其の二後半 「“星”の三位式機」
夜は明け、やがて朝日が昇る。
昨晩、風呂に入ってからの浴衣姿のまま、隆道は大陰陽師の前に仁王立ちした。
「……ひと晩寝てみると、心は落ち着いてくるであろう?」
「ああ。聞きたいこと、言いたいこと、一通りはまとまったよ」
いつもの涼しげな顔にもどったヒオムシが、清明の横に腰を下ろす。隊の紅一点、
藤枝が別室から――どこにそんなものがあったのだろう? この屋敷の間取りは
一定でない気がする――出てきたのを確認して、白髪を一本に束ねた老将は口を開いた。
「まず、あの紅蓮という男。何者だ?」
「そこからか……奴はな、もとは陰陽寮でも稀代の天才と呼ばれていた」
清明の薄い唇から、紡ぎ出される過去。
紅蓮は、貧しい家の出だった。独学で陰陽の道へ進み、十歳のときに入寮。
彼は己が才を過信するがゆえに慢心し、自分が全能であるかのようにふるまっていた。
当然、同輩たちには嫌われたが、陰陽寮は家柄よりも力を重んじる部署。老練な
先達でさえ卓越した天賦の才に抗し得ないとなれば、少年の増長が進むのは必至であった。
だが、彼は決して全能などではなかった。
十五の頃、大きな震災が都を襲った。耐震構造などない街並みは瓦礫の原と化し、
紅蓮は復興に携わる最中、全壊した実家を目にする。
夢中で瓦礫を吹き飛ばし、彼が見つけたのは、かつて両親だった肉塊。
紅蓮は慟哭し――悲しみの大きさゆえか、生来の気質か、そこで彼は道を誤った。
自分の無力さから目を背けたいがために、外部へ責任の所在を求めたのだ。だが、
天災の責任を負うべき者がいるだろうか?
いるとすれば……それは、神だ。
神々は気まぐれで人の命を奪う。何もかも壊しておいて、瓦礫の前で慟哭する民には
何の助けも、慈悲も与えようとはしない。
ならば――神を、滅ぼす。
それは冷厳なる怒りの極光が閃いた瞬間だった。一帯から立ちのぼる黒煙の渦を割って、
彼の名があらわす色――紅蓮の光が天より射したのだ。
そして、彼の前には一つの式機が佇んでいた。
「おまえが、我に力をくれるのか」
乗り手の無い式機がひとりでに動き、背中の扉を彼の前に開く。
「そうか…………おまえが、我が力なのだな」
その日――怒りの日。
狂気の使徒が、神殺しの契約を結んだ。
「紅蓮は己の憎しみに反応して現れた三位式機、土忌に乗っていずこかへと姿を消した。
次に現れたとき、奴は熱田神宮を襲撃し、神剣“天叢雲<あめのむらくも>”を
強奪していきおったよ」
「発想が幼稚なだけならまだしも、それが力と結びつくとああなるわけか」
「左様。あれから七年というもの、あやつは各地の神社仏閣を破壊して回った。
しかし効果が無さそうだと見ると、陰陽寮を襲って、いまや禁呪とされた術に
手を出し始めたのよ」
「どんな術だ」
「私が使うているのと同じ、過去や未来を視る術さ――なんだいヒオムシ、その
咎めるような目つきは? 私が寮にいた頃は、禁止されてなどおらなんだぞ」
少年の瞳は、師を見るそれとは思えぬほど冷ややかであった。
「それまでは理論だけの術で、実際に使えるほどの者がいなかっただけの話でしょう。
なのに、どこかの変人が術を完成させて未来の覗き見に没頭し、覚えたての
『いんぐりっしゅ』を乱用して同僚を混乱させたから、禁呪扱いになったんです。
当時の同僚のかたに聞いたから間違いありません」
「と、とにかくだ――紅蓮もその術で未来を覗き見て、君たちの時代には神の領域へ
限りなく近づく『科学』の力があるということを知ったのさ。科学とまじないの
融合だよ。そうやって彼は神域、高天原<たかまがはら>への侵攻を企てている」
「神の領域、ですか」
隆道の部下四人の中でもひときわひ弱そうな男が、せわしなく会話の内容を
携帯端末に記録しながら言った。
彼、芦野忠彦はもともと非戦闘員で、量子物理学のスペシャリストとして同行して
いる、どちらかといえば学者に近い男だ。
「n次時空には、人脳が発する活動電位の揺らぎを生みだす根源らしい、集合精神が
存在するとの仮説はありますが……あくまで仮説です」
「正しいかどうかは問題ではないのさ。このさい、倒錯した心理だが、紅蓮が
神々の存在を殺すためにでも肯定しているのであれば、神は確かに存在する
ということになる。神は人が作り上げた偶像なんだ」
「観測者の意識が量子に与える影響と関係する話ですか? 興味深いですね。ぜひ……」
