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another2-09 - (2006/03/07 (火) 18:49:39) の編集履歴(バックアップ)


アサシン物語


その少年は親の顔を知らずに育った。当然のように物としてあつかわれ、売られ買われる生活であった。
はじめて人を殺したのは、自由を獲得するためであった。
しかたがなかったのだ。殺さなければ、自分が殺されていた。
それほどの労働を少年は幼いからだにしいられていた。

それでも少年の心は痛んだ。
奴隷という形で育てられたにもかかわらず、少年の心には人殺しの罪悪に痛む良心があったのである。
それはひどい矛盾であった。
なぜなら少年が殺した男はひとかけらの良心すら少年には教えていなかったのだから。

少年は痛みの理由がわからなかった。
わからなかったけれど、せめて自分がしたことは許されることであって欲しい。
そう神さまに祈った。

それから少年は砂漠の町の片隅で、つつましくも穏やかな生活を送った。
裕福とはほど遠い暮らしであったが、けして悪いものではなかった。
ときどきは身を守るために剣をふるうこともあったが、戦うことはそれなりに得意であったらしく、少年が負けることはなかった。

そんなあるとき少年は知った。
人を殺すことを糧として生活を送る人々がいるということを。
それは少年にとっておどろきであった。
きっと心が痛むからなんだろうな、と少年は思った。

だから自分が痛くないようにお金を払って人に人を殺させるんだろう。
そして僕は人を殺したことがある。
だからきっと大丈夫だ。

そんな理由で少年はアサシンになることを思い立ったのである。

アサシンになるためにはシーフギルドに認められ、シーフにならなければならない。
少年がアサシンという職業について知っていることは、人殺しでお金をもらうことを除くと、それだけであった。
そこで少年は、町の南西にある武器屋の裏手でいつもつまらなさそうにたたずんでいる男のことを思い出し、アサシンについて聞くことにした。
少年は彼がアサシンではないかと疑っていたのである。

「ねぇ、シーフギルドってどこにあるの?」

男はからだも、頭までも灰色のぼろ布でおおわれていたが、少年の言葉に布からわずかに覗く瞳を揺らすと、ふらりと起き上がった。

「連れていってあげよう」
「ほんとうですか?」

ぼろ布ではっきりとは見えなかったが、男は頷いたようであった。

「どうしてシーフになりたいんだい?」
「僕はアサシンになりたいんです。だって僕はアサシンに向いていると思うから。
 おじさんもアサシンなんでしょ」

あどけない表情で聞く質問ではない。

「おじさんってのは俺のことかい? これでもまだ20代なんだけどな。
 それはそうと、俺はアサシンじゃない。残念だったな。
 俺はアサシンよりもずっと弱い、忍者さ」
「忍者?」
「そうさ、アサシンになりきれなかったものの称号さ。それを忍者っていうんだよ」
「でもおじさんは弱そうに見えないよ」

素直な少年であった。彼はまっすぐな瞳で男を見ていた。

「そりゃ、お前はまだ盗賊でもないノービスだろう。さすがにノービスよりは強いぜ。
 それよりもだ。お前、アサシンになりたいって言ったな。
 うん、偶然の出会いってやつも悪くはない。
 せめてお前が俺より強くなれるように、そこまでくらいは鍛えてやるよ」
「本当ですか?」
「あぁ、約束だ」

そして少年はシーフギルドの試験を難なく突破し、晴れてシーフとなった。

「転職祝いにコイツをやるよ。コイツはアサシンだけが使いこなせる武器だ。
 だからコイツを使いこなす日を目標に、がんばりな」

そう言って男が少年に渡したのは、カタールに分類される武器の中でも有名な、ジュルという名の武器であった。
しかし少年はそのことを知らない。知らないけれど少年はしあわせそうな笑顔で男にお礼を言うと、ジュルをカプラサービスに預けた。
いつかアサシンになったら。そういうことなのであろう。

それから少年と男は旅をはじめた。
はじめて見た海。虎の住む竹林。森の奥に群れを成す狼。雪の降る町。人であふれかえった首都。
ゴブリン族やオーク族の村。訓練砦と呼ばれる冒険者の城。錬金術師の町や、魔導師の町。
さまざまな世界を体験し、さまざまな冒険をした。

おどろいたのは少年を鍛えてくれると言った男がほんとうに弱かったことであった。
魔物との戦いでは、彼はいつも少年のうしろに隠れ、直接戦ったのは少年だった。
しかも少年が戦闘中であっても気まぐれにふらっと姿を消して、またふらっと戻ってくるのである。

全然鍛えてもらってないような気がする。少年はそう思った。
事実少年の成長は少年自身の努力によるもので、
男から教わったことといえば地理に関すること、旅に必要なことなどの、いわゆる冒険者としての知識であった。

それでも少年は男と一緒に旅を続けた。
男が話す世界や、連れて行ってくれる世界は不思議に満ちていて、楽しかったのである。

───物事には始まりがあれば終わりが必ずある

数年の旅を経て、少年は成長していた。
アサシンとなるにじゅうぶんな力をたくわえ、男とともにアサシンギルドまでやってきたのである。
しかし男はギルドに通じる橋の手前で少年に別れを告げた。

「いまの君なら試験なんて楽勝さ。だからここでおわかれだ。
 明日から君は、人を殺すことで糧を得る、アサシンだからな」
「忍者もアサシンなんでしょ。だったら一緒に・・・」

