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閑散とした地下区画は、暗闇が支配する巨大な狩猟場であった。
先ほどまで警察が激しい銃撃戦を行い、周囲に立ち込めた火薬の匂いは、嫌でもその場の人間を“その気”にさせる魔力があった。
上部へ上がるエレベーターの前には、二体の巨体が立ちふさがっている。
その様子を確認すると、伊佐吹夕子はため息をついた。
「……持久戦は苦手なんだけどねぇ。 今回も装甲は総とっかえになりそうだ」
『貴重な予算を、なるべく無駄にしないように』
通信機から流れる声に悪態をつくと、夕子はアクセルの感触を確かめた。
「改造車相手ってのは、世間様が思ってるよりきついんだよねぇ……」
近年の日本式制御系のプログラムの向上が祟り、単なる改造車でもOSの組み換えでモンスターマシンに成り代わるというのを、夕子は首都高での日々で嫌と言うほど思い知らされていた。
アンダーグラウンドで作られたOSは、下手をすれば政府謹製のものを上回る場合もあった。
とは言え、夕子の乗る機体『トランスボイジャー』も、ただのロボットではない。
政府謹製の中の特注品、内閣部隊の主戦力『国機』なのだ。
そう簡単にやられはしない。
今回の夕子の悩みの種は、この作戦が単なる“お守り”だからだった。

「……なるべく早く仕事を終わらせてくれよ。あたしゃこういうのは苦手なんだ」

一方的な通信を流すと、モニターに映る黒い服の男が合図した。
「サムズアップかい……頼もしいねぇ」




『敵は地下区画に二機、地上に二機。タイプはアルテア……もちろん改造車です。 油断はなさらぬように』
再三の通達にうんざりすることなく、男は淡々とセイカイオーを“確かめていた”。
男の名は、利賀栄一。
晴れて総理となった男、といえば聞こえはいいが、穴埋め総理と世間では呼ばれている。
外務省に勤め、多々活躍をした、とテレビでは報じられている。
中年に差し掛かる前の、それでも若々しさを残すその表情は、冷静であった。
「……律子君の部下が潜入するまで、どれくらいかかるか」
『上手くいけば、五分で制圧できます』
利賀は白い手袋をはめた手で、指を五本折っていき、数字を2つ3つと呟いた。
『しつこいようですが』
通信の声に耳を傾けるように、利賀は手を止める。
『……初の実戦です、無茶はなさらぬように』
「……まあ、そのつもりだ」
やがてコクピットレバーを握ると、その眼光を微かに変えた。


「――始まったみたいだよ」
作戦が開始されたことを伝えるビーコンが鳴り、夕子もアクセルを本格的に吹かし、スタートを待った。
「なるべく早く、約束だから、破るなよ。……行くよ」
爆音が閉鎖された空間にこだまする。
黒服の男の行動開始と共にトランスボイジャーも、派手に突撃する。
路面に止まる乗用車を数台踏みつけながら、二体のロボットに向かい加速する。
自動的にロボットはトランスボイジャーを捉え、オートで腕部のガトリングを振るう。
無数の弾丸を、ギリギリで避ける。
それも、あの黒服を建物へと侵入させなければならないことを考えながら。
トランスボイジャーは狭いこの空間の中でも、その巨体をスケートリンクのように駆けさせる。



上部でも同じような戦いが始まっていた。
セイカイオーが地を駆け、同じように設置されたアルテアのマシンガンの雨を、逃げるようにかわし、翻弄する。
ただ地下と決定的に違うのは、浴びせられたスポットライトだった。
蒼く輝く装甲は、アルテアの安っぽいアルミ装甲の塗装と違い、深く鈍い光を放ち、日の落ちた中でそれは美しく輝いていた。
加えて、見事な操縦をする利賀の腕前が、一層引き立てていた。
それを、バンの中の者達も驚きをもって眺めていた。

「……意外だな、見事なものだ」
「利賀さんって、ロボット操縦の経験、浅そうな感じだったんスけどなぁ……」
腕を組み、神経に見つめる丑松と、驚きを隠せない昇。
互いに心で思ったことは同じ、『意外』だった。
あまり目立つタイプではないと思っていた利賀の操縦は、“もしもの時”を想定していた彼らの不安を消し去った。
「夕子には悪いことをしたな。アグリバルチャーのメンテの時期だったんでな」
「あのくらい、たまにはいい薬です」
定目律子は、はっきりとそう言った。


「簡単に言いやがって……!」
短時間の作戦ではあるものの、トランスボイジャーの装甲がダメージを負うのには十分であった。
軽装甲で構成されたトランスボイジャーは、もっぱら突撃戦法が得意であり、持久戦は不得意の分野であった。
本来なら、加木丑松の国機、アグリバルチャーこそが相応しいのだが、度重なる使用に伴い、メンテナンス期間へと入った。
予想外の大仕事であり、断ることは仕事柄出来ず、覚悟はしていたのだが。
黒服の男が、弾丸の雨をくぐり抜け、エレベーターへと駆け込み、夕子は微かなため息をついた。



「アクセルナイフ……!」

セイカイオーが、中型短刀兵装アクセルナイフを引き抜く。
鋭利に煌めく巨大なセラミックナイフは、アルテアの装甲ならいとも簡単に引き裂くだろう。
だが、利賀がねらったのは、苦戦していると見せかけるための演出効果だった。

