣近所に声が聞こえるのも気にしていない。 



*** 347 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 12:10:22.90 o8Rfup/t0 
「どいつもこいつも態度をころりと変えやがって・・・」 
シーツを引き裂いて綿が半分以上むき出しになってしまっている布団に寝転がる。ついでに、伸ばした足で 
両親が勇んで(彼にはそう見えた)買ってきた女物の服をまとめて放り込んだダンボールを蹴り飛ばした。 
「俺は男なのに」 
中村は元々、それなりに男っぽい性格であった。子供を産む時痛い女に生まれなくてよかったと常日頃公言しており、 
件の病気を知るとそれなりに焦りもした。 
しかし元々が暢気な性格であったことや、必ず童貞なら女に変わるというわけでもないらしいと知り、15歳とまだ若かったこともあってまったく実感を持って生きてこなかったといえる。 
アルバイトで多忙な身であったことや、それほど人に誇れる容姿でなかったこともそういった非現実感に拍車をかけた。 
アルバイトだからしょうがない、と人付き合いをなおざりにしていたこともあって友人も多くはない。 
だが、女になった。しかも骨格が変わったのか、それなりに美女と呼べる顔立ちだ。 
そうなってから、中村の周りの人々の対応はまさに劇的といえるほど変わった。 
学校では、部活にも勉強にも身を入れていない彼を目の敵にしていた教師が、急に親身になってきた。 
今まで話はおろか目線を合わせたこともないような同級生が次々と声をかけるようになった。 
下級生からのラブレターが来た。その中身は、一年前の自分なら賛辞を通り越して皮肉に思えてくるほど 
あからさまな美辞麗句と情熱で彩色されていた。 
自分を見向きもしなかった女が、急にグループに入れるからと四六時中くっついてくるようになった。 
町で声をかけられる経験も男時代の10倍は増えた。 
そして、極めつけが両親の激変である。質素ながら男らしく気に入っていた部屋は少女趣味に模様替えされ、 
男時代の私服はすべて捨てられていた。その代わりにあったのは無数の女物だった。 
捨てられた男物の服の中には、中学の頃、今は亡き祖父に貰った思い出の服もあったのに、である。 
名前も義男から義子へ変えられ、周囲はすべて義男ではなく義子を見るようになっていた。 
人によってはそれに快感を覚えることもあるだろう。周囲からの賞賛というものは、麻薬の恍惚感のようなものだ。 
しかし中村は、そういった快感を覚えるには若かった。 
彼らの行為は、自分の外見しか見ていない浅ましい真似と映り、それまでそれなりに周囲を信頼してきた彼を 
人間不信一歩手前まで追い詰めてしまったのである。 
台風が過ぎ去ったかのように荒れ果てた部屋は、中村の荒れた精神の象徴のようなものだった。 



*** 352 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 12:29:16.66 o8Rfup/t0 
次の日の朝も、それまでと同じように見えた。 
部屋を廃屋同然にまで叩き壊して以来、普段は必要最小限以上のことは中村は両親と話さない。 
両親もまた、何を言っても娘の精神の導火線に火をつけることになることを分かってか、何も言わない。 
苦行のような朝食のあと、黙って中村は家を出て行った。服は上こそ男女兼用のブレザーだが、下はスカートではなく 
男子時代の制服のズボンを無理やり折り曲げ、ベルトで締めて着ている。 
彼は今までもこれからも、このスタイルを変えるつもりはなかった。 

いつものように校門をくぐる。 
髪も比較的短く、大股で堂々と歩く彼は、一見して小柄な男子生徒に見えなくもない。 
周囲を取り巻く生徒も教師も、表立ってはもう何も言わない。 
ナンパ交じりに服装を指摘した上級生が階段から蹴り落とされて以来、「中村義子には何も言うな」が学校の共通認識だった。 

