『Be quiet in the library!!』
今日は土曜日。薔薇学園には、ゆとり教育断固反対派のムスカの計らいによって、午前中の授業がある。
今日も2-Aの生徒は、4時限目の授業とHRを終え、ある者は部活動の、ある者は帰宅の準備をしている。
水「ね~え、真紅ぅぅぅ?」(ツツー…
真「きゃっ!」
真紅のうなじ辺りに指を這わせる水銀燈。彼女が真紅に用がある時には、
いつも決まってこんな事をする。まぁ半分はお約束らしい。
真「ちょっと水銀燈!こういうのは止めてっていつも言っているでしょう!?」
水「ふふふ…怒った真紅もかーわーいーいー。」
真「…それで、何か用なの?」
水「そうそう、明日ね。県立の新設図書館へ行こうと思ってるんだけどぉ。一緒に行かない?」
真「ああ、宅地開発地区の方の?少し遠出なのだわ。」
水「そうねぇ。でもバスなら200円30分で行けるわよぉ?」
真「行って何をするの?」
水「決まってるじゃない。勉強よぉ。来月期末試験でしょう?私、数学で分からない所があるのぉ。」
真「そう…分かったのだわ。いいわ。集合は?」
水「明日朝8時半に駅のバス乗り場でどお?」
真「ええ。くれぐれも、言い出したあなたが遅れないように。」
水「はぁ~い!」
次の日…真紅は言われたとおりの場所へ来ていた。時間は10分前の8:20。
ちょっと早く来すぎたか?と思ったが、まあ水銀燈の事。
大方、遅れてくるのだろうと予想していたが、それに反してすぐに耳慣れた声が聞こえてきた。
水「おまたせぇ~…ってまだ時間じゃなかったわねえ。」
真「意外に早かったのだわ。」
水銀燈は、いつものロングヘアーではなく、ゴムで一括りに縛ったポニーに、
上がシャツ、下がスラックスのパンツといったカジュアルな服装で来た。
真紅の方はというと、赤いワンピースに下はジーンズ、と、夏前なので頭には麦藁帽子。
教科書かなんかを入れた手提げバックを手に持って。
水「あらら、その帽子。似合ってるわぁ。」
真「あなたも結構、気さくな服装ね。ま、私もそうだけど。」
水「デートじゃないからねぇ。…あら?これってデート用の服の方が良かった?」
真「?」
水「胸の部分をこ~んなに開けたヤツ!」
真「こ、こんな朝から何を言ってるの!」
水「ふふ…じゃあ、行きましょうか!」
二人を乗せたバスはゆっくりと走ってゆく。駅前のごみごみとした都会的な風景から10分後、
辺りは長閑な田園風景を流しだす。
この風景が好きな水銀燈はバスの窓を開け、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。
水「う~ん。いいわねぇ…」
真「確かあなた、小学校の頃はこの辺りに住んでいたのよね?」
水「ええ。いつ来てもいいわぁ、ココ。自然っていいわねぇ…」
真紅は彼女の横顔を見ながら、内心微笑ましく思っていた。彼女の、こんなに良い表情を久しぶりに見られたからだ。
まあ、いつも明るく笑っているといえば笑っているんだが…
図書館には、それほど人が入館してはいなかった。開館が午前9時という事もあり、一番乗りの彼らならそうではあるが…
さっそく勉強開始。真紅は日本史。水銀燈は数学。片方にとっては得意で、片方は苦手な科目に取り組む。
そうすれば、何か疑問点や分からない点があった時に聞けばいいという寸法だ。
二人とも順調に進んでいる。時間にして数時間たっただろうか…
水「ねえ真紅ぅ。お腹空かない?」
真「そうね…あら?もう1時だわ。」
水「私ね、お弁当にサンドイッチを作ってきたの。」
真「あら、いいの?」
真紅はそこで、水銀燈の指の絆創膏に気がつき、そして考えた。
なるほど、水銀燈は朝からこれを作ってきたから、遅刻はしなかったのだ。慣れない包丁で指を切って絆創膏。
真(可愛いところあるわね。私の為?だったら、遠慮するのは筋違いなのだわ。)
真「そうね…いただくわ。せっかく指を怪我までして作ってきてくれたのだから。」
水「えっ?いや、あの、これは…」
真「いいのよ水銀燈。ふふ、もしかしたら私が全部食べてしまうかも?」
水「あはは。ざ~んねんでした。もちろん二人分、用意してきたわぁ。」
真紅達が中庭のベンチへ行ってからすぐの事。
図書館前のバス乗り場には…
翠「はあ…なんであっちの図書館には置いてないですかねぇ?」
蒼「仕方ないよ翠星石。学校にも置いてなかったんだから、このくらい大きなところじゃなくちゃ…」
翠「それもそうですけど…」
同じクラスの翠星石と蒼星石だ。二人は園芸部に所属しており、それに関連する本を探しに来ていた。
本自体が洋書の翻訳、しかも少し古いものである為、近所の図書館及び学校には無かったのだ。
なら買えばいいという話だが、それが一冊3万円近くするらしい。借りたほうがいいと考えたのだ。
蒼「まあ良いでしょ。デートだと思えば。」
翠「デ、デデデデデ、デート!?」
蒼「うん、デート。」
翠「あ、あのですね蒼星石!私たちは同じ女子、しかも双子なのですよ!?分かっているのですか!?」
蒼「恋愛に年齢も性別も関係ないように、姉妹だからって関係ないよ?僕はそう思う。違うかい?」
翠「そ、それは……こ、ここは熱いです!さ、さっさと入るです!蒼星石!!」
蒼「あ~、はいはい。(照れちゃって…全く可愛いなぁ)」
翠「はあ~、涼しいですぅ…外は今日も30度超えだったですぅ…」
蒼「翠星石。本は…どこだろう…?確かここにあるって調べたのはいいんだけど…こう広いと…」
翠「植物・園芸関係のコーナーで片っ端から探せばいいだけの話です!恐れるに足りなずです!
