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其の一 「初めに詞ありき」




 藤原隆道が胡散臭い思いを隠そうとしていたのは、最後に残った礼儀の切れ端が
己を堕落させまいと必死に自己主張を続けた結果である。
 他の突入メンバーらはそうした疑念を隠しえないようであった。即ち、目の前に座す
平安という時代におよそそぐわない奇人に対しての。
 大陰陽師・安倍清明。
 多くの鬼神を使役し、未来を識り、天変地異をも意のままに起こしたと伝えられる
伝説の存在。一般的な資料と照らし合わせる限りでは、この年代――西暦1060年前後、
既に没後五十年程が経過しているはずなのだが……高位の術者は死神をも欺くのか。
 しかしながらこの男は、そんな肩書きから連想される半神的な人物像とはかけ離れた
性格の持ち主だった。
 まず、平安京の住人のくせに現代語や異国語を連発する。
 弟子の少年、ヒオムシ曰く「師は未来を視ることができる。ゆえに、異なる時や国の
言語をも解する」のだそうだが、屋敷に上げた客を開口一番『はろぅ』とイントネーションの
おかしい英語で出迎える陰陽師が居るなど予期し得ようか。
 あっけに取られていた彼らに、追い討ちが掛けられる。
「君達の来訪は予期していた――未来を視ることによってね。現出座標が割れていれば
 被害を減らすことも出来たのだが……詮無いことか」
 隆道は首を振った――いかん。手玉に取られている。
「ここへ――この時代へ来た目的は承知している。というか、当の君達以上に私は
 この件に深く関わっているからね。『土蜘蛛』については?」
 清明の口調が唐突に真剣味を帯び、場の空気が引き締まる。
「そこの少年……ヒオムシから聞いている。例の巨兵だな?」
「然り、ご名答。あれは土や岩ある限りいくらでも量産が効き、千年後の軍人達が
 考えたとおり、元締めを叩かなければ止まらない悪鬼の軍団だ。
 私とヒオムシはここ数年来、その元締め――“土忌<ツチイミ>”と戦い続けている」
「土忌……?」
 必要だったとはいえ、ろくな情報も無いまま異世界に飛び込んだ無謀が悔やまれる。
「土蜘蛛のような、陰陽術で操られる戦人形を『式機<しき>』と呼ぶのだが、土忌は
 この世界に三体のみ存在する特別な式機のひとつなのだ」
 落ち着きを取り戻し始めたチームの若手・平岡がどうにか質問を滑り込ませる。
「どう特別なんだ。その、土忌とか言うのは……」
「特別な三体、『三位式機』は四次元宇宙の武器で破壊することができない。操手は
 殺せても、存在の本質にダメージを与えることができないからだ。
 また、その戦闘力も強力無比――私の式機・十二神将を以てしても勝つことは不可能」
 重苦しい沈黙。別の誰かが問う。
「……じゃあ、どうやってそいつを倒せばいいんだ」
 半ばは絶望の吐息が声になったかのようであった。だが、奇妙な師弟は笑みを消さず。
「操手を討てば、ひとまずはこの災禍も収まろう。だが、それにしても通常の武器では
 土忌にかすり傷一つ与えることも至難。そこで我がただ一人の弟子、ヒオムシの
 出番というわけさ」
「師より賜りし我が式機・“天圧<アメオス>”は土忌と同じ三位式機のひとつだ。
 三位式機同士であれば、互いを破壊することもできる」
 一筋の光明。
 皆の顔に希望が射したところで、驚くほど機敏に清明が立ち上がった。
「ふむ、羅城門に土蜘蛛の一団が押し寄せておるとな。丁度いい機会だ。
 ヒオムシ。客人にアメオスの力を見せて差し上げなさい」
「はい、すぐに」
 芸の無い答えを返す弟子に、清明は膨れっつらを作って見せた。
「なんだ、『さー・いえっさー』と言ってくれぬのか」
「ご冗談を。何処ぞの変人ほど芸風は広くありませんよ」
 隆道は額に手を当てる。大丈夫なのか、こいつら。
「隆道どの、こういうのを英語で『でもんすとれいしょん』と言うのでしたか?
 それにしても、そろそろあの羅城門はぶっ壊れるやもしれんな」
 嘆息。それが老兵に許された唯一の抵抗。
 ――やはり駄目かもしれん。

