あたしに会う人は、総じて苦い顔をする。そして言うのだ。「今は新人はいい」と
あたしはそうゆう要請がきたから会いに行っているのを理解している。あたしを見てその要請を取り下げるんだろう
訓練では充分な成績を出してる。でも、あたしは女の子だから、嫌がられる
今日会った人は、今まで会った人たちとは感じが違った
あたしを見たとき、ちょっと困った様な顔で微笑んだのだ
それは今までにない反応
その後数分、あたしを連れていた人とその人は話し合い、結果その人はあたしの上司になった
「ヘビーガードで、良いかい?体力に不安があるなら、機体を振り回すときのGが比較的弱い分、負担は小さいと思うんだ」
「はい。お願いします………どうしてですか?」
「うん?」
「どうして、あたしを隊に入れてくれたんですか?」
「どうしてって……君はボーダーだろう?」
「はい」
「俺は男女平等、能力主義のつもりでね。女の子だろうが、それ相応の能力があると思えばやってもらうさ。訓練の結果は充分、そう判断した」
パンと書類を指で弾く
「……ところでさ、好きなことってあるかい?」
「好きな……こと…ですか?」
「うん。なんでもいい」
「あたしは……パイロットしか、できませんから………」
「言い方が違うな。パイロットしかできない、じゃなくて、パイロットしかしたことない、だろ?」
「………」
「ん。気を悪くしたならすまない。正直、予想はできてたんだ。だけどさ、そういう言い方は良くない。他のことができないんじゃない。他のことをしたことがないだけだろ?」
「違い、ありますか?」
「この差は結構大きいと思うな。俺は」
好きなことは?なんて訊かれるのも、ましてこんな言葉をかけられるのも、初めてだった
「今度の休み、街にでも行こうか」
「え?」
「君はボーダー、兵士だ。って言ったって、その前にまず、子供だよ。子供はさ、色んなものを見て、色んなものに興味持った方が良いんだよ」
大人みたいな言い方だがね、と隊長は恥ずかしそうに笑う
今までに会った人たちとは、まったく違う人―
部隊員補充の申請を出したら、それの返答は一人の少女だった
ピクニックにきていた女の子がウサギの後を追って縦穴に入ったらそこは兵舎でした、くらいの違和感はあっただろうか
まぁ、ありうることだとは思う。BRの操縦に特別馬鹿力は必要無い。体力は必要だが、あの狭いコクピットに入るなら大の大人より都合は良いだろう
子供が戦場に。狂ってる、とは思う。が、気にしたところでどうなるというのか?なにか変わるか?割り切るしかない
担当の職員から、何度も入隊を拒否されたとは聞いた。分からないではない。子供を戦いに巻き込みたくないとか、そういうのなんだろう
お優しい考えだと思う。そういうふうに生きてきた子供を無視出来るのだから
案の定、パイロットしかできない。とその子は言った
会った大人は何人もいたろうに、誰もそれ以外のことは教えないかよ
それは多分、いけないことだ
だから決めた。この子を守る。俺が、守る
偽善、なんだろうとは思う、が、しない善より、する偽善の方がマシと思いたい
もしかしたら、父親とか、そういうのにも憧れてるのかもしれない。こんなこと続けてるうちは、無責任に家庭なんか持てないから
それならば所詮、情けは人のためならずとでも言ったところか
それならそれで気は楽かも知れない。所詮は自分のためなのだから―
「いいな、君にとっては初の実戦なんだ。離れすぎるな。一人でなんとかしようとはするなよ?二人は、ちゃんとフォローしてやってくれ」
『了解……』
『分かっている』
『了解です』
敵基地レーダーの破壊。それが今回の目的。
左翼から味方部隊が突入。少しの時間を置いて俺覗く三機が右翼から迂回して味方と一緒に敵を挟撃。それが陽動
主目的のレーダー破壊を担う戦力は俺だけ。単独で更に戦場を迂回。敵の索敵を抜けてレーダー壊してこい、と、言うだけなら簡単
なかなかの規模の基地だ。一機で近付く様な場所じゃないが、まあそのあたりは敵の油断もあろうし、できうるかぎり遠距離から破壊しようとは思う
『そちらこそ、単独で無茶はしないでくださいよ?』
「なに、勝てはしないだろうが、負けない方法ならいくらでもある。どうとでもなろうさ」
命は惜しい。誰とて
「そもそも、狙撃銃で接近戦はしないよ」
38式新式。わざわざ今回のために新調したものだ。絶対的な威力こそないが、バランスは良いものだと思う
『だけど、レーダーを壊しておしまいなんですか?』
「ん、たぶんそうだろ。少しでもこういうことやってさ、大規模な攻撃があるかもしれないと思わせるのも大事なことだよ」
何かが空を裂く音…
『榴弾……始まったな』
「そうだな…ここで分かれよう」
『あ、あの……』
「ん?」
