その存在は古代ヨーロッパから伝えられていた。
魔法使いとは、いわば悪魔と契約を結んだ者とも言われている。

その中の一人、パチュリー・ノーレッジと言う幻想郷に住む魔法使いは火+水+木+金+土+日+月を操る精霊魔法、言うなれば属性魔法を使うことができる。
彼女は生まれつきの喘息持ちで、滅多に外出せず運動もしないため体が弱いが、書物から得る知識は豊富で「知識と日陰の少女」などと言う二つ名があった。


しかし、彼女のスペルカードを用いる者が常に病弱の魔法使いであるとは限らない。
この場合においても、また然り。

「ゲームがヤな奴、この指止ーまれ……ってか?」

その属性魔法のスペルカードを所有しているのは、そのような知的で病弱なイメージとは程遠い、飄々とした表情をする金髪の少年。
美少女魔女(自称)フォルトゥナの使い魔であるスナイパー、ハンドレッドマンこと神無月 零は、何の気もなしにそんな事を呟いた。


何者にも縛られないという信念に基づき行動を開始してから三十分余り、当初の目的である他の参加者との接触は未だ果たせずにいる。

とりあえず、相手がこのクソ益体もないゲームに乗ってしまった相手であれば、容赦せずにこちらも牙を剥いてやるという決意は固めたが、最終的にどう動くつもりかと問われれば、零の中でもそのビジョンはまだ明確に定まってはいない。
ゲームに乗らないということは『最後の一人になるまで生き残る』というこのゲームでの基本原則に逆らうということだが――

(アレから無事に逃げ切ろうってのも、結構無茶な話じゃありません? いや、まったくその通りで御座いますとも)

思考の中で勝手に始まって勝手に終わった問答だったが、実際のところ間違ってはいない。
この何処とも知れない世界へと自分達を呼び寄せ、状況の把握も済まない内に「殺し合いをしてもらう」などという戯言を吐いたこのゲームの主催者、みろるんとゼロス。

自分が元の世界で戦っている相手も、いささか浮世離れした事柄をやってのけたりはするのだが、あの雰囲気は――何かが違うのだ。
二人がイカレ野郎である事に関してはあらゆる異議も通すつもりはないが、在り来たりな一言で表してしまえば――

「……人間じゃねぇよな、どう考えたって」

次元が違うという言葉は、きっとああいった存在に対して使うべきなのだ。
自分達が持っていた常識も、認識も、何もかもを覆してしまうモノ。

エリス王国の王女、アリシエル様に誓って、たとえ対抗する力がどれだけ巨大な束縛であろうとも、それに屈するつもりなどは毛頭ない。
が、仮に鎖を引き千切ることが出来たとして、そのまま相手の喉下へと喰らいつけるかどうかというのは、また別の問題である。
『窮鼠猫を噛む』という諺があるが、あの場合はどちらかと言うと『アリがドラゴンを噛む』という感じに近いものだ。

「……かといって、このまんまって訳にもいかねぇよなぁ」

『現状維持』で固まる意識を、どうにかこうにか打破したいとは思う。
けれど、結局答えの出てこないまま、いつの間にか目の前にはうっそうと茂る雑木林が広がっていて――

魔王は、そこにいた。
わざわざ足を向けてここまでやって来た甲斐があった。
自分にとっては最高のシチュエーション、相手に対しては最高のインパクトを与える登場の仕方が出来たのだ。

幻想郷の不死の肉体を持つ、藤原 妹紅(ふじわらの もこう)が所有するスペルカード、その力のおかげで背中にフェニックスのオーラが浮かんでいる。
一歩一歩を踏み締めるたびに、薙ぎ倒される木々、えぐれていく大地。
圧倒的な"力"を誇示して全てを蹂躙するこの魔王を、相手は如何なる思いで目の当たりにしているだろうか。

――その人物は、金色の魔王、L様。
その強さは、下手なラスボスの比ではない。
剥き出しになったゼロスへの悪意が、さらにそれを一層増幅させている。

不死鳥と魔王が出会ってしまったことは、運命の巡り合わせだと言ってしまっても過言ではないだろう――


L様はようやく出会うことが出来た"餌"の存在を前に、これ以上にない歓喜を露にして頬を緩ませている。
面白い偶然があったものだ、と思う。

対峙している相手の武器は、自分のと同じ、スペルカード。
このゲームに、"スペルカード"の名を冠する武器は二つも必要ない。
自分のスペルカードの初陣の相手としては、うってつけの存在と言えるだろう。


目の前にいるのは、余裕綽々とでも言えばいいのだろうか。
掴み所のない、飄々とした表情の金髪の少年。
向けられているアクアブルーの双眸には、あたかもこちらの全てを見透かしているような光が宿っている。