「改めて見るとまた、デカいな」
 先に現地へ向かっていてくれとヒオムシに言われ、羅城門まで朱雀大路を走りぬけたが
誰一人都の住人に会わなかった。もう平安の治世が退廃的になってきている頃だっただろうか?
いや、そもそも自分達の習った歴史と違う世界に既存の知識を当てはめようというのが愚挙か……。
 羅城門は清明の言葉どおりいつ崩壊してもおかしくないような様相を呈していたが
どういうわけか土蜘蛛の大群を都に入れることはなかった。恐らくは結界の類か――。
「待たせたな」
 振り返ると、空の淡青色をそのまま映したような金属の装甲を身に纏った式機が
そこに立っていた。背から伸びる長大な羽飾りが、呼吸を忘れさせるほどに美しい。
「これが三位式機・アメオス……」
「しかと見るがいい、“天”の三位式機が舞う姿を」

 式機・土蜘蛛は未来から来た隆道らにとって恐怖そのものであった。
 いくら攻撃しても、中心の呪符へのラッキーヒットが無ければ完全破壊はできず
常に味方に五倍以上の被害を出してやっと倒せるというほどのキルレシオ。
科学の粋を集めた戦車も、ヘリも、戦闘機も、易々と破壊されていった。

 それが当然だったため、目の前の光景は彼らに少なからぬ衝撃を叩き付けた。
 三位式機・アメオスが飛ぶ――燃え立つ炎のような光彩を放つ、背中の羽飾り
を翻して空を駆ける。その縦横無尽の機動は慣性も空気抵抗も無視し、巨大な手から
放たれる折り紙の鳥――式神『焔燕<ほむらつばめ>』は的確に土蜘蛛を捉え、
その核となっている呪符を破壊する。土蜘蛛が放つ邪悪なる波動は悉く空色の装甲に
弾かれ、蒼穹の閃光となったアメオスが敵中に飛び込み剣閃を振るう。
 神剣・天羽々斬<あめのはばきり>――八岐大蛇を切り刻んだとして知られる、
日本が誇る三霊剣のひとつ。一振り毎、その太刀筋に触れた者のみならず、神剣の
巻き起こす烈風が強大な霊力の波動をぶち撒け、間合いの外にまで破壊を広げる。
「なんだ……何なんだ、あいつは」
 怜悧に過ぎる眼光がなければ少女と見紛えたかもしれない、秀麗な顔からは
この驚異的に尽きる戦闘力はおよそ想像できない。これが安倍清明のただ一人の弟子、
ヒオムシの力だというのか。
 ――だが、何故清明自身がこの機体に乗らない?

「爆ぜよ!」
 ヒオムシが言霊とともに発した裂帛の気合はアメオスの機関によって増幅され
対象の物理系に干渉、その位相を書き換え彼のイメージを顕現させる。
 最後の土蜘蛛が盛大に爆発した。

「隊長、これなら!」
 平岡ら、隊の部下が希望に目を輝かせている。しかし老いぼれの勘は告げるのだ――
『そう簡単には行くまい』、と。

「何だ、この貧弱な連中が未来より送り込まれし兵だというのか」

 不意に、青く澄み渡っていた空が禍々しく澱んだ。
 不意に、周囲の空間が殺気に――あまりに圧倒的で、それだけで死の瞬間を
幻視するほど濃密な殺気に押し包まれた。
 誰だ――隆道は凍りつく身体を強靭な意志で制御し、声の主を探す。
 羅城門の上に、人が立っていた。