いつものように教室へ入り、いつものように黙然と着席し、いつものように腕を組んでうとうとする。 
彼女が起きたのは、HRが始まる直前だった。 
「HRを始める前に、転校生を紹介する。滝川源太郎君だ。仲良くしてくれ」 
担任の声と同時に、分厚いメガネをかけた男子生徒が教室にはいってくる。 
クラスの男は女でないという時点で、女は美形でないという時点で既に半ば興味を失っていたが 
それでも申し訳程度の拍手が上がる。 
滝川と名乗った転校生は、こういう暗黙の無視に慣れているのか、さっさと礼をすると傲然と言える足取りで席に向かった。 
偶然ながら、その席は中村の隣であった。 

滝川は不審な視線を感じた。転校生である以上、興味や失望の視線なら痛いほどに浴びているが 
その中で、それらとは全く異質の、何か親愛的な視線を感じたのである。 
視線だけ眼鏡の奥で回してみると、隣にいる男子・・・いや、女子生徒がちろちろと視線を向けている。 
滝川は、HRが終わりかけたこともあり、義理そのもので隣の女子生徒に話しかけてみた。 
「僕は滝川です。これからよろしく」 
「中村義男。よろしく」 
滝川にとってはますます不審なことに、視線こそ暖かいが口調は冷ややかそのものだった。 
彼は頭の中で隣の、男の名前を名乗る女子生徒を『不審な人物』のカテゴリに放り込むことにした。


***  359 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 13:08:02.69 o8Rfup/t0 
一方、中村の方も勝手なことを考えていた。 
「あいつは俺だ」 
彼女の頭の中では、隣に座った冴えない転校生は、まさしくかつての自分そのものだった。 
周囲に消極的に無視され、自分も周囲を無視しつつ適当にうまくやっていく姿の片鱗を、滝川の態度に見たのである。 
どこか非現実的なちやほやされる今の自分と異なり、滝川の姿は現実そのものに見えた。 
「こういった男こそ、俺の友達に相応しい」 
中村自身は気づいていないが、周囲の人間がそのときの彼女を見たら、一目惚れしたとしか思えなかっただろう。 
なにしろ彼女は、HRから一限が始まるまで、寝ているふりをして熱い視線を隣に注いでいたのだから。 

滝川は、最初の挨拶以外まったく彼女に話しかけなかった。 
中村の視線に、それまでの男とは違う変な両生類でも見るかのような視線を冷ややかに向けてくるだけだった。 
滝川にとり、自分が同年代の女性から好意的な視線を向けられるというのは、理解の地平の外にある事柄だった。 
来るべき女性化の日も、なかば諦めとともに認めていた。 
そういった内心はともかく、滝川の冷たい視線に中村は内心ますます興奮した。 
あいつは俺だ。俺そのものだ。 
あいつの態度は女になる前の俺の姿を丸写ししたようだ。あいつだけはそのままでいてほしい。 

だから休憩が終わる時、話しかける人もなく黙然と教科書を読んでいる彼に、彼女がついに声をかけたのも無理はないと言えるだろう。 
「ねえ、昼の休憩中学校を案内してやるよ。もしよかったらその時食堂に一緒に行かないか?」 



*** 361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 13:13:43.91 o8Rfup/t0 
昼、食堂の中はちょっとした騒ぎだった。 
ハンサムではないといえ転校生である滝川と、非常に変人であるとはいえ学校屈指の美女である中村が一緒にラーメンをすすっているのだ。 
まして女になって以来、男嫌いで通った中村が、積極的に話しかけ、無言無表情の滝川に色々世話を焼いている。 
こっそり中村を狙っていた男たちは怒り、あるいは失望し、女たちは、自分たちの強力なライバルだった中村が 
あっさり冴えない転校生とくっついたことに安堵のため息を漏らしていた。 
「なあ、滝川。お前何か好きなこととかあるか?」 
「情報処理と工作なら得意だよ。俺の祖父は戦艦大和の砲弾を作ってたらしい。今は樺太にいるけどね」 
「へえ。今度時計とか作ってくれよ」 

