全てはここから始まった
周りに何もない、荒野のような大地に、その小屋があった。
荒れた土の上にポツンと立つ、鉄筋製の小さな小屋。周りに何もないせいか、より目立って見える。
その小屋に歩いて向かう、二人の人間がいた。一人は、全身を
フード付きの雨具のような黒い布を覆っている眼鏡をかけた男性。顔と手と靴以外は黒い布で覆っており肌は見えない。天気は快晴で気温も高いがその男は、至って平然な表情をしている。もう一人は魔術師が着るようなローブを着た、緑髪の同じく眼鏡をかけた男性。腰には魔導書のような本が紐で吊るしてある。こちらも至って平然な表情をしていた。
「さぁさぁ
ヴィルエッジ殿。あれが私の基地ですぞ」
全身を黒い布で覆った男性が言った。ヴィルエッジと呼ばれた男性が言い返す。
「まさか本当に基地を作るとは……ともあれ
フウキンさん、あれは本当に基地といえるのですか?」
ヴィルエッジが首を傾げながら、フウキンと呼ばれた男性に質問をする。
「オーナーに最低限の設備しか用意してくれなかったのですからなぁ……ともあれ立派な基地ですぞ」
と、フウキンが質問に答えた。ヴィルエッジの思う通り、ただ小屋が一つだけ建ってある場所にとても立派な基地とは言い難い。軍事基地のような兵舎や、軍事物資を備えた倉庫などは一切なく、探検や登山の際に設置するベースキャンプならまだわかるかもしれない。
二人が小屋の扉の前に立っている。扉には鍵がかかっていた。ヴィルエッジが訪ねた。
「ところで…鍵はどこに?」
ヴィルエッジは当然だが鍵を持っていなかった。ヴィルエッジはフウキンの招かれ客だったから。
「あぁ、すぐにお出ししますぞ」
フウキンはそう言うと、黒い布から右腕を出して自分の目の前の何もない空間を勢いよく薙ぎ払った。すると薙ぎ払った空間から異次元のような小さな裂け目が現れた。その中から鍵がポトリと落ち、フウキンは右手を受け皿のようにして手に取り、それをヴィルエッジに投げ渡した。フウキンの目の前の裂け目はだんだん小さくなっていき、やがて無くなった。
「まぁ、それは結構便利なものですねぇ…」
「食料などは出てきませんから、ヴィルエッジ殿が言うほど便利とは言い難いですな」
投げ渡したものを受け取ったヴィルエッジは、それを鍵穴に差し込んでひねる。すると音と同時に扉が開いた。
小屋の中には中心に大きな長方形のテーブルがあり、それを向い合せるように椅子が二つずつ両隅に置いてある。壁にはホワイトボードが取り付けてあるが、その付近にペンなどはなかった。
「ここは事務舎。すなわちここが本拠地ですぞ!」
フウキンが自信満々に言った。ヴィルエッジは何も言わなかった。
その後、フウキンは椅子に腰を掛けた。ヴィルエッジもフウキンと向かい側の椅子に腰を掛ける。
「一体どうやってこの基地を大きくするのか話してくれませんかね」
ヴィルエッジが問うと、フウキンは首を縦に振って頷いてから話した。
フウキンが言うには、この基地はオーナーから半ば公認を受けており、フウキンやヴィルエッジが所属している風騎軍のバトロイの成績によってオーナーから褒賞として設備などが送られてくるとの事。そのオーナーという人物はヴィルエッジは見たことがない為どういう人かは分からない。フウキンはこの小屋周辺に立派な基地を建てるという野心を持っているらしいが理由は問わずに不明のままであった。
「千の道も一歩から。必ず立派な基地を作り上げて見せますぞ!」
とフウキンが言った。
閑話休題 ~第七回WBRについて(1)~
「フウキンさん、
第七回WBR決勝進出おめでとうございます」
「えっへん!私を本気にさせてしまった結果がこれですぞ!」
「私は2
シーズン目が無得点だったときは普通に予選落ちだと考えていましたが」
「フフフ、あれはわざと手を抜いて2シーズン目終了時点でフウキンはもう終わりだぁ!と見せかけてそのシーズンで本気を出す。という私の策でございましたからなぁ」
「果たしてこれが決勝で通用するのやら……それとフウキンさん」
「何ですかな?」
「予選敗退した人たちに素直に謝罪するべきだと私は思いますが」
クロージング
「さて、私はそろそろお開きとしますかな」
そう言って、フウキンは椅子から立ち上がった。
「ん?この事務舎には泊らないのですか?」
ヴィルエッジも質問をしながら椅子から立ち上がる。
「こんな狭い部屋で快適に眠れるわけはありますまい。こんな殺風景な大地に」
フウキンが答えた。
二人が外に出た後、ヴィルエッジが扉の鍵を閉め、フウキンに手渡した。フウキンは先程の空間の裂け目を作り出し、その中に鍵を放り込んだ。
「この見渡す限り何もない大地。こんな所に立派な基地を建てるなんて私は正気かと思いましたが」
「成せば成るものですぞ。こういう夢と希望は大きく持たないと」
事務舎からある程度離れた場所で、
「ヴィルエッジ殿、そろそろお願いしますぞ」
フウキンが声をかけた。
「やれやれ、私はタクシーではありませんがねぇ…」
ヴィルエッジはそう答えると彼の腰に吊るしてあった魔導書のような本を取り出し、挟んであった付箋を取り出して天に掲げた。
二人の周りに大きな風が吹きあがり大きな砂塵を巻き起こした。やがて風と砂塵が吹き止むと二人の人間の姿は見かけなくなっていた。
最終更新:2010年08月23日 10:56