『気をつけて…ください……』
「うん、そっちもな。これが終わったら、また街に行こうか?」
「は、はいっ!」
左手のアパート。その向こう側からBRのブースト音―
存外、楽なものだ
この手の任務は初めてじゃない、が、これほどすらすらと進むのはそうそうない
まるでピクニックだ。弁当でも持って来れば良かったか
どれほど装備や数が充実してようが、所詮扱うのは人か
それとも、前線がそれほど奮戦してくれてるか
―あの子は、どうしているか―
嫌な大人だな、俺は
自分が戦場に引き摺り出したくせに、こういうときは心配してみせる。まるで自分は悪くないかのように
あの子のことは、何も知らない。分かっているのは新人としては優秀、ということくらいか
どうしてボーダーになったか、なんて訊いて、気分の良い答えが返って来るとは思えない。それに加え一番嫌なのは、あの子を可哀相と思うこと
それは最低だ。あの子の人生を評価する権利は、あの子しか持っていない。実際に過ごしてない奴がそれを思うのは、最低なことだ
街に行ったとき、あの子は嬉しそうだった。基地では見せない笑顔で、基地では見せない無邪気さで
物静かな子、そう思っていたが、大きな間違いだったらしい
それは嬉しいことではあったが、自分達が大人の都合でどれだけあの子を殺してしまっているかの証明でもある
駄目なことだ
子供が大人を困らせるのは良い、だけど、大人が子供を泣かしちゃいけないんだよ
いったいどうしたら、あの子は俺を許してくれるかな?
……なんだかんだで、俺はただ、あの子からの許しが欲しいだけ、か
まったく、嫌な大人だ
任務中に雑念、パイロットとしても失格レベルだ。それでも最初の目的地に着けてるあたり、どうだかな……
まぁいい、後はレーダーに出来る限り弾丸をお届けするだけだ
速い……
あたしが撃ってきた的は、これほど速くは動かなかったし、こんなにごちゃごちゃと建物なんてなかった
ウィーゼル機関銃Rが唸り、空薬莢が跳ねるが、肝心の弾丸は敵が遮蔽にとった建造物を砕いて止まる
「くぅ……」
手が痺れる。疲労か、まだ数時間と戦ってもいないのに―
『四番機!装甲に頼り過ぎだ!』
「は、はい!」
なぜそれほど自由に動けるの?この頭に響く爆発音が聞こえないの?身を竦ませる弾丸の金切声を聞いていないの?
怖い、恐い、こわい……
それを振り払うかの様にこわばった指先を動かす。ウィーゼルを赤熱させる。弾丸をばら蒔き恐怖を追い払おうとする
それなのに、恐怖はまるで離れていってくれない。敵は何機?一機?それともあたしは囲まれているの?
『四番機!撤退!……撤退よ!?』
なんて言っているの?分からないよ?
あの人は、優しかった
あたしはこれからもずっと、BRのパイロット。そう思っていた
だけれど、違った。あの人は、それは違うって言ってくれた。あたしはもっと、色んな事を知るべきだって言ってくれた
それは、嬉しいこと―
あの人は、あたしを街に連れていってくれた
それで私は、色んなことを知った
街は、賑やかな場所。パフェは、甘くておいしい。ぬいぐるみは、かわいい
あの人は―あたたかい
なんだろう?まるで、太陽みたいな人。今までで、一番会えて良かったなって思う人。あたしが笑えることを、教えてくれた人
『嫌になったらやめていい』
あの人はそう言ってくれたけど、やめる気は、ない。あの人と一緒にいれるから
また、会いたいのに、一緒にいたいのに……街に行こうって、言ってくれたのに………
追い詰められた。狙われている。二、いや、三機のシュライクタイプ。どれもたぶん、あたしより上手い
必死に逃げた
あたしは、銃の撃ち方を知っている。だけど、いつ撃てば敵に当たるか、どこを撃てば包囲を抜けれるか、あたしは知らない
そう、知らない、この包囲から逃げられない。逃げられなきゃ、倒されるだけ
敵はさっきから、少し姿を見せてはすぐ隠れる
リロードをさせて貰えない。装甲と弾丸が奏でる擦過音が嫌にはっきりと聞こえる
味方は見えない。やられたわけじゃないだろう。あたしがそれから離れたのだ
逃げることもできない。倒すこともできない。倒されるのを、待つだけ
いやだ、いやだよ……助けてよ………
敵がビルからビルへ、視界を横切る。追う様に火線をはろうとするが、たった数発放ち、ウィーゼルが沈黙する
弾切れ―
連射を止めるにはあまりにも不自然
悟られた。シュライク二機が正面と右から、くる。もう一機もどこかに
前にはシュライク、後ろにはHGの推力じゃ越えられない壁―
「助けて……」
―影 何かが、上から―
シュライクと交差―正面からきていたシュライクが、胸からソードの柄を生やしていた
右のシュライクが、あたしに向かってサブマシンガンを撃つ。が、何かが弾丸を防ぐ
青い、壁?……シールド?
