ゼルガディスはすっかり毒気を抜かれてしまっていた。

誰に?
そう、目の前の少女――博麗 霊夢にである。

見知らぬ魔法を使ってくる子供との戦いの後、E4の湖のほとりで休んでいた矢先。
奇妙な格好をした少女と、こうして出くわしたのである。


肩と腋の部分を露出させた、紅色を基調としている巫女装束。
黒い髪に大きな赤いリボンを付けており、赤みがかかった黒い瞳。

年の方はアメリアに近いようだ。
手に持っている大きな鉈を加えたとしても、美少女の部類には入るだろう。

ついでに、脇の部分から微妙に見えるサラシが、いけない想像を掻き立ててしまいそうであるが、ゼルガディスは理性でそれを抑える。

本人曰く、E2の洞窟探索後。
何も成果が得られなかったので、仕方なく元来た道を飛びながら戻った矢先、自分と遭遇したそうだ。

「それで、聞いてるの? ゼルダさん」
「ゼルガディスだ! お前は、名簿をちゃんと見たのか!?」
「赤の他人の名前なんて興味ないわよ。興味があるのはお賽銭をくれる人か、美味しいお茶を飲ませてくれる人だけ」


念のために説明しておくが、ゼルガディスは包丁の刃を目の前の少女に向けている。
だが、少女は全く怯む様子が無い。

包丁相手に鉈を持っているから、強気になっているのか。
それとも、こういうのに場馴れしているのか。

今のところ、ゼルガディスにはどちらにも判断できないので、膠着状態になっている。

「そんな事どうでもいいから聞いて。アンタもこんな人殺しゲームなんてやりたくないでしょ? 私と協力してあのウサ耳とゴキブリを倒しましょう」
「おい小娘、俺は貴様なんかと組むつもりなど無い! それに……それに、俺は既にコトナって少女をこの湖に突き落として、湖の藻屑にしたんだぞ!」

その言葉に少女はムッとしながら――

「失礼ね。私は小娘じゃなくて、可愛い小娘よ!」
「そっちかよ! それと、小娘は良いのかよ!?」

ゼルガディスの本来の役割であるツッコミが炸裂したが、少女は大袈裟に肩を竦めてみせた。

「そのコント?……って人がどんな人かは知らないけどさ……普通、人間の死体は余程の重りが付いてない限り、腐敗ガスの所為で浮いてくるものよ。そりゃあ、前に紫に見せてもらった『タイ○ニック』って映画には、レオ○ルド・ディ○プリオが海に沈んだけど。あれって、実際はありえないんだから」
「な……!?」

ゼルガディスの脳天に、ハンマーが直撃したような衝撃が走った。
既に、コトナの名前が間違えられた事や、聞いた事ない『タイタ○ック』やレ○ナルド・ディカ○リオと言う単語に対するツッコミが出来なくなる程に――

考えてみれば、あの時のコトナが身に着けていた物だけで沈んだままになるのはありえない話だ。
と言う事はあの後、彼女は自力で這い上がったか、或いは誰かに引き上げられたかと言う事になる。

だが、仮にコトナが生きていたとしても、どの道――


「どの道、俺が突き落とした事には変わりないじゃないか」

乾いた笑みが漏れる。
結局、自分はゲームに乗っている事には変わりない。

自分の中にある黒い一部分を吐き出して、そのまま言葉を続けられず沈黙する。
一呼吸ほどの間隔が空き、やがて霊夢が口を開いた。

「あのねぇ……そんなに難しく考える事ないと思うわよ」
「何……?」
「私なら、過去の事なんてすぐに忘れるわ。悩み続けても気分悪いだけだし」

霊夢の言葉がゼルガディスの中に波紋のように広がり、侵食していたネガティブな感情が癒されていく。
彼の中に巣食った、あれほどまでにコトナを突き落とした悪意は、急速にその力を失っていく。

あっさりと、あまりにも呆気なく。
先程までの彼の姿が、馬鹿馬鹿しく思えるほどに。

「なら……俺はどうすればいいんだ……?」
「……じゃあさ、アンタはどうしたいの?」

霊夢は逆に問い返す。
強く真っ直ぐに、ゼルガディスの目を見て。

「どうすればいいか、じゃないの。どうしたいのか……アンタ自身が決めるの。自分自身の意思でね」
「俺は……」


ゼルガディスの中に、かつての仲間達の顔が浮かぶ。
浮かんでくる想い出は、いじられまくった悲惨な出来事しか出てこないのは一瞬泣きそうになったが、それでも楽しかった想い出だ。

