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143 Goodbye my princess ---- 毎日の日課だった弓の練習。 それを終えて家に戻ると、家族みんながおいしいご飯を作って待っててくれた。 あたしはそのころはまだ弓が上手で、パパにもパパの友達にも、いつも褒めてもらってた。 厳しいけれど、強くてかっこよくてハンターのパパ。 優しくて、自慢できるくらいきれいなダンサーのママ。 弓の腕はからっきしだったけど、いつも綺麗な声で歌ってくれたバードのお兄ちゃん。 あたしはみんな、大好きだった。 なのに。 いきなり現れた綺麗なおねえさんが――綺麗で怖い女王蜂が、あたしのしあわせを全部奪っていった。 あんなに強かったパパは、虫の兵士たちに全身を刺された。 あんなに綺麗だったママは、あいつが撃った雷で、真っ黒になった。 最後まであたしを庇ってくれたお兄ちゃんは、虫に喉を食い破られた。大好きだった歌声も、もう聴けない。 あたしは何もできなかった。 こわくてこわくてたまらなくて。あんなに弓の練習をしてきたのに、それを嘲笑うみたいに体が動かなかった。 震えるあたしにあいつは言った。お前が次の我の器だ、って。 その言葉を聞いたあと、少しずつ意識がなくなっていって。 薄れる意識の中で最後にあたしが見たものは、血溜まりに浮かぶパパの弓だった。 ――ああ、だからあたしは弓を持つと、血まみれの人が見えたんだ。 その人たちは知らない人なんかじゃなくて、あたしの家族だったんだ。 気がついたらこんな変な島に放り出されてて。わけがわからなくて、あたしは記憶を辿ろうとした。 でもその先に待ってるのは、こんな思い出だったから。 あたしはあたしの心を守るために、ありえない空想に逃げて、お姫様になろうとしたんだ―― +++++ 「こんなところにおったとは…難儀したぞえ。我が器よ」 妖艶に微笑む女王蜂から、♀アーチャーは視線をそらすことができなかった。 少女は震えながら、空想で誤魔化し封印してきた過去を思い出していた。 「待ちなさい。お嬢ちゃんに手を出す前に、あたしの相手をなさい」 背後からの鋭い声に、ようやくミストレスが振り向く。 鞭を構えるジルタスに、ミストレスは余裕すら感じさせる微笑を向けた。 「おぬし、人間ではないな? どのように情報が伝わったのやら、蟲どもが噂しておったのを耳にしたことがある。  とある古城の監獄に、我と同じように女王と呼ばれる女妖魔がおると」 「姿は変わっているけど…その口ぶりとさっきの電撃。あなた、『女王蜂』ね」 「いかにも。人間に与しているようじゃが…何ゆえにだ?  人間のような下等な生物に与せずとも、おぬしほどの妖魔であれば生き残ることができるであろう」 「話にならないわね」 ふぅ、とため息をひとつつくと、ジルタスは気だるげに髪をかきあげた。 彼女の全てである『ご主人様』はもちろん人間。それを下に見るミストレスとはもとより考え方が違うのだ。 「相手が何であろうと、仲間に手を出されて黙って見過ごすわけにはいかないわ」 「愚かな…人間どもの飼い犬になりおって。ちょうどよい、目を覚まさせてやるわ!」 ジルタスの鞭がひゅん、と唸る。その音を合図に、二人の女王は動き出した。 小手調べ、とばかりにミストレスが電撃を放つ。 「遅い!」 横に飛んでかわし、振り向きもせずにジルタスは鞭をふるった。 それを予想できないミストレスではない。腰に下げた短剣を抜き、鞭を受け流す。 再び、二人の距離が離れる。 じりじりと距離を詰めながらも、互いに仕掛けない。 静寂を破り――ジルタスが動いた。 (何……!) 突然飛んできた矢に、ミストレスが体勢をわずかに崩す。 