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脳裏に浮かぶは真紅の記憶。
燃え盛る周囲に逃げ場はなく、膝元には一人の少女。
自分も、彼女も動くことは出来ない。
必死に叫んで、気付いてもらおうとして、誰もいなくて。
熱くて、煙くて、息苦しくて。
この炎の中、飛び込むような勇気もない。助けも、ない。
ただ弱っていく少女を必死に抱え、叫んでも叫んでも、
その声は周囲の音にかき消されていく。

ああ、こんなにも無力だったのか。
視界が、真っ赤に染まる。


 桜華絢爛ベルフェリオン
   第六話「踏み出す一歩 炸裂!爆牙天襲脚」


 冬の夜風が、冷たく頬を刺す。
日が落ちて、空は暗く。
それでもエルヴィンの街並みは、永久に眠らないとも思わせるほどに煌々と光り輝く。
「……何や、いつの間にこないなとこに」
大通りの喧騒から一人外れ、短髪を立たせた男は路地裏に居た。
「純のことばっか考えとるからちゃうか、全く」
自分で自分を嘲笑う。
―――思い出すのは先日の、息子の部屋から見つかった日記。
そこに書かれていたのは、彼自身の状況を嘲笑うかのような周囲の反応。
辛い気持ちを、記すことで日記の中に閉じ込めていた。
「哂われるのは、ワイでええっつーのになぁ……」
息子の気持ちを知った。
自分が一所懸命に働いて、稼いで、妻と一緒に育てた息子。
その息子が心まで傷ついていくのを、知ることしかできない自分こそ、嘲笑の対象になるべきだ。
「……金さえあれば」
息子は、エルヴィンでは治せないと聞いた。
ならば治せるところに行くしかない、そうなると金も時間もかかりすぎてしまう。
自分と妻が頑張って切り詰めても……捨てたとしても、すぐに治すにはまだ全然届かない。
どれほどの時間、息子は苦しまなければならないのだろう?
「ワイが……」
息子に、何かできたら―――

闇に覆われる周囲に、一筋の光が刺した。


「で、盛大に負けてきたと」
「仰る通りです」
事態の一部始終を聞き、大きく息をつく。
事務所に寄ると俊暁から連絡を受け、実際の光景がこれである。
背中に湿布が装備され、いつも以上にぐったりとしている総一。
気のせいか若干満足しているように見える春緋。
いつも通りの仏頂面なはずなのに、どこかいらついているように見える誠二。
そして、それらあらゆる状況を気にせず茶菓子をぱりぽりと頬張るパール。
「仮眠してえ」
俊暁の苦労も簡単に伺える。
むしろ、こんな面子で苦労しないはずがない。いたら凄い。尊敬する。崇める。
「警察がだらしないな」
それでも緩まない言葉がぐさりと刺さる。
「あぁん? 最近だらしねぇな?」
「だー、かー、らががががが」
起き上がりながらパールに注意しようとし、無理な動きをしたのか痛みが先行し倒れる総一。
そこまでツッコミをしようというその精神は見上げたものである。
「パールちゃんが総一を選ぶのも頷けるわ」
一人合点する春緋。無論、ツッコミ的な意味でではある。
言い返す気力も失せている総一はぐたりとソファーにうつ伏せ。
「……仕方ない。2時間休みを取ろう、その後食事だ」
「「おーう」」
疲労の溜まりきった二人は、直後ぱたりと倒れそれきり動かなくなる。
寝付くのが早すぎというか、息合いすぎというか。
「すごいシンクロ率ね」
「400%でどろりでしたっけ。怖くてワンセグ見られないですねー」
春緋のネタに食いつけるパールもパールというか。
ツッコミ役たる総一がダウン状態なため、完全にボケ放置である。
「……広瀬さん、少し話いいですか?」
そんな状況の中で、手が空いたと思われる涼に相談を持ちかけるのは誠二。
話し込んでいる今、あの二人を止める制止役すらいない。
よってこうなった。
「俊暁さんに総一をチューニング!」
「シンクロ召喚! 飛翔せよスター○スト・ドラゴン!」
「「いぇーい♪」」
ハイタッチ。どうしてこうなった。
どこまで飛躍しているんだ。
「……それは専門外だ。後で俊暁にでも頼んでくれ」
「分かりました」
全く雰囲気の分かれる事務所で、真面目な一角が話し終わったようだ。
「ただ、雰囲気を掴むというのなら私からも提案はある。そこにもな」
この提案の余波が全く違うところに出るとは、当人は理解していなかった。