「我が手を下すまでもないと見えるな、この程度……」
「――紅蓮ッ!」
 土色の衣がはためき、その男が居た空間をアメオスの剣が薙ぐ。易々回避した男は
超然と宙に浮かび、彼らを睥睨する。
「ヒオムシ、あの男は何だ」
「彼奴の名は『紅蓮』――“地”の三位式機、土忌の操手だ!」
 あれが我々の“敵”か。 隆道はその顔と名を脳裏に刻んだ。
「だが、奴の機体はどうした」
 男――紅蓮が答える。
「土忌か? 要らぬさ。その童が駆る天圧など、三位式機であろうと恐るるに値わず」
 遥かな高みから嘲弄する悪魔。
「……生身でアメオスを捌くつもりか? 正気か、この男!」
 だがヒオムシは先ほどまでの余裕を何処かへ捨て去り、神剣の切っ先を
紅蓮に向けて慎重に間合いを測っていた。
「どうした、小童。いつでも仕掛けて来い。それとも――貴様の頼れる師匠が
 助けに来てくれるまで待つか」
 アメオスが動いた。
 その挙動は恐らく光速への漸近を辿るほどの速さだったはずだ。物理法則に忠実であれば
衝撃波が周囲の大地を割り、操手は慣性によって瞬く間に『赤い何か』に成り果てる。
 大地は依然堅固であったし、ヒオムシが肉片となった様子も無かった。三位式機には
それができる。音一つ立てず、しかし音より遥かに速く飛ぶことが。
 ただ、一瞬と呼ぶのも長すぎる間に紅蓮へと肉薄したアメオスの剣先は――
「……笑止、前回の方がまだましであった」
 指二本。式機が持って丁度いいという巨大な神剣が、紅蓮の片手に――それも、
指二本の力で止められている。ヒオムシは全力で剣を引いたが、アメオスは
微動だにできない。ならばと剣から手を離し、上昇しつつ焔燕を放つ。
「おお、心得ているな? 自らの役割が“時間稼ぎ”に過ぎぬということを――」
 全ての式神は命中し、文字通り紅蓮の爆炎に彼を飲み込んだかに見えた。しかし
炎の中から土色の寛衣が焦げ一つ無く現れるに至って、平岡たちの絶望は頂点に達する。
 勝てない。あまりにも――大きすぎて全容がつかめないほどに――力の差があり過ぎる。
「案ずるな、貴様らなど屠るために指を動かすのも面倒だ。それより」
 ついと、紅蓮の視線が移ろった。
「貴様の師も喰えない奴よ、童」
 刹那――秩序なく飛来した十二枚の呪符が環状に紅蓮を取り巻いた。それらは
目も眩む輝きを発し、十二体の異なる式機へと変貌する。
「あれは……干支か?」
 子、丑、寅――十二支に冠された神獣たち。いつの間にやら、アメオスの肩に
『天下無双の大陰陽師』安倍清明が乗っているではないか。
「これが、私の式機『十二神将』。三位式機を相手取るには不足だが、生身ならば
 寮にその名轟かせた紅蓮といえど、退かせるも易し……さ」
「退かせる? くくく――のぼせ上がるな、清明。いまここで土忌を招来し、貴様らを
 久遠の彼方へ埋葬するなぞ容易いこと。我がそうせぬは偏に退屈しのぎのためよ」
 清明はたおやかな笑みを浮かべたまま、言葉によってでなく行動で返事をした。
十二神将を紅蓮に向けて一斉に突撃させたのである。
「ふん、そちらは本気というわけか。せいぜいその哀れな雑兵どもを守ってやることだな」
 巨大なエネルギーの渦が消え、紅蓮の姿もまたなかった。彼がその攻撃で消滅したと
楽観の極地に至れる人間は、その場にいなかった。

<其の一 了>


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最終更新:2010年02月11日 21:45