「ちっ。あいつ俺たちにはあんな顔ひとつしてくれたことないぞ。友達だったのに」 
「あいつもついに女に目覚めたのかな」 
「うひゃひゃ。ありえねえ」 
「・・・外野がうるさいな。」 
さすがに居心地悪げに周りを見回した滝川を、中村はそれでも笑顔でおさえた。 
「ほっとけよ。どうせ俺が男と話すなんてしばらくぶりのことだからな」 
「そういえば、お前はなんで男の格好をしてるんだ?何かの主義か?」 
中村の顔がさっと青ざめた。 
「・・・どうした?」 
「・・・・・・お前は」 
中村は今までの朗らかな声とは違う平板な声を目の前の少年に向けた。 
「お前も、俺のことが女に見えているのか?」 

あとで思い出し、今でも滝川は冷や汗が出る気がする。そのときの彼には、これは字義通りの質問にしか聞こえなかった。 
だから、字義通り答えた。 
「お前は女だろ。女以外の何かに見えるのか?」 

ガシャン、パリン、という音が食堂に響いた。机を叩いて立ち上がった中村の足元に、ラーメンの椀が落ちた音だ。 
何かを叫ぼうとした中村が、それでも開いた口を閉じ、静かに言った。 
「お前もそうなんだな、結局。・・・もういい。」 
呆気に取られる滝川とギャラリーを尻目に、中村は暴風のように走り去っていった。 


*** 367 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 13:31:16.89 o8Rfup/t0 
その日は結局、中村は教室に戻ってくることはなかった。 
滝川にはそれ見たことかという嘲りと嫉妬を交えた非難の視線が集中した。 
彼にとってはまったく見に覚えのないことで、むしろ非合理的な中村の言動に怒りを感じたが、 
少年らしい疚しさと申し訳なさから、彼は担任に、彼女の荷物を家に届けることを申し出た。 

ピンポン。 
「・・・ったく、誰だよ」 
制服からいつも着ているシャツとズボンに着替えた中村は、頭を掻きながら玄関に出た。 
昼に帰ってから眠りこけていた彼女の髪は、ワンレングスがライオンの鬣に見えるほど爆発している。 
「はいはい、どなた?新聞はご遠慮、NHKもうちは見てないぜ。帰った帰った」 
「・・・滝川だけど。鞄を届けにきた」 
「お前か。じゃあそこに鞄を置いてさっさと消えてくれ」 
「・・・すまなかった。俺の言葉で傷つけたなら謝る。だけどどこで傷ついたのかわからない。せめて顔を見て少し話してくれないか」 
真摯だが少々馴れ馴れしいと中村は感じたが、半ば考えることを諦めて彼女は扉を開けた。 
「なら上がれ。驚くんじゃないぞ」 

「・・・ここは・・・・・・」 
「見ての通りだ。俺の部屋。そこらに座れ。茶でも淹れる」 
居心地悪そうに滝川は部屋の隅に座った。それも無理はない。中村が荒れに荒らした部屋は、電球は割れ、壁紙はいたるところで破られ、ベッドはぐしゃぐしゃ、窓は大きなひび割れができ、箪笥は半ば分解され、首のちぎれたぬいぐるみが転がっている。 
壁に残った何かのポスターには、これ見よがしに両目に画鋲が突き刺さっていた。 
生まれてこの方、女の部屋といえば祖母の部屋くらいしか知らない滝川であるが、この部屋が女としてどころか、人間として住むには相当厳しい環境であることはわかる。 
茶器を手に戻ってきた中村に、滝川は呆れ交じりの声をかけた。 
「ここはまた、・・・独特なセンスのある部屋だな」 
「はっきり言えよ」 
「廃屋かと思った。」 
「ぶわははははは」 
あまりに率直過ぎる評価に、中村は腹を抱えて笑い出した。 
つられて滝川も笑い出す。 
二人は茶が冷め切るまで、ひたすら笑い転げていた。 