見出しには大きく写真。
一面を飾ったのは突如として現れたロボットの話。
内容に目を通すたびに、持ち手がふるふると震えるのも無理はない。
「汚いなさすがマスゴミきたない」
「はい、おしまい!」
無理に新聞を総一からひったくる春緋。
「今途中だ!」
「そのまま破きそうだったしー」
苛立つ総一に、ぶーと返す春緋。
「お前ら、流石に恥ずかしいぞ」
冷ややかな言葉で釘を刺す誠二。
「変わらないねえ、君ら」
「変わらないのはいいんだが……」
多少疲労のとれた俊暁と、呆れ果てる涼。
「此処で騒ぎ立てるな。他の客に迷惑だ」
彼らの目の前に出されたのは熱されたプレート。
その上に形よく乗っているのは、当店自慢のハンバーグ。
此処は近場でも有名なファミレス。
そこにあの広瀬涼がいて、大勢の仲間がいるとなると―――
「うるせえなリリーぶつけるぞ」
「お前表に出ろ」
「社会的に抹殺してやろうか」
「お前のナニのサイズ公開してやろうか」
同業者がいたよ。
「待て最後いつ知った!?」
周囲から言葉のフルボッコを受ける総一。それでもツッコミを忘れないのは彼らしいというか。
「……広瀬さんって有名人なんだなと今更ながら実感が」
「後悔しても遅い」
それでなくとも、周囲の視線を集めている近くで騒がれると……。
「それにしても、世間にはベルふぇひほ」
「それ以上喋るなお前」
慌ててパールの口をふさぐ総一。これ以上喋られるとやばいところだった。
紙面の中ではベルフェリオンの文字はなく、単に「謎のロボット」と呼称されていた。
写真はとられていたとはいえ、名前までバラされるのはまずいと判断していたのか。
ちなみに、紙面内容は「プロドライバーのダンカン氏、謎のロボットの襲撃を受ける」だった。
どうやら表向きには、あの白アフロはプロドライバー、
つまり街での戦闘を仕事とするパイロットとされているようだ。
病院への襲撃がなかったことにされたことで、メディアにベルフェリオンが晒されたのは今回が初。
それが、ダンカンに一方的な襲撃を仕掛けた謎の犯人が、
これまた謎のロボットの介入で撃退された、という内容である。
つまり謎の犯人は総一、介入してきた謎のロボットは風のベルフェリオン。
「……あれはないわ」
当事者からしてみればたまったものではない。
「気持ちは分かるがお前も喋るな」
流石に彼の社会的惨状には同情を感じる。
だが誠二の釘は止まらない。周囲の状況が状況だから仕方ない。
「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」
「ポイズン」
「これまで知ってンのかよ!?」
明らかに知らなそうな話題にまでついてきたパールに、流石に戦慄を覚えた総一。
「パールちゃんの知識は私が教えた」
「黙れナイムネ」
「どう見たってあるわよ! ブラ必要なくらい!」
「この面子の中じゃ下の下だろ」
「だからそれは他が!」
がるるるるるる、うがががががが。もはや背後に竜虎が見えそうな勢いだ。
「……冷めるぞ」
「「いただきまーす!」」
涼の一言が入った途端すごい変わりよう。現金すぎるところは似たもの同士だった。
「にしても、息の合いよう凄いですね」
「付き合ったりでもしてるのか?」
「「「それはない」」」
俊暁の何気ない一言に、涼と当事者二人から情け容赦ない即時ツッコミが飛ぶ。
「Q:そりゃまたどーして」
「A:こいつと恋愛感情なんて生まれると思うか?」
俊暁は思う。きっかけ次第なんじゃね? と。
当事者の総一が言うこの言葉は照れ隠しだろうか、それとも。
「A:息の合うような間柄は恋愛関係というより親友とかの線が強い」
俊暁は思う。突っ込みどころの薄い強力な返し方だ、と。
広瀬涼の人を見る目はやっぱり強い。
「A:天城総一の秘密を知っている! 好きなひとはほ」
「やめー!? やめやめやめやめ、やめ!! スッパされて出されたらどーすんのさ!?」
俊暁は思う。春緋に頭が上がらないのは頷けるわ、と。
正直こういうのは性質が悪いから困る。
「でもまだ君はスッパされないから」
「スッパって何ですか? ネイキッドになって何が悪いですか?」
「シ○ゴー!? シ○ゴー!?」
だからそのネタどこから……もういいです。

