アットウィキロゴ
 数日後、成田空港のロービーで、某虎穴の紙袋を両手に抱えたレジーナと、それを見送る二人の姿があった。
「それじゃあ、もう時間デスネ」
「すまない。折角の誘いだったが、やはりアメリカでは流行らないとおもうからな」
「薫、全然すまなそうに見えないよ?」

 台詞の頭につけた言葉に反してちっとも申し訳なさそうに聞こえない薫に、優希はため息混じりに言う。



 ラブホテルでさらに二回戦を経た後、優希はすっかりダウンした薫に正直に言った。
 レジーナに対する嫉妬と不安。
 薫に対する不信。
 全て聞いた後、薫は言った。

「それに関して君に非はない。信用されないような言動を取り続け、迷うようなそぶりを見せた私に問題がある」

 そう言われたとき、優希は抱かれた時に思ったことを再確信した。
 やっぱり、自分は薫から離れられない、と。
 どうしようもなく不条理で、ボケまくりで、不器用で、誠実な彼から、自分は離れられないと。
 そして、同時に薫に見合うように吊りあうように、自分もがんばろうと思った。
 その第一段階として、まずはレジーナに、自分と薫との関係を正直に言った。



「けれど、正直なところショックデス。ユーキがカオルと付き合ってたなんて…」
「ごめんね、嘘ついて」
「Ah、別にかまいまセンヨ?むしろリアルツンデレ属性を見ることが出来て嬉しかったデス。
 けど…残念なのは本当デスヨ。本気でSteadyの座を狙ってましたカラ…」
「ごめん…」

 寂しそうなレジーナの表情に、優希は鈍い痛みを覚える。
 少し天秤が傾けば、薫の立ち居地は見送る側の自分の隣ではなく、見送る側のレジーナの隣だったかもしれないのだ。
 もしもそうなれば、自分はレジーナのように、笑えただろうか?

(強いなぁ…レジーナさん)

 いつか自分もあんな風になりたいな、と優希は思う。

「恋は水物デス、仕方ないデスヨ。諦めマス。
 その代わり、と言ってはなんデスガ、一つお願いがありマス」
「何かね?」
「一度だけ、Kissさせてクダサイ。それで、未練を断ちマス」
「それは…「いいよ」…!ユーキ?」

 難色を示した薫を遮って優希が首肯した。
 失恋は、きっと辛いだろう。その歩き出す切欠になるなら、キスの一度くらいは譲るべきだ。
 そう思いながら、優希は薫に言う。

「それで納得できるなら、いいよ?薫もいいよね?」
「―――ユーキが、いいというなら…」

 不承不承という感じで薫が答える。
 レジーナはまさか了承してもらえるとは思ってなかったらしく、感極まったように優希に抱きついてくる。

「Thank you!ユーキ、大好きデス!」
「どういたしまして。けど、一回だけだよ?」
「Of course.けれど、たっぷり堪能させてらいマスヨ?」

 笑顔で言うレジーナは、両手の平をパンッ、と合わせて

「というわけで、イタダキマース」

 言ってから、レジーナは獲物にゆっくりとにじり寄る。それから獲物の頬に右手を、顎に左手を添え、ルージュを乗せた唇を少しずつ近づけ…

「ちょっっっと!ストップ!」

 しかし、唇まで数ミリというところで、優希の手がレジーナの顔を押さえる。

「?なぜ止めるんデスか、ユーキ。ちゃんと歯は磨いてマスヨ?」
「いや、そうじゃなくてさ―――なんで、僕にキスしようとしているの?」

 引きつった笑顔で優希に、彼女にキスをしようとしていたレジーナは、掴まれた顔に意外そうな表情を浮かべる。
「なぜって…Kissしていいって言ったじゃないデスカ?」
「だからなんで僕なんだよ!?薫じゃないの?」
「Why!?なんで私がむくつけき男にKissしなくちゃいけないんデスカ!?」
「だってレジーナさんは薫を好きなんじゃなかったの!?」
「そんなわけないじゃないデスカ!?」

 レジーナは大きく息を吸って

「私の守備範囲は萌系美少女デース!」

 ホール全体に響き渡った突然のカミングアウトに、様々な人種が行きかう国際空港のロビーが、一瞬で凍りついた。

「………………え゛っ?」

 日本人と日本語がわかる外国人の視線を集めながら、優希はフリーズしかけた脳でレジーナの言っている事を咀嚼する。
 えっと…?つまりレジーナさんが好きなのは…?

(僕?)

 イやそんなわけはなかろうと、優希は助けを求めて隣に目をやるが、しかしそこに薫の姿はなかった。
 少し探すとちょっとはなれた所の椅子で、紙コップを片手に英字新聞を逆さにして開いている幼馴染の姿があった。

「薫!一人で『私は他人ですオーラ』ださないでよ!」
「はっはっは、何を言っているのかね見知らぬ人?ほら、オトモダチにかまってあげたまえ」
「ユーキ!観念して接吻デース!武士に二言はないはずデスヨ?」
「えっ、ちょ、ちょっとタンマ!

 タコのように唇を伸ばして迫ってくるレジーナを押し返しながら、優希は問い返す。

「だだだ、だってレジーナさんは薫をパートナーにって…!」
「Yes、Business Partnerとして誘いマシタ」
「ちなみに、Business Partnerは純然な共同経営者という意味だぞ、見知らぬ人」
「そ、それじゃあ僕が薫と付き合ってないって言った時ほっとしたり、ステディーな関係になりたいとかって言ったのは!?」
「ユーキがfreeって聞いて安心しただけデス。それにカオルとSteadyになりたいなんて一言も言ってないデスヨ?」
「そ、それって…」

 レジーナの答えに優希は足元が崩れていくのを感じる。
 では、数日前の自分の懊悩や葛藤って…

「全部、勘違い?」

 答える者はおらず、近くに居るのはオタクショップで買った袋を抱えながらこちらを狙ってくる同性愛者と、他人のふりをする恋人。

「さあ!誤解も解けたところであついKissを!」
「か、薫!たす、助けて!恋人がピンチだよ!?」
「はっはっはっ、何を言うかと思えば見知らぬ人、キスしてもいいって言ったのは君ではないかね?」
 冷淡に突き放す薫。ひょっとしたら焼餅を焼いて拗ねているのかも知れない。普段なら可愛いと思えるかもしれないが、目下緊急事態の優希にはそこまで思う精神的余裕はなかった。

「ふっふっふっ…逃がしませんよユーキ。私の舌技を以ってして、一発でこっち側に引きずり込んであげマース!」

 舌なめずりをして、ゆっくりと優希に迫るレジーナ。優希の肌にぶつぶつと、効果音つきで鳥肌が立つ。
 こんな女性になりたいなどという感想など、すでに忘却の彼方である。
 逃げようと思う意識に反して、慣れない種類の恐怖のせいで足が思うように動かない。
 そして、レジーナが間合いに―――入った。

「では改めて――――――――――
 イタダキマァァァァァァァァァァァス!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 こうして、このちょっとした騒動は幕を閉じた。
 この後、レジーナがアジア投資の足場として日本支社を強化するために、日本に住むようになり頻繁に二人のところに顔をだすようになるのだが、それはまた別の話である。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年10月08日 00:24