*** 368 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 13:50:36.07 o8Rfup/t0 
「俺は、元々男だった。知ってるだろ?例の病気でさ」 
「なんとなくそうなのは分かった。色々大変だそうだな」 
「お前も他人事じゃないんだぜ?」 
呆れたように言うと、中村は勧めもしなかった茶を一口すすった。 
「どうせ童貞なんだろ?一年後のお前だ」 
滝川も茶菓子の羊羹を一口で飲み込んで返す。 
「諦めてるよ。お前ほどに女になるの嫌じゃないし。どうせ親父の転勤ばかりだから、わかりゃしないしな」 
「嫌じゃないのか?」 
覗き込むような中村の視線に、滝川は心臓が跳ねる気がした。 
確かに、担任から注意されただけのことはある。無警戒の美少女というものほど少年を驚かせるものはない。 
滝川は湯飲みを見つめて言った。 
「・・・本音を言っていいか?」 
「いいよ」 
「嫌だ。俺は男のままでいたい。でも無理だ。彼女なんか作れない。つくろうとも思わない。 
無理をして恥をかくくらいなら女になったほうがマシだ。二人に一人くらいは男のままでいられるそうだしな。 
お前こそ、なんで俺にいきなり話しかけた?俺は自慢じゃないが、女の目を引く顔でもなければ、男の目を引く顔でもないぞ。」 

しばらく沈黙が漂った。二人とも茶をみつめて身動きもしなかった。 
「・・・俺だったからだ」 
「え?」 



*** 369 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 13:51:30.26 o8Rfup/t0 
中村は視線を下に向けたまま、続けた。 
「お前はちょっと前までの俺みたいだった。周囲と適当にやって、それでも孤立してて、別にそれが苦じゃない。 
俺は急にべたべた擦り寄ってきた周りの奴らが大嫌いだった。見りゃ分かると思うが、女になったからって部屋まで変えられた。」 
この廃屋にか?と聞こうとしたが滝川はやめた。茶々を入れる雰囲気ではない。 
「俺は嫌だった。今までの男は無価値で、中身が同じでも外見が変われば態度も変わる。分かってたけど嫌だった。 
今までのように静かに無視してくれてたら、俺もよかったのに・・・」 
「急に態度を裏返しにされると嫌なもんだよな」 
自分ももしそうされたらと考えた。ちやほやされていたのが無視されることよりはいいとは思うが、やはり愉快でいられそうにない。 
男は結局メスとしてしか見ていないだろうし。 
「お前に声をかけたのは、お前が俺そっくりだったからだ。俺が声をかけても冷ややかだった。ああいう冷たい視線を、俺は欲しかったんだ」 
滝川は何も言わず茶をすすった。中村が涙声なのがわかっていたからである。 
もし自分が中村なら、声も視線も合わせて欲しくないだろうことが彼には分かっていた。 
「だが、食堂でお前も俺のことを女としてしか見てないように思えて切れた。すまない。あの質問ならお前が答えられなくても無理はないからな」 
中村は深く頭を下げると動かなかった。滝川はその豊かな髪を初めてまじまじと見た。 
綺麗だった。 
でも綺麗だということは彼女・・・彼を傷つけることになる。 
だから「いいよ」とだけ言うと立ち上がろうとした。しかし。 
「俺はお前に俺のようになってほしくない。もしよかったら・・・抱いてもいいよ。抱けば女にはならない」 



 370 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 13:53:12.45 o8Rfup/t0 
トリップ入れ忘れてすみませんでした。 
あまり面白くないかもしれないので、もしそう思ったらNG入れてください。 
もう入れる人は入れてると思うけど。 
新米なので胸を借りるつもりでやってみます。よろしくおながい。 