先ほど横に飛んだ時に、散らばった♂ハンターの矢を拾い、ジルタスはそれをダンサーの矢撃ちの要領で飛ばしたのだ。 その隙に一気にジルタスは距離を詰めた。 「もらった!」 鞭を振りかぶる。その鞭はミストレスの首元に寸分違わず絡まり、勝負を決する――かに見えた。 「ぅ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ああああああああああああああ!!!」 突然遠くから聞こえた叫び声。 聞き間違えるはずがない。最愛の主人の危機に瀕した声に、ジルタスは動揺した。 隙を突いて鞭を振るうはずの手が一瞬だけ止まる。 その一瞬が、命取りとなった。 「……あ…っ!」 ばちぃ、と大きな音が響き、ジルタスは先ほどの♂ハンターと同様に地へと転がった。 もちろん彼女の体は人間より丈夫だ。♂ハンターよりもかなり早く回復し、すぐに通常通り動けるようにはなるのだが―― この状況において、数分でも行動不能になることは許されなかった。ジルタスは悔やむように歯を食いしばった。 「我が本調子でないとはいえ、なかなか…よい戦いであったぞ」 薄く微笑むと、ミストレスが彼女に背を向ける。 隙だらけの背中。止められるのなら、止めたかった。 (やられちゃった…王子様も、お母様――ジルタスさんも……あたしのせいで!) 体の震えを、♀アーチャーは抑えることができなかった。 彼女を嘲笑うかのように、ミストレスが近づく。 それでも彼女は、震える手で地に転がる♂ハンターの弓を手に取った。 (王子様…あたしに、勇気をください……!) 矢を放つ。それはいつものように見当違いの方向ではなく、かつての彼女の腕のまま、まっすぐに飛んでいった。 恐怖に勝てた、と彼女は思った。 しかしそれは……ミストレスの手にする短剣によって弾かれ、地に落ちた。 「よい腕じゃ。器の身で我に逆らった勇気は褒めてやろう」 慈愛すら感じさせる微笑を浮かべながら、ミストレスは♀アーチャーの体をそっと抱いた。 「さあ、我に身を委ねよ……」 二人の体が紫色の光に包まれる。 ゆっくりとミストレス――いや、彼女の仮の肉体が霧のように消えていき、♀アーチャーの体へと吸い込まれていく。 「あ、あぁ……王子さ、ま……」 掠れた声で♂ハンターを呼び。少女は一粒の涙を流した。 (いったい、どうなって……) ♂ハンターは呆然とその光景を眺めていた。 桜色で、肩に届くほどだった♀アーチャーの髪は紫に染まり、腰ほどまでに伸びた。 そう、以前のミストレスの仮の肉体のように。 だがその身に溢れ出す魅力は全く別質のものだ。いや、本来のものに戻ったというべきか。 (あの顔は…確かに♀アーチャーだ。それなのに、何かが…全然違う) 元々♀アーチャーは美少女であった。だが今の彼女が漂わせる色香は、成熟した女性を思わせる。 何より目が違う、と♂ハンターは思った。底冷えするような冷たい目は…人間を感じさせない。 一方でミストレスは内心で歯噛みしていた。 器と同化した今、力は完全に取り戻したはずだ。 だが今の魔力は、転生したばかりで体が慣れないといった理屈では説明できないほど弱っている。 仮の肉体の中にいた時より数段ましとはいえ、これでは意味がないではないか。 (この首輪のせいか…忌々しい。器にも仮の肉体にかけたものと似たような呪をかけておったのだな。  ジョーカーよ。おぬしはよほどくびり殺されたいとみえる) ミストレスの中で、道化への殺意がさらに増す。 ふと視線を感じ、そちらに目をやると、先ほど彼女が電撃を食らわせた狩人が必死の形相を向けていた。 (……ふむ) 人間は愚かなものだという認識は彼女の中で変わらなかったが、この青年が器を守り続けてくれたことは事実らしい。 ならば少しばかりの情をかけてやってもよいだろう。何、ほんの気まぐれだ。 「よくぞ器を守り続けてくれたの。