「ごちそうさまでしたー」
和やか……和やかだろうか? ここでは和やかとしておく。
そんな雰囲気の食事が終わり、この世に生まれた幸福感を噛み締める。
食事とはそういうものである。どんな世の中になってどんな未来に時が進んでも、
これは絶対普遍、人間の求める欲望である。
それが満たされたのだから、幸せにならない筈がない。
……だが、その幸せは長くは続かないことになる。
「今日は好きなものを頼むがよいぞ。我が持とう」
「ありがとうございま……す……」
目の前には白いアフロ。そして仮面集団。
会計を済ませ出口に向かうところで、運悪く遭遇してしまった。
「「あああああああああ!?」」
状況の不運としか言いようがない。彼らも彼らで仕事の合間だったのだ。
「てめー引き上げたんじゃなかったんかい!?」
「何を言う我もまだ仕事の途中なのだ簡単に戻れるわけがなかろうなのだ!?」
出会い頭にあーだこーだの口論が始まる。
その光景にかたやカメラを取り出し、かたや固まりながらリアクションに困り、
かたや玩具コーナーに目を奪われべったりないつも通りの面々の後ろで。
「広瀬」
アイコンタクトを交わす二人の年長組。
瞬間。
「はい、動くんじゃねーぞ。職質途中で抜け出してただで済むとは思ってないよな?」
まさに一瞬。
気付けば、目にも留まらぬ速さでアフロや仮面集団の背後に回った涼。
そして、警察手帳を片手に銃を構える俊暁。
此処はファミレスの入り口、それも都合上二階にあり、
階段のすぐ横にはまた同等以上の建物があるため、出入り口に続く階段を挟んでしまえば相手は動けない。
意思疎通から退路遮断まで、数瞬でこなしてしまうところはさすがというか。
「すげー息合いすぎ」
眼前で見た総一は、その一言しか呟くができなかった。
シャッター音が響く中、一部が狼狽する仮面集団の中で白アフロは冷静だった。
「一瞬で我の背後を取るとは……噂には聞いていたが、驚きだ」
「随分と余裕だな、プロドライバーのダンカン」
相手が広瀬涼にも関わらず、この冷静さ。
先程までド素人の高校生と言い争っていた相手とは思えない。
「はーい、ぴーすぴーす」
「邪魔だお前!」
「スクープの邪魔だ、どいたどいた!」
そんな空気を容赦なくブレイクするパールを、
むんずと掴み一礼の後にずーるずーると引きずる総一。お勤めご苦労様です。
「さっきマスコミいたって分かってたろ。何故にどーしてそういうアホい真似を!」
「写真って写るものなんじゃないですか?」
「文脈が掴めないから黙れ」
「はにゃ!?」
ぐい、とパールを持ち上げほっぺたむにゅー。
だが体勢のせいか、片手で持ち上げると腕が彼女の多少は豊かな膨らみを持ち上げることになってしまう。
もにゅ。
「へ、HENTAI! マスターの変態!?」
「公衆の面前でそういう単語を使うなああああああ!?」
異質な空気の漂う中で、マスコミに混じってシャッターを切る
春緋の混ぜるな自然っぷりが何とも。
「……ちょっと待て」
「んあ?」
顔に引っかき傷ができそうになっていたところで、誠二の声に顔を上げる。
誠二は、ただ一点を指差していた。
「あれは、何だ?」
彼の眼前にあるそれは、白いロボットを囲っている、光の鎖。

