0.アレフ=ガンドロジー(1)
宇宙浮遊型ベース“アキトロジー”。
階層で言えば三段目、食堂のあるこのフロアには職務を終えた人々がよく訪れた。慣れない宇宙環境に耐えかねず吐くものも居れば、勤務時間でも堂々と酒を飲むものもいる。注意するものはいない。それぞれ各自、処罰を覚悟しての気晴らしなのだ。
ここでは上官もなにもない。ただ、冷え切った宇宙の空気に凍えた体を暖めにくるだけだ。
宇宙は冷たい。この時代、宇宙の冷たさを知らずに死ぬ人間はいないだろう。
“アキトロジー”は二年前に近隣の、とは言ってもブースタシャトルでも一時間も掛かるような僻地だが……、植民惑星で部品が作られ、組みあがったばかりの要塞だ。
見てくれは古来よりの宇宙要塞を着飾っているが、近年のブームなのか、一流デザイナーによる洗練された内装は、死線が頬を掠める毎日を送る兵士達にはこっけいに見えた。
広々としたフロア、今時珍しい強化ガラス製のデコレーション。
宗教者のために特注のステンドグラスから仏像まである。だがそれだけじゃない。
階層で言えば、地下にあたる部位には広大なプラントが設置され、研究者達はより戦場に近い位置で最新のものを作り上げる努力ができる。
ようは戦争をやるための要塞ではない、と言える。目的は研究なのだ。
だが、この要塞は確実に戦況を変容させることのできる“力”があった。
戦況は刻一刻と変化している。昨日の正解は、決して今日の正解ではない。その例が、『ステゥムアウトシステム』なのだ。
食堂のカフェテラス。白衣の研究者の中では兵士は一層目立つ。軍服ではなく、独特の空気を持っているからだ。
どんなに繕っていても、この肌を刺すような感覚を発するのを、この時代の兵士は止めることはできない。
その男の肌は荒れていて、多少の老いを感じさせる。
白髪になった頭が一層そういう印象を与えるのかもしれないが、この白髪は恒星の側の星の出身の特徴であって、年齢には関係なかった。
恒星の隣星には、汚染物質遮断のフィルターが星の外膜として作られ、人体には害がないようにされている。
しかし人間とは奇妙なもので、一部の人間は恒星の影響で髪が脱色してしまう。もちろん外膜は紫外線も遮断するのだが、『恒星が近くにある』という事実を肌が感じ取り、自分から白くなるのだという。
こういった人物を『サン・ランナウェイ』と、嫌みをこめて呼ぶ。だがそう呼ぶには多少の覚悟がいる。
隣星の出身者には荒くれ者が多いからだ。
この男、アレフ=ガンドロジーも例外ではない。
最終更新:2009年12月05日 15:55