それに免じて命は助けてやろう」 無造作に♂ハンターの眼前に一振りの短剣を投げ捨てる。 プリンセスナイフ――転生する前に♀アーチャーが持っていたもの。今となっては遺品となろうか。 彼女がそれをわざわざ置いていったのは礼と言う名のただの気まぐれだった。 「ま…て……!」 ようやく口が動かせるようになったらしい♂ハンターが掠れた声で唸る。 ぶるぶると震えるその手は、ミストレスの器となった亡き♀アーチャーに伸ばそうとしているのだろうか。 「……哀れなものよな」 振り返りもせずに、女王蜂はその場を立ち去った。 「……大丈夫?」 ようやく体は動くようになったらしいジルタスに運ばれ、♂ハンターは木に寄りかかるようにして休んでいた。 「……ごめんなさい。あたしがあいつを止められていれば……」 「いや…いいんだ。それより…君は、君のやるべきことを、するんだ」 「え?」 ♂ハンターはゆっくりと首だけをジルタスのほうへ向ける。 弱弱しいながらも真摯な視線を向け、彼は言葉を続けた。 「さっきの悲鳴…♂アコのものだった…ろう? 俺のことは、いいから…助けに、いって…やってくれ」 「でも、あなた体が動かないんでしょう? もし敵がきたら」 「いいから……君には、守るべき人を、守りきってほしい。できなかった、俺の、かわりに……」 「……!」 悲痛なその言葉にジルタスは息を呑んだ。 どのような思いで彼がその言葉を口にしたのかは想像に難くない。 「わかったわ……。ご主人様と一緒に必ず戻ってくるから。無事でいなさいよ!」 そう言い、ジルタスは♂ハンターの手を包むように握ると、悲鳴の聞こえた方向へと走り去っていった。 それを見送ると、♂ハンターは手元を見つめた。その手には、プリンセスナイフがそっと置かれている。 (『王子様』なんか気取ってたくせに……守ってやれなかったな) 王子様王子様と付きまとわれて、うっとおしいと思ったときもあった。 だがそれ以上に、彼女を守ってやりたいと感じていたのも確かだ。 責任感からか沸いてきた愛情からかは、今となっては確認する術も無い。 もっとも♀アーチャーは死んだわけではない。だがその意識は全くの別人にとってかわられている。 今の彼女は彼女ではない。人間ですらないのだ。 それはある意味死なれるより辛いかもしれない、と彼は思った。 彼女をできることなら元に戻してあげたいとも。 「情けねぇな、俺……」 そう呟くと♂ハンターは木に身を任せ、意識を手放した。 奇しくも彼の頭上では、彼自身が彫った×印が、少女との思い出を残すかのようにその存在を主張していた。 <♂ハンター> 現在地:G-5(G-6境界付近) 所持品:アーバレスト、大量の矢、ナイフ、プリンセスナイフ 備考:極度の不幸体質 D-A二極ハンタ 状態:ユピテルサンダーで感電。痺れて動けない。 睡眠中だが気絶に近く、よほどのことがなければ起きない。 <♀アーチャー> 状態:意識は消滅し、ミストレスとなる。実質死亡 彼女自身の意識が欠片でも残っているかどうかは微妙? <ジルタス> 現在地:G-5(G-6境界付近)→G-6へ 所持品:種別不明鞭、ジルタス仮面 備考:首輪を付けられている 状態:やや麻痺の後遺症が残るが動ける。♂アコライトを助けにいく <ミストレス> 現在地:G-5(G-6境界付近)→どこかへ 容姿:髪は紫、長め 姿形はほぼ♀アーチャー 所持品:ミストレスの冠、カウンターダガー(♀アサの遺品は拾わず) 備考:♀アーチャーの体を乗っ取る。器探しの目的は一応達成。 力は以前よりかなり増大しているが、封印は健在。力がどの程度戻ったかは後の書き手さんまかせ <残り31人> ---- | [[戻る>2-143]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-145]] |