「いきなしかい!」
彼は言わざるを得なかった。
何かを拾ったと思ったら突然襲われ、このザマだ。
手に入れた瞬間、ある程度のルールは理解した……だからといって、
その直後に襲われるとまでは誰が予想できようか。
「ワイが何をした!? おのれらただじゃ済まさんぞ!?」
いくら足掻こうが、この光の牢獄から何のリスクもなく逃げ出せる手段はない。
「……このままサツ待つっちゅーのもなあ」
彼は考える。この先、目的を満たす方法を。
ただ今は、光の牢獄の中で。

その光景は、店内の殆どの目についていた。
「好機!」
煙に巻くならば今しかないとばかりに、ダンカンが涼に向き直り、拳を放つ。
それを軽々しく涼は受け止め、がら空きになったところに拳を―――
「ち、広瀬!」
銃声。
誰もが振り向いた先に、既に俊暁以外の人間はいなかった。
「あいつら……! 来い!」
呼ばれたことで漸く、それまで固まっていた四人は動き出す。
階段の下には、倒れ伏している涼と、いくつかの血痕。
「藍澤さんは広瀬を診て、高見君は連絡! 天城君は待機! 追ってくる!」
三人に発言を許さず言うや否や、駆け降りて集団を追いかける俊暁。
……彼がその場から抜けてから、三人が動くまでに数秒を要した。
「広瀬さん!? 大丈夫スか!?」
明らかに落ち着きのない総一、狼狽するもその声に返事は帰ってこない。
「連絡、といっても……」
普段冷静な誠二でさえ戸惑う中。
こういう時は女性の方が肝が据わるというのか、春緋は特に焦った様子もなく、
一階のコンビニの照明を頼りに外傷と意識を確認していた。
「大丈夫、涼さん? ……目立った傷はないわね」
服の上から確認できるものはなかった。この血痕は……?
「マスター、誠二さーん、春緋さーん」
その声に階段の上を見ると、パールが棒状の何かを振り回していた。
「もしかして……来て、パールちゃん!」
駆け下りるパール、その手元には警棒っぽい何か。
もしやと思った春緋は、それをパールからひったくり―――
「あべべべべべべべ!?」
総一にぶつけてみた。被害者二人目の出来上がり。
「電磁警棒ね。さっきの銃で撃たれて落ちたのかしら。
 となると、多分集団で電撃喰らったのね……どうしよう」
「おまえなー」
冷静になるのはいいが、気にして欲しかった総一。
呆れ果てながらなんとか立ち上がろうとした時。
「痛づうっ!?」
抓られた。
振り返ってみると、腕を思い切り抓っていたのは涼。
「……待て。静かに」
意味があって抓っているわけではない。この状況で抓るのは何故総一だったのか。
何かしら伝えたい、伝えられることのアピールだったとしたら?
制止したのは誠二。その直感が当たっていたのか、微かに声が聞こえる。
「今、ろくに動けない……高見君は先に俊暁の応援、警察を呼んで。救急車はまだいい。
 春緋ちゃんはここに、何かあったら指示は出すから」
指示の邪魔になると判断したのか、誠二は言葉を聞くや否や少し離れ、携帯を開く。
「……俺は?」
一人だけ、ぽつねんと立っている総一。
彼だけ何の指示も受けていない。アフロもロボ持ち出さなければ意味がない。
万一に備えろってことであれば納得がいくのだが……。
やることがない、それ自体が天城総一という人間にとっての苦痛。
そんな思考の巡る中、
「……あ」
唐突に、声が上がる。
「あれ、ベルフェリオンです!」
パールの一言で、周囲が固まった。
状況を考え、彼女を引き寄せ。
「人前で暴露すな。で、マジなのか?」
「はい。あれは確か光のベルフェリオンです」
なんという。デバイス同士惹かれあうとでもいうのだろうか?
目の前に居るのはベルフェリオン、となれば……
自分を嵌めるためだけにこんな手の込んだ罠など作らない。
そして、JDAの疑いがあるアフロは目的のために動いていた。
「―――ああ」
瞬間、月が隠れる。空を見上げる。納得がいった。
そこにはひとつの影があった。
まるでUFOキャッチャーの景品の視点になったようだ。
巨大なアームを携えた飛行物体が、頭上を浮いている。
簡易型輸送ユニット、ハング・キャリアー。
そう。あのベルフェリオンもまた、別の形で狙われているのだと納得した。
「総一、あんた行って」
時間がない。確かに、呼ばれるのは納得がいく。
「……一人で、か?」
「今は一人でしょ。いいから!」
目標を見上げる。
不安はある。どうやってこれを突破する?
そもそも、護衛がいないのがおかしい。集中砲火されたら?
それらを一人でできるのだろうか……?

