あくびをし、寝ぼけ眼を擦りながら朝間 夕美は起き上がった。

少し熱い。
そんな感じがしていたのだが、どうやら西の方から火の手が上がっている。

もちろん、夕美は知るよしもないが火事の理由はL様と神無月 零の戦いが原因である。

「森林火災か……少し離れた方が良いみたいね」

あくびを一つ噛み殺してぼやく。
疲れている為、どうにも眠たかった。


夕美にとっては情報や武器を集めるよりも、今はまだもう少し寝ていたい。それが本心だ。
しかし、そんな思いを裏切るかのように赤い悪魔が徐々に接近して来ている。

やむを得ず、逃げ出すように夕美はその場から移動することにした。
F5に向かってただひたすらに――


十数分ほど移動した時だろうか、夕美の脳裏に一つの考えが唐突に頭を過ぎった。

(マスター・グランプリの大会の裏に潜んでいたロケット団と同じ?)

つまり、このゲームは世界を支配する為の必要悪なのではないか?
根拠はないが、夕美は何故かそう思った。

分からない。
頭の中が混乱し、思考にノイズがかかる。
そして、ドンッと何か重くて巨大な塊に体当たりされたかのような衝撃が奔った。


黒影が気付いた時、そこは真っ白くてなにもない空間だった。

何故ここにいるのか?
ここは何処なのか?

不思議に思い、あたりを見回しているうちにテーブルが現れ、椅子が現れ、そしてよく行く喫茶店の風景が姿を現した。

ウェイターの麗 零が、自分と同じ常連のセイファ=シルフィーナを口説いている。
やがて、副店長のロビア=クリストファーが割って入り、麗 零の顔面に跳び蹴りがめり込んだ。
そんな日常の風景。

喫茶店「ねこやしき」に入ってから幾度となく繰り返され、すっかり馴染んでしまった光景。
それが眩しくて思わず立ちすくむ。

不意に声をかけられた気がして振り向くと、店長の少女――冨士 魅知がそこに立っていた。
彼女はただ笑い。ただ立っていた。

いや、よく見るとその口元は動いている。
だけど言葉は届かない。

何故だか分からないが声は届いてこなかった。

だが、と黒影は思う。
そんな顔で俺を見ないでほしい、と。

仕方がないんだ。
一人しか生き残れないんだから。
だから……
だから……
頼むから、そんな優しい顔で嬉しそうにこっちを見ないでくれ。
そんな顔される資格なんて俺には……もう……ないのだから……

目の前の少女は少し驚いたような表情を浮かべて、何かを口走り、そして深々と頭を下げた。
だけれども、言葉はやはり泡となって大気にとけ、届いてくることはなかった。


目を開けると目の前にぼやけた木々があった。
寝てたのかと思い、大きく長く息を吐く。

何故こんな夢を見たのか。
おそらくは、迷いがまだあったのだろう。

一人生き残ることを誓いつつも、誰一人殺せず、未だに迷ってあんな夢を見る。
覚悟が足りない証拠だ。

自分は生き残りたいのだろう?
生き残ると決めたのだろう?
違うか?

顔を上げ宙空の一点をぼんやりと見つめる。

「違わない……」

ポツリと呟いた。

――そう。何も違わない。

自分の耳が何かの音を捕らえた。

――ならば、どうする?

