其の四前半 「“地”の三位式機」
「なんだ? 奴の後ろに、なにか居るぞ!」
「まさか――」
単に夜闇の暗さというだけでは説明できないほどの、濃密な暗黒が蠢いていた。
光が届かないのとは違う。あらゆる光はその闇の中へと落ちていき、戻らないのだ。
白く輝く神剣の双撃は、紅蓮を覆い隠したその黒影に受け止められている。
「いかん、離れよ!」
突然聞こえてきたその声に反応し、ほとんど反射的にヒオムシは飛び退ったが
より深く踏み込んでいた隆道は、切先を闇に捕らえられ、下がること叶わず。
「師匠! あれは――もしや――」
戦場に飛来する、四つの塊。見ればそれらは安倍清明の式機『十二神将』と、
それに抱えられた四機のハルミネであった。警句を発した清明自身はそのうち一機の
肩に直立している。落ちる心配は無用のようだ。
「お前の懸念どおりだよ、ヒオムシ。どうやら、あちらも手加減の余裕は失くしたらしい……!」
闇が形をとり始めた。
神剣の切っ先を飲み込んでいたところには、白刃を掴む土色の手が。
紅蓮がいたはずの場所には、何らかの呪文が刻まれた厚い装甲が。
もやのようであった暗黒が、人の姿を成してゆく。否、至近にて対峙するホシカゲを
凌ぐ体躯をもつそれは、たしかに式機。
神々への呪詛が記された土色の装甲に身を包み、両の肩に紅と蒼の宝玉八つを
明滅させるその機体。清明が、かの大陰陽師ともあろう者が、畏怖に打たれて呟く。
「……“地”の三位式機、土忌<ツチイミ>」
その姿が定まったと、思った次の瞬間であった。
「攻撃!? なんだ、これは――」
先の黒い霧状の闇とは違う、放射線状に広がる闇がツチイミの全身から発せられている。
この異常を表すに相応しい言葉があるとすれば、それもまた異常。すなわちそれは
『黒い光』と呼ぶほかないようなものだった。
だが、微動だにせぬまま無造作に放たれたその力の、なんと恐ろしいことか――
闇に近しい存在であるはずの土蜘蛛は、その波動を浴びた瞬間、内に囚われた
魂もろとも灰燼に帰してしまう。冥さの桁が違いすぎるのだ。
三位式機たるアメオス、ホシカゲとて例外ではない。前者は距離があった分
衝撃に耐えることができたが、隆道はその破滅的な黒光を目の前で浴びせられたのである。
機体は吹き飛ばされ、流星のごとく大地を揺らして落着する。
清明は流石のもので、とっさに組んだ結界でその一撃を難なく防いでみせたが。
「まずい、神宮の者たちがやられてしまう」
神剣の覚醒によって、必死に張っていた結界を一度は破られてしまった鹿島神宮の
神官たちが、最後の力を振り絞り、神域たる地を守らんと再度の結界構築を断行していた。
彼らはまさに力尽きようとしているように見える。ハルミネ八機がかりの防御と
言えど、ツチイミが放つこの圧倒的な殺意の波濤にそう長くは抗し得ないであろう。
「平岡君たち、彼らに力を貸してやってくれ。私は二人に助太刀する!」
「わかった。行くぞ、藤枝、芦野、上月!」
『了解』
中空にあった十二神将から四機のハルミネが飛び降り、さらにそれを十二のうち
四体の神将機がサポート役として追う。残った八機は清明自身とともに、やっとのことで
体勢を立て直したヒオムシと隆道に並んだ。
「このとんでもない攻撃は何だ、清明」
「『攻撃』? 彼はまだツチイミをこの場に呼び出しただけさ。これはただ
『存在する』ことによって発せられる波動、殺気を放ったに過ぎぬよ。彼奴は
指一つ動かすことなく、我々を圧倒できると言いたいのだろうね」
「――ただ『居る』だけでこの破壊を引き起こすというのか、あの機体は?」