「むにゅー」
思考は途切れた。
両頬がパールに思いっきり引っ張られたせいだ。
とりあえず拳骨。思いっきり痛がり涙目のパール。
「……落ち着きましたか?」
呆然。意外な言葉だった。
パールにかけられる言葉とは思っていなかったせいで、一瞬思考が飛ぶ。
「だってマスター、すっごく怖い顔で」
そこで漸く気付いた。ああ、俺はこいつにまでいらん心配かけさせたのか、と。
軽くパールの頭に手を置いて、撫でる。
「やるか」
とりあえず思い切りぶつかって、やるならその後だ。
それに何度も言うが状況も時間もまずい。
意を決した総一は、差し出されたパールの手を取る。
そして、静かに唱えるその言葉。

―――デバイス・オン


空に浮かぶ巨大な影。
速度が減速してきているということは、真上からこの檻を確保するというのだろうか。
「どこがどうして、こうなったんやろな……」
自分はただ、強く願っただけ。
人が気持ちを持つだけで罪になるのであれば、それはどんなに残酷なことか。
この状況は仕方ないとし、次の展開をただひたすら待つ―――
『ふんぬ!』
そんな思考に邪魔が入った。
「な、何や!?」
光の巨人を取り囲む檻は、球体状の六つの機械からエネルギーの檻を展開して完成する正八面体。
その一つに取りついて、必死にどうこうしようとしている機体が居た。
「一人で何しくさっとんのや!? 何か取られたくない奴でもおるんか!?
 それとも、お前もこいつが欲しいんか!?」
おそらく自分と同じような状況の人間だろう。
あれがベルフェリオンというのは、すぐに分かった。だからこその言葉。
願いを叶えるためには、真なるデバイスが6必要。
同じデバイス所持者同士が協力し合うなど、考えられない。
『いきなりその言い草はねーだろ! 人が折角出してやろうってのに……あぐ!?』
防衛機構が発動。エネルギーを纏われ、苦悶が漏れる。
言い返す言葉は途切れ、手が離れそうになる……離す気はなかった。
「どんな裏があるっつーとんのや! 何のためにそこまで!?
 交換条件なら事後でも呑まんぞ!?」
意味が分からなかった。
ベルフェリオンが、他のベルフェリオンを助ける?
デバイスを争奪する相手と聞いて、始めに会った所持者はこんな大馬鹿野郎。
信じられない、到底信じられない。
「教えて……やるよ!」
それでも離さず力を込めるベルフェリオン―――罅が生まれる。
「俺の、勝手でしか、ねええええええ!!」
弾ける。
檻を支える球体が破壊され、エネルギー障壁が一瞬揺らぐ。
「今のうちに……って、おおう!?」
だが、彼らの目の前に障壁が消えたのは一瞬だった。
正四面体を展開する4つの球体、残り一つが外のベルフェリオンに向かう。
「勝手って何や!? そもそもお前一体何の分際でこんな……うお!?」
檻が浮き始める。空から降りてくるアーム。時間がない。
「やば……んな、くそ!」
躊躇せず、浮遊する檻に飛びつき―――弾かれる。
「うあ、がああああああ!?」
落下したところで、エネルギーを纏った球体が背部に体当たりを仕掛け、大きく吹き飛ぶ。
体制が不十分ながらも、よろめきつつも、それでもまだ立つ。
「馬鹿かお前は!」
「……ああ」
立ち直った瞬間、即座に答えが返ってきた。
自認である。
「弾かれる、なら―――!」
既に地上からは少しずつ浮き始め、飛びつくのもこれが最後になるだろう。
もう迷っていられない。
檻に向けて再び飛びつき……一回は弾かれたそれも、二回目は違った。
『え、ちょ、マスター!? それ、止められてるんじゃ!?』
銀色に光る左腕が、障壁に食い込んでいたのだ。
「お前……」
「もう喋るな、出れ!」
これで終わるつもりはなかった。もう片方の腕も、強引に障壁に突き込み。
「ぅぐががが……」
自身の腕で自身が焼かれる。構うものか。
左腕が光って、右腕が光らない道理はない。遂に両腕が眩く光り、障壁に隙間ができる。
「がふっ……おおおお……!」
球体が追いつき、背面からベルフェリオンに激突。
それが、上方に彼を押し上げる力になったのかは分からない。
「―――らああああああ!!」
遂に、破られた。

