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其の四前半(2) 「“必然”に抗う者」




 アメオスが飛び、追ってホシカゲも飛んだ。再び闇を裂く白光の双跡。向かう先には
ツチイミと、その手元から八つ首を伸ばす巨大な影がいる。
 闇の向こうに目を凝らせば、一つの首につき一体、清明の式機が互角に渡り合っていた。
「気をつけろ、これは彼奴が手駒とした神代の魔性『八岐大蛇』ぞ!」
 清明からの声が聞こえると同時に、大蛇の首の一つが二人へ向く。
「八岐大蛇? スサノオ命が討ったという、神話上のバケモノか」
「スサノオが天照の弟であったというのは胡散臭いが、それ以外は事実だよ」
 そうも話しているうちに、ヒオムシが先行していた。神剣を大上段に振りかぶり、
迫る黒い大蛇に正面から向かっていく。
「待て、清明が苦戦する相手だぞ!」
「大丈夫だ。この剣は――」
 長剣の一閃。
 巨大な口を開き、アメオスを咬み裂かんとしていた大蛇が、神剣の光にほんの刹那
怯み、隙を見せた。ヒオムシはその瞬間を捉え、黒い首を横一線に両断していた。
「この剣は、スサノオ命がこやつを切り刻むのに用いた剣だ。神剣・天羽々斬――
 『羽々』は大蛇を表す言葉だ。一度は自分を屠った剣に、蘇った邪神といえども
 怯えずにはいられぬようではないか」
 八岐大蛇は、明らかにその剣を恐れていた。残った七つの頭すべてでアメオスを
凝視し、その一挙手一投足に警戒している。
「再び切り刻んで、地の底へ還してくれよう――!」
 ヒオムシが飛ぶ。後を追って、隆道もまた神剣と共に魔獣へ迫る。
 だが、紅蓮がそうも易々と神話を再現させてくれるものだろうか。そんな不安も
拭い去れぬままの踏み込みであった。
 そして、老兵の懸念は喜ばしからざる的中を遂げる。

 七つの口から吐き出される紅炎をすり抜け、アメオスの神剣が二度三度と閃いた。
四つの首が断ち切られ、傷口から黒い霧のようなものを噴き出させる。
「邪神とやらも、三位式機を相手にしては存外、大したことがない――なっ!?」
 少年は己の目を疑った。切り落としたはずの首が、切断面から癒着しているのだ。
更に、最初に切り裂いた首が完全に復活し、彼の背後に迫る。
「後ろだ!」
 間一髪、一条の光と化したホシカゲがその首を再び斬り飛ばす。
「こいつ……不死身か!?」
「馬鹿な!」
 ヒオムシが遮二無二剣を振るうも、斬られた端から八つの首は蘇ってくる。
一方で、大蛇の攻撃は勢いを弱めない。猛烈な火炎放射と牙の咬撃が、休む間も
与えず少年を襲う。
 次第に、彼は守りに力を傾けねばならなくなっていった。

「隊長、話を聞く余裕はおありですか」
 神宮の結界を支えている、上月からの通信である。
「聞こう。何だ」
「こちらからカラビ=ヤウ境面観測した結果ですが、八岐大蛇の身体は一種の力場で
 構築されています。その構造が破壊されると、周囲の闇からエネルギーを得て
 自己修復を行うようです。その際、エネルギーは尾の先に繋がっている天叢雲剣を経由して
 あの機体――ツチイミから送られて来ています。つまり、あの剣をどうにかしなければ……」
「再生を断てぬ、というのだな」
「推論ではありますが。ただ、剣を奪うためにはどうしても、ツチイミに接近する必要があります」
 危険でも、このままではこちらが消耗するだけだ。隆道はヒオムシを一旦下がらせた。
どうにかして紅蓮の隙を衝き、剣を機体から引き離すための機会を窺う。
 しかし、決着は早めにつけたほうが良さそうだった。十二神将すべてを使えない
清明が、紅蓮に圧されているのは明らかだったからだ。