前方にゆっくりと何かが接近してくる。

――決まっている。

「壊そう……敵も……迷いも……何もかも…………」


気取られぬようゆっくりと体を起こすと体勢を整え、しっかりと足場を固める。
慎重に、慎重にだ。

足場が整うと今度は身は潜め、呼吸の音にすらも気を使う。
やがて、相手の姿が肉眼で捉える事ができた。
灰色の自分の瞳に映っているのは自分より年下の少女。

後はやることをやるだけ。
目の前のことに集中するだけだ。

少女が目の前に迫る。
気づかないでほしい、と念じている自分に気づいた。

同時に大丈夫だと理性が囁く。
森の中、狭い視界からは決して見えないはず。
仮に見えたとしても、迷彩スーツを装備している限り背景のようにしか映らないはずだ。

そして、相手もこちらに気づいたそぶりはない。
何に気を取られているのかは知らないが、運はこちらに傾いている。

大丈夫、この奇襲は成功する。
そう念じて心を落ち着かせる。

やがて、相手はゆっくりと目の前を通過しようとする。
不審なところは何もない。

一瞬でかたをつける。
そのために足場を踏みしめ、黒影は一筋の閃光のように突撃した。


瞬く間に草むらを抜け、飛び出る。
風を斬り全体重をかけた体当たりは、夕美の背中に直撃した。
同時に黒影自身にも衝撃が伝わり、遅れて鈍い音が耳に入ってくる。

背後からの虚を突いた不意打ちには防ぐ術はない。
その衝撃で、夕美は手に持っていたサブマシンガンを落としてしまう。

黒影は咄嗟に感じ取る、このままでは逃げられると。
予想どうり、夕美は逃げだそうとした。

しかし、黒影に襟首をつかまれた夕美は逃走に失敗する。
そして、後頭部に強烈な一撃を食らった夕美は世界が振動しているような感覚を覚えただろう。

夕美は逃走は諦めた。
というよりも、もう思考回路が脳に響くダメージにより正常に作動していなかったのだろう。
気が付くと、夕美は訳の分からない叫び声をあげていた。

更に、黒影は夕美の額に裏拳を一撃打ち込む。
夕美の身体がガクンガクンと揺れている。

それでも黒影は容赦しない。

飛び上がった黒影は右足を振り上げた。
そして、狙いを夕美の腹に定め、体中の体重移動をさせながら、全身を使って夕美の腹を蹴りつけた。

手応えならぬ足応えがあり、黒影の全体重をかけた強烈な蹴りで夕美は抵抗できなくなった。


だが、すでに全く無抵抗である夕美に対しても、全く攻撃の手をゆるめることがない。
既に黒影には、殺しに対する迷いなど無くなっていた。

黒影は夕美の背後に回り込み、夕美の首に用意していたネクタイを一周させ、うなじの辺りで交差させ力の限り引き絞る。

夕美が苦痛の表情を浮かべながら必死になって巻きつかれたネクタイを首から外そうと自分の手をかけて試みるが、全く歯が立たない。
腕力に圧倒的な差があるので、夕美に逃れる術など無かった。

黒影がより一層腕に力を込めると、夕美の表情がさらに歪んでいく。
同時に徐々に血の気が失せ、生気が失われていっているように見えた。

だがそれでも夕美は生きている。
流血する程の勢いで喉を掻き毟りながらも、苦しさを訴え助けを求めている。


突然、今まで必死の抵抗をしていた夕美の手が首を絞めていたネクタイからはずれ、だらんと垂れ下がった。

死んだのか?
黒影はそう思ったが、念のためにもう1、2分はこのままの状態を継続しようと考えた。

全く抵抗しなくなった人間の首を締め上げるのは、数分という短い時間でさえもたいへん長く感じる。
体力よりも精神力が疲労するのだが、黒影の表情にはその様な色は見えない。


2分ほど経って黒影が腕から力を抜くと、夕美の身体はそのまま地面に倒れる。

口からはまるで外から突っ込んだかのようにさえ見える舌がだらんと出ており、視線も虚ろで何処を見ているのか全く分からない。
顔からは完全に血の気が失せていた。


死んだ。
黒影はようやく確信した。

生まれて初めて行った殺人。
気分が良いはずが無いのに、黒影には何も沸いてこない。
ただそれだけだった。


しばらくして、黒影は夕美の側に転がっているサブマシンガンを拾い上げる。
思っていたよりも相当に重かったのだろうか、拾い上げた瞬間、少しよろけそうになった。

ただ、一つだけ問題がある。
夕美のデイパックの中身を調べた時、この銃の予備のマガジンが入っていなかったのだ。

サブマシンガンには弾がまだ残されている様子だが、まさかこれで全てということは無いだろう。
となると、予備のマガジンはどこかにある可能性が高い。

彼女は何かから逃げていたようだったし、きっとどこかに落としてしまったのだろう。

どうやら今は予備のマガジンを探すことを優先させた方が良さそうだ。
数十発程度の弾丸など、すぐに撃ち切ってしまうだろうから、早いうちに出来るだけ多くの弾を確保しておく必要がある。

黒影は夕美が来た道を戻り、F5の森の中を捜索することにした。
このゲームに優勝する。
そう思いながら――


【F5 森・昼前】

【名前・出展者】桐生院 黒影@陽華がくえん☆ねこやしき
【状態】無感情モード、健康
【装備】河城にとり製光学迷彩スーツ@東方Project
サブマシンガン@現実(弾は残り数十発程度)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:ゲームに優勝して、元の世界に帰る
1:サブマシンガンの予備のマガジンを探す

備考
  • 蝶ネクタイ型変声器は無事かどうかは次の書き手さんに任せます
  • E5は火事になっています

 【朝間 夕美@狂人戦闘舞踏祭 死亡】

【暗視スコープ@現実】
どんな暗闇だろうと、良く見えるスコープ。


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最終更新:2008年11月21日 17:10