144 Goodbye my princess ---- 毎日の日課だった弓の練習。 それを終えて家に戻ると、家族みんながおいしいご飯を作って待っててくれた。 あたしはそのころはまだ弓が上手で、パパにもパパの友達にも、いつも褒めてもらってた。 厳しいけれど、強くてかっこよかったハンターのパパ。 優しくて、自慢できるくらいきれいなダンサーのママ。 弓の腕はからっきしだったけど、いつも綺麗な声で歌ってくれたバードのお兄ちゃん。 あたしはみんな、大好きだった。 なのに。 いきなり現れた綺麗なおねえさんが――綺麗で怖い女王蜂が、あたしのしあわせを全部奪っていった。 あんなに強かったパパは、虫の兵士たちに全身を刺された。 あんなに綺麗だったママは、あいつが撃った雷で、真っ黒になった。 最後まであたしを庇ってくれたお兄ちゃんは、虫に喉を食い破られた。大好きだった歌声も、もう聴けない。 あたしは何もできなかった。 こわくてこわくてたまらなくて。あんなに弓の練習をしてきたのに、それを嘲笑うみたいに体が動かなかった。 震えるあたしにあいつは言った。お前が次の我の器だ、って。 その言葉を聞いたあと、少しずつ意識がなくなっていって。 薄れる意識の中で最後にあたしが見たものは、血溜まりに浮かぶパパの弓だった。 ――ああ、だからあたしは弓を持つと、血まみれの人が見えたんだ。 その人たちは知らない人なんかじゃなくて、あたしの家族だったんだ。 気がついたらこんな変な島に放り出されてて。わけがわからなくて、あたしは記憶を辿ろうとした。 でもその先に待ってるのは、こんな思い出だったから。 あたしはあたしの心を守るために、ありえない空想に逃げて、お姫様になろうとしたんだ―― +++++ 「こんなところにおったとは…難儀したぞえ。我が器よ」 妖艶に微笑む女王蜂から、♀アーチャーは視線をそらすことができなかった。 少女は震えながら、空想で誤魔化し封印してきた過去を思い出していた。 「待ちなさい。お嬢ちゃんに手を出す前に、あたしの相手をなさい」 背後からの鋭い声に、ようやくミストレスが振り向く。 鞭を構えるジルタスに、ミストレスは余裕すら感じさせる微笑を向けた。 「おぬし、人間ではないな? どのように情報が伝わったのやら、蟲どもが噂しておったのを耳にしたことがある。  とある古城の監獄に、我と同じように女王と呼ばれる女妖魔がおると」 「姿は変わっているけど…その口ぶりとさっきの電撃。あなた、『女王蜂』ね」 「いかにも。人間に与しているようじゃが…何ゆえにだ?  人間のような下等な生物に与せずとも、おぬしほどの妖魔であれば生き残ることができるであろう」 「話にならないわね」 ふぅ、とため息をひとつつくと、ジルタスは気だるげに髪をかきあげた。 彼女の全てである『ご主人様』はもちろん人間。それを下に見るミストレスとはもとより考え方が違うのだ。 「相手が何であろうと、仲間に手を出されて黙って見過ごすわけにはいかないわ」 「愚かな…人間どもの飼い犬に成り下がりおって。ちょうどよい、目を覚まさせてやるわ!」 ジルタスの鞭がひゅん、と唸る。その音を合図に、二人の女王は動き出した。 小手調べ、とばかりにミストレスが電撃を放つ。 「遅い!」 横に飛んでかわし、振り向きもせずにジルタスは鞭をふるった。 それを予想できないミストレスではない。腰に下げた短剣を抜き、鞭を受け流す。 再び、二人の距離が離れる。 じりじりと距離を詰めながらも、互いに仕掛けない。 静寂を破り――ジルタスが動いた。 (何……!) 突然飛んできた矢に、ミストレスが体勢をわずかに崩す。 先ほど横に飛んだ時に、散らばった♂ハンターの矢を拾い、ジルタスはそれをダンサーの矢撃ちの要領で飛ばしたのだ。 