おっほほほほ!!!!!!…………あら?」
ガッツポーズをしている翠星石は、周囲から奇妙な視線を感じた。
彼女の周囲の人間の目が、殆どこちらへ向いている。怒ってはいないものの、何か居たたまれない視線。
そしてすぐ横の壁の注意書きを目にする。 『館内ではお静かに!』
係員「すみません。お静かにしてもらいますか?」
翠「あっ、いや、あの…」
蒼「ほら翠星石。君が煩くするから、注意されてしかも周りの人から見られちゃったじゃないか。」
翠「あう…すまんですぅ…」
それから二人して目当ての本を探していた。植物関係の本はそれほど多くはないものの、
それでも棚4列はあるだろうか。中には厚さ10cmに近い大辞典から、初心者向けの薄い雑誌まである。
二人は隅から隅まで探していた。
翠「あっ、ありましたです蒼星石。」
蒼「うわぁ~、大きいねぇ…しかもあんなところに…」
翠「よっと!あれ?よっ!…と、届かないですぅ…」
目当ての本はコーナーの最上部に置いてあった。しかし、翠星石の背丈では届かないらしい。
翠「台を持ってくるです。」
蒼「うん…あっ。」
翠「?どうしたですか蒼星石。」
そこで蒼星石の小悪魔的な発想がフル回転した。彼女の中の悪魔が良心という天使を檻に封じ込めたらしい。
例えるなら…イデの発動に似ていたと、後世の研究者は語った。
蒼「そうだ。僕が肩車してあげるから、それで取りなよ。」
翠「そっ、そんなことしなくても、台があれば取れるですよ。」
蒼「…そうか…翠星石は僕が肩車するのが嫌なんだね…そして僕の事も本当は…」
翠「な、何を言いやがりますか!翠星石は好きですよ!?」
蒼「そんなに声を張り上げたら、また注意されるよ?」
翠「うっ…」
蒼「好きならしてもいいよね?それとも…」
翠「わ、分かったです。そこまで言うのなら、仕方ねぇです。でも、変な事はしないでです。」
蒼「はいはい。」
蒼星石は翠星石の足の間に自分の頭を差し込むと、ぐうっと翠星石を持ち上げた。
目当ての本は翠星石の眼の高さにある。幸い、このコーナーは読書している人々の死角。
しかも広い館の端の方にあって、ここからでは係員の目には届かない。
しかし蒼星石はそれを良いことに…
翠「め、目の前です。………きゃっ!」
蒼「どうしたの翠星石?」(ナデナデ…
翠「えっと…ひっ!…そ、蒼星石…何故お尻をさわるですか!?」
蒼「えっ?僕はそんな事してないよ?」(ナデナデ…
翠「でも、翠星石のお尻を触っているですぅ…(////)」
蒼「違うよ、僕の頭だよぉ~。それより早くしないと係りの人に見つかるよ?」(ナデナデナデナデ…
翠「ひあっ…う、うう・・・わ、分かったですぅ…(////)」
蒼「早くしてよぉ?そうでもなければ、また係りの人に見つかるよぉ?」(ナデナデナデナデ…
翠「い、今やってるところですぅ…ひゃう!…と、取れましたよ?(////)」
翠星石は臀部に違和感と、くすぐられている感覚を覚えながらも、目当ての本を取って下に降りた。
今でも変な感触が残っている、自分のお尻を確認しながら蒼星石に詰め寄る。
翠「蒼星石!確かに手で触られた感触が残っているです!現状と体勢を考えても、蒼星石しかいないです!」
蒼「あはは…ばれちゃあ仕方ないね。ごめんね。」
翠「笑って誤魔化しても無駄です!何故こんな真似をするですか!?」
蒼「あのね翠星石…怒るのもいいけど……………後ろ。」
翠「へっ?」
見ると係りの人が二人を後ろから見ている。何二人の話の中に入りずらかったのか、恐る恐る話しかけてくる。
その様子を見た翠星石は自分の置かれている立場を瞬時に確認した。…かな~り気まずい。