暗さゆえ見にくいものの、地はえぐれ、草木は根こそぎ吹き飛ばされ、各々の機体が
展開する結界には絶えず負荷がかかり続けている。
これがまだ『攻撃』ではないというのだ。
「……じつに喜ばしいことだ。こんなにも早く、我に式機を使わせようとは」
ツチイミは黒い光の中心、宙の一点に、腕を組んで超然と立っている。
「だが、まだ足りぬ。より強く、より高く、三位式機の力を引き出すのだ。
さあ雑兵ども、いざや来よ。それとも、竦みあがって動けぬか」
「よほど、余裕を見せ付けるのが好きと見える――!」
隆道が激発した。暗夜の天地を分かつ白光の矢と化したホシカゲは、神剣を右手に携え、
左手でもって狙いを定めた敵機の首元へと、その刃を振り下ろす。
受け止められることを予期していたその一撃は、意外にも土色の装甲を捉えた。
驚きながらも、無意識の動作で刃を引く。刀は叩きつけると同時に刃を引くことで
凄まじい切れ味を発揮する武器だ。まして、神剣ともなればその威力は絶大なはずである。
しかし、接触面に青白い火花のようなものが吹き上がった斬撃のあとには、刻まれた
不気味な呪文が妖しく光る、無傷の装甲が残っていた。
「神剣でさえ傷つかない、だと!」
「充分に想念の力を扱えれば、この程度の呪殻は容易く破れるものぞ。まだ解らぬか?
三位式機の戦いにおいては、心象の力が全てを決する!」
ツチイミが両腕を広げる。たちまち大地が震裂し、細かな土くれが空高く、戦いの場に
まで舞い上がってきた。それらの一つ一つがなにか見えざる力によって加工され、
成形され、細く鋭い楔(くさび)のような物が無数に出来上がる。
「――辣刺蟲式・針羽虫。見よ、式機が『攻撃』するとは、かかる様を言うのだ」
土から生まれた針の大群が、ツチイミに増幅された術者の思念によってかりそめの命を
吹き込まれ、猛然とホシカゲに襲い掛かった。
隆道は白光の軌跡を残して回避に専念するも、その間に紅蓮は眼下の地表から
新たな針弾を生み出し続ける。ついには背に、腕に、堅固な濃紺の装甲を破って
突き刺さる土細工の羽虫。
さしたる傷でもあるまい、などと思っていた矢先、食い込んだそれらが一斉に爆発した。
「これは……ッ! 小さいと、侮った――!」
体制を崩したホシカゲに殺到する尖鋭。超常の力によって作られたミサイルの
集中豪雨を受け、連鎖する爆発の中心に釘付けられた隆道を救わんと、ヒオムシが飛ぶ。
しかし、凶弾はなおも増え続ける。その針はアメオスにも向けられ、迎撃に放たれた
発破式神『焔燕』も猛攻を止めるに能わず。
爆炎に包まれる二機。紅蓮が追尾弾の産出をやめると、黒煙の中からゆらり、
ホシカゲとアメオスが落ちてゆく。美しい装甲は無残に破壊され、不可思議な
燐光を放つ内部のフレームが露わになっていた。
「可愛い弟子と大事な客人が窮地にあるというのに、冷静ではないか、清明」
「貴様が手加減したことぐらい、見破れぬと思うのか? あれしきの力で三位式機を
滅することなど、かなわぬよ。……なにか、企んでいるな」
隆道らには一度たりとも見せたことのない、笑みを消した清明の怜悧な眼光が
そこにあった。すらりとした指が刀印を結び、八の式機を同時に動かす。
「手を抜いたまま死んでくれると、ありがたいんだがね」
「貴様にはそうしてやる理由がないな――!」
突撃。あらゆる方位から立体的に畳み掛ける神将機を、両肩の宝玉が目のように睨む。
否、それは確かに『目』であった。八方鬼眼『藍桜』、『茜桜』は、カメラのように
周囲の景色を認識、それを紅蓮の脳に直接送り込むのだ。