少年のさみしげに引き止めようとする声に、彼は背中を向けたまま、右手で別れの手を振った。

「アサシンギルドに俺の居場所はないのさ。俺は人を殺せない忍者だからな。
 次に会うときは・・・いや・・・・・・じゃあな。強くなれよ」

砂漠の砂けむりに消えていく男の背中を、少年は見送ることしかできなかった。

そして少年はアサシンへの転職試験に無事合格し、アサシンになった。
ところが少年はそこで自分の未熟さを痛感させられることになる。
人をうまく殺せないのだ。いままでの冒険では魔物としか戦っておらず、少年は人との殺し合いに慣れていなかったのだ。
少年以外の新人アサシンがジュルをたくみに使いこなし、次々と任務をこなしたのに対し、
少年は命を懸けての殺し合い、その根本的な部分から鍛えなおさなければならなかった。

まずは武器をどうにかしなければ。こんな店売りの武器じゃ、人はうまく殺せない。
なにかもっと強い武器はないだろうか。
そう考えたとき、少年はあることを思い出した。

そうだ、そういえば彼があのとき。
長い冒険の旅で少年はそのことをすっかり忘れていたのである。
コイツはアサシンだけが使いこなせる武器だ、そう言って彼が渡してくれたジュルのことを。

モロクの町に帰った少年の顔を、カプラサービスのグラリスは覚えてくれていた。
これでよろしかったでしょうか。そう言って左右一対の刃物、ジュルを渡してくれたのである。
あの頃はわからなかったのだが、少年はひと目見て、そのジュルが普通のジュルでないことに気づいた。
刃先がするどく、触れただけで鋼鉄すらも両断できそうな、魔力のかがやきに満ちていたのである。

「これは・・・間違いない。カードがささってる。それも・・・」

ジュルにささっていたカードは三枚で、どれも同じカードであった。
青い骨だけの怪物、ソルジャースケルトンを封じ込めたカード。
トリプルクリティカルジュルといわれる代物であった。

ジュルを見つめる少年の目に、涙がにじんだ。
強くなれよ。彼の声が少年の頭の中で響いていた。

───血塗れた人生が幕をあけた

その日から少年は変わった。ゆるぎない強さだけを求めた。人を殺すための強さを、である。
そして殺した。任務であれ、日常であれ、人であれ、魔物であれ、ともかく殺した。
トリプルクリティカルジュルの力がそれを容易に可能としてくれた。
もちろん少年の素質というものもあったのだろうが、少年は殺して殺して殺しまくった。

血の臭いにもなにも思わず、返り血で染まった服もそのままに、少年は人殺しを続けた。
紅い色を見ない日などなかった。いつしか<紅>という文字が少年自身の呼び名にもなるほどであった。

そしてさらに数年が流れた。
アサシンの世界で<紅>の名前を知らないものなどはいない。
<紅>は同業者ですら恐怖する存在となっていた。

少年はもう少年ではなく、筋骨たくましい青年になっていた。
どれほどの死線を乗り越えてきたのだろうか。他を圧倒するほどの死の気配を撒き散らしていた。
アサシンとして人を殺し続けてきた少年は、もはや人ではなく、人の命を食らう死神となっていた。

けれど死神の胸の中にはいまだ、彼との日々が息づいていた。
彼の言葉が忘れられなかった。彼との冒険が忘れられなかった。
人を殺すたびに心はいつも引きちぎられるかのごとく悲鳴をあげ、死神はいつもあの頃に帰りたいと思っていた。

───そして運命の夜をむかえた

その日死神が殺したのは、ひとりのアサシンであった。
ぼろ布で顔を隠したアサシンであった。
アサシンであるのにアサシンギルドの方針にそむき、ギルドにあだなそうとしている。
そう知らされた死神は、いつもと同じようにためらうことなくアサシンを殺したのである。

トリプルクリティカルジュルが月明かりに照らされ、深紅のかがやきをひらめかせた。
殺したアサシンの顔に巻き付いていた布が、ふわりとはがれ落ちた。
そして死神は、布の下にかくれていたアサシンの顔を知った。

彼であった。

「強くなった、な。良かったじゃないか、お前は、立派なアサシンだよ」
「どうして・・・どうして・・・・・・」

わけがわからなかった。ただ彼を救えないということだけはわかっていた。
どうして教えてくれなかったのか。俺だ、とひとこと言ってさえくれれば───

「お前に、教えたかった。人を殺すということが、どういうことなのかを。
 人が人に殺されるということが、どれほど哀しいことか、を」

嘘だ。嘘だ。こんなのは夢だ。悪い夢だ。
気がつけば死神は泣いていた。片膝を地面につけて男を抱きかかえながら、死神は顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をこぼしていた。
それはかつて少年だった男が、死神になってからはじめて流した涙であった。

「あぁ・・・私の選んだ道は・・・・・・」

なんて愚かだったのだろう。
なにも理解していなかった。人を殺すということがどういうことなのか、なにもわかっていなかった。
私にとって、彼と過ごした時間こそが、ほんとうにかけがえのない、大切なものだったのに。

その日死神は、ひとりの人間に戻った。
人を殺すことでどうしてあんなに心が痛むのか。死神はその理由を彼を失ったことによって知ったのである。

───ねぇ、ちょっと聞いてる?

「貴方を私の子分にしてあげるって言ったのよ」

かわいらしい少女のちょっと怒ったような声で彼は現実にかえった。
どうもすこしだけ、昔を思い出していたらしい。

「子分っていうのはなにをするんだい?」
「決まってるじゃない、私の世界せーふくの手助けをするのよ」

そうか、と彼はうなずき、目の前の少女の自己紹介を待っていた。

「私は悪ケミ。いずれ世界をせーふくする女よ!。あなたは?」
「私かい?私は───」

思いをつなげよう。たくされた思いを、この少女に。
私と少女との出会いも、彼との出会いと同じ、ただの偶然なのかもしれない。
それでも私は思いをつなげよう。希望という名の思いを。



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