その隙に一気にジルタスは距離を詰めた。 (もらった!) 鞭を振りかぶる。その鞭はミストレスの首元に寸分違わず絡まり、勝負を決する――かに見えた。 「ぅ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ああああああああああああああ!!!」 突然遠くから聞こえた叫び声。 聞き間違えるはずがない。最愛の主人の危機に瀕した声に、ジルタスは動揺した。 隙を突いて鞭を振るうはずの手が一瞬だけ止まる。 その一瞬が、命取りとなった。 「……あ…っ!」 ばちぃ、と大きな音が響き、ジルタスは先ほどの♂ハンターと同様に地へと転がった。 もちろん彼女の体は人間より丈夫だ。♂ハンターよりもかなり早く回復し、すぐに通常通り動けるようにはなるのだが―― この状況において、数分でも行動不能になることは許されなかった。ジルタスは悔やむように歯を食いしばった。 「我が本調子でないとはいえ、なかなか…よい戦いであったぞ」 薄く微笑むと、ミストレスが彼女に背を向ける。 隙だらけの背中。止められるのなら、止めたかった。 (やられちゃった…王子様も、お母様――ジルタスさんも……あたしのせいで!) 体の震えを、♀アーチャーは抑えることができなかった。 彼女を嘲笑うかのように、ミストレスが近づく。 それでも彼女は、震える手で地に転がる♂ハンターの弓を手に取った。 (王子様…あたしに、勇気をください……!) 矢を放つ。それはいつものように見当違いの方向ではなく、かつての彼女の腕のまま、まっすぐに飛んでいった。 恐怖に勝てた、と彼女は思った。 しかしそれは……ミストレスの手にする短剣によって弾かれ、地に落ちた。 「よい腕じゃ。器の身で我に逆らった勇気は褒めてやろう」 慈愛すら感じさせる微笑を浮かべながら、ミストレスは♀アーチャーの体をそっと抱いた。 「さあ、我に身を委ねよ……」 二人の体が紫色の光に包まれる。 ゆっくりとミストレス――いや、彼女の仮の肉体が霧のように消えていき、♀アーチャーの体へと吸い込まれていく。 「あ、あぁ……王子さ、ま……」 掠れた声で♂ハンターを呼び。少女は一粒の涙を流した。 (いったい、どうなって……) ♂ハンターは呆然とその光景を眺めていた。 桜色で、肩に届くほどだった♀アーチャーの髪は紫に染まり、腰ほどまでに伸びた。 そう、以前のミストレスの仮の肉体のように。 だがその身に溢れ出す魅力は全く別質のものだ。いや、本来のものに戻ったというべきか。 (あの顔は…確かに♀アーチャーだ。それなのに、何かが…全然違う) 元々♀アーチャーは美少女であった。だが今の彼女が漂わせる色香は、成熟した女性を思わせる。 何より目が違う、と♂ハンターは思った。底冷えするような冷たい目は…人間を感じさせない。 一方でミストレスは内心で歯噛みしていた。 器と同化した今、力は完全に取り戻したはずだ。 だが今の魔力は、転生したばかりで体が慣れないといった理屈では説明できないほど弱っている。 仮の肉体の中にいた時より数段ましとはいえ、これでは意味がないではないか。 (この首輪のせいか…忌々しい。器にも仮の肉体にかけたものと似たような呪をかけておったのだな。  ジョーカーよ。おぬしはよほどくびり殺されたいとみえる) ミストレスの中で、道化への殺意がさらに増す。 ふと視線を感じ、そちらに目をやると、先ほど彼女が電撃を食らわせた狩人が必死の形相を向けていた。 (……ふむ) 人間は愚かなものだという認識は彼女の中で変わらなかったが、この青年が器を守り続けてくれたことは事実らしい。 ならば少しばかりの情をかけてやってもよいだろう。何、ほんの気まぐれだ。 「よくぞ器を守り続けてくれたの。それに免じて命は助けてやろう」 無造作に♂ハンターの眼前に一振りの短剣を投げ捨てる。 