八つの目に死角はない。間髪入れぬ八機がかりの時間差攻撃をかわし、あるいは
弾きながら、ツチイミの指が瞬時に複雑な印を結んだ。紅蓮の意志を機体が増幅し、
イメージを顕現させる。
闇を織り上げるように虚空が身を具え、気づけばその手には巨大な両刃剣が
握られていた。何の装飾もなく、それでいて美しさと禍々しさを兼備した白い剣。
「神剣、『天叢雲剣<あめのむらくものつるぎ>』」
清明はこの剣を敵にすることも予期していた。それでいてやはり、戦慄を隠せない。
それは神が作った武器をも凌駕する、三霊剣のうちでも最強のひと振りなのだ。
「ちょうど八機、か。……清明、貴様が苦労して十二神将を従えたように、我も
大いなる労力を使って“これ”を手なずけたのだ。あまり早く喰われてしまうなよ」
神剣を取り巻くように、黒い風が集まる。殺戮を欲し、その刃は鳴いていた。
「式鬼剣『大蛇<おろち>』! 彼の剣は、汝が魂の器なり!」
渦巻く闇の中に、赤い光が宿った。数は十六、注視してみればそれは八対の目だ。
そして、巨大な黒い蛇が姿を現す――八つある長大な首の全てで、清明を睨み付けて。
八岐大蛇。その身は八つの谷、八つの峰にまたがると言われた太古の邪神である。
元はといえば天叢雲も、この蛇の尾から現れた物だった。スサノオ命によって
その巨躯は失われたものの、神性にまで経上がった存在をそれだけで消し去ることは
できない。その荒ぶる魂は地の底に封じられ、永遠に目覚めぬはずだった。
しかし、その眠りは目の前の男が破った。神でさえ酒で眠らせねば手に負えなかった
魔獣を、紅蓮は力ずくで従えてしまったのだ。
「……ツチイミ以外に恐れるべきものなど無いと思っていたが、嬉しくない誤算だ」
ただでさえツチイミの波動が光を奪っていた暗中に現れた、更なる闇。見渡す限りの
景色が全て、黒に呑み込まれようとしていた。
「聞こえるか、隆道?」
「ああ。互いにひどい状態だな」
地に落ちた二体の三位式機は、確かに外見はボロボロであった。『大破』とまでは
いかずとも、『中破』くらいの状態なのは間違いないように思える。
しかし、彼らが「動け」と念ずれば、機体は滑らかに立ち上がるのだった。
「三位式機にとって、外装など取るに足らぬものよ。よいか、隆道、思い描くのだ。
傷を負う前の機体の姿を。そうすれば、その意志を機体が増幅してくれる」
何が起きたのか解らなかった。あちこちが傷つき、えぐれ、焦げ付いていたアメオスが
蜃気楼のように揺らいだかと思うと、全身の装甲が元通りに修復されていくのである。
見えざる力はついに、“天”の三位式機を傷一つ無い姿へと戻してしまった。
「なるほど、これも『言霊と想念の力』というわけだな」
強く念ずるビジョンは、星の照る夜空を切り取ったようなホシカゲのあるべき姿。
周囲の空間そのものが解体され、再構築されていくような感覚に隆道は惑った。
だが、機体の状態を確認してみればどうだ。ホシカゲは始めて乗ったときのように
傷一つなく、力強く両の足で立っていた。
「つまるところ、三位式機の戦いとは『心を砕かれたほうが負け』なのだ。
認めよう、我もこれまではあの男に易々とあしらわれ、そのたびに闘志は折れていた。
だが今なら、一度や二度叩き伏せられた程度で砕けはせぬと思えるよ――!」
ヒオムシの言葉は心強いことこの上なかったが、隆道は紅蓮と戦うことの困難さをも
同時に思い知らされた気分であった。
三位式機が精神力の続く限り再生可能であるなら、ツチイミにも同じことができるのだ。
最終更新:2009年12月09日 23:24