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其の三後半 「それは過去であり、未来」




 飛翔と斬撃は同時に行われた。
 振るう剣は聖なる波動を土蜘蛛の群れに叩きつけ、瞬く間に大軍を薙ぎ倒してゆく。
 しかし、その剣が向かう先たる紅蓮はというと――まるでうろたえる様子もなく、
神剣の軌道をゆらりとかわす。ひらりと避ける。まるで余裕、といった面持ち。
 隆道にはそれがまた、許せない。
「この世界の者……我らの世界の者……」
 ホシカゲの装甲は切り取られた夜空。そこに光るは天の星。ちりばめられた宝玉が
操手の思いに応え、まばゆい光を放ち始める。
「貴様が踏みにじってきた命への贖いを、ここでするがいい!」
 ホシカゲの、空を翔ける疾さが幾何級数的に高まっていく。音速の壁をはるか越え、
薄笑いを浮かべる紅蓮を追って、地上の星光が宇宙を寸断する。
 突き出される神剣の軌跡は皓白。
 しかし、おもむろに紅蓮が突き出した右腕から広がる波動は、暗黒。
「弱い」
 先日、アメオスの神剣は指二本で受け止められた。今、ホシカゲが握る佐士布都神の
切っ先は、紅蓮の手に触れてすらいない。掌から発せられる、黒い波動だけで
いとも容易く止められているのだ。何度見たところで慣れる光景ではないだろう――
式機の巨大な獲物が、生身の人間に傷ひとつ付けられない!
「あの小童に輪をかけて弱い。三位式機を駆りながらこの体たらくとは」
 波動が爆発するように広がり、闇が光を飲み込んだ。その圧力に抗し切れず、
夜空の色を映した機体が地に堕ちる。宝玉の光は消え失せていた。
「あの男――いったい、生身でどれほどの力を――」
「想念と、言霊の力だ。それを行使する術を知らぬ者に、式機など用いるに値せぬ」
 大地に半身を埋めたホシカゲに、土蜘蛛の怒涛が襲い掛かった。

「じゃ、お前、記憶喪失ってワケか? 両親のこととかは?」
「完全にではない。師に拾われるより前のことは、おぼろげにしか思い出せぬと
 いうだけのことだ。父母は件の震災の折に、我を残し流行病で落命したと聞く」
 清明が水盆をモニター代わりに隆道の動向を観察しているため、暇になったヒオムシは
運悪く隆道の部下らに捕まり、質問責めにあっていた。
「なんで十三、十四のガキが『我』とか言ってんだよ。男の子なら『俺』だろ!」
「ね、ヒオムシくんって好きな女の子とか居ないの?」
「なにか術を見せてもらえませんか? 陰陽師が物理法則に反する力を使う際に
 どういった素粒子が力の媒質になっているのか調べたいのですが……」
「やらないか」
 少年は、頼むから一人ずつしゃべってくれ、と叫びたくなるのを懸命に我慢する。
それでも彼が一つ一つに答えていこうとした、矢先のことであった。
「しまった……!」

 感情の欠落を噂される安倍清明が血相を変えて立ち上がったので、未来から来た
四人はおろか、弟子であるヒオムシまでもが驚いて口を半開きにした。
「実を言うと鹿島が土蜘蛛で溢れかえってるのは予測できていた――武器を取りに
 行くと同時に、実戦の訓練にもなるだろうと思って行かせたのに、まさか……
 まさか、紅蓮自らが出てくるなんて――!」

 清明の呟きをしっかり聞いていた藤枝が、悲鳴のような声を上げる。
「なんてこと――ヒオムシくんでも敵わないのに、まだ無理よ!」
「そう、早すぎるんだ。今はまだ戦ってはならない。しかし、彼を見殺しには
 できない……ヒオムシ!」
「はい」
「先に行って、隆道どのに助勢を。私はこの人たちを連れて行く」
 少年が突き上げた右手に応え、屋敷の庭へとアメオスが降り立つ。突風も衝撃も
なく、木の葉のようにふわりと。
 上げた手を額に持っていき、ヒオムシは敬礼のポーズをとった。
「Sir, yes sir!」
「……自分が仕込んだとはいえ、真面目にやられるとヘコむね」

 彼を乗せ、瞬く間に空の彼方へと消える機体を一顧だにせず、清明は残された
四人に向き直った。
「さて、走った走った。君たちの式機は転送ができないから、自分で取ってこなくちゃ
 ならないんだ。外に出たら、私の十二神将で鹿島まで空輸だ」

