——鉛色の空の下、鈍色の光がどん、と音を立てた。
ぽたり。私の腕を赤いよだれが伝って落ちる。雨濡れのアスファルトが黒く染まる。
どくん。私の腕をやわい感触が伝って叩く。雨に濡れないセーラー服が赤く染まる。
「ぐ……かは……っ」
眼球を突き出しながら、魔女が呻く。吐血する。血が血が血が私の顔に。やった私の勝ちだ私は私は勝ったんだ魔女にあの憎き魔女にこれでようやくお兄ちゃんは呪いから解放される私もハラハラしなくてすむんだあぁなんて嬉しいんだろう!
ねぇ、お兄ちゃんお兄ちゃん私を褒めて!
あれ? お兄ちゃん、どうしたの? がたがた震えちゃって。
そっかぁ、嬉しいんだね? 嬉しすぎて震えが止まらないんだね!
「ぁ……ふふ、あはははははははははははははははははははははははははははははは!」
何? 何がおかしいのよ魔女!
魔女は不気味に笑いながら私を見た。目をそらせない。怖い。なんで? なんで平気なの!?
「一体、どこで間違えたのかしら。よりによって、あなたに殺されるなんて」
血に濡れた手で髪をかき上げ、魔女は恍惚と空を見上げた。私には魔女の表情が見えない。それが恐ろしかった。どうしようもないほど怖かった。思わず包丁を手放して後ずさった。やばいやばいやばいよお兄ちゃん魔女は最後の力で私を呪い殺す気なんだ助けてよお兄ちゃん!
魔女は何の躊躇いもなく包丁を引き抜くと、鮮血を噴き出しながらうっとりと見つめた。
「てっきり、彼を殺しに来てくれたんだと思ってたのに、憶病なヒト。でもそういうところがスキだから————私が代わりにしてあげる」
ひゅん、と雨を切り裂きながら、赤塗りの刃が横に疾る。
聞き慣れた声。でも聞き慣れない呻き声。
喉を両手で押さえながら、私の私のお兄ちゃんが傾いでいく。苦痛に歪んだ顔突出した眼球赤い泡赤い涙赤い汗指の隙間赤赤赤苦悶赤雨赤お兄ちゃん赤死苦喉吐血血血赤赤!
魔女はお兄ちゃんの血を舐めながら、器用にくるくる包丁。逆手。
「更城さん。あなたは誰にも渡さない。渡さないわ絶対に」
魔女、謳うように朗々独白・笑顔。
「邪魔な兄を消すためにカノジョを装ったのがつらかったのよね? いいの、許してあげる。あなたに殺されるなんて、なんてロマンチック。痛くないわだってあなたがくれたんだもの。ふふ、先に逝って待ってるわ。いつまでも、いつまでも、いつまでも。でも——その間にあなたが別の誰かに奪われるなんて耐えられないから、呪いをかけてあげるわね」
魔女は静かに息を吸い、包丁を握る手に力を込めた。
「死ぬほど愛してるわ————この、人殺し」
どばっと赤が飛び散った。
魔女は首から赤い虹を噴き上げながら、ゆっくりと倒れていく。
目が合った。満ち足りた瞳、恍惚、笑顔笑顔狂気・狂・狂・狂・狂!
ぶつりと頭の中・視界が狭窄・めまい・耳鳴り、リフレイン
人殺し人殺し人殺し私は私は人殺し殺された私のお兄ちゃん私が殺した私がこの手でこの手でこの手が!
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
包丁拾い上げ 手を切り落とし 私は世界(イシキ)を手放した。
最終更新:2009年09月29日 01:09