「芦野、悪いが隊長の権限でこちらの質問を優先させてもらうぞ」
有無を言わさぬ隆道の気迫に、芦野は露骨にがっかりしながら先を譲った。
「次だ。なぜ、あんた自身がアメオスに乗って戦わない?」
清明は一瞬ヒオムシに気遣わしげな視線を向けたが、正直に答えた。
「三位式機は乗り手を自らで選ぶ。私ではなく、この子でなくては、あれは動かぬ」
「適性が必要だ、と?」
首肯する清明の傍ら、貌形たぐいまれなる美少年が返答する。
「そも七年前の震災のおり、師が私を拾うて下さったのは、我が内にアメオスの
操者としての適性を見出されたからだ。でなくば、致命傷によって魂の過半を
黄泉に引き込まれていた身無し子などを、どうして天下の大陰陽師が救おうか」
自嘲的な言葉だが、清明は黙して否定も肯定もしない。事実ということなのだろうか。
過去の詮索は脇において、隆道は未来に目を向けることにした。
「ひとまず、最後だ。あんたは昨日、俺たちにできることは何もないと言った。
……どんなことでもいい。本当に、俺たちは無力なのか? 大きな犠牲を払って、
たった五人でこの時代に来て、自分たちの世界を救うために何一つできないと言うのか……!?」
不本意ながら、語るうちに悲愴な響きが混じってしまった。清明はしばらく
沈黙を守っていたが、やがて立ち上がって言う。
「昨夜、君たちのために『戦う力』を調達してきた。ついてくるといい」
清明の後ろで燦爛たる輝きを放っていた屏風がざっと退き、壁に開いた穴が
あらわになった。見ると、地下へ続くと思しき階段がある。
清明を先頭に、隆道と四人の部下は『蛍光灯の』明かりにそって下へ下へと潜っていった。
蛍光灯の存在自体にはいまさら驚く気もないが、どこから電気を引いているのだろう……?
階段が終わり、視界が開ける。
「これは……」
――夥しい数の式機であった。
土蜘蛛と違い、銀色の装甲を施された長身の機体だ。微細な違いこそあるものの、
大部分は同じ形のそれらが、木で組まれた整備ハンガーに係留されている。そして
その足元を行き来する、これまた夥しい数の人々。
壁や天井に目をやると、垂れ下がった突起が目に付く。空間そのものは、どうやら
巨大な鍾乳洞のようであった。だが、天井が高すぎはしないか? あれでは、真上に
あるはずの 清明宅が落ちてきてしまうのでは……そうした不安からか、藤枝の表情が冴えない。
「ここは、陰陽寮の式機庫だ。さっきの階段は少々複雑なつくりにしてあってね、
実際にこの上が私の屋敷というわけではないから、安心めされよ」
心を読まれたのかと思い、ぎょっとする美女の視線をよそに、紹介が続く。
「向こうで走り回ってるのは陰陽寮の連中。式機に乗って戦う者もいれば、ここで
整備を受け持つだけの仕事もある。『ばいと』は募集してないがね」
自分はここの一角を所有しているのだ、と清明は話す。
「私の『十二神将』は、もともと札に収納できるように設計したものだが、寮の
制式機やアメオス、それに『あれ』はそうも行かないのでな――」
あれ、と言いながら彼が指差した先に、他とは明らかに違う一体の式機があった。
装甲色は黒に限りなく近い濃紺、夜空の色。そして、全身に散りばめられた
宝玉のようなものが白い光を宿し、総じて星空の様相を呈している。
「“星”の三位式機、星影<ホシカゲ>。なんとか紅蓮より先に見つけることは
できたものの、やはり使いこなせる者がなく、もてあましていた機体だ」
「これが……」
どくん、と、隆道の全身が脈動を感じた。
歳を食った身体でこんなことをしているから、心臓病でも発症したのかと思ったが、
その心音はあの機体のものだった。どういうわけか、直感的にわかるのである。
「感じるかい? やはり、君が選ばれし者か」
「どういうことだ? 隊長が、三位式機の適合者……?」
「あり得ないわ! 私たち、未来からきてるのよ?」
常識という名の防衛線が展開されるが、ヒオムシの追い討ちは仮借ない。
「三位式機は不滅の存在、あれにとっては永劫の時すら一瞬なのだ。誰が己の操手たろうと、
生まれた世の違いなど大したことではないだろう」
隆道がホシカゲに近づいていく。一歩、また一歩、魅せられたように。
そして、それまで彼らを気にも留めなかった宮中の陰陽師たちが、一斉にどよめいた。
誰にも動かすことができなかった“星”の三位式機が自ら後ろを向き、得体の知れない
白髪の老人に向かって、その背を開いたのだ!