 日も沈みかけ、世界が朱に染まる頃。その空の色と同じながら、ひときわ眩しい
橙光が黄昏を貫く。
「隆道! どこにいる!?」
 屋敷を発っておよそ二秒で、アメオスは戦場へと光臨した。その内に納まった
ヒオムシは、眼下を埋め尽くす土蜘蛛の数に寒気を覚える。
 彼は既に、それらの材料が死せるものの魂魄であることを知っていた。しかし
――ここにある土蜘蛛と同数の人間を殺したのか? それとも、自然死する人間の数が
こうまでに多いということなのか? いずれにせよ、戦慄を禁じえない。
 そして、蠢動する鬼群を統べる者は、斜陽を背に少年を待ち受けていた。
「……感じぬな」
 紅蓮の顔にあったのは優越の笑みでも、憎悪の歪みでもない。細められた目が、
かつては美少年と称されたであろう彼の痩せこけた顔に、失望の表情をつくっていた。
「この前より、なんら変化を感じぬ。我に対する憎しみばかり募ってはおるようだが、
 憎しみの力で我を凌駕することなど不可能と知れ」

「何のつもりか知らぬが、その余裕がいずれ命取りになると心得ておけ!」
 吐き捨てると、ヒオムシは占敵八卦『虚向日葵』に意識を集中した。その間を
襲われる心配は不要だ。紅蓮は不倶戴天の敵だが、いつも彼を殺そうとはしない。
 清明は冗談めかして「案外、誰かに止めて欲しいのかもしれないよ」などと言うが、
少年にそうした発想は無かった。単に、自分は殺す価値があるだけの脅威と認められていないのだ。
 それが事実で、自覚できるだけに、余計に腹が立つ。

 虚向日葵の滑らかな半球面に、無数の赤い光と二つの青い光が浮かび上がった。
赤は敵、青は味方。シンプルな色分けだが、これでホシカゲの位置はわかる。
 しかし、隆道がいるはずの場所には、土蜘蛛の小山ができているだけだった。
「呑まれたのか……!?」
 そうだとしても、おかしい。乗り始めて日が浅いとはいえ、彼が乗っているのは三位式機だ。
土蜘蛛の数百体程度で封じられる機体ではない。
 それができないというのは、操手に何らかの変調があったということではないか。
元々、乗り手の精神力に応じて無限に力を高める式機なのだ。戦意が無くなれば
通常の式機以下の性能しか発揮できないこともあり得る。
「どうした、隆道……!」
 焦るヒオムシ。その背中に、紅蓮の声が投げつけられる。

「――あの男は、老いた戦士だ。若き日に、戦友と枕を並べて討ち死にできなかったことを
 いつまでも悔いて、いくさ場に死に場所を求めている。敗死をいとわぬ姿勢は
 見苦しくなくて良い。しかし、それでは三位式機の力を引き出すことはできぬ」
 望みどおり、戦場の屍となるがよいさ――紅蓮がそう口にしたとき、神剣『天羽々斬』が
その身を両断せんという寸前まで振り下ろされた。むろん不可視の壁に阻まれ、刃は届かず。
ヒオムシの心は、自身ですら出所のわからぬ怒りによってアメオスを動かしていた。

 始めは失望したものだった。清明が『来る』と予言した救世主は、特別な力など
なんら持たぬただの老兵。連れ添いの四人に至っては雑兵でしかない。
 隆道がホシカゲの扱いを覚えていくさまを見ながら、次に覚えたのは嫉妬だった。
どうして自分より上達が早いのだ――こんな老人が! 幾度思ったであろう。
 いずれにせよ、隆道を好いてはいないはずだった。しかし今、彼が死への指向性を
有していると聞いたとき思い出したのは、前回の戦いのあとで、手も足も出なかった
己が無力を呪って目を泣き腫らしたヒオムシに、隆道がかけた一言だった。

『お前も、悔しいんだな』
 大見得を切っておきながら大敗した少年を笑うでもなく、彼はただそう言ったのだ。
そのとき、皺だらけの顔は真剣な表情だった。それでいて、やさしい顔だった。
 風雅のかけらもない未来人。おめおめと生き残った老兵。
 それでも隆道に死んでほしくないのだと、今更ながらにヒオムシは気づいた。
「まだだ――まだ早いぞ、隆道っ!」