プリンセスナイフ――転生する前に♀アーチャーが持っていたもの。今となっては遺品となろうか。 彼女がそれをわざわざ置いていったのは礼と言う名のただの戯れだった。 「ま…て……!」 ようやく口が動かせるようになったらしい♂ハンターが掠れた声で唸る。 ぶるぶると震えるその手は、ミストレスの器となった亡き♀アーチャーに伸ばそうとしているのだろうか。 「……哀れなものよな」 振り返りもせずに、女王蜂はその場を立ち去った。 「……大丈夫?」 体が動くようになったジルタスに運ばれ、♂ハンターは木に寄りかかるようにして休んでいた。 「……ごめんなさい。あたしがあいつを止められていれば……」 「いや…いいんだ。それより…君は、君のやるべきことを、するんだ」 「え?」 ♂ハンターはゆっくりと首だけをジルタスのほうへ向ける。 弱弱しいながらも真摯な視線を向け、彼は言葉を続けた。 「さっきの悲鳴…♂アコのものだった…ろう? 俺のことは、いいから…助けに、いって…やってくれ」 「でも、あなた体が動かないんでしょう? もし敵がきたら」 「いいから……君には、守るべき人を、守りきってほしい。できなかった、俺の、かわりに……」 「……!」 悲痛なその言葉にジルタスは息を呑んだ。 どのような思いで彼がその言葉を口にしたのかは想像に難くない。 「わかったわ……。ご主人様と一緒に必ず戻ってくるから。無事でいなさいよ!」 そう言い、ジルタスは♂ハンターの手を包むように握ると、悲鳴の聞こえた方向へと走り去っていった。 それを見送ると、♂ハンターは手元を見つめた。その手には、プリンセスナイフがそっと置かれている。 (『王子様』なんか気取ってたくせに……守ってやれなかったな) 王子様王子様と付きまとわれて、鬱陶しいと思ったときもあった。 だがそれ以上に、彼女を守ってやりたいと感じていたのも確かだ。 責任感からか沸いてきた愛情からかは、今となっては確認する術も無い。 もっとも♀アーチャーは死んだわけではない。だがその意識は全くの別人にとってかわられている。 今の彼女は彼女ではない。人間ですらないのだ。 それはある意味死なれるより辛いかもしれない、と彼は思った。 彼女をできることなら元に戻してあげたいとも。 「情けねぇな、俺……」 そう呟くと♂ハンターは木に身を任せ、意識を手放した。 奇しくも彼の頭上では、彼自身が彫った×印が、少女との思い出を残すかのようにその存在を主張していた。 <♂ハンター> 現在地:G-5(G-6境界付近) 所持品:アーバレスト、大量の矢、ナイフ、プリンセスナイフ 備考:極度の不幸体質 D-A二極ハンタ 状態:ユピテルサンダーで感電。痺れて動けない。 睡眠中だが気絶に近く、よほどのことがなければ起きない。 <♀アーチャー> 状態:意識は消滅し、ミストレスとなる。実質死亡 彼女自身の意識が欠片でも残っているかどうかは微妙? <ジルタス> 現在地:G-5(G-6境界付近)→G-6へ 所持品:種別不明鞭、ジルタス仮面 備考:首輪を付けられている 状態:やや麻痺の後遺症が残るが動ける。♂アコライトを助けにいく <ミストレス> 現在地:G-5(G-6境界付近)→どこかへ 容姿:髪は紫、長め 姿形はほぼ♀アーチャー 所持品:ミストレスの冠、カウンターダガー(♀アサの遺品は拾わず) 備考:♀アーチャーの体を乗っ取る。器探しの目的は一応達成。 力は以前よりかなり増大しているが、封印は健在。力がどの程度戻ったかは後の書き手さんまかせ <残り31人> ---- | [[戻る>2-143]] | [[目次>第二回目次2]] | [[進む>2-145]] |

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