その視界に広がる光景は凄惨なものだった。
チーズのように穴を開けたビルとひび割れたコンクリートの地面、そのヒビからは雑草が生い茂っている。
その雑草もしんなりと頭を垂れて、もはやこの廃都市が死んでしまったことを無言で伝えていた。
かつての栄華を失った滅びの街、東京。
それが彼女――成瀬茨が強制的に連れて来られた殺し合いの会場だった。
無数の墓標めいて並ぶビル群は茨の死を待ち構えているようだった。
殺し合いというあまりにも悪趣味な催しと、人間の匂いを感じさせない死都となった東京に不快感が込み上がる。
しかし、その不快感を押さえつけて支給されたデイパックの中から一丁の銃を取り出した。
茨に支給された武器は突撃銃であるHK50だ。
人を殺すことに関しては、非常に使い勝手の良い銃である。
「……こんなもん、使いたくないんやけどな」
肩にかかるほどの黒髪を風に揺らしながら、茨は『関西なまり』の言葉を発する。
殺し合いに乗ったわけではない。
『人を殺す』ということは彼女の本質を考えるとあり得ない選択肢なのだから。
しかし、茨は無手で動きまわれるほど命知らずでもない。
あくまでこのHK50は自己防衛と威嚇用のものだ。
「しかし、東京とは。悪趣味やな……うちら以外は生きられへん街やぞ」
かつて東京は大地震に襲われ、壊れるはずがないとされていた原子力発電所が破壊された。
関東以北が放射能に汚染される脅威の事故。
日本と日本国民が被ったダメージは計り知れない惨劇だ。
そして、二十年近く経った今もなお東京は放射能に汚染されている。
そして、その放射能に汚染された街でも動き回れる特殊な人造の人間が作られた。
彼らは防護服がなくとも放射能の影響を考えずに動きまわることが出来る。
死都となった東京に取り残された人々を助けるための人に非ざる人形。
それこそが彼女たちコッペリオンなのだ。
「……なんや?」
茨はHK50を持って身構える、響いた物音を確かに感じ取ったのだ。
周囲を警戒しながら、慎重に歩を進ませる。
「ちょ、待て待てって! そんな物騒なもの構えるなよ!」
ビルの中から声が響く。
茨が視線を上げると、ビルの窓から布のようなものが垂れ下がっていた。
警戒しながらの交渉か、それとも罠に嵌めるための囮か。
茨は前者であることを祈りながらも、後者であった場合の対応を模索しながらビルの中へと足を踏み入れる。
すぐに発砲できるよう銃の引き金に指をかけながら、ビルの内部を歩いて行く。
「銃を下ろせって、そんなんじゃ話も出来やしねえじゃねえか」
二階から声が響き、茨は素早くHK50の銃口を階段部へと向ける。
その姿を見せた瞬間に銃口から火を噴くだろう。
「階段の手前まで銃を投げてくれねえかな」
響く声は高いが、その声質は女性のものと言うよりも少年のものであった。
茨はしばらくの間HK50を構えていたが、それ以上の反応が返ってこいないと銃口を下げる。
そして、備えつけられたマガジンを取り外し、階段へと目掛けて投げつけた。
「ヘヘ、とんだアマちゃんだな。本当に入ってくるなんてよ。
まっ、そっちのほうがこっちにはありがたいけどな」
瞬間、今まで途絶えていた反応が即座に返ってきた。
コツコツと床を叩く音が響き、声の主がその姿を見せてくる。
銃弾がなくなった以上、茨に対抗手段は薄い。
柱を背にして隠れるようにしながら、声の主の姿を伺った。
「まっ、こっちの武器はナイフ一本だ。そう警戒するなよ。
俺はバットだ、よろしくな」
現れた姿は声の調子から推測したとおり、少年のものだった。
ボサボサの髪にボロの衣装を身にまとい、ゴーグルを額に供えた少年。
その名をバットと言った。
「……生身、かい」
しかし、バットを前にして茨の口からこぼれた言葉はその『装備』に対する疑問だった。
先も述べたとおり、茨にとっての東京とは放射能に汚染された死の街。
人が生きることを許されない、穢された大地。
その大地に、バットは防護服もなしに立っていた。
「ったく、こんなナイフ一本でどうしろってんだよ」
右手に持った備前の短刀を見せつけながらため息をつくバットの言葉に茨の思考が遮られる。
そして、バットは茨の抱えるHK50へと目を移していた。
「姉ちゃんは随分と良い物持ってんじゃん」
「アカン、これじゃ強すぎる。殺すことしか出来ん」
HK50を憎々しげに撫でながら茨が言い放つ。
その茨の言葉に対して、バットは唇を持ち上げて笑いながら言った。
「じゃあ交換するか?」
「はっ?」
「冗談だよ冗談、そう怒るなって」
備前の短刀を手の中で遊ばせながら、バットは茨に背中を向ける。
対する茨は、東京の汚染についてどう尋ねるべきかという事案に手をこまねいていた。
放射能汚染と言えども、直ぐ様に死んでしまうようなわけではない。
しかし、死をゆっくりと近づけていることには違いない。
その宣告を行わなくてはいけない。
「デイバックの中にあったのはこんなナイフと、この機械だけさ。人を殺して回るにはちょっと頼りない」
