「子ども時代」を守ることから始まる人間の安全保障 その2: シュタイナーとヒューマニゼーション

<シュタイナーの思想から見た「ヒューマニゼーション」とは>
 今日お話しする話はブラジルのモンチアズールというファベーラ(ブラジルの言葉でスラムのこと)での活動の話ですが、そこでは、シュタイナー教育という、ある考え方に基づいた教育をベースにしています。シュタイナー教育を最初に考えたシュタイナーという人は、いろいろ面白いことを言っているんですが、私にとって印象的なのは、彼のビジョンは、要するに人間が進化していくということについてのビジョンなんですね。人間が進化していくときに、二つの大きな力がそれを妨げようとする。人はそれを乗り越えて進化していくんだと。その二つの下に引っ張る力とは、一つは「ルシファー」といって、もう一つを「アーリマン」という。
 私なりの解釈では、「ルシファー」というのは、貧しい家庭の赤ちゃんがたくさん死んでしまう状況をほったらかしにするような悪です。その悪は克服しなければいけない。他方、シュタイナーの言い方で「アーリマン」というのは、物質主義的な欲に支配されるような悪のことだと思います。例えば子どもが子どもらしく遊ばなくなって、テレビゲームばかりやるようになってしまうこと。
 こっちに向かう悪と、あっちに向かう悪とあって、その両方から解放されてないといけないっていう、そのビジョンにすごく影響を受けました。ブラジルのファベーラで活動してきて思うのは、貧しさは明らかにいいことじゃないし、何もいいことがない。だけど、その貧しさを乗り越えたときに、人はすぐ反対側にぽこんと落ちちゃうんです。ルシファーから解放されたら、反対のアーリマンにぽこっと落ちちゃうんです。貧困の街に住む人たちが、ちょっとお金が豊かになってくると、何のためにお金を使うかというと、すごく物質主義的な願望のほうにぽこんと落ちちゃうんです。
 上がってきたと思ったら、ぽこんとこっち側に落ちる。それと同じ問題を、JICAのプロジェクトで出産ケアの改善の仕事をやっていたときに、また同じことを考えさせられました。

<出産のヒューマニゼーションをめぐるプロジェクト>
 安全な出産を推進しましょうというプロジェクトだったんですけど、安全な出産といったときに、途上国の妊産婦死亡率の最大の原因は出血多量と感染症ですが、そんな状況はまさに「ルシファー」の支配する状況です。ただ、その状況を克服していくと、医療を充実させて、妊産婦死亡率が減っていくと、今度はすぐ反対側に落っこちちゃうんです。つまり、途上国の帝王切開の率があっという間に異常なレベルに達してしまう。
 日本だってそうですけどね。日本だって陣痛促進剤とか、なんだかんだの医療行為が増えていて、そして帝王切開がどんどん増えています。手を出し始めると切りがない。ブラジルという国は、世界で一番最初に帝王切開率が50%を超えた国で、ブラジルの中産階級の人たちはおそらく9割が帝王切開で赤ちゃんを産んでいます。貧しい人たちの帝王切開率はそう少し低いので、全体としてならしたら、半分ちょっとという感じになります。今では、世界中がその道を歩んでいる。中南米は軒並みそんな感じだし、上海だって5割を超えるし、インドのムンバイだって4割超えるっていうんです。
 日本も20%ぐらいになっている。あっち側の悪から解放されると、こっち側の悪にぽとんと落ちちゃう。この「真ん中の高み」というのを維持することがいかに大変か。それを維持しようとすること、それが人間らしさなんだと。人間が進化するということは、そういう努力をするということなんだ、と、そういう感覚。シュタイナーという人のそういうビジョンを聞いて、感銘を受け、影響を受けました。
 JICAのプロジェクトは、帝王切開を減らしましょう、ただ帝王切開を減らすだけじゃなくて、お産のヒューマニゼーションを実現しましょう、というプロジェクトでした。ヒューマニゼーションとはブラジルや南米諸国でよく使う言葉で、英語圏ではあまり使わない言葉です。中南米の人たちは、ヒューマニゼーションという言葉が好きです。ヒューマニゼーションとは、今述べたような意味で、あっち側の悪でもない、こっち側の悪でもない「中央の高み」みたいなものを目指すことだと理解しています。そのプロジェクトを、1996年から2001年にかけて5年間、JICAのプロジェクトとしてやらしていただきました。
 そのあと、2003年から2005年にかけても、サンパウロ市の保健局にJICAのコンサルタントとして入って、出産と母乳育児と新生児ケアと子育て支援のヒューマニゼーション「あっち側の悪でもない、こっち側の悪でもない」というプロジェクトをやりました。4年前にそれを終えて日本に戻り、東海大学で教えるようになりました。

最終更新:2010年05月25日 18:23
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