しかし、敵対していた時もあったが、それでもあいつらは自分の事を仲間として認めてくれた。
だが『あの時』とは違い、自分はまだ今度の事について答えが出ていない。

「焦らない焦らない。ゆっくり考えればいいんだから」

見守るような霊夢の視線が、ゼルガディスに安堵感を与えていた。

あの時――コトナを突き落とした時、自分はどう思っていたか。

後悔なんてするものかと思った。
気にしているのは、アトワイトの未練の所為だとも思った。
そして、俺は元の体に戻る為にゲームに優勝するんだとも思った。

だが、俺は――


暫しの沈黙。
そして……ゼルガディスはその口を開いた。

「俺は……」

虚ろだった瞳には、新たな輝きが宿っていた。

「……コトナに会って、謝りたい」

それは、正しいかどうかではない。
最適か否かでもなく、紛れもない彼の素直な想いだった。

「会ってどうしたいのか……何を話すべきなのかは、まだ分からない」

もしかしたら、その判断は間違いかもしれない。
自分の迷いに、止めを刺されるだけかもしれない。
あるいは、この目の前の少女を、裏切る結果となるかもしれない。

想定されるIFは、見えない不安や恐怖となって彼を覆う――

「……だが、俺の中で、答えを見つけるためにも……コトナともう一度話したい……と思う」

――だが、ゼルガディスはそれらの不安を振り払い、自分の足で歩くことを選んだ。
それが、彼が新たな人生を探すための、最初の第一歩だった。

マーダーとしての呪縛から解き放たれた、ゼルガディス=グレイワーズとしての。


緊張が緩んだ瞬間のゼルガディスの表情を見て、霊夢は満足げに頷いた。
やれやれと言いたそうな表情で、霊夢は話を切り替える事にする。

「ところで、アンタの持っている使えそうな武器って、その包丁ぐらいなんでしょ? どう考えても強そうに見えないわよ? そんな貧相な武器じゃ、もし積極的に人殺ししたがってる人に遭遇したら、イチコロかもしれないじゃない? 最初に集められた部屋に、何人かアブナイ感じの人を見かけたし」

見かけによらず、その洞察は冷静な判断に基づいているらしい。
ゼルガディスは少し感心しながら、自分が所持している支給品を思い出した。

(確かに……武器がこれだけだと、魔力が底をついた時大変だな……)

包丁ぐらいしか武器にできない、お料理セット。
ポカポカ叩く程度しか使い道が無い、ロリポップ。
それなりに役に立つが武器ではない、マジカルポット。
変装用……と言いたいが絶対に黒歴史にしたい、ルルさんセット。

対して、少女の武器は鉈。
切れ味はかなりのものらしいが、これだけでは飛び道具など使われたらただの的になってしまう。

確かに、これでは心もとないのも無理は無い。


「何、ボーっとしてんのよ!」

背中を思い切り手で叩かれて、ゼルガディスは我に返った。
どうやら呆けてしまっていたらしい。

「何だ? 小娘」
「私の名前は、は・く・れ・い・れ・い・む! いい加減覚えなさいよ。で、どう? 協力しない?」

ゼルガディスは考える。
確かに、この広い空間で一人の人間を探すのなら人手は多い方が良いだろう。

ならば、この少女と協力するのもやぶさかではない。
そう結論付けながら、ゼルガディスは気取って言う。

「いいだろう、霊夢。お前と一緒に戦ってやろう」

かくして二人は共同戦線を組み、まずはコトナ探しをする事にしたのであった。


「ところで、そのバックに入っている服って……もしかしたら、対魔法効果の魔術が組み込まれているか、防弾チョッキの効果があるのかもしれないわね……着てみたらどう?」
「断る。お前が着たらどうだ?」
「でも、アンタの方が良く似合うと思うわよ」
「お前まで、似合うって言うな!」


【E4 湖のほとり 昼前】

【名前・出展者】博麗 霊夢@東方Project
【状態】健康
【装備】鉈@ひぐらしのなくころに
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者打倒の為の仲間を探す
1:コトナを探す
2:ゲームに乗っている奴はぶっ飛ばす

【名前・出展者】ゼルガディス=グレイワーズ@スレイヤーズ
【状態】やや疲労、右足に火傷(ある程度治療済み)
【装備】万能包丁@テイルズオブデスティニー2
【所持品】支給品一式、お料理セット@テイルズオブデスティニー2、ロリポップ@テイルズオブジアビス
マジカルポット@テイルズオブデスティニー2、ルルさんセット@スレイヤーズ
【思考】基本:不明(少なくともマーダーではない)
1:コトナに会って謝りたい
2:あの子供(フレイア)の使っていた魔術が気になる
※コトナが湖にいないことを知りました


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最終更新:2008年11月22日 18:05