翠星石の視線の後ろで、悪戯を仕掛けた蒼星石は申し訳なさそうにしてはいるものの
内心、面白がっている。
係員「あの…ここ、図書館ですから…静かにしてもらわないと…」
翠「はうっ!…た、度々すみませんですぅ…」
蒼「姉がこんな…す、すみません!後でよく言って聞かせますから。」
翠「な、何を!も、元はといえば蒼星石が…」
蒼「すみません。失礼します!」
そういって二人は貸し出しカウンターで手早く手続きをすませ、外に出て行った。
翠「はあ…はあ…ちょっと蒼星石!何なんですかアレは!」
蒼「まあいいじゃない。結果オーライだよ。…それより…」
翠「ひゃう!」
蒼「君のおかげで二度も係りの人に怒られたんだよ?」
翠「そ、それは蒼星石が…」
蒼「僕は大声なんか出してないけど?…それに少しも反省の色が見えないなあ…これはおしおきが必要だよねぇ…」
翠「あわわわわ…」
水「どう?おいしかった?」
真「ええ。とってもおいしかったのだわ。」
水「そう。良かったわぁ。」
真「おば様に教えてもらったの?やけに作り方が込んでいたようだけど?」
水「ええ。お母さんの得意料理よ。ただのクラブハウスサンドじゃないのよ。良かったら作り方教えるけど?」
真「いいのだわ。そうしたら、水銀燈の手料理が食べられなくなるのだわ。」
水「あ~ら?嬉しい事、言ってくれちゃって!」
真「本心よ。あれはただ作り方を知っているからって、作れるものじゃないわ。あなたの心が篭っていたもの。」
水「ふふ、ありがと!」
真「それにしても、さっき中で何かあったようね。」
水「そうねえ。…まあ、少なくとも私たちには関係ないわねぇ。」
中庭で水銀燈の作ったサンドイッチを食べ終え、また再び勉強を開始しようと館内へ入る二人。
先ほど、何か騒々しい事態があったことなど、彼女らは知らなかったようだ。
玄関ホールへ走り去るカップルのような人影に不信感を持ったが、気にはしていなかった。
水「よし!また始めるわよぉ。」
真「今度は私に教えてね?日本史苦手だから…」
水「分かったわぁ。たぁ~ぷりと教えてあげる!」
真「図書館では静かにね?最低限のマナーよ。」
水「はいはいw」
そして夕刻17:00…館内に蛍の光が流れる頃に、彼女たちは再度バスに乗り、家路へと帰っていった。
6月という事もあり、まだまだ外は明るい。夕焼けに染まる西日を見ながら、
二人は学校裏の土手を歩く。土手下の広場では小学生が遊んでいる。
水「今日は楽しかったわw」
真「そうね。実に良い時間を満喫したのだわ。ありがとう。」
水「あらいいのよぉ。」
真「サンドイッチもおいしかったし。」
水「ふふ…あっ、そうそう。今から私の家に来ない?今日はお母さんが早くに帰ってきているの。」
真「え?」
水「お母さんも、勿論私も喜ぶし。…ね?」
水銀燈の家は母子家庭。父親を物心つく前に亡くし、今は母と二人っきりの生活。
幸い、父親の残した保険金と母親の仕事により、彼女達が金銭面で困る事はない。
ただ、兄弟姉妹もいない水銀燈にとって、やっぱり寂しい事には変わりがないようだった。
小学校以来、一緒にいる真紅はそのことを勿論知っている。
何度か家に遊びに行ったことはあるが、彼女の母親が一緒に家にいた記憶はない。
このまま行くのもあり?でも、まあ勘違いは無いとおもうが、食い意地が張ってると思われるのも尺だ。
変なところで意地になる真紅。
だから決まって返答はクールに!
真「あらそう?あなたが“そこまで”言うのなら、上がらせてもらうわ!」
翠「うっ…むぐっ…蒼星石…あ、明日は学校ですぅ……」
蒼「んっ…ふふ…だ~め…今夜は寝かせないからね…」
~fin~