***  395 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 15:51:49.82 o8Rfup/t0 
立ち上がりかけた滝川がぴたりと止まった。中村も目線を上げる。 
彼女の目に、滝川の眉毛が急角度で跳ね上がるのが見えた。 
「それは本気で言ってるのか?」 
乾いた口調だった。 
眼鏡の奥で見えない滝川の視線は、男としての本能にぎらついているように中村には感じられた。 
「あ、ああ。どうせこのままだと一生涯使わない穴だ。人助けで使えるならよk」 
「バカか、おまえ!」 
怒鳴りつけられた。中村も罵倒に反射的に立ち上がる。 
「何がバカだ!俺が女じゃないなら、こんな穴いらねーだろが!!お前こそやっぱり俺のこと女だとおもっ・・・!?」 
中村の顔からゆうに人一人分は離れた空間を、滝川の足が横切っていった。 
「ちっ。バカを蹴り損ねちまった」 
「なんだと!?てめえ!」 
中村が激昂してつかみかかったのと、滝川がバランスを崩してよろけかけたまま再び蹴りかかろうとしたのは同時だった。 
どこをどうなったのか、前かがみになった中村の足が払われ、顎を突き飛ばされて仰向けに吹き飛ぶ。 
その上に滝川がぶつかると、その衝撃で滝川は中村の両手をつかんで押し倒した。 
滝川の眼鏡が外れ、その下から意外に濃い睫毛と丸い目が飛び出した。 
その目は、中村が想像していたような情欲は毛ほどもなく、少年らしい怒りと、そして少年とは思えない達観した目つきの二つが同時に浮かんでいるように思えた。 
二人とも動かなかった。 
こぼれた茶が、中村の尻を濡らし、滝川の靴下をびしょびしょにしたが、それでも動かなかった。 
「・・・今の俺は女だ。」 
「わかってる。」 
「俺だってわかってる。俺はもう女として生きていくしかねえ。俺がどれだけ喚いても叫んでも、この顔からも体からもにげられねえ。女になって嬉しい奴がいることは分かる。だけど俺は嬉しくねえ。」 
「そうだな。」 
「お前とは今日会ったばかりだし、どんな奴かもしらねえ。でもお前は女になるのがイヤだって言った。お前は俺みたいに成って欲しくない。俺と同じ気持ちを持った奴なら、せめて俺が出来る範囲でお前が女にならない手助けをしてえ。」 
「・・・」 
「医者でもないし薬もないけど、俺にはこの体で、お前を女になる恐怖から救うことが出来る。だから、使ってくれ」 
「それでいいのかよ」 
「いいも悪いもねえよ。お前は男だった俺を見てないし、後腐れなしで抱けるだろ。なんならこのあと二度と話してくれなくても構わない。」 



***  397 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 16:13:34.32 o8Rfup/t0 
滝川は長い間動かなかった。 
「・・・おい、焦らすならもう少し考えてくれよ。俺だって初体験は怖いし、尻がぬれて寒い」 
「・・・俺は」 
茶化すように笑った中村を遮るように、滝川がようやく口を開いた。 
「俺は、小さい頃樺太のじいちゃんの家にいた。その時、ひとつだけ言われたことがある。」 
「なんだよ」 
「『どういうことがあっても、自分が好きで、自分のことを好きでいてくれる女しか抱いてはいかん。ましてその場しのぎのセックスは、自分も相手もあとで辛い。そういう経験は男を小さくする』ってな」 
「・・・・・・」 
「お前の好意は嬉しい。でもそれは男同士の友情でもないし男女の愛情でもない。俺のために、心が男のお前が嫌悪感を隠して女として抱かれるとしたら、それは友情の吐き違えだよ。」 
「だったらお前は、このままチャンスを逃して女になってもいいってのか!?俺のように苦しむことになるぞ!」 
「それも運命だろう。」 
滝川の顔は、むしろさばさばしており、爽快そうですらあった。 
「少なくとも俺はお前を見て、こういっては失礼だが女になった奴の実例を見られた。あと1年、正確には10ヶ月だがその間にお前を見て覚悟を決めることができる。それだけでもお前は十分俺を助けてくれてるよ。ありがとう。」 
「・・・」 
深く頭を下げた滝川の腕が少し震えている。中村は押さえつけられたまま、彼の意外に太い腕を触ってみた。 
おそらく彼も怖いのだ。女になる恐怖、それを克服するためという理性、男としての本能、それらすべてが大挙して 
『今、目の前の綺麗な女の子を裸に剥いて犯せ』と滝川の脳内で大合唱している。 
若さゆえか、それとも男としての矜持かで、滝川はそれを跳ね返し続けているのだ。 
中村は目を閉じた。男の時にこいつと出会っていたらいい友人になれたかもしれないと思う。 
腹を割って話すことが出来れば、こいつほどいい男はいない。 
仮に女になっても、俺ほど苦しまずにすむだろう。 
もし、俺が女のままで、こいつが男のままだったら・・・女の目で、こいつを男として見ることができたら・・・ 
「・・・お。すまなかった。」 
中村を離して座り込み、靴下が気持ち悪いと言っている裸眼の滝川を見つめて、中村は何も言わなかった。 
言えなかった。何か言ったらその時点で自分の中の何かが壊れる。 
そして壊れたものの代わりに作られる何かが、中村義男という男のアイデンティティを根本から崩す。 
それだけは嫌だった。例えそれが、かつてほどには嫌でないとしても。 



