秋狼記3

東方秋狼記



   第三話:嫌な符合だね


「邪魔するぞー」
 静流に瓜二つの少女、瑞穂を連れてきたのは、美しい銀髪の女性だった。
 白いシャツに、サスペンダー付きの赤いパンツ。表面には魔除けの札が何枚も縫いつけられている。なんとも活動的な格好で、浮かべた表情も頼れる姐さんといった風情。いや、あれはむしろイタズラ盛りの少年かもしれないな、と普段の姿を思い浮かべながら静流は胸中で呟いた。
 瑞穂を連れてきた女性は藤原妹紅という。慧音の友人であり、人生の先輩であるらしい。あまり子どもは好きでないらしいのだが、静流と瑞穂は懇意にしてもらっている。彼女は親戚みたいなものだと言っていたが、詳しいことはよくわからない。
 妹紅は無遠慮に縁側から上がり込んでくると、奥から漂ってくる香りに喜色を浮かべた。
「おっ、いい匂いじゃないか。こいつを持ってきた甲斐があるねぇ。じゃーん、完成品!」
 にひひっ、と笑いながら、妹紅は五人で囲むには十分すぎる卓上に酒瓶を置いた。そういえば以前、彼女は焼鳥屋を始めるついでに酒造にも挑戦すると言っていた。もしかしたらこれが第一作目なのかもしれない。
「……『吾亦紅』って……」
「なんだよ。文句あるのかよ」
わたしは、いい名前だと思うけど……」
「おう、瑞穂はわかってんなー」
 瑞穂の頭をわしゃわしゃと撫でる妹紅。髪形をきっちり整えている人にやったら怒られそうだ。というか、14歳の少女に酒を持って来るというのは……いや、普通か。静流に酒を楽しむような余裕がないだけだ。次の日に残しては仕事に関わる。仕事をしているのか疑わしい博麗神社の巫女や妖怪ならまだしも。
 そんなことをつらつらと考えていると、奥からお盆を持った慧音が出てきた。
「あら。いらっしゃい」
 慧音は『先生』をやっていない時はこんな調子だ。いろいろと思うことがあって、気を張っているのだと言っていた。その分、家の中では緩くなるわけだ。
「おう、慧音! 見てくれ、記念すべき私の酒第一号だ!」
「あら、いい名前じゃない。でもいいの? こんなとこで開けちゃって」
「なんだ。飲まずに飾っとく気か? やめやめそんなもったいない」
 さばさばとした調子で妹紅はかぶりを振った。彼女には貯めておくという考えはあまり無いのだ。だから竹林で世捨て人のような暮らしをしているわけで、それが彼女が里でも近寄りづらい謎の人物として扱われてしまう由縁なのだ。
 もしも自分に親がいたら、近寄るんじゃないと叱られていたかもしれないな、と静流は思う。大人は時に真実を見ない。それまでの経験と、そこから得た持論を優先するからだ。
 そんな事をつらつらと考えていると、奥から土鍋を持った夏目が出てきた。かなり重そうだが、軽々と持っている。見かけによらず力持ちなようだ。
「できたぞー。俺特製の石狩鍋だ」
 自信ありげな表情。ヤツは料理もできるらしい。ぱっぱらぱーに見えて、侮れない男だ。いや、親がいないのなら、自炊するしかないのか……
 鍋からはいい匂いが漂ってくる。おそらくそこに間違いはないだろう。美味しいはずだ。しかし、その鍋はいっこうに卓の上に降りてこない。鍋敷きまでしっかり用意してあるというのに、何が不満だというのか。
「お嬢が……2人いる!」
 スパーンッと居間に快音が鳴り響く。思わず手元にあった『文々。新聞』を夏目の頭に叩き込んでいた。
「いてッ」
「お姉ちゃん!?」
「すっとぼけた事を言ってんじゃないよ。双子だって言っただろう?」
「なるほど、性格までは似てなさそうで何よりだ……っと」
 鍋を鍋敷きの上に降ろしつつ、夏目はそう呟いた。たしかに、静流と瑞穂は見た目こそ瓜二つだが、中身はまるで逆だ。しかし気に入らない。それではまるで、静流の方が性格が悪いと言っているようなものだ。
「どういう意味だい、夏目?」
「あ? 性格まで一緒じゃあ、見分けつかねぇだろ」
 きょとんとこっちを見る夏目からは他意を感じない。どうにもこの男は思った事をそのまま言ってしまうタイプのようだ。
「で……そこのキレイな姉ちゃんは、誰だ……?」
 夏目はなぜか目を輝かせて、すでに食べる準備に取りかかっている妹紅を指さした。初対面の相手を指さすなんて失礼だとは思わないのかこの馬鹿は、と静流は内心呆れていたが、妹紅は気にする様子もなく箸を置いた。
「藤原妹紅。いつもは竹炭とか作ってる。専門は妖怪退治だけどな。いや、私のことなんかどうでもいいだろ? 早く食べようぜ」
 あんまし愛想のない声で口早に説明する妹紅。それを笑顔で見ていた慧音は、座布団の上に正座してコンコンとおたまを叩いた。
自己紹介は後。まずは食べましょう?」
「さんせー!」

   ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 鍋は空になり、妹紅の持参した酒も尽きた、そんな戌の刻。灯した洋燈がゆらゆらと、静かな空気の流れる居間を照らしている。夏目は瑞穂と奥で後片付けをしている。慧音は自分がやるといったのだが、世話になるんだからと言って聞かなかった。変なヤツだ。
 夏の夜らしく虫の声がする中で、妹紅はここに来る途中で聞いたという噂話をつらつらと話していた。
「……そういえばさ、ここの門の彫り物やってくれたヤツ……えぇと、なんて名前だっけ。慧音、覚えてるか?」
「紅染先生のこと?」
「そう、それだ。その紅染先生ってのが三日前くらいから行方不明らしくてさ」
「え……?」
 突然の報せに、静流と瑞穂は目を丸くした。彫物師の紅染月雲といえば、以前同じ長屋に住んでいた青年だ。何度かお世話になっているので面識もある。落ち着いた環境がほしいと言って1年くらい前に里の外れに引っ越してしまったが……まさか行方不明になっているなんて。
「大丈夫なのかっ?」
「さぁな……でも、気になる話があんだよ。三日前くらいだったかな。魔法の森の近くで妙な妖怪を見たってヤツが何人かいてな……川の中にいたらしいんだが」
 思わず静流は息を呑んでいた。魔法の森の近くで川といえば、つい数刻前まで自分がいたところじゃないか。
「ま、それきり見たヤツも出てないんだがな」
 肩をすくめる妹紅だったが、どうにも気になってはいるようだった。
「……嫌な符合だね。まるで紅染先生が……」
「静流。それ以上はダメ」
 慧音にまっすぐな目で見つめられ、静流は言葉を飲み込んだ。
 ——その時だった。
「先生! 先生はいるかい!?」
 慌ただしい足音の後、縁側の方から男の声が飛んできた。そちらを見ると、厳つい髭の男が息を切らして立っていた。顔は青ざめており、どこかで転んだのか体のあちこちに傷がある。
 ただならぬ気配を感じたのか、慧音は表情を引き締め、足早に縁側へと出ていく。
「どうしたんですか源太さん!?」
「ででで出やがった! 川の怪物だぁ!」
『怪物……ッ?』
 まさにそんな話をしていたせいか、その場にいた全員が一様に肩を震わせた。
「川ってどこですかッ」
「魔法の森のとこだ! 俺は逃げれたけんど、達郎がッ!」
「達郎さんが!?」
「あの馬鹿、俺が逃げろって言うのも聞かずに……!」
 悔しそうに歯噛みする源太。彼と達郎はたしか、自警団のメンバーだ。まだ見回りの時間ではないので、おそらくあの辺りで田んぼ仕事をしていたところで偶然出くわしたのだろう。
 そこからの慧音の反応は早かった。棚の上のスペルカードを手に取るとすぐさま玄関へ走っていく。
「おい先生!」
 止める間もあればこそ。静流が外に出たときにはすでに、慧音は風のような速さで夜空に消えていくところだった。

 ——呆然と空を見上げていると、後ろから夏目がやってきた。
「お嬢、何があったんだ?」
「怪物が出たって聞いて、先生が飛び出していったんだよ」
 我ながら下手な説明だと思ったが、それ以外に言葉が見つからなかった。それでも夏目には伝わったらしく、まじめな顔で静流の肩を掴んできた。
「怪物が出たってのはどこだ?」
「おまえと会った場所だよ。でもそんなこと訊いてどうす……」
 言いかけた言葉は、夏目の険しい表情を見たら飲み込むしかなかった。
「やっぱりそうかよ……」
「どうしたのさ……?」
「先生が危ない。助けに行かねぇと」
「ば、バカ言うんじゃないよ! 夜は妖怪の時間。里から出ればそれこそ命の保証なんて——おい夏目ッ!」


あとがき

 どうも。締め切り深刻を大幅にオーバーした36です。
 かなりやっつけ仕事で不満な部分が何カ所かあるので、後から修正するかもしれません。
 それはともかく、ようやく事件が始まりました。日常から非日常への切り替えは結構難しいものです。私が苦手な部分だから、そう思うのかもしれませんが。
 次回は初の戦闘です。ようやく東方らしく……なりませんのであしからず。



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最終更新:2010年08月05日 16:20
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