光を破った腕から弾けた爆光は、球体のみに吸い込まれ、飲み込み、消失。
直前に光のベルフェリオンが逃れられたおかげで、結果オーライにはなった。
「手の感覚がねえ」
代償は大きい。
こじ開けるために酷使した挙句、拒絶の光を暴走させた結果がこれである。
総一は今更になって自覚した。俺の両腕はボロボロだ。いや、冗談でなく。
実際もとの状態と比べるともはや見る影もないほどに荒れ果て、
あちらこちら大きく罅まで入っている。
『……私、言ったんですけどねえ。使いすぎ注意って』
「今言うか」
確かに言っていたが、やってる途中で何か言うとかやり方はあったはずだ。
『だって止まらないでしょう?』
「勿論」
即答。
それこそが天城総一の道理。一度やると決めたことは絶対にやり遂げる。
「……何やお前ら、本気でただワイを助けに来ただけかいな」
呆れるほかない。助けた人間にすら呆れられる。
勿論、後悔はしていない。
「俺の勝手だっつったろ」
はっきりと言い捨てる、その一言が何よりの証。
「全く……」
この状況をどうしようかと、上を見上げたとき。

「で、あれ何や」
空から降り注ぐのは、多数の球体。

「何なのよ、これ」
その光景を、ただ眺めることしか出来なかった少女がひとり。
何もハング・キャリアーは、無防備で来たわけではない。
攻防に移送と、汎用性の高い球体状の装置を多数搭載していた。
四つ爪のアームを支えている、本体側から吐き出された球体が二機に降り注ぎ……周囲に電撃が舞う。
「……出そう」
不安にかられる春緋に声がかかる。
だが、その声の主は未だ起き上がれすらしない涼。
「広瀬、さん……? 今そこまで広瀬さんが動けるはず……」
そして、彼女の声もか細く、まだ動けるとはいいがたい。
「……私以外が、動けばいい」
「あ……!」
そう、彼女には手段がある。この状況を破る手段が。
「右腕……時計、こちらに……」
顎で示す。かろうじて、できるのはその程度であり。
察した春緋は、涼の右腕を口元に近づける。
状況を破る手段。無闇に使うものではないが―――仕方ない。
「ウェイクアップ……ツヴァイ、ドライ」