気に入らない、顔だった。
満面の笑みを浮かべている訳でもなければ、逆に陰気臭い空気を漂わせている訳でもないが……ただ、気に入らない。

生意気。
不愉快。
苛々する。
鬱陶しい。
何なのよ、その目は。
あんたのことなんか相手にしている暇はない、とか言いたそうな、その目は。

いや、違うわね――――あたしを哀れむような、そんな目を、向けるな。


――と、その時、目の前の少年が「よお」と軽い挨拶を交わしてきた。

だが、自分は答える気など全くない。
これから自分は、何の容赦もなくスペルカードの力を持ってこの少年を叩き潰し、新たな獲物を求め往く。

目の前にいる相手など、自分にとっては所詮通過点でしかない。
通り過ぎていくだけの存在。
忘れ往くだけの存在。
己の糧となってもらうだけの、存在。

けれど……何となく、興味が湧いた。
理由など在りはしないだろうが、自分と同じ"スペルカード"を与えられた人間が、自分に何を伝えるつもりなのか、それが少しだけ、気になった。
だから自分も「何?」と短く返す。


「オカルト染みた感覚なんてのはさぁ、アイリーンみたいな女装キス魔とか、レイウみたいなヤンデレブラコンとかのような、悪意は無いんだけど頭の大事な部分がどっかにイっちまった存在だけが当てはまるもんだと思ってたが……」

訳の分からない言葉を途中で切って、少年の表情が変わる。
ある種の人間――人間が持つ『闇』の一面を知る者だけが纏うことの出来る、特有の剣呑な空気が、少年の顔一面に張り付いていた。

「そういうのって、オレっちにもあったんだな。根拠も何もねぇってのに、頭のどっかが『これしかない』って決め付けちまう時が……でもって、どうもそいつは今みたいだ。あんたみたいなのを放っておいたら、絶対ヤバいことになる。出会って早々悪いが……止めさせてもらうぜ」
「……何? 何なのよ、あんたは? 正義の味方でも、気取ったつもりなの……?」
「そういうご大層な役職とは、違うな。オレっちは神無月 零、人呼んでハンドレッドマン……」

そう言いながら、零は構えていた一枚の符を空に掲げて――

「……お前みたいな悪党を消す、魔女の使い魔だ! 狙い打つぜ!! 土&金符『エメラルドメガリス』!」

ふざけた掛け声の後に高らかに宣言すると、符は激しく輝きだし、そこから緑色の大小の弾幕が出てきた。
一切のブレを許すことなく、放たれた弾幕は相手目掛けて向かっている。
完全な直撃コースだ。


しかし――

妙だ、呆気なさ過ぎる。
あれだけ無防備に体を曝け出しておきながら、何の策も打たずにいるなどただの馬鹿でしかありえない。
何かがある……あいつには、こちらの弾幕を意に介す必要のない、何かが……

その違和感を感じた瞬間に、ポケットに突っ込んでおいた飛翔の符に手を伸ばした。

そして、その違和感の正体は――背中に纏ったフェニックスの存在である。
胸部を今まさに直撃するところで、弾幕はそこから先に進むことなく掻き消され、L様へは届かず無効化された。

「じょっ……!」
「いいわ、お望み通り滅びを与えてあげる。不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』!」

いとも簡単に――そして、お返しとばかりに相手側からも火の鳥の姿をした弾幕が飛んでくる。
無効化された原理を想像するような暇もない。
何より驚嘆すべきなのは、反撃に使われる弾幕の、その数が、数が多過ぎる……!

「……冗談だろっ!?」

横嬲りの暴風雨を連想させる苛烈さを持って、弾幕が零へと殺到する。
下手な一個小隊の一斉射撃よりも、降り注いでくる弾幕の総量は多い。
これを避け損なえば、自分の体は蜂の巣になって、間違いなく死ぬ。

(パール、オレっちにスカイジャンプの技術を貸してくれるかい!)

零は用意しておいた飛翔の符を使い、発動させた。
途端に零の体は宙を浮き、射線上のあらゆる存在を飲み込もうとする弾幕の嵐から、零が稲妻の如き鋭さで横っ飛びに逃れる。
どうにか体を着地させ、横滑りに止まった零の両足が激しく地面を削り取り、砂埃を舞わせた。
回避――成功。

「フゥ……これからは、『空の真珠』ならぬ『空のハンドレッドマン』とでも名乗ってみるかな」
「ッ……!」

決め台詞とともに駄目押しでウインクなどをかましてやると、カチンときたらしく、目の前の幼さの残る顔立ちの女性が、その表情を獣の如く獰猛に歪めた。

(おぉ、怖い怖い、食われちゃたまんねぇな)

そんな能天気なことを考える一方で、ようやく与えられた思考の時間を有効に使うべく、慣れない頭脳労働へと取り掛かる。

(知恵を頼むぜ、水波。あんたならどう攻略する?)