「陰陽道は方位学に通ずる。十二の方角を守護する神将機を四つも欠いては、
 完全なる力の調和が取れぬと見えるな」
 子<ね>の神将機がツチイミの手に捉えられ、その掌に超圧縮された黒の波動が
爆発する。吹き飛ばされた機体は別の神将機に激突し、互いに激しく損傷した。
「やれやれ、念のため対角線上の四機を抜いたんだがなぁ」
 形の上で力のバランスは取れていても、やはり十二体での運用を前提とした
機体である。本来なら相乗効果によって高められるべき力の絶対量が、足りなかった。
「……まあ、十二機揃ってても足りないんだけどね」
 それを辛うじて保たせているのは、術者としての清明が紅蓮を凌いでいることの
証明でもあった。
「三位式機は貴様を選ばなかった。その時点で、貴様の敗北は決していたのだ」
「勝てないなりに、戦い方はある!」
 電光の速さで八体の式機がツチイミを包囲し、光のキューブを形成した。
「何だ? 三位式機を留められる結界など、あるはずが無かろう」
 せせら笑う紅蓮だが、次の瞬間にはその真の狙いに気づく。
 ツチイミが背後を顧みたときには、既にホシカゲの蹴撃が眼前に迫っていた。
 紅蓮は機体を仰け反らせてこれを回避するも、隆道の狙いはその手に握られた剣。
式機の強力な蹴りを指の一点に受けて、さしものツチイミも得物を取り落とす。
「結界は我の動きを封じるためでなく、味方の気配を消すためのもの……!」
「私に気を取られすぎたな。全方位を同時に見通せる目を持ちながら、
 隆道どのの接近を見落とすとは!」
 闇の中に落ちていった剣を、八岐大蛇がその身に取り込む。その瞬間、荒ぶる神は
紅蓮の支配を離れ、戦場にいる全ての者に向かって炎を吐きつけ始めた。
 取り込まれた神剣を取り戻そうと、紅蓮が印を結ぶが、それが完成する前に
神剣を構えたアメオスが突っ込んでくる。
「させて、なるものか!」
「ほう……? 時が経つにつれ、速さも力も増しているな」
 切っ先を腕部の装甲で止め、空いた手で払いのけ、受け止めた方の手から
アメオスの前面に闇の波動を叩き込む。吹っ飛んだアメオスの背後に、
コントロールを失った八岐大蛇が大口を開けて襲い掛かった。
 大蛇が機体を呑み込んだ――と思うと、その喉を切り裂いてアメオスが
飛び出してくる。即座に大蛇の傷口が再生し、八つの口でヒオムシに襲い掛からんと
するが、それぞれの頭を清明の神将機が阻む。
 今や戦場は、三位式機と八体の神将機、そして暴走を始めた八岐大蛇が入り乱れる
乱戦の様相を呈していた。

「なあ、俺たちには何もできないのか?」
「そうね。悔しいけど、あの戦いの中には入っていけないわ」
 神宮の結界を維持するだけで手一杯な平岡たちは、掩護に出たとしても
足手まといになるだろう。解っていても、もどかしい。
「浮つくな。ここを守ることも、重要な仕事だ。隊長を信用しよう」
「うわ、上月が普通に喋った!」
 寡言な上月がわざわざ口を開く時は、大事なことを言っているに違いないのだ。
他の三人も隆道を信頼する点においては同じである。
 しかし、だからこそ手助けできないのが口惜しいのではないか。
「大事なのはわかりますが、もう少し手助けできないものですかね?」
 芦野が頭上を指差す。他の三人がその先を見ると、結界の維持に手を貸している
清明の式機が四体。
「あれが戦闘に参加できれば、戦力的な不利はかなり埋められそうに思うのですが」
「でも、あの四機が抜けたら、結界が持つかどうか」
 結界を展開するのに神将機の力の割合が大きいことは、芦野も感じていた。
しかし、最も重要であるはずのツチイミとの戦いに無理を強いてどうなるというのか。
本末転倒もいいところだ。
「本来なら手加減が効く相手ではないのですよ――無理をしなければならないのは、
 どちらかと言うと私たちのほうでは?」
 沈黙は、長くはなかった。平岡が「しょうがねえなあ」と、諦めるようにぼやく。
「神宮の皆さんにも手伝ってもらうように、呼びかけようぜ。準備ができたら
 あいつらを隊長たちの加勢に行かせて、俺らは踏ん張りスタートだ」

「神将機が戻ってきた?」
 戦場に飛び込んできた四体の式機を見たとき、隆道は部下の身を真っ先に案じた。
もしや結界が潰れ、彼らは全員闇の中に消えてしまったのでは……。
 しかし彼の視線が飛んだ先、鹿島神宮は未だ持ちこたえていた。先ほどまでよりも
結界の光は弱々しく、長持ちしそうには見えない。
「お前たち、無理をするな!」
「なに、言ってんですか、隊長……ここで無理しなくて、どうするって、話ですよ」
 平岡は荒い呼吸の合間に言葉をねじ込み、気丈にも作り笑いを浮かべた。
「そうです。隊長たちが……負け、たら……私たちだって、結局おしまい、なん、です、から」
 彼に続いて、頬を緩めてみせようとした藤枝の試みは失敗に終わった。
訓練を積んでいるとは言え、細身の女性である藤枝にとって、神将機の補助なしで
結界を支える負荷は過大なものだった。式機を通じて数百分の一のアンチフィードバックが
掛かっていてさえ、まるで百キロ超のバーベルを持ち上げ続けているような
疲労と、それに伴う苦痛が彼らを間断なく襲うのである。
「そんな声で強がるな、若輩者が……!」

 刹那、過去の戦いがフラッシュバックする――生きては還れぬと解っている任務に、
かつての戦友を送り出さねばならなかった。負傷して動けなくなった味方を、やむなく
見捨てて撤退を決断しなければならなかった。
 『ねばならない』。それは必然に迫られての行動だったと主張する、精一杯の言い訳。
それは自分が死なせた将兵の遺族に対する弁解か、あるいは自身への釈明であったか。
 だが、今は違うはずだ。
 自分にはホシカゲと、強力な味方がいる。敵の強大さはそれ以上かもしれないが、
自分を信じてこの危険な任務に付いてきてくれた部下の命を諦めるには、まだ早い。
 若き日の戦友たちは、上官となった隆道に恨み言の一つも言わず、死地に身を投じた。
こんな老兵のために、若者たちに彼らと同じ轍を踏ませてなるものか。

