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其の三前半 「神剣、佐士布都神」




「隆道どの、鹿島神宮まで行ってきてもらえぬかな」
 清明にそう言われたのは、各地を駆け回って幾度となく土蜘蛛の群れを掃討する
ことを始めてから一ヶ月半ほどが過ぎたとき。隊の部下たちが訓練相手にならなく
なり、ヒオムシのアメオスと模擬戦を行うようになった頃だった。
 “天”の三位式機はさすがに乗り手が違った。ヒオムシは少女めいた顔立ちながら、
式機の扱いについては練達である。機体の性能が互角である以上、搭乗経験が
そのまま戦闘力の差につながるのは、如何ともしがたいことであった。
「何と言ったのだ、清明? ヒオムシとの戦いの最中では、あんたの声を聞く
 余裕がなくてな」
 いまはヒオムシが放った結界によって動きを封じられている最中だったため、
こうして聞きなおすことができるのだ。
「邪魔をしたかな? ……まあ、大事な話だよ。ヒオムシ、結界を解きなさい。
 数日前、帝に頼んで鹿島神宮へ文を送ってもらったのだ。あそこに奉じられている
 神剣『佐土布都神<さじふつしん>』――別名を『布都御魂<ふつのみたま>』
 とも言う――を、都に送ってもらうためさ。アメオスの持つ
 『天羽々斬<あめのはばきり>』や、紅蓮が奪った
 『天叢雲剣<あめのむらくものつるぎ>』と同じ、日本が誇る三霊剣の最後の
 ひと振りで、もちろんホシカゲに持たせるべき代物なのだが……」

 帝が文を送っているのに、鹿島からは何の音沙汰もないという。
 天子の命とあらば、一も二もなく従うのがこの時代の常識というものだ。それが
返信もなく放置されているというのは、むろんただ事ではない。
 神宮が都に叛いたか、あるいは勅令を実行できない状況にあるか――。

「なんにせよ、ホシカゲの武器はあれしかない。というわけで、ひとっ飛びして
 鹿島神宮から佐土布都神をとってきてもらいたいのだよ」
「ふむ、まあ、近接戦の武器がないと困るしな」
 隆道は日本刀の扱いかたを若い頃に趣味で学び、その延長で分子振動剣などの
刀剣類全般についてかなりの使い手となっていた。自分の身体のように動かせる
式機で戦うにしても、ビームによる射撃よりよほど上手くできるだろう。
「行ってこよう。どうせこの機体ならすぐだ」

 実際、能力を十全に引き出せていないホシカゲでも、京から鹿島神宮までは
数十秒の旅だった。速すぎて距離感が狂っていなければ、数秒の旅だっただろう。
 そして、着いてみれば剣が届かない理由など明らかであった。
「土蜘蛛……これほどの数とは!」

 地を埋め尽くす、無数の式機。
 それは神への呪詛の器。彷徨える魂の檻。
 式機・土蜘蛛。
 鹿島神宮は、その周囲を土蜘蛛の大群に囲まれていた。
「これでは帝の勅令も届くはずがない。結界が持っているのが不思議なくらいだ」
 神宮の内では、ここの守りとして配された八機のハルミネが結界を維持している。
どれほどの間、休めもせずこうしていたのだろう。操手も機体も、すでに限界なのが
見て取れる。彼らに戦う力は残されていない。
 自分がやらなければ。隆道の腹に固まる、冷々とした決意。
 占敵八卦『浅緋菫』は示す。敵をあらわす赤い光は膨大、もはや数えるのも
馬鹿馬鹿しいほどの数であろうことを。
 それでも。
「……性能は充分だ。出来るかどうかは、俺が決める!」
 老兵を乗せ、星空の片影が悪魔の軍団に向かって落ちてゆく――。

 乱舞。無秩序を乱して秩序と成し、舞うように流星の雨を降らせる。
 破壊。土くれの鎧を打ち破り、囚われし魂のくびきを壊す。
 隆道は気づいていた。指先から放つ光が土蜘蛛を一機貫くたびに、その骸から
淡い光が浮かび上がり、すぐに消えてゆくことに。
 本能的に、直感的に悟った。あれは死者だ。死せるものの魂を核として、紅蓮は
土蜘蛛の心臓たる呪符に力を与えているのである。

 平安末期といえば、人々は来世や死後の世界に安らぎを求め、一心に経を唱えて
いる頃ではないか。そんな人々から、死がもたらす永久の平穏すらも奪おうというのか。
 許せぬ。
 何が民のためだ。何が気まぐれな神からの解放だ。
「人は死の恐怖、己の存在が消滅するという恐怖から逃れるためにこそ、輪廻転生の
 概念を作り上げてきた! どれほど辛い現在があろうと、その後には明るい
 未来が待っていると希望を持つためにこそ、極楽浄土や天国を夢想した!
 死せる者をなお苦しめ続けるなど……!」

 両手に結ぶ刀印から、驟雨のように光礫が放たれる。光の雨に打たれた悪鬼たちの
崩れ落ちた亡骸から、無数の魂があるべき場所へと還ってゆく。
 ――ありがとう。これでようやく、死ねる。
 一様に伝えてくるのは感謝の声。それが、どうしようもなく申し訳なくて、
隆道は皺の刻まれた頬に涙を流した。

 未だ地上にあふれる土蜘蛛たちは、どす黒い怨嗟の波動をぶつけてくる。だが、
そうした暗黒の渦動のなかから垣間見える小さな光が確かにあったのだ。
 ――助けてくれ。
 ――死なせてくれ。殺してくれ。
 ――俺たちを解き放ってくれ。私たちを、ここから出してくれ……。
 土蜘蛛に取り込まれ、破壊のためのエネルギーを搾り取られることは、生者には
想像も付かぬほどの苦痛なのだろう。

 耐え難かった。すでに死を迎えた者たちが、死なせてくれと――存在そのものを
消してくれと、言葉なき声を漏らしている。
「ふざけるな、紅蓮ッ!」
 未来への望みを消し尽くされ、無に還して欲しいと哀願するほどの苦悶を強いるなど、
最も許されざる生命への冒涜である。
 その怒りのままに、隆道は吼える。
「貴様のやっていることは、貴様が憎む神よりなお悪い!」

 いくつかのことが、同時に起きた。
 閃光が雷鳴の尾を引いて地に堕ち、宙空に土色の寛衣をまとった男が現れた。
「呼んだか、老いぼれ」
 彼こそはすべての元凶にして、史上最悪の天才陰陽師。
 高天原を灼く焔。その者の名は、紅蓮。

 そして同時に、鹿島神宮を包んでいた結界が内側から破れ、何かが宮内から
ホシカゲをめがけてまっすぐに飛んできた。
 まったく無意識のうちに隆道は反応し、機体の右手がそれを掴む。布を巻かれた、
とても細長い棒状のもの。
 まるで蛇が皮を脱ぎ捨てるかのように、するりと布が滑り落ちれば。
「神剣……」
 それは神宮に安置されていた、建御雷神の片刃剣。
 細身にして不壊なる刀身は軽く、その長大さにも関わらず描く剣閃は神速。
「……いい機会だ。神剣の切れ味、貴様で試させてもらおう、紅蓮……!」

 最古の歴史書、『古事記』に曰く。
 その剣の名は“佐士布都神<さじふつしん>”、またの名を
“布都御魂剣<ふつのみたまのつるぎ>”と云ふ――。




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最終更新:2009年12月09日 23:21