懐疑の弾丸6
律子にはその言葉が真実に聞こえた。と言うのも、彼が英武チルドレンのお株を奪い自分の経歴に、日本の歴史に自らの名を残すため画策するような人物とは思えなかったからだ。
新台場計画はきっと日本の政治史に名を残すだろう。故にその席を狙う議員がいるのも当然だった。だが、この男は策するには疲れすぎている――不敵に笑う、深々と皺を刻んだ表情を見るとそう思えた。
疑惑の弾丸、『ブリティッシュファントム』。
巨大な弾頭、それを放つための巨大な撃鉄は、英武展の会場に華やかに展示されている。でたらめな、時代錯誤の粉砕兵器だ。
それが意味するのはもちろん、過去にイギリスとの外交を快く思わなかった人間がいるという事実だ。
しかし、あれだけの兵器を製造出来た過程や経路、そして何者が作り上げたのかは未だに謎のままだった。
弾丸は国産ロボットのコックピットサイズ並の大きさを誇り、それを放つ銃それ自体の大きさも、現行生産されているロボットと同等の身長を持つ。故に『でたらめ』な規格と言われた。それはもはや銃ではなく大砲である。
そもそも現代のロボット戦術において、過度な戦闘力を持つ兵器はデメリットのほうが多い。運用での問題も多く、使用する際のトラブルの発生する可能性も非常に高い。なにより、無駄なのだ。
勝利するためならば、コックピットを破壊する、コンピューター機器を破壊する等、もっとリスクの少ない方法が存在するはずなのだ。
理由があるはずなのだ、そのでたらめさに似合う、よほど強烈な理由が……。
コーヒーショップを出た二人は、再び英武展を訪れていた。
国心にはお忍びではなく、公式の来場として記者団を交えた会見に挑まなければならなかったし、レベッカも記事のためのネタ探しが必要だった。
互いの仕事に理解のあった二人はあっさりと別れたあとで、国心はなんとなくの足取りで再びブリティッシュファントムの前へやって来ていた。
時間は昼を少し過ぎ、館内はスタッフによる清掃活動が始まったばかりのようだった。
会見まで時間はあった。退屈しのぎに国心はその巨大な兵器をチェックする男に声をかけた。
「これを毎日掃除してるのかい?」
「え?」
声をかけられた男が振り返り、国心の顔を見て、驚くこともなくあの藍沢国心なのだなと認めた様子だった。
ふむ、まだ自分も有名人とはいかないようだと心の中で呟きながら、男が彼女であることを気づいた。
髪は短く、薄汚れた作業着を着ていて、見えたのが背中だけだったからわからなかったが、彼女は確かに女性らしさを持った女性だった。
彼女は国心にうっとおしいものを見る目を向けていたが、淡々とした口調で答えた。
「ええ、毎日欠かさず点検するのが仕事ですから」
「この仕事はアルバイトで?」
「いえ、家が代々整備工をやっていますから」
英武政権時代より、技術者は重宝されてきた。
量産企業が出来た今でも、整備工と呼ばれる職人は居た。
「君のような女性が、整備工というのは意外だな」
「女が整備工をしては駄目だと?」
「いや、魅力的な職業というのは職に就く人それ自身が輝かせるものさ。たくましい女性は素晴らしい」
「政治家らしい言い方ですね」
そりゃどうも、と呟いて国心は彼女がこの話の中で一度も手を休めず、機械のように正確に動くのを観察し、関心した。
真剣になる人間はいつでも美しい。
「こいつとの付き合いは長いのか?」
「ええ、うちは英武展の前から彼女の整備に携わってきてますから」
「彼女?」
ブリティッシュファントムのことだろうと国心は思ったが、こいつを女性と形容したことはなかった。完璧な兵器は美しい、それを女性のように奏でる殺人鬼の話なんかを連想したが、ブリティッシュファントムはその逆だ。これは欠陥兵器なのだから。
「兵器は見た目や振る舞いとは違い、非常に繊細なんです」
国心の疑問に答えるように彼女は言った。
「そうなのか……そういったことにはあまり詳しくないんでね」
「ブリティッシュファントムがなぜ兵器として成功したと思います?」
突然、話題の主導権を奪われた気持ちだが、まだ時間も余っていた国心は、そうだなと考えた。
成功、というのはつまり……自分の先生である有田昇平の殺害を指すのだろう。
「……油断じゃないかな。あの日の監視は完璧だった、そう思いこんだミスだったんだ」
「私は――」
彼女の瞳が国心と交錯した。
「彼女が唯一無二のオリジナルだったからだと思いますけど」
最終更新:2009年11月24日 07:05