懐疑の弾丸 1
長髪の男が緩やかに、恋人の肩を抱いた。
「これが疑惑の弾丸“ブリティッシュファントム”さ。洒落た呼ばれかたをされてるが、実際にテロに使われた実に血なまぐさい芸術品……」
得意げに語る男に、女性は次第に酔い始め、男も悦に入るように語りを続けた。
「さる英武内閣発足の25年目の年の3月の中頃。当時から少しずつ輸入され始めたブリティッシュシルエット、英国産のロボットの輸入規制を敢行しようと、当時の外務相、有田昇平がイギリス大使館へと足を運んだ。その途中、彼の乗る国務ロボに放たれた弾丸、それがこれさ」
『ブリティッシュファントム』。
現在は国立博物館に貯蔵され――目の前のがその現物だ。
当時の日本の経済状況を考えれば、なんともぴったりな名称である。
英国の影。
「有田昇平はその凶弾に倒れるも、その場に居合わせた英武総志郎と、若干16歳だった彼の弟子によって調印は成された。全く恐ろしい話だね、今の僕らには、なんとも実感し難い」
そこまで言い切ると男は自身の身長を上回るそれを見上げることなく、恋人とともに消えた。
確かに、時代が移り変わり、出来事は色あせていく。写真のように。
事実は過去へと以降され、人々の記憶の積み重ねの中で、その姿が埋もれ消えていく。
それを掬い出すものもいれば、そのまま死とともに永久に葬られることも、いや、その方が多いだろう。
そう思いながら――藍沢国心はこの弾丸を見上げた。
彼の耳に、愛おしい名を呼び合うカップルの囀りなど、全く入ってはいなかった。
彼は――怒らぬ男、と呼ばれている。
冷静な観察力と柔軟な姿勢は、現内閣のメンバーのなかでも飛び抜けていた。と同時に、異端でもあった。
藍沢は常に、一歩下がった視点から物事を見つめ、決して内閣の中心に立つ男ではなかった。客観的と言えば聞こえの良い。だが藍沢はそんな自分の姿勢を改めようと心に決めていた。
今年の始めの1月1日、午前5時。
現在、『日の出の政変』と呼ばれる大事件は、その日の夜明けとともに集結した。
当時、前総理である英武総志郎の暗殺後に結成された内閣は、政党間の関係、国民意識と共に非常に不安定であった。
新任総理への信任問題を含め様々な障害を抱えていたころ、それは待っていたかのように発生した。
『連続ロボット暴走事件』。
一連の事件は、前総理である英武総志郎の弟であり、官房長官である英武総次郎の政府転覆を狙った、大規模テロだった。
国内を股にかけた戦域拡大、そして他国との関係の亀裂を招いた内閣は、国機戦にまで発展した。
国機――英武総志郎が作り上げた、現代の対外政策。 激しい戦闘の末、英武総次郎は海に沈んでいった。
そのとき、藍沢は悔やんではいた。 ――あの時もだ。
自分はその政変から少し離れた位置から、介入していた。
最終的には、間に合ったかもしれない。
しかし、だ。
もっと早く駆けつけていれば、結果は変わったのかもしれないのは事実だった。
当時の総理、民荷尽の前に立ちふさがったのは、総次郎の姪の、英武璃璃だった。
愛する者を手にかける――いかほどの苦しみだっただろう。
心からの友人であった民荷尽は、もう居ない。
政変の後、彼は姿を消してしまった。行方は、わからない。
彼の安否も勿論だが、彼の愛する者、英武理璃も……深い傷を負ったはずだろう。
英武チルドレンの原点にあった、戦闘兵器としての政治家作りの産物が、彼女……英武理璃だったのだ。
推測に過ぎないが。
戦いの中でその存在を確かめるしか出来なかった彼女が、民荷尽と出会い、変わっていったことは確かだろう。
問題なのは……だ。
この事件の根底に、英武総志郎という絶対的な存在が揺らぐという、重大な欠損があったことだった。
英武政権が大昔の大戦後、世界の列強と互角、いやそれを凌駕した要因はいくつもある。
――近代兵器の最先端であるスーパーロボットの先行大量生産体制の確立。
――それを支える企業帯の形成の成功。
――国民意識の改革。
だが、これらを成立させたのは他でもない、『機人』英武総志郎の圧倒的な存在感と手腕だった。
ある時は大胆に、またある時は機械の如く緻密に――膨大な作業をその巨大な力と頭脳で成功させた。
それが今日の列強日本を作り上げた。
だが――英武総志郎はもういない。
加えて、今回のテロで露呈した英武総志郎の裏の顔……軍事国家の形成を狙った事実は、表沙汰にはなってはいないものの、マスコミでは密かに囁かれている。
事実かどうかは定かではない――が、英武理璃という証拠らしい証拠もある。
今は彼女も、その姿を消しているが……いつ何時それが表舞台へと出されてしまうかも分からない。
現在までの日本が英武総志郎という圧倒的な存在に支えられていたのなら、彼を失い、その後継者たる民荷尽すら失った政府は……非常に危うい立場にある。
第二のブリティッシュファントム事件が起こるとも、限らないのだ。
最終更新:2009年11月24日 06:57