先刻の弾幕を防いだフェニックスの存在。
あれの正体については、考えるまでもない。
バニーマスク野郎ことエイヴァが使う絶対防壁のような対魔法バリアを、あれは持っているのだろう。

問題なのは、バリアが防ぐことの出来る攻撃の種類。

まず、複合属性である"土&金符『エメラルドメガリス』"が通らなかった以上、"土符『トリリトンシェイク』"や"金符『シルバードラゴン』"も無効化されると考えるべきだ。

となれば、残された手は別属性攻撃か、弾幕をゼロ距離攻撃でぶっ放す、の二つしかない。
しかし、スペルカードが使い捨てである以上、無駄撃ちはどうしても避けたい上に、別属性攻撃が有効打になる保障があるとはとても思えない。

対して、後者にはあの弾幕を掻い潜り、至近距離に近づかなくてはいけないというリスクがある。
スナイパーの自分には、接近戦はいささか荷が重い役割というものだが――

「……やれやれ、クリームのような巨乳ちゃんの応援でもないとやってられないぜ。ま、ぼやいてみても始まらないってな」
「……ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと掛かってきたらどうなのよ……」
「そう急かしなさんなって」

そう言いながら、零は頭の上に付けていたゴーグルを目に当てる。
この作戦において、最も大切なものは動体視力と集中力を用いた気合避け。
氷の舞姫と呼ばれた知雨の舞うような姿を強くイメージする。

(空の真珠、幽霊少女と来て、次は氷の舞姫ねぇ……浮気性にも程があるってもんだが、今回ばかりは見逃してくれよ、フォルトゥナ)
「そろそろ、終わらせてやるわよ。滅罪「正直者の死」!」
瞬間、L様から赤黒い弾幕が打ち込まれてきた。
それが向かってくるのとほぼ同時に、零は素早く体を上向きに切り替えて――何処までも青く澄み切った大空の中へと飛翔する。

すると、フェニックスからも青白い弾幕の矢が、零を目掛けて突き進んできた。
だが、零は空中で巧みにその軌道を変えて、L様とフェニックスから迫り来る弾幕の雨を次々に躱していく。

飛ぶその姿は、さながら優雅に舞い踊る蝶――と呼ぶには、三枚目キャラの表情が少々邪魔になるが。
一方、L様もその圧倒的火力を存分に撃ち出して、決して零を懐へ飛び込ませるような真似はしない。

L様にとっては鬱陶しく飛び回る羽虫のような存在でしかない零を撃ち落とすべく、フェニックスの各部からぞろぞろと弾幕を見せてきた。
射線は続々と、その幅を広げて展開していく。

一度牽制のつもりか、零がポケットから木符『グリーンストーム』を抜き出して風を纏った弾幕を放ってきたことがあったが、それも即座に迎撃の弾幕が粉砕して終わった。

どうやら相手はバリアの特性を見抜いており、接近戦を仕掛けるつもりのようだが、狙いが分かっている以上、対処も容易いというもの。
或いは、こちらがジリ貧になるまで避け続けるつもりなのかもしれないが――仮にそのつもりだったとしても、既に手は打ってあるのだ。

L様は零を弾幕によって引き剥がす度、フェニックスから一箇所ずつ弾幕の数を減らしている。
弾切れが起こり始めたと、あのいけ好かない少年に誤認させるため。

これまでは相手もこちらの火力を警戒してか、接近してくる時も決して不用意ではなく、こちらに照準を合わせさせまいとする不規則な軌跡を描いて向かってきていたが――手数を無くしたと思い込ませることで油断を誘い、まんまと罠に嵌った相手が一直線に突っ込んできたところを、『奥の手』で仕留める。
それが、L様の張り巡らせている策だった。

(フン、生意気な人間め。あんたなんてあたしの敵じゃないって事を、思い知らせてやるわよ)

充分にお互いの距離が離れたところで、フェニックスの砲撃を完全に止めた。
同時に、赤黒い弾幕の数も徐々に減らしていく。
そして、狙い通りここぞとばかりに、零がこれまでにない急激な速度で向かってきていた。

「(そう、それでいいの。あんたはそうやって、間抜けに一人で図に乗っていればいいのよ。勝利を確信してなさい。そんな幻想を抱いたままで……)……消えなさぁぁいッ!!」