 鬼機の群れに圧し掛かられ、地に沈まんとするホシカゲの中で隆道は目を閉じていた。
 ここが追い求めた死に場所だろうか。――それでもいい。これでようやく、
戦友たちのもとへ行けるのなら。
 この世界に来るよりずっと前、彼が若い頃の話になる。
 日本は某国と軍事的同盟を結んでいたために、エネルギー資源を巡る
戦争に巻き込まれることとなった。
 その際に頭角を現し、前線の尉官から将帥にまで上りつめ、ついには日本を
戦勝国の一員たらしめる戦いを指揮した男がいる。それが彼、藤原隆道である。

 しかし彼は戦士だった。指揮官としての能力を十二分に備えながら、駒として
戦場に送り出さざるを得ないかつての同輩と、共に戦いたいと思い続けていたのだ。
 結局その機は訪れず、戦争は終わった。勝利と引き換えに大きな損失を出した
日本政府は、国民を鼓舞する英雄を必要とし――隆道がその役に選ばれた。
 連日メディアに引き出されては、上官の指示した内容を喋る。そんな日々の中で
壮健な体躯を虚しさが侵していく。

 勝ち取ったはずの平和な年月の中で、彼は悟ったのだ。
 自分は戦いの中にしか 生きられぬ男であり、『生き残れた』のではなく
『生き残ってしまった』のだということを。

 戦うことも、生きることも投げ出して、ただ穏やかな闇に身を任せようとしたその時。
老兵の耳に何かが聞こえた。なにか――声だ。
『まだ早いぞ、隆道っ!』
 透き通った、きれいな声だ。少年の声――ヒオムシの声。
『敗死を甘受するのは、全力を出し尽くしてからでも遅くはない! ホシカゲは
 まだ戦えると言っているはずだ!』
 そうなのか? と、機体に問う。答えの代わりに、光を失っていた操縦室内に
命のきらめきを思わせる輝きがあふれた。
 そうか……そうだな。
 手を抜いての討ち死になど望んではいなかった。全力で戦って、戦って、戦い抜いた末に
訪れる絶息の瞬間こそが、古き武士道が何より誇り高いものとする最期の形ではなかったか。
そして最も気高い戦いとは、自身の命よりも大切な何かを守るための戦いではなかったか。

 ならば戦おう。全ての力が尽きるまで、死ぬためにではなく、守ることを志して。
 守る? いったい何を守るのか、と自問し、隆道は苦笑する。
 答えは明々白々。それは“過去”であり、“未来”だ。

 膨大な荷重をかけられ、地中に埋没していたホシカゲが、全身の宝玉に光を取り戻した。
隆道の思い描くイメージを機体が増幅し、この世に顕現させる。それはシンプルな命令。
「吹き飛べ!」
 爆発するようにまばゆい波動が広がり、周囲の土砂もろとも土蜘蛛の蠢群を
天へと舞い上げた。その中心はまさに地上に落ちた星。
 それこそがすなわち、ホシカゲが“星”の三位式機たる所以なのだろう。

「待たせたな、ヒオムシ。彼奴がふたつの三位式機を相手どっても余裕でいられるか
 どうか、存分に試そうではないか!」
「ああ…………ああ!」
 ホシカゲが白い光に包まれ、同時に夕陽が山陰へと姿を消す。アメオスの装甲が
空の色を映し、二機は同じ彩りを帯びる。それは仄青く光る星空、遥けき宇宙の色。
 佐士布都神の切っ先が紅蓮へと向けられた。
「貴様は言ったな? 想念と言霊の力、と。ならば――」
 孫と子ほどに歳の離れた二人が、一厘のずれさえなく叫びを唱和させた。

  ならば願おう! 思いはことばに、ことばは力に――
  『Image, and word(想起せよ。そして言葉と成せ)!』

 ふた振りの神剣が刻む軌跡は双光。螺旋を成すようで、弧を描くようで。
 美しくも致命的な太刀筋が、紅蓮を捉える。
「憎しみで敵わぬならば、気高さをもって力とする。その考えかたは正しい……
 しかし、まだ足りぬよ。貴様らは今、ようやく土俵に上ったのだ」
 紅蓮の背後の空間で、ゆらり、と闇が動いた。



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最終更新:2009年12月09日 23:22