警官隊の第二次部隊が、セイカイオーの戦いの最中、すでに三階までの制圧を進めていた。
目標とする四階の階段を上がり、大会議室を大勢の警官が囲む。
「……四階、目標地点に到着。 突入の許可を」
『よぉし、予定通りだ。 行け!』
合図を受け、発煙弾が大会議室に打ち込まれる。
瞬時にフロアまで白色の煙に包まれ、部隊は一気に突入する。
注意深く足を進めると、警官隊はその現状に驚かされる。
「た、隊長! 犯人を確保!」
「武器を取り上げろ! 押さえ込め! 人質は!?」
部隊の指揮者が、ここで初めて、部隊の混乱に気づく。
嫌にはっきりしない返事にイラつき、再度状況確認を行う。
「なにがあった、人質はどうした!?」
「は、犯人達はすでに……拘束されてます!」

煙が薄くなり、その状況がいかに不可解なのかが、警官隊全員に知れ渡った。
三名の議員はすでに拘束を解かれ、逆に犯人グループは全員、拘束されていた。
隊長はおおよその理由を推測したが、淡々と思った。
見事な手腕だ、と。





テロ行為に使われるロボットは、ただでさえ危険戦力だが、同時に大きな取引材料とも成りかねない。
社会的にロボットの信頼性は流布しており、犯人には心理的に“ロボットが破壊されたとき”を想定する癖がある。
犯行の段階が最悪へと至るまでに、“ロボットの破壊”が含まれるケースは、稀ではない。
要は、犯人を押さえることが最重要ということだが……。


人質の心配がなくなり、心なしかアクセルが軽い。
犯人の逆上を恐れ、防戦一方を強いられたトランスボイジャーはすでに多数の損傷を受けていた。
だが、その心配はもう不要だった。
「――うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
腕部から展開されたガトリングガンの雨がアルテアに降り注ぎ、アルミ装甲を粉々に粉砕した。
一斉射撃を浴びせられ、アルテア機能停止をした――はずだった。
「……機能が死んでないのか!? んなろ……くそったれ!」
胸部に大きな損害を受けたはずのアルテアは、その機能を止めてはなかった。
トランスボイジャーの拳が、高速の蹴りがアルテアを粉砕する、だが――
「こいつ……メモリーバックアップがされてんのか!?」
もはや原型を留めない二体のロボットは、それでも執拗にトランスボイジャーへの猛攻を続けた。
弾丸のカートリッジを投げると、間髪入れずにそれが消し飛んだ。
(チッ……簡易学習機能付きかい。 メモリーが、どこか分かれば……)
機体の機能には、制御系を別離されたメモリーバックアップ制という厄介な方法があった。
ただの砲台としてロボットを使うのなら、簡易なシステムほど脅威となる。
別離されたメインシステムを破壊しなこれば、この二体は攻撃を続けるだろう。
ライフルの雨から逃れ、壁を背に夕子は機会を伺っていた。


一撃与えようとも、頭を持たない人形であるアルテアは完全に停止することはない。
事が事だけに、予定された警官隊の突入前にこれを仕留めなければ、ただでさえ不安定な内閣への見解はさらに険しくなる。
そういった危惧を持つようになったのも、夕子の成長の一つなのだが――今の状況には全く関係ない。
その時だった。
トランスボイジャーの敏感なセンサーが、微かな足音を拾い、夕子もそれに気づいた。
――あの黒服か!
夕子の勘が、黒服のやろうとしている事を何となく理解させた。
トランスボイジャーが再び地下区画に姿を見せ、舞い、銃弾を回避する。
その一瞬。
微かな音ののち、アルテアの一体が沈黙した。
――狙撃、だ。
夕子は感嘆した。
そしてアクセルを踏み出し、ガトリングの弾丸と共に、腹部レーザーをお見舞いする。
その頃には二体目のアルテアも、機能は死していたのだ。


「……公安に、あんなやつがいたんだな」
地上へ上がると、作戦は終了していた。
地上でもセイカイオーは敵を圧倒し、負けてるんじゃないかという夕子の黒い欲求は見事、打ち砕かれていた。
それよりも夕子は、ただ今回の黒服の男の手腕を誉めるだけだった。
「緊急作戦用の特別部隊くらい、用意しているものよ」
「恐れ入った」
タバコを路上に捨てようとして、あわてて携帯灰皿へと放る。
これも成長の一つか、と……夕子は自分自身で、律子は客観的に感じていた。

すべてが、あの事件から、先へと進んでいるのだ。
それを受容できないはずはない。
はずだが、内心は皆、引きずり続けていた。

「見事だったな」
“最近の”丑松らしくなく、戦闘を終えた総理利賀に話しかけていた。
「思っていた以上に、見事だった。これなら、安心できそうだ」
利賀は、自分の手を見つめ、つぶやいているだけだった。


新しい総理、内閣。
新しい構図、疑惑。
揺れ動く傷心者達の、戦後処理は続く。
かつてのテロと、その遺恨に、藍沢国心が吠える。

聖界機兵セイカイオーIs
次回『懐疑の弾丸』

胸中は、友と等しく。

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最終更新:2009年11月24日 06:52