「二機でかかれば勝ち目はある。さて、隆道どの、早速だが――訓練に掛かっていただく」
都の外は荒野。赤茶けた、不毛の地。
元は都の外こそ美しい世界だった。緑にあふれ、獣が駆け、俗世に侵されぬ
花鳥風月の趣に満ちあふれていた。
それをわずか数年で灰燼に帰せしめたのは、もちろん紅蓮の率いる軍勢である。
さて、その荒野に立つ巨大な人型が五体。いや、頭上の高みから見下ろす空色の影を
含めれば六体。もちろん、いずれも式機だ。
「隆道どの以外の四人には、寮の制式機『晴峰<ハルミネ>』を用意した。これから、
四対一での模擬戦を行ってもらう」
と、清明は言った。当人は上空、アメオスの肩から高みの見物を決め込んでいる。
「模擬戦ったって、操縦法もわからないのにかよ?」
「説明書を渡す必要はない。願えばそのとおり、動く――まあ、乗ってみなさい」
言われたとおり、半信半疑で平岡が乗ってみると、彼はたちどころに全てを理解した。
これは言葉で説明できるものではない。まさしく彼がイメージしたとおり、滑らかに
機体が動くのだ。ロボットに乗るというより、パワードスーツを着るような感覚。
「君たちでも動かせるように私が調整した。慣れれば、土蜘蛛程度なら問題なく
蹴散らせるはずだ。……隆道どの、そっちはいかがかな?」
ホシカゲの中から、心ここにあらずといった老兵の声が聞こえてくる。
「これは……まだ動かしてもいないのに、すさまじい力が感じられるようだ。
だが、私にヒオムシのような芸当ができるのか?」
「できるとも。そもそも、この子はアメオスの性能を二割も引き出せていない。
あの程度のことなら、私の式機にでもできる。君に求められるのはその先だ」
ヒオムシと隆道、両者が機体の性能を五割ずつ出せば紅蓮に対抗できるはずだと
彼は口にした。
「奴自身の力も考えて六割、いや念を押して七割……このあたりが課題ぞ」
そして、今ここで模擬戦を始めようとするに至るのである。
「ハルミネの四機程度、瞬く間に討てねば困るのだが、いまはこれぐらいでも
丁度いいだろう。では、始めてくれ」
気質も戦術構想も違う四人が同じ機体を駆り、上司を取り囲んだ。
「隊長、手加減は無しでいきますよ!」
もとは前陣で戦う戦闘員であった藤枝と平岡が、挟撃を狙って速攻を仕掛けてきた。
共通術装の大刀『式機切安綱<しききりやすつな>』を抜いて迫るその動きは
初心者とは思えぬほど隙がない。観戦する師弟が口笛を吹いて賞賛したほどだ。
「き……貴様ら、模擬戦で真剣を!?」
「平気ですよ、その機体ならっ!」
コンマ数秒タイミングをずらして交差した斬撃を、ホシカゲはスウェーバックで
回避する。清明はすっかり子供のように興奮し、拍手を送った。
「すごい! 正直、初心者同士だから殴りあいの泥仕合になると思ったのに!」
「……師匠、見世物じゃないんですよ」
呆れるヒオムシだが、正直彼らは良くやっていると思う。
それぞれが式機の戦いを始めて経験したにも関わらず、戦術というものを心得ているのだ。
隆道は機体性能に振り回されながらも機敏に動き、部下たちの攻撃をことごとく回避する。
対する四人は数の優位を生かし、砲撃と格闘の波状攻撃で老兵を休ませない。
「この機体の武器は――術装、徹魔光礫『星蛍火』? これだけか?」
自問自答しているようにしか見えないが、これは乗り手と機体の間に情報のやり取りが
行われている際には往々にして見られる現象である。
その情報が示すまま、隆道は反撃のイメージを思い描く。機体の右手が刀印
(人差し指と中指を伸ばし、他の指を曲げる)を結び、それをめまぐるしく駆ける
銀の機体に向け――腹の底から気合を発する。
「破ッ!」
伸ばした指先が輝き、まばゆい光の弾が芦野の機体を直撃した。
「おおお、おおおおッ! 素晴らしい、ビーム兵器の一種ですか? 隊長、
データを採るから私にもう一発撃ってくださ――」
「君はそこまで。模擬戦だから、お互いの攻撃で機体は壊せないよ。一定量の
『だめぇじ』を受けたら、機能が停止するようにしてある」
その場で膝をついた機体の中で一度は落胆したものの、芦野は携帯端末に
せわしなく データを打ち込みだした。恍惚と狂気の化合物が顔面に張り付いている。
「なるほど――振動数の分母がマイナスn乗される重力子を立方格子状の
電磁波に包んで撃ち出すのですね――光子の格子? 駄洒落ですか?
