懐疑の弾丸5
国機事を審議する内閣査問会の執拗な質問は、優に二時間に渡り、それでも問い質すべき問題の多くは保留のまま一旦終了した。
彼らの質疑の容赦のなさに苛立った法務大臣の定目律子は、書類をピシャリとデスクに叩きつけた。
地面に舞った紙々、官房長官の片原はそれを丁寧に拾い上げ、まとめ束ねた。
律子の心中は重く、片原に背を向けたまま、ソファーに深く腰掛けた。
「奴らのしつこさが嫌になるのは、今に始まったことではあるまい。気持ちはわかるが、これは徹底的にやらねばならないことだ。あの程度で苛立つとは、君らしくないと思うがね」
「……そう思いますか?」
やれやれ、と片原は書類に目を通し唸った。
特別査問会は英武内閣の頃より設立されたいわば国機への抑止力であったが、近年はさらにその力を増した、と感じる。
あの日からだ、日の出政変。あの事件は世論だけでなく、政府内部でも英武チルドレンへの風当たりをより悪くした。
「今の政府に呼び戻された老人の気持ちも、察してもらいたいもんだ。今の政府には美人が多いと聞いて戻ってやったのに、その顔では台無しだな」
「老人を語る割には、生き生きとしてらっしゃるけど?」
「老害と言われようが、この歳で現役に立てる――わしは嬉しいのだよ」
片原は英武全盛期を支えた政治家の一人であり、すでに隠居同然の存在であった。
そんな人物の、今の内閣の内閣官房長官への抜擢は、苦渋の選択であった。
日の出政変の公表によって、英武チルドレンの根本的問題を大衆から指摘された政府に残されたのは、英武チルドレンを除けば――
全盛期を生きた、謂わば生きた化石とも言える政治家たちに一度政府を委ねる以外の選択はなかった。
現状の内閣を、マスコミに『形骸化した内閣』とまで言われたが、そこまでに留めた片原という男の存在は、今やまさに内閣の首の皮にも等しかった。
律子――英武チルドレンから見れば、片原は古い時代の人間、それ以外の印象を持っていない。
それは彼が実際に彼らとは世代違いの人間であり、
尚かつ片原という男が全盛期、英武の好敵手であった所から来る、英武チルドレン的な思想との僅かな意見の食い違いから来る嫌悪感であった。
英武チルドレンにとっての片原とは、まさに老害でしかなかった。
だが、片原が英武思想と相対するならば、それも確かに新たな内閣像を作り出すきっかけにもなるかもしれない――そう律子は考えていた。
「……大衆は疑心暗鬼になっています。
コッカイダーが露見し、私たち内閣が未だに英武総志郎から親離れ出来ていないと思われている」
コッカイダーによって日本が、全てではないものの集権化されつつあったという事実は、内閣組織のアイデンティティを粉砕した。
と同時に、英武チルドレンへの疑問は膨れ上がり、マスコミは中身持たぬ政府――『形骸化された内閣』と煽りたてた。
「まるで総志郎の亡霊がほっつき歩いているようじゃないか……。姿は見えぬが、しかし奴に人々は湧いておる」
この一連の流れで政治家達が総じて感じたことは、『英武総志郎の影響力』がいかに巨大であったかだった。
なにをするにも、彼らの耳に届くのは、英武総志郎への届かぬ希望でしかなかった。
英武総志郎はもういないのだ。
「一つやましいことが出来れば、世間へと流布されるのはあっという間だな。コッカイダーは国連の間でも危険視されておる」
「……しかし簡単に、コッカイダーを破壊することは出来ません。あれが無ければ国内での国機戦の統制を行う者は居なくなる」
「そこが甘いのだよ。英武の意志を反映しているコッカイダーが、所詮は機械であることが、なぜ理解出来ん」
「コッカイダーが居なければ、国機をあらぬことへの使用をされる可能性が――」
「つまり、君は民荷君を『信頼』出来なかったということかね?」
「それは……!」
前総理、民荷尽。
彼は国機の使用、及び人命救助を全面的に推し、その姿勢は内閣を新たな形へ導くかもしれなかった。
律子は、尽からの信頼を――姿を消した彼の『信頼』を、信じることが出来ないでいたのだ。
「……今、国連ないし欧米列強、特にイギリスには我々の真摯な姿勢を見せねばならん。尽君自身が崩したとは言え、英武が生前望んできた『新台場計画』は確実に我々へとバトンを繋いできたのだ。今、彼らに悪いイメージを与えれば、最悪他国の介入を許すことにもなりかねん」
「『イギリス人は靴を履かせ、日本人は技を与えた』……」
日本のロボット技術だけで世界と渡り歩いてこれた、ということは有り得ない。日本の小さな国土で出来ることは限界があるのは当然で、ロボットに使われる多くの素材は他国の企業に依存していた。
特に、路面上でのロボットの運用を実現させたイギリス産ラバーブーツの影響力は大きい。たかがゴムだが、路面作業、防塵装備、戦闘用、あらゆるシェアを握っているのはイギリスのラバーパーツである。
世界各国のロボット産業は『イギリスの靴』に頼っている。
「今の日本のロボットによるブランド意識の統一の裏にあるのは、常に他国の支援があったからに他ならん。
ロボットが日本人の誇りとして定着するために、我々がしてきた努力が今、結ばれようとしている。わしが生きている間にも、それは成し遂げたい。成し遂げなければならん」
最終更新:2009年11月24日 07:04