「……少しだけ、堪えてくれ。すぐに勝負を決めてやる」
 そしてホシカゲから立ち上る、青白い光の奔流。力が漲るのを、感じる――。
 生まれる力は覚悟。
 覚悟は、決意が産み出す。
「清明、十二神将で大蛇を抑えろ! ヒオムシ、紅蓮を叩く!」
「委細承知!」
「わかった! 行くぞ、隆道!」
 隆道と部下のやり取りを聞いていた二人は、即座に反応した。
 十二機が揃い、本来の力を取り戻した清明の式機が、八つ首の邪神に圧倒的な
攻勢をかける。矢継ぎ早に繰り出される術が大蛇を束縛し、切り裂き、打ち据えた。
 そして同時に、アメオスとホシカゲが並んで突進する――ヒオムシが前に出て、
闇を撥ね退ける一条の白光となり、そのまま、神剣による刺突。
 かたや真剣を奪われたツチイミは、左の掌底に凝集させた黒の波動でそれを
受け止める。ぶつかり合う光と闇が、影だけが浮かび上がる世界を描き出す。
 紅蓮はヒオムシの一撃を止めながら、続いて来るはずの隆道による二撃目を
阻むべく、右手にも闇の塊を握っていた。ところが、彼から見てアメオスの右
後方にいたはずのホシカゲが姿を消している。
「死角、見出したり――!」
「!?」
 気づいたとき既に、隆道はツチイミの左を取っていた。ヒオムシの初撃は、彼の
移動を悟られぬための布石だったのだ。
 左腕でアメオスの剣をガードしている今、左からの攻撃を防ぐことはできない。
「断ち切れぇぇぇぇッ!」
 隆道の叫びと共に、渾身の一撃が紅蓮を襲った。ツチイミの左肩から袈裟懸けに
斬り下ろす、神剣・佐士布都神の一閃。
 先ほどは易々と装甲に止められたその白刃が、青い光に包まれ、禍々しき呪詛の守りを
食い破っていく。土色の機体に沈み込む剣は、なおも輝きを増す。

 三位式機がぶつけ合う莫大なエネルギーは、急速に周囲の時空を歪めつつあった。
三機に向かって周囲の空間が引き込まれるような視覚効果が生まれ、時の流れが
引き伸ばされているかのごとく、十二神将も八岐大蛇も動きが鈍い。
 清明はこの時になって、全てを悟った。
 紅蓮がなぜ、自分にとって脅威となりうる唯一の要素である、残りの三位式機の
操手を殺そうとしなかったのか。高天原への侵攻を可能にする、未来の科学技術を
手に入れることが目的のはずなのに、なぜいつまでもこちらの時代に残っているのか。
 しかしその推知も、遅きに失した。

 唐突に、闇が晴れた。
 結界からの圧力がいきなり消えたためにバランスを崩し、盛大に転倒したハルミネの中、
それぞれに空を見上げた部隊の面々は、鹿島の神官は、みな一様に絶句する。
 薄く明るんだ空の遥か彼方、都の方角に、巨大な光の柱が立ち上っていたのだ。
「……こうまで思惑通りに事が運ぶと、口元が緩むのを禁じ得ぬな」
 状況の急変に生まれた一瞬の隙。隆道とヒオムシが気づいたときには、彼らの機体は
二機とも四肢を光の槍で貫かれていた。
「ぐ――攻性結界か!」
「何だと、いつ印を結んだ――!?」
 晴れて自由になった左手も、闇を握っていた右手も、術を発動するための印は
形成していなかった。言霊増幅機関を搭載した三位式機と言えど、符も印もなしに
術を発動することができるのか?
 疑念、驚愕をよそに、ツチイミは八岐大蛇に肉薄すると、その尾に腕をねじ込んで
奪われた剣を引きずり出した。
「主に刃向かう式鬼など用無しだが、流石は神代の邪竜と言ったところか。その不屈は
 見上げたものよ。もっとも、剣が無くば再生も出来ぬようでは、足止めにも使えぬ」
 天叢雲剣がただ一度弧を描いた次の瞬間、八岐大蛇は背後にあった小山もろとも
吹き飛ばされ、完全な消滅を遂げた。幾星霜の時を地の底で、怨嗟だけを友に
過ごしてきた邪神の、あまりに呆気ない最期であった。
「さて、貴様らもここで葬って……」
 紅蓮が振り返ると、既にそこは無人の荒野。鹿島神宮だけが変わらず佇立している。
「逃げ足の速いことだ。だが、貴様らにも余力はあるまい?」
 彼方に立つ光柱を見上げ、半瞬の後、ツチイミは音もなくその場から飛び去った。




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最終更新:2009年12月09日 23:32