状況は最悪。
動くこともできず、ただ飛び散る電撃を受け続けることしかできない。
意識がはっきりとしない。今、光のベルフェリオンはどうなっているのだろう。
『マスター! しっかりしてくださいマスター!?』
声が、聞こえる。
それだけが、今の天城総一の意識を繋ぎ止める。
思考も乱され、何を思い出したらいいかわからない。走馬灯すら巡らない。
格好悪いったらありゃしない。……こんなやられ方は、嫌だな。
せめてもう一度、もう一度やり直すことができたら違っていたかもしれない。
『マスター、大丈夫ですか!? 今のうちに!』
……考えているうちに、電撃が止んだようだ。しかし、今のうちに?
「……ぁー」
周囲に光のベルフェリオンはいない。どさまぎに消えたのだろうか。
視線は上を向いて―――流れる球体。
暗闇の空、不休の街の明かりに照らされて、その蒼き巨体はあった。
「ドライ、フォート……か」
まともに動けるのがドライフォートだけと判断しているのか、
球体は総一を無視し、ドライフォートのみを追いかけている。
今なら、動ける。
周囲を舞う球体の無視具合に好機と感じ、身体を―――

起こせない。
起こしたところで、今の俺に何が出来る?

脳裏に浮かぶは真紅の記憶。
燃え盛る周囲に逃げ場はなく、膝元には一人の少女。
自分も、彼女も動くことは出来ない。
必死に叫んで、気付いてもらおうとして、誰もいなくて。
熱くて、煙くて、息苦しくて。
この炎の中、飛び込むような勇気もない。助けも、ない。
ただ弱っていく少女を必死に抱え、叫んでも叫んでも、
その声は周囲の音にかき消されていく。

ああ、こんなにも無力だったのか。
視界が、真っ赤に染まる。

「―――っ、でえええええ!?」
飛び起きた。
思い切り頬をつねられたような感覚。
『人の話聞いてくださいよ馬鹿マスター!』
「何が!?」
『ぼーっとしてたら無駄になっちゃうじゃないですか!
 折角広瀬さんが出してくれてるんですよ、あの2機!』
ああ、そうか。
言われて気付く。俺は折角の想いを無駄にするところだったんだ、と。
「……だからって、どうすんだよ」
それでも、どうしようもない。
「どうすりゃ、あれに届くんだよ」
飛べない、撃てない、届かない。
あのUFOキャッチャーのような機体に、届くはずがない。
今の俺に、価値はない。
『……じゃあ問題です。化学Ⅰの教科書、この前やった水素のページはどこだったでしょう?』
「しまいにゃキレるぜ俺」
絶望的な状況は苛立ちを呼ぶ。
だから、気付くことはあまりない。
『分かりますか? 水素の性質、酸素と化合してどっかーん!』
「だから今更どうだってンだよ!? それで何とかできるってのか!?
 大体手段がねーっつったのはテメェだろーが!」
気付かなかったのは、彼女もそこまで空気を読まないことはないということ。
『ありますよ?』
即答。
『確かに武器はなかったですけど、行使できるものが何もないとは言ってません。
 ベルフェリオンは、願望を叶える「がんぼうき」。
 マスターが強く心に描けば、その願望は叶うんですよ!』
……そうだ。
自分の言葉を思い出す。確かに、攻撃手段を『武器』に固執していた。
彼女の言葉を噛み締める。今まで願うたびに、力はこの手に宿っていた。
この理解が、間違っているならそれだけだ。
「『とべる』、かな」
無様でも、よかった。
腕が使えない。無理矢理身体を起こし、立ち上がる。
『天城総一が願うのであれば、叶えるのが私です』
やりたかった。
見据える道路。都合のいいことに、空の脅威とは一直線。
走り出す。駆け抜ける。二度と追いつけないくらいに、球体が襲ってきても振り切れるほどに。
十分な加速がついた。今ならいける、やれる。一人じゃないから。
空気が、変わる。

「せぇ、らああああああ!!」
―――あの頃のようなことには、なりたくない!