これこそがL様の隠していた『奥の手』。
スペルカードの名前の通り、正直者だけが受けてしまうレーザービーム。

零へと真っ直ぐに伸びた、確実に避けようのないタイミングでそれは発射された。
零の胴体に、それは確かに命中し――


――零を纏う青色の大玉"水符『ジェリーフィッシュプリンセス』"に無効化されて、それだけだった。
L様へと突き進む零の勢いは止まらない。

「な、何ですって……!? こいつもバリアを……!?」
「目には目を、バリアにはバリアをってとこだ……!」

L様の誤算は、零のスペルカードを単なる属性魔法攻撃の弾幕だけだと思い込んでいたこと。
己の圧倒的防御力を過信するあまり、それと同等の防御力を持つスペルカードを持つ存在がいる可能性に微塵も思い当たらなかったこと。
まさしく、策士策に溺れる。

そして零の方も、ヨーヨーを武器にして戦う隻腕のアルとの戦いで、見た目に騙されてはいけないということを学習していたのだ。

決着の一撃となる筈だった『奥の手』のレーザービームは、同じく零がその力を隠していた、水のバリアによって呆気なく弾かれ、そして――

「悪党に掛ける情けはねぇ……アバヨ!! 日符『ロイヤルフレア』!」

――零の繰り出した紅蓮色の弾幕が螺旋を描きながら、L様の胸部へと根元まで突き刺さった。
その弾幕は、体の中心部を完全に貫いている。

衝撃で後ろに飛ばされるL様。
零はバックステップの勢いで飛び上がり、金色の魔王から離れる。

そして、L様が飛ばされた所から、フェニックスのそれとは違う、より破滅的な輝きを持った光が大きく膨れ上がって――

――魔王は爆発四散し、緑の大地へ炎と肉体の破片をばら撒いて、このゲームから退場した。


全てが終わった事を見届けてから零はその場に腰を降ろすと、ぐったりと木にもたれかけ心底深い溜息を吐いた。

骨が折れる相手だった。
何より、決着を付けるまでの過程が酷く長い時間に感じられた。
一瞬でも気を抜いていれば、あのありったけの弾幕によって、白熱に焼かれ灰と化していたのはこちらだったのだから。

「考えてみりゃ、一人で戦り合ったのなんて随分久しぶりのような気がするな」

我ながら、よく奮闘したと思える。
戦闘も、作戦も、覚悟も、全て一人で背負い、一人で挑んだ戦い。
ハンドレッドマンの面目躍如といったところか。

勝因は、もう一度フォルトゥナに会いたくなった気持ちのおかげかもしれない。
いなくなってからようやく分かったが、自分は彼女のことが好きなんだ。

わがまま聞いてあげたい。
やかましく罵って欲しい(かも?)
ちょっとバカなのも悪くないな。
とにかく、会いたい。
フォルトゥナの声が聴きたい。

もう一度会ったら、彼女をこの手で抱きしめてあげようと思う。


しかし、結局のところ、勝負を決めたのはスペルカードの性能だったように思える。
高威力でありながら、確かな防御力をも兼ね備えている武器。

「やれやれ、スペルカード様々ってところだな。これからも末永く、お付き合い願いま…………」

瞬間、零の意識はそこで途絶えた。
「……人間如きが」

E5。
二つの"スペルカード"が激突し、壮絶な決着を持ってその全てが終わった筈の場所。

その場に築かれた焼死体は――神無月 零。
当然、命など無い。

「人間如きが、このあたしを、ここまで……!」

草木を糧に燃え上がる、炎のすぐ側に、一つの人影があった。
それは、巨大な"フェニックス"を駆り、"フェニックス"と共に滅びた筈の女、L様。
藤原 妹紅のスペルカードの一つ『リザレクション』によって一度限りの復活を果たし、重破斬(ギガ・スレイブ)で零を一瞬で灰にしてしまったのだ。

「……大丈夫。人間なんかに、このあたしは殺されないわよ」


魔法と魔王が踊るとき。
――"不死鳥"は蘇る。


【E5 森・朝】

【名前・出展者】L様@スレイヤーズ
【状態】健康、精神力70/100
【装備】藤原 妹紅のスペルカード一式@東方Project
【所持品】支給品一式、不明支給品
【思考】基本:皆殺し(ゼロスも含めて)

※藤原 妹紅のスペルカード一式の残りは
時効「月のいはかさの呪い」
藤原「滅罪寺院傷」
不死「徐福時空」
虚人「ウー」
不滅「フェニックスの尾」
蓬莱「凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-」
「パゼストバイフェニックス」
「蓬莱人形」
「インペリシャブルシューティング」
「フェニックス再誕」
貴人「サンジェルマンの忠告」
蓬莱「瑞江浦嶋子と五色の瑞亀」
です。
※不明支給品が何かは次の書き手様にお任せします

 【神無月 零@familiar spirit and eye bandage  死亡】
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最終更新:2008年11月15日 18:27