上から降りてきた何か―クーガーが二、三の家屋を飛び越え、もう一機のシュライクに飛び掛かる
それに気付いたか、急ぎサブマシンガンの銃口をクーガーに向けるが―
クーガーがサブマシンガンを左手で掴み、逸す。だけじゃない、引いた。まるで二機がダンスでもするかのように絡むが、クーガーの右手にあるのは、マーゲイ・カスタム
連発するマズルフラッシュがシュライクの頭部を照らし、その形状を崩していく
『……なにが食べたい?』
目の前のクーガーからの問い掛け
「……え?…」
食べたい?―
『今度さ、街行った時、何が食べたい?なんでも良いぞ。ケーキでもピザでも、なんでもところで唾を飲み込め、深呼吸しろ。ゆっくりな』
「あ、シュ、シュライクがもう一機……」
『寝てるよ、新式の弾丸とソード交換してくれる良い奴だ。とりあえずトリガーから指を離せ』
「え……あ…」
その言葉を理解するのに十数秒、かかった。ゆっくりと、震える指を伸ばす。今更目の前のクーガーに乗っているのが隊長だと気付く
『できたか?ゆっくりで良い、落ち着け。周りは俺が見てる』
クーガーがマーゲイをリロード。地面に転がっているサブマシンガンを拾う。なんだろう、機械の動きなのにとても滑らか、リラックスして見える。堂々と、悠然と
こんな人が、あたしを守ってくれる
安心感。震えが止まるのが分かる。隊長の声があたしに力をくれる
「だ……大丈夫、です……」
『無理は、するなよ。機体は捨てたっていい』
「……いけます」
『そうか、とりあえずウィーゼル、リロードしとけ。味方は、南……こっちだな。俺が背中を守る』
「あたしが前、ですか?」
『おう?殿のがきっついんだぜ?やるか?』
「いえ……」
ただあたしは、敵に見つかりにくいとか、そういうルートの取り方が分からない。いや、分からなくなった
訓練と実戦は、全然違う……怖い……
『アドバイスはするさ。さ、ぱっぱと帰るぞ。いつまでもこんなとこにいられるか。』
だけど、この人と……隊長と、一緒なら―
「呼び方、どうにかした方良いかもな」
「ふぇ?」
あれから三日、無事に帰還し迎えた休暇。あたしにとって楽しみで仕方なかった日
お昼ご飯のカレーを食べているとき、隊長はそう切り出した
「よふぃかた……って何のです?隊長?」
「それ、それだよ。その、隊長、っての。あと口の中にもの入れたまま話すのははしたないぞ」
赤面して、言葉を繋ぐ
「で、でも、隊長は隊長ですし、年上ですし、そう呼べば問題ないって、言われましたし……」
「でもさ、ぬいぐるみを抱えてる女の子の口から聞く言葉ではないよ」
ぬいぐるみ。そう、ぬいぐるみ
生還記念、だそうだ。好きなのを選べと言われて、あたしは腕に抱えれる小さなくまのぬいぐるみを選んだ
もっと高いのとか、大きいのでも、と隊長は言ったけどあたしはこれが良い
人からもらう、初めてのプレゼント。嬉しくて嬉しくて、ずっと持っていたかった。これを離してしまったら、この幸せが逃げてしまうのじゃないかと思う
「じゃあ、なんて呼べば?」
「なんでも、というか、なれなれしいくらいがちょうどいいよ。呼び方も話し方もさ。お兄ちゃんとかどうだ?」
笑顔で言う。本気なのか冗談なのか、分からない
「おにい、ちゃん…………ですか?」
「その、ですますも、いらないな」
「………いい、の…?」
「もちろん。あ、一応言うがそういう趣味はないからな。呼び方を変えてくれればなんでもいい」
「おにい、ちゃん………お兄ちゃん」
「……お兄ちゃん………」
俺の背中にいる小さなお姫様は、どうやら俺の冗談がお気に召したらしい
首に回された腕には、たまにキュッと力が籠る。背中にある心地よい重さと暖かさ。すぅすぅと規則正しい吐息を耳元に感じる
少しでも、子供として接してあげたいと思う。こんなに小さくて、柔らかい手に、あんな冷たくて硬い操縦桿握らせてさ。嫌なことだ
買ったぬいぐるみは、この子との繋がり。俺の決意
この子を守る
最終更新:2009年12月13日 19:02