懐疑の弾丸7
彼女の眼は、深く暗い底なしの何かに見えた。何だろう、この冷たい眼はと思いながら、藍沢は言葉の意味を聞いた。
「既知の兵器には、その兵器の弱点が相手にも知られてしまっているという最大のデメリットがあります。対策を練られてしまうでしょうが、まったく知られていない、存在の知れない敵に対策をたてることはできません。それがオリジナルの利点です」
知れない敵を相手にすることほど難しいことはないだろう、というのは藍沢にも想像が出来た。敵の武器は、どれほどのスペックを持つのかがわからない状況。ましてやブリティッシュファントムの超狙撃能力を、誰が予想し得ただろうか。
「……今でもブリティッシュファントムは敵に勝てると思いますか」
「それは、ないさ。兵器の開発はいたちごっこじゃないのかな。知れない敵にはまた新しい兵器で対抗するしかない」
今や藍沢の乗る国務ロボには既知の兵器に対する情報、そして対抗策がデータ入力されていた。国内で生産されたロボット群の全てのスペックは、コッカイダーの頭脳から即座に出し入れできる。
データは日々進化している。コッカイダーの頭脳は日々絶えず対抗戦略の進化を続けていた。それはロボット犯罪者の思考すらもデータとして予測が立てられて、セイカイオーや国務ロボはその情報を頼りにしてきた。
「ブリティッシュファントムも、その進化の先の兵器だってある程度の予測が立てられているし、もしあればだが――次に戦っても負けることはないよ」
「そうでしょうね……」
彼女は作業を終えたらしく、手際よく散らばった工具をボックスにしまいこんで、軽く一礼した。
「私、杉浦恵と言います。ごめんなさい、つまらない話をして」
彼女が微笑むと、先ほどの瞳とのギャップに違和感を感じたが、それを顔には出さなかった。
「ああ、こちらこそ……いい暇つぶしになったよ。これからも頑張ってくれ」
「ええ、あなたも。では、私はこれで」
そう言って彼女は去り、また暇になった藍沢は彼女との会話のことを考えながら、館内をふらふらと歩いて回った。
藍沢の仕事場でもある内閣府には、国務ロボの格納庫が存在している。
そして国務ロボからは直接、コッカイダーのデータベースにアクセスすることが出来た。
藍沢が格納庫に入ると、独特の威圧感を感じた。ずらりと並ぶ国務ロボの姿はいつ見ても壮大だ。
藍沢の乗機『モーファリオン』の隣では、同僚の伊佐吹夕子(藍沢より年上なのだが、可愛い先輩という感じだ)がコックピットから整備員への指示を飛ばしていた。
「……馬鹿、三番スラストコントロールパネルとの噛み合わせがそれじゃ合わないんだよ! アクセルの調整するのは誰だと思ってんだ!」
「姉さん、ついでに今のうち仕事させてもらうよ」
「ん、ああ、いいよ」
藍沢がモーファリオンのコックピットへ乗り込むと、メインコンピューターの電源をオン。機体間のデータリンクを起動させ、モーファリオンは夕子のトランスボイジャーから様々な情報を共有する。
新規、と表示され、届いたそのファイルを展開する。それは先日の新台場市役所の事件の情報だった。
コッカイダーからもたらされる情報以外にも、機体間の情報交換は重要な作業だった。その情報にはコッカイダーの推測ではなく実際に経験した情報が生きている。
そしてそれを考えるのは、パイロットである大臣たちの仕事だった。
決してコンピューターだけを頼りにしてはいけない、情報は考えて使うものだというのは英武時代から言われてきたことで、それは今でも変わらない。
事件の概要を藍沢は読み込んだ。
事件を起こしたのは反合体派の中でも過激な派閥に所属する中堅、所謂微妙な立場の人間であった。上の判断を無視し事件を強行したようだ。
この事件で利賀新総理はセイカイオーで初出撃し、アルテアタイプを三体破壊。
作戦の本意はセイカイオーではなく、地下で展開されていた。新台場には広大な地下の世界が存在していた。
完全なロボット社会のために作られた地下空間は逆に犯人の市役所への侵入を容易にした。
彼らは地下から市役所へと上がる道へ、当然ながら対抗策を講じる。それは外部記憶装置を装備したアルテアタイプ二体であった。
外部記憶装置はコンピューター本体を機体内ではない別の場所に置き、自動遠隔コントロールを可能としている。
これは搭乗者管理法に引っかかる犯罪である。ロボット操縦には重大な責任を持ち、搭乗して操縦することが義務付けられており、これは世界共通の条約であった。
ロボットが本来は絶大な破壊力を持つが故に、それを使う者への責任というのは大きい。故にロボット犯罪は罪が大きく、交通事故一つでも裁判は複雑になってくる。
外部記憶装置の問題点はもう一つあった。
それは統制管理法という法律に引っかかるのだが、これは全てのコンピューターを監視出来るコッカイダーから隔離していることへの問題であった。
ロボットコンピューターにはコッカイダーの介入が可能なような処置を施されており、緊急時にそれを無視することは出来ない、そういうシステムになっていた。
しかし違法のOSや外部記憶装置にはこれらを回避する、言い換えればそういったシステムを積まないことがほとんどだった。
コッカイダーの介入機能は、凄まじい。そのロボットを丸ごと乗っ取り操縦することも、やろうと思えば出来る。
一応は犯罪、事故発生時の迅速な情報管理を行うための機能として社会的に認めさせていたが、反政府的な存在からは最も敵視されていた。彼らの多くはロボットに乗ることはない、所謂『アンチ・ロボテクス』だ。
伊佐吹夕子は地下に展開されたアルテア二体に苦戦する。しかし、定女律子の用意した特殊工作員によって内部から犯人を拘束、これにより駆けつけた警察より早く事件を終結。内閣府は警察より強い捜査権を握った。
定女律子は、内閣府のメンバーでもリーダー的な存在であった。
使った工作員というのは、噂に聞くR法特別調査会だろうか。
今回の事件に内閣府が強引な介入を行ったのは、あの事件への手がかりを警察よりも確保したかったからだろう。
律子が特調を動かしたというのも、それが理由なのだろうと予測がついた。
だが調べてみれば、事件の規模はただのチンピラが騒ぎを起こしただけに過ぎなかった。
市役所を立てこもった連中の装備も貧弱なもので、武装テロと呼ぶにはあまりにも貧相だった。アルテア自体もコピー品で、外部記憶装置の出所は問題になったが、罪状では統制管理法絡みでの懲役のほうが重いくらいだった。
律子さんも、がっかりしているだろう。特調を動かしておいて戦果はゼロに近いのだから。
最終更新:2009年11月24日 07:07