爆音が街に響く。
踏みしめた片足の裏で、その力を受け止めて。
気付けば、夜の街が視界に広がる。
そして……確かに、輸送機の上を取った!
迷わない。そのまま足を、踵をを直上から振り下ろす。
大きく凹む装甲。まだだ、まだ終わらない!
「弾けろ!!」
散った火花が、さらなる爆発を引き起こす。
大きく吹き飛び、映った視界には―――
推力を失ったのか、煙を吹きながら落下するハング・キャリアーの姿があった。

―――ほら、できるじゃないか。最初から諦めるからできないんだ
「全く、その通りだよ……父さん」

落ちていく。
もう一片の力も残っていない。本当に、出し切った。
輝く夜空の星が澄み渡っている。空に向かった視線が、その瞬きを捉えて。
全てがスローモーションに流れる。気持ちいいほどに透き通る思考。
何を成せたのだろう。何をするのだろう。
腕の痛みなど思考の外に追いやられ、今だけはこの瞬間が全て。
ただ一つ、思ったことは。
こんなにも夜空が綺麗だと思ったのは、何年ぶりだろうか。

―――気付けば、何かの上にいた。
「……ああ、いたな、そういや」
ツヴァイドリル。
ハング・キャリアーを散々翻弄してきたのは、一機だけではなかった。
ずっと視界の外にいたもう一機に拾われて、これは失礼だろうな、と思いながら、
ただ揺られて降下する。
『どうでしたか、マスター?』
「ああ……とんでもねー力だよ」
パールでさえこれなのだから、他のベルフェリオンではどんなチート能力が飛び出すのだろうか。
今は考えても仕方がない。そして、彼はもう一つ想っていた。
こいつと一緒なら、負ける気がしない、とも。


「ぎゃぼ―――っ!?」
訂正。負ける時は負ける。
「私は使うなと言ったはずだ」
受けたダメージなど回復したかのように振舞う涼。
騒動の翌日、手術を受けた後の総一に待っていたのは、実際に車田飛びするほどの平手であった。
「うわあ……マスター、大丈夫ですか?」
「痛いなんて話じゃねえ」
「大丈夫ですよ。二、三日したら治りますから」
「傷口開いてそうなんだが」
倒れた総一の腕に巻かれているのは包帯。そして、その包帯から縦に血の線が滲み出す。
昨日限界を超えて能力を酷使したため、腕がところどころ肉まで裂け、
皮膚も酷い荒れようだった。
一応指は動かせなくもないが……。
「……総一も総一だが、大量の電撃を受けてこれは規格外過ぎるな」
「ですよねー。さすがに広瀬さんは格が違ったわ」
まるで他人事のように眺めながら感想を漏らす誠二と春緋。
というか他人毎である。
「でもマスター、よかったですね。今日明日と土日で」
腕が使えないということは授業も受けられない。
今の総一にとってこれはありがたかった。
「授業にまでかかると後が大変だからな……」
「ああもう、しっかりしなさいよ」
今のままだと立つのもままならない。
春緋が肩を貸してくれたおかげで、なんとか立ち上がる。
「そうならないように、二日間きっちり休んでおけ。私も予定外に疲れたし、休業だ」
見るだけなら疲れたようには見えないのだが、それは彼女が凄いだけなのだろう。
とにかく、休みが与えられたのだ。有効に使うほかないだろう。

……久しぶりに、やれることやっとくか。
休みの使い方を考えている時に、ふと何かを想ったのか、涼が横で立ち止まる。
「無茶はしすぎていたが、よくやった」
予想外の言葉。
思わず振り向いた総一に、向けられたのは微笑み。
「すまなかったな、大変なことをさせて。
 私のできる限り一人にはさせないから、無茶はしないでくれ」

ふいに、言葉を漏らす。
「無茶が無茶でならなくなるように、強くなりたい」
それは天城総一が、昨日という一日の中で感じて、願うこと。
ベルフェリオンは、「がんぼうき」。
彼がそれを叶えられるかどうかは、まだ誰にもわからない。


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最終更新:2010年01月15日 21:31