「ガイガーカウンターか」
その宣告の時間を待っているとバットがポケットの中から取り出した。
バットの肩口から覗きこむように顔を出して、ガイガーカウンターの目盛りに目を通す。
「……なんや、これ?」
茨が目にしたもの。
それは『ガイガーカウンターが指し示す数値が正常である異常』だった。
ここは東京だ。
茨の記憶にある廃墟と同じ光景であるし、ルイ・サイファーもまた『荒廃した東京』であると口にした。
だのに、放射能は姿を消している。
「なんだ、どうしたんだよ?」
「いや、なんでもない……うん、なんでもないんや」
バットからも茨の異常が目に見えたのか、不思議そうな声で尋ねてくる。
その言葉にどう答えたら良いものか、茨は動揺を隠しきれずに窓から空を眺めた。
「……こんな時でも空は綺麗やな、嫌になる」
茨は窓から空を眺めてため息をつく。
人工灯のなくなった東京の街で星の光を隠すものはない。
隠れ場を無くすように星は茨たちを照らしていた。
「さっ、ここらでちょっと聞きたいことが……」
とにかく、今はバットから何かしらの情報を聞き出し、これからの方針を明確に立てよう。
茨がそう考えて、振り向こうとしたその瞬間だった。
「……?」
炎が浴びせられたような高熱を胸から感じ取った。
すっと視線を落とすと、白く美しい輝きが胸に突き刺さっていた。
「これって、ナイフ……?」
胸から生えた白刃を触ると、するりと指から赤い血が滴り落ちる。
それでも現状が理解できない茨は、刃を強く握り締めた。
当然、茨の指が斬り落とされる。
ようやく、背後の人物が刃物で刺突してきたという事実を受け止めた。
「……バット」
バットが自分を殺した。
単純明快な真実を認めつつ、茨は足元から崩れ落ちる。
呼吸すらままならない身体はまるで他人の物のよう。
それでも、視界の外で
バットの顔を染めていたものは、純然な恐怖だった。
「……」
死の恐怖に侵されたバットを眺めながら、茨は死の海へと無言で沈んでいった。
【成瀬茨@コッペリオン 死亡】
◆ ◆ ◆
息を荒く吐きながらバットは眼前の死体を見下ろしていた。
身体の震えは止まらず、茨の胸に刺さった備前の短刀を引き抜く力もない。
「呆気ねえな、おい」
バットは震える身体に叱咤するようにして残酷な言葉を口にする。
悪ぶった言動を取ることで罪悪感を忘れるようにしていた。
しかし、それも長くは続かない。
膝から崩れ落ちて、覚えた吐き気を抑えるために口元へと両手を当てる。
喉元まで迫ってきた吐瀉物を飲み込む。
目の前の死体と呑み込んだ吐瀉物に嫌悪感が広がる。
耐えらないと言わんばかりに、バットは片膝をついて荒く息を吐いた。
バットの胸にあったのは生への執着だけだった。
「やっちまった……」
茨の身体はぴくりとも動かない。
世紀末の世界で何度となく見かけた、生命の鼓動を止めた人間の姿だ。
それを、バットが創りだしたのだ。
そんなものを作ってでも、バットは生きたいと願ってしまった。
「生きたいんだよ……あんな、あんな世界でも……」
花は枯れ、鳥は空を捨て、しかしそんな大地でもバットは生きていた。
生きる理由がないことは、死を覚悟する理由にはならない。
たとえその先が暗闇でも、バットには生を諦める理由にはならないのだ。
そんな中でバットの脳裏に過ぎったのは一人の漢の姿だった。
(なあ、ケン。俺はこう思ってたんだよ。
アンタに会えたら、俺は生きられるんじゃないかって。
アンタみたいに、強く生きられるんじゃないかって。
アンタと会えたら、人を殺さなくていいんじゃなかって。
アンタみたいに、正しく生きられるんじゃないかって)
ケンシロウ。
あまりにも鮮やかで、あまりにも強い漢。
バットはその強さに慄くと同時に、憧れてしまった。
あんな漢になりたい、と。
(でも、俺には無理だ。あの時、アンタの強さに小便を漏らしちまったみたいに、俺はビビっちまった。
アンタは人を救えるかもしれないけど、俺は自分の心も救えない……)
ケンシロウを思い出すたびに自らが惨めに思える。
ケンシロウよりも弱い自分が腹立たしい。
他人を蹴落とすことでしか生きられない自分が、嫌いになる。
「畜生……こんなに弱いのかよ、俺って……」
空は残酷なほど遠くて、バットを責め立てるように輝いていた。
【江東区/一日目・深夜】
【バット@北斗の拳】
[状態]:健康
[装備]:備前の短刀@真・女神転生、HK50@砂ぼうず
[道具]:基本支給品×2、不明支給品0~3、ガイガーカウンター@コッペリオン
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る。
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| ゲームスタート |
成瀬茨 |
GAME OVER |
| バット |
[[]] |
最終更新:2013年06月13日 23:49