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 タイミング、というものがある。
 辞書的には適当、適切な時間を見計らうこととあるが、多くの場合それは運命と偶然のなせる業。
 さらに言うなれば、適当とはいっても、その適当さ、適切さが、のタイミングを得た者に有利とは限らない。
 そこで薫は考えた。自分がが置かれている状況――日曜の朝に、用事のついでに恋人の寝顔を拝見すべく勝手知ったる他人の家と、
こっそり忍び込み優希の部屋の襖を開けたら、大絶賛一人エッチ中だった、という状況はどちらなのだろうと。
 結論が出る前に

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 悲鳴とともに、薫は意識ごと吹っ飛んだ。珍しく投げ技だった。
 180センチ近い長身は優希の細腕によるとはとても思えない、速度と高さで回転しながら宙を舞う。その行く先には、錦鯉が泳ぐ池。
 薫は生臭さが漂う鯉の住まいに、犬神家状態で突っ込んだ。




 池から自力で脱出した薫を待っていたのは、着替えと朝食を用意したふくれっ面の優希だった。

「ごちそうさま、ユーキ」
「…あっそ」

 優希はそっけない返事をしてそっぽを向く。

「……どうしてそんなに不機嫌なのかね?先日の撮影の様子から考えて、君は見られることに快感を…」
「そんなわけないだろ!」

 噛みつくように言ってから、優希は食卓の上に並んでいた朝食用の食器を片づける。その口元はもごもご動かされ、

「なんで薫はあんなグラマーに…」
「僕はあれが付いただけでほとんど変わらなかったのに…」
「夢とはいえ…」

 など意味不明の一人ごとを紡いでいる。
 意味は不明だが、どうやら自慰を覗かれたことについて怒っているのではないらしい。

(ここは対応方法も判らぬ以上、静かに彼女の怒りが解けるのを待つか…)

 薫は畳の上に出された座布団に正座して、居間から見える庭の方に目をやった。
 そこには薫がダイブした池を中心として、立派な日本庭園が形成されていた。
 つい忘れがちになってしまうが、優希は東三条家という、古くから続く武門の家系の娘―――いわゆる旧家のお嬢様である。
 優希の家は父と兄(薫が今来ているのはこの兄の服)、そして優希の父子家庭だ。優希の母親は優希を生んですぐ他界。
 幼いころから父の開く道場に出入りしていたことから、身近な年上の存在はほとんど男性だった。これが優希の人格形成を決定づけたのだろうと薫は考えている。

(お嬢様らしいユーキというのも見てみたかった気もするが…)

 その場合、自分は優希を好きになっていただろうか?そして、優希は自分を受けて入れてくれただろうか?
 そう考えると、優希が今の正確に育ってくれたことに薫は感謝を覚える。

「……どうしたんだよ?そんな微妙に嬉しそうな顔をして」
「自分がユーキのような恋人を持てて幸運だと再確認していたのさ」
「……そ」

 不機嫌そうに細められていた優希の目が、虚を突かれたように見開かれ、すぐに薫から逸らされた。
 照れているらしいが、それを悟られまいとしているようだ。現に顔の筋肉は、弛みそうになるのをこらえて過度な緊張を見せている。
 穏やかな、しかしちょっとくすぐったさを感じる沈黙。
 優希はそのくすぐったさを払しょくすべく口を開いた。

「それで、今日はどうしたんだよ、こんな朝早く」
「ああ。実はこれが完成してね」

 薫は立ち上がり、縁側に行く。そこには薫が持ってきたカバンがあった。
 薫はその中を開き、DVDケースを取り出す。

「ぶっ!?」

 吹いたのは優希だった。理由はそのDVDのパッケージの写真だった。そこに写っていたのは

「ぼぼぼぼぼ僕ぅ!?」
「ああ、しかもフェラバージョンだよ?」

 薫の言葉を、優希は聞いていなかった。彼女の目は薫が取り出したDVDケースに釘付けだった。
 そこには優希が―――男性の一物を手にしながら、上目づかいに笑顔を見せている自分の姿があったのだ。

「ってことはこの中身…!」
「ああ。この間の撮影会の結果だよ。完成したのでイの一番に君と一緒に見ようと…」
「な、なんで僕と一緒に見るんだよ!これは僕とエッチできない時の為に、薫が一人で見るためのなんでしょ?」
「ああ、そうなのだが……実は根本的な問題について気付いたのだよ」
「……問題?」
「霞、だ」

 優希はどういう意味か分からず首をかしげる
 薫は疲れたように溜息をつきながら
「このDVDを撮る切っ掛けは覚えているかね?」
「うん。霞さんが桃ちゃんとレジーナさんと一緒に、薫のエッチな本を…………
 ……あ゛」
「そう言うことだ。家に置いておけば、また霞の手によって発見され、再び上演会、などということになりかねん。
 そして私は君とは違い、見られて興奮する性質ではないし――」
「僕だってそうだよ!」

 優希の突っ込みを無視して薫はこう続ける。

「――それに平常時は仕方ないとしても、している時の無防備なユーキだけは、独占したいのだよ。
 ユーキは、私のものなのだからね」
「……うん」

 自分のもの。普段の薫は決してしない、少し強引な言い回しに、優希は少し顔を赤くして頷き…

「って!危うく騙されるところだったけど、良く考えれば僕が同席しなくちゃならない理由がないじゃないか!
 見るんだったら一人で見なよ!」
「別に騙すつもりはなかったよ。ただ丸めこもうとしただけで…」
「同じだ同じ!大体、そんなの見て一人でするくらいなら……ぁっ」

 不自然に、優希のセリフが中断された。理由は、思わず本音が零れそういなったため。
 薫はこぼれそうになった本音の内容を察しながらも敢えて問う。

「一人でするくらいなら……なんだね?」
「ぅぁ…えっと…」

 失言を補てんしようと、必死に言い訳を考えようとする優希。
 しかし加熱しきった脳は上手に回転するわけもない。
 薫はDVDをバックにしまうと

「さて、今朝は君は一人のようだが…」
「う、うん。兄さんはいつも通り修行の旅とか言って行方不明で、お父さんは出稽古で、夕方まで戻らないけど…」
「ならば、たっぷり時間はあるね」

 入れ替えるように、カメラを取り出した。
「というわけで意欲作『絞ってあげちゃう』でデビューした新人女優東三条優希の第二作『お布団で…』の撮影といこうではないか?」
「へ、変なタイトルつけないでよ!」
「では、タイトルをつけなければいいのかね?」
「そう言う問題じゃ……」
「それに、どうしても撮るのが嫌だと言うなら無理強いはしないが?」

 問われて、優希は考える。
 理性の倫理をつかさどる部分が、こんなことはよくないと叫んではいるが…

「……他の人に見せたりだけは、絶対にしないでよね?」

 結局、理性の声は女としての本能と、痺れるような刺激を覚えてしまった記憶の前には無意味だった。






 その後、霞が映像の編集に使ったパソコンからデータをサルベージして『東三条優希・ベスト版』を作り桃子とレジーナと一緒に観賞会を開催し、
その場に二人がばったり出くわすまで、2人の睦言にはカメラが必須となったのだった。



 おわり

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最終更新:2007年10月08日 00:27