ふはは、ふふ、ふはふはふはーッ!」
一番近くにいた隊の狙撃手・上月はその独語を聞いていたが、文字通り右から左へ
受け流した。元々こういう男なのは解っていたし、気にしたら負けだと思ったのだ。
相手が一機減るだけで、隆道の動きにも余裕が出てきた。考える時間も、同様に。
ホシカゲの機動性は現時点でも敵を大きく上回っている。だが、ヒオムシと
アメオスが見せたような、光のごとき動きには程遠い。
「どうすれば速く動ける?」
機体に宿った、理解しがたき大いなる存在が応えた。「願え、さすれば叶えられん」と。
ならば願おう。思いはことばに、ことばは力に――
『Image, and word.(想起せよ。そして言葉と成せ)』
速く、疾く、はやく動けと!
蒼い光の一閃――。
隆道の目に映る世界、すべてが数分の一倍速のスローモーションとなった。
刀の切っ先を向けて突撃してくるハルミネの動きなど、泥濘の中を泳ぐ人のように鈍い。
両手に結ぶ、刀印。放つと共に念ずる――舞い上がれ、空へ。
何が起きたのかをまったく理解せぬうちに、藤枝と平岡の機体が機能を停止した。
残った最後の一人、寡黙なる狙撃手・上月が空を振り仰げば、晴天を稲妻のように
翔ける一片の星空――隆道の、ホシカゲ!
「なんて人なんだ、彼は……! 初乗りで、疾き時の世界に踏み込む術と、機体を
慣性の束縛から自由にする術を会得するなんて!」
「前者はまだ、私と比べてすら遅いようですがね」
突き放すように言って見せるヒオムシだが、どうやら自分よりも上達の早そうな
未来からの客人に嫉妬しているようだった。
「そんな動きをして大丈夫なのですか、隊長」
「ああ、心配は無用だ、上月」
慣性を完全に無視したホシカゲの機動にも慌てず、上月の機体が長砲身の
銃のようなものを肩に構える。もちろん火薬式のライフルなどではなく、陰陽師が
術によって火の力を封じ込めた呪符が爆発し、勾玉のような形の弾丸が射出される術装である。
人呼んで、火発煌玉『荒御魂<あらみたま>』。回転しながら飛ぶ赤い勾玉の初速は
音速を遠く超え、空を切る音は後から聞こえるほど。
隆道の動きの軌道から、無意識下に隠されたパターンを見つけ出し、予測射撃を行う。
上月の手が動き、何度か射線を修正し――撃った。
一瞬、確かに命中したかに思えた。空中で、ホシカゲが動きを止めたのだ。
が、違う。ホシカゲの左手が何かをつまんでいる。
「……!」
それは、打ち出された赤い勾玉。当たってなどいない――
あの機体は止まってなど、いない!
すぐさま第二射を放つべく、ハルミネが引き金に力を込める。しかし十分な力が
加えられる前に、隆道が放った星蛍火によって本体の機能が停止していた。
そろそろと、四人が機体の背から顔を出す。見上げる先には、蒼き光芒をまとう
“星”の三位式機が悠然と浮遊している。
未来からきた五人の男女は、異口同音に呟いた。
「これが……」
「……これが」
勝者と敗者の違いがありながら、同じ立場からの希望をこめて。
「これが……三位式機の、力か」
最終更新:2009年12月09日 23:14