***  399 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 16:32:40.38 o8Rfup/t0 
自分が女としての自分自身を肯定しかけていることに中村は気づきかけていた。 
彼の頭の中で昔好きだった御伽噺が何の脈絡もなくリフレインされている。 
・・・いばら姫は、いばらを絨毯爆撃して城に進駐してきたかっこいい王子様によって戦艦の甲板上で無条件降伏を・・・ 
いばらっつーのは俺みたいな考えのことか。昔の王様にも、俺みたいに女になった男がいたのかもしれないなあ・・・ 

起き上がることもなく、動きも喋りもしない中村を不審げに見た滝川の顔が一瞬引きつり、次に真っ赤になった。 
最初は、貞子かと思った。 
しかし次の瞬間、熱っぽく潤んだ中村の目や、紅潮した頬、半開きで甘げな吐息を漏らす口、男物のためにサイズが大きく半ば露出した肩と乳房、そういったものが初めて彼に中村を「女」として認識させたといっていい。 
今まで口角泡を飛ばして怒鳴りあったり、掴み合いをしてきたことすべてがまるで、性行為であるかのような甘美な認識をもって滝川の脳内にリプレイされてきた。 
ふと気づくと、口の端に中村の唾らしきものが当たっている。 
それだけで滝川のような少年にとっては恋するには十分だった。心の中で「今ならまだ間に合う。さっさと謝ってさせてもらえ。お前ならできる。」と本能の声が高らかに怒鳴りだす。 
しかし、やはり滝川は少年だった。 
他人と同時に自分にも愚直な潔癖を求めるという点で、彼は紛うことなき少年であった。 
「・・・大丈夫か。どこか打ってないか」 
滝川は紅潮した顔を隠すように眼鏡をかけなおすと、あえてつっけんどんに中村に声をかけた。 
「ん・・・」 
中村は寝転がったまま、片手をすっと出した。 
「・・・?」 
「手を、貸して、ほしい・・・」 
ぎこちなく差し出した手を、中村は少女のように握った。 
滝川の手は意外にごつく、逆に意識して初めて他人に握らせた自分の手はたおやかで優しい。男と女だ、と中村は思った。 
やはり、男と女なのだと。ならばいずれ肉体に精神が合っていくこともあるのだろう。 
両親や学校の人間のような、急速で強引な女らしさは相変わらず真っ平ごめんだ。 
でもこいつなら、両親たちほど女を強制しないだろうと、中村はさらに思った。 
それなら。 



***  400 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 16:48:12.28 o8Rfup/t0 
「なあ」 
騒動が一段落し、こぼした茶を片付け、ぬれた滝川の靴下を取り替え、ついでに中村自身のズボンも取り替えてから 
中村と滝川は再び向かい合って座った。 
今度は、お互いはっきり目線を合わせ、手を遊ばせるための湯飲みもお互い持っていない。 
「お前の言うとおりだった。すまん」 
軽く頭を下げてから、中村は改めて本題に入った。 
「だが、お前を女にさせないっつーのはもう俺の課題だ。なんとかして解決しないといけねー。」 
「まだいってんのか。もういいよ。それは俺の問題だし、さっきみたいな真似はされても不快なだけだ」 
呆れたように返す滝川に対し、中村はそこだよと言わんばかりにひざを乗り出した。 
「それだよ!さっきみたいな真似は駄目なんだろ!?」 
「そうに決まってんだろ。お前はお前の体をもう少し労わる方法をだな・・・っ!?」 
滝川にとってはさらに寿命が縮まる思いだった。いきなり近寄ってきたかと思いきや、今度は中村は、そう、まるで本物の女の子がするように滝川の手を握り、ついでに一瞬だけ滝川の胸に顔を寄せ、さっと離れたのだ。 
「ちょっ・・・!おまっ・・・!それっ・・・!」 
「だからさ、友達から始めようや。」 
何事もなかったかのようにけろりと中村は言い放った。 
「俺は、他の男には絶対無理、多分一生無理だが、お前にならこういうこともできる。今は自信がねえが、もしかしたら将来、お前を女として好きになるかもしれない。だからまずは友達として仲良くなってくれ。」 
「そ、それはいいが。俺が他の女に惚れたらどうするんだ」 
「そのときは別に友達に戻ればいいだけだろ。まあ向こうの彼女に遠慮はするが。ああもちろん、もし俺が他の男を好きになったら諦めてくれ。ストーカーになるんじゃねーぞ。」 
「そんなこと言われるまでもな・・・ってだからそういうことするなよ!俺がその気になったらお前押し倒されて終わりだろうが!」 
「じいちゃんの言いつけを守るんだろ?じゃあ守ってくれよな」 
再び滝川の胸に顔を埋めた中村は、今度こそいたずらっぽく言うと、肩を震わせて笑い始めた。


***  402 名前: ◆hYjIv1GPO2 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 17:05:09.72 o8Rfup/t0 
「あ、あんたどうしたのよ、義男!」 
母親の金切り声に髭剃りを中断させられた父は、あわてて娘と妻の待つリビングに向かった。 
今日は就職面接日。万に一つも剃り残しなどはあってはならないというのに。 
そして父も絶句した。手から髭剃りが落ち、指の先を切ったが気づかないほど。 
「おま・・・スカートを・・・」 
「あ?そろそろ冬だろ?夏のズボンだとかえって寒いから、これくらいは妥協するよ。でもこれ以上妥協しない。 
もしまた帰ってきたとき女の服が一着でも増えていたら、今度こそぐれるからね」 
『ああ、ついに義子ちゃんも女に目覚めたのね!ママ嬉しいわ!さっそく今日はブティックとランジェリーを』 
と叫びだそうとした母親は、機先を制されて黙りこくった。 
呆気にとられる父母を尻目に、中村は長めのスカートを翻してさっさと出て行ってしまった。 

「中村義子、スカートを履く」という衝撃的事実は、瞬く間に全校を駆け巡った。それに付随する様々な噂も乱れ飛ぶが 
やはり噂の核心には中村とともに、昨日中村家を訪問した衝撃の転校生、滝川源太郎の名前があった。 
突撃レポーター気取りの一部は、大胆にも中村と滝川に声をかけて真相を聞きだそうとしたが 
「バカか」「バカめ」の一言とともに冷たい視線を向けられるにとどまった。 
しかし、大抵の場合一緒にいる彼らがさらなる噂にならないはずがなく、滝川は中村の彼氏、という認識が学校中に知れ渡ることになってしまったのは、二人にとっても覚悟の上とはいえ愉快なことではなかっただろう。 
「あいつら、相当暇なんだな。人のことなんてほっときゃいいのに」 
「言うなよ。デマゴーグは民主政体において不可欠の悪だからな。悪貨は良貨を駆逐すとも言う」 
言いながら、滝川は隣でパンを齧る中村の顔を盗み見た。 
食器を割って片付けなかったことで食堂を一週間利用禁止にされ、中庭でパンをぱくついているが 
あっけらかんとした少年っぽい表情と、きちんと梳かした髪に女性的な美貌のアンバランスさが滝川の頭脳をかき回す。 
『俺は耐えられるだろうか?確かじいちゃんの友達の藤堂のおじいさんは、『よきコミュニストは回り道をせず、人を8人銃殺すれば20年は性欲に耐えられる』とか言ってたけど・・・』 
滝川の内面も知らず、「友達」の隣でパンを喉に詰まらせかけている中村はひたすら幸せそうだった。
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