SF百科図鑑
『ハッカー~13の事件~』
最終更新:
匿名ユーザー
2001年
6/21
「ハッカー13の事件」読み始める。
「ハッカー」というテーマ自体には全く興味が持てない(後10年早ければねえ、もうはやらないでしょう)が、入っている作品のレベルが高いので、買わざるを得ない。ただ、「ハッカー」という陳腐なコンセプトでまとめられているために、実際の作品のレベル以上に個々の作品がつまらなく見えてしまうのが残念だ。一つ一つがこれだけクオリティが高いのに、通して読むとこれだけつまらない本というのも、逆の意味で凄い。売れないでしょう、この本。
しかし、個々の作品に罪はない。
ギブスン「クローム襲撃」★★★★
初の本格的ハッカー小説/サイバーパンクという歴史的意味がこの作品の価値を実際以上に高めているのは間違いない。ただ、プロット自体がくだらないというか破綻していることの多いギブスンにしては、小説としての結構が割ときちんとしているほうではないだろうか。まあ、ギブスンですから底は浅く、あまり深い思弁とか思想性は全くありませんけど。ハッカーのピカレスク失恋小説。
マドックス「夜のスピリット」★★★
中身がなく、スタイルだけの、ほとんど記憶に残らない凡作である。実際、今、どんなストーリーだったのか全く思い出せない。何だか、最後に正体不明のハッカーだかコンピュータウイルスだかに話し掛ける場面で終わったような気がするけど。退屈だったという印象しか残っていない。
イーガン「血をわけた姉妹」★★★★1/2
イーガンには医療産業の堕落ぶりを告発する一連の作品群があるが、本作もその系譜に属する新たな傑作である。後半で暴露される「三重盲検試験」のアイデアは現実にありそうで恐ろしい。ハードSFのホープのイーガンであるが、同時にSF界きっての社会派でもあることを証明する作品。しかし、これ、ハッカーなんて出てこないぞ???
キャディガン「ロック・オン」★★★1/2
膨大な70年代ロックからの引用にまず辟易させられる。完全にマニア向けである。ロックにはまるのはあんたの自由だが、それを何の罪もないノンケの読者に強要しないでよ、といわざるを得ない。ただし、頭のソケットにプラグを差し込んでロックを合成する「シナー」なるアイデアは(無理矢理作った設定の無茶さはあるにせよ)強烈である。
シルヴァーバーグ「免罪師の物語」★★★★★
シルヴァーバーグはSF界で最も短編の巧い作家の一人であり、本作もその名手ぶりが如実に現れた傑作である。ネタ自体は、ディクスンの「巡礼者の道」を思わせるものだが&&。ほどほどの思弁、ほどほどの娯楽性。万人に分かりやすくバランスの取れた物語を作り上げる才能は、やはり凡手のものではない。
ジャブロコフ「死ぬ権利」★★★★★
本書前半部分最大の収穫。前半は何が書いてあるのかよくわからないのだが、我慢して読んでいくと&&衝撃の結末。逆の視点から語られた「アルジャーノンに花束を」とも読める。イーガン的な題材だが、アイデンティティの追究に興味が向かうイーガンに対し、本作はあくまでも、老いとぼけに立ち向かう人間の悲愴な願いを描くことにその主な眼目があり、かつ、見事に成功している。近年作品を発表していないそうだが、他の作品にも食指のそそられる有能な作家である。
以上の前半を読んで呆れ返るのは、「本邦初訳作品」に傑作が集中していること。雑誌やアンソロジーに入って既に訳されている作品ほど陳腐なものが多い。わが国の翻訳SFの編集者のレベル、センスがわかるというものだ。
6/22
スワンウィック&ギブスン「ドッグファイト」★★★★★
面白かった。ゲ-マー小説です。これってハッカー小説とはいえんでしょう。スワンウィックの最高作とはいえないが、ギブスンの最高作でしょう(笑)。小説ベタのギブスンの欠点をスワンウィックの巧みなストーリーテリングとキャラクター造型力が補って、大傑作に仕上がっています。エンディングまで完璧な出来。
スターリング「われらが神経チェルノブイリ」★★★★★
大傑作。何だ、真面目な小説の方が全然いいじゃん。動物の知性化というネタはアンダースンの「脳波」など古くからあるものでウエルズにまで遡れるが、「バイオ災害」とからめているところが今風。レムっぽく論文の紹介文という体裁をとっているところといいスタイル面も斬新で、「タクラマカン」に入っているマンガっぽい駄作群より全然面白い。でも、これまでハッカー小説に入れてしまうのは、いくら何でもこじつけでは&&。
キャンダス・ジェイン・ドーシイ「マシンセックス[序論]」★★★★★
前半は何が書いてあるのかよくわからなかったが、我慢して最後まで読めば大傑作。再読して初っぱなから強烈な皮肉が効いていることに驚愕。セックスを軽蔑するあまり貞操観念のない主人公女性の現代的なキャラクター造型、性欲中枢を直接刺激するコンピュータプログラムという、サイバーパンクでガジェットとしてよく出てくるアイデアを核心に据えて快楽のみが切り売りされる現代風セックスをデフォルメして描出するその視線は恐ろしいほどに真摯だ。カナダSF恐るべし。思弁小説の見本のような作品。ただし、これもまた、どこがハッカーなの? 単なるプログラマーじゃん(笑)。
ダニエル・マーカス「マイクルとの対話」★★★1/2
このへんまでくると食傷気味になってきて、結構つらかった。これもやはり前半は何が書いてあるかよくわからず、後半になってやっとわかってきた始末。疲れてるせいもあるだろう。ヴァーチャルな精神療法の話。アイデア自体はそれほど新しいものではなくむしろ陳腐といえる。また、「感動的で共感を呼ぶ物語」という編者の巻頭コメントもやや誉め過ぎでは。標準よりちょっと落ちる程度のレベルだろう。白血病で息子を失ったトラウマ治療というネタも型にはまっておりやや陳腐だ。
マコーリイ「遺伝子戦争」★★★★1/2
ネタ自体は大したことない。正直いってなぜあれだけ評価が高いのか、前半部分では首をかしげながら読んだのだが&&この作品の価値は終盤の強烈な幻視イメージの凄さ、この一点に尽きる。10数ページの掌編の中の終盤わずか数ページに、めくるめく長大な進化のヴィジョンが凝縮されている。しかしこれもまた、ハッカー小説というのは無理がある。
スティーヴンスン「スピュ-」★★★★
怪作。プロットに締まりがないところ、ガジェットやディテールへのこだわりなどギブスンと通ずるものがあるが、違うのはギブスンよりリアルなところだろうか。といってもあくまでも相対的な差だが。本作についてコメントすると、未来のヴァーチャルなライヴはこんなふうになってしまうのだろうか。ただ、「だからどうなの?」と言いたくはなってしまう。その先を書かないところがクールだと言う人もいるのだろうが、わたしはその先こそ読みたいのに。
ベア「タンジェント」は既読のため省く。全然ハッカー小説じゃないじゃん。正統派四次元/トポロジーSFじゃん。全く、何を考えているんだこの本の編者は。ヒューゴー/ネビュラ両賞をとるほどの名作だとも思わないし、インパクト弱いよね。
というわけで、本書「ハッカー/13の事件」の評価は★★★1/2。
多数の傑作、名作を含みながら、通読した印象のこれだけ悪い本も珍しい。編集のコンセプト自体に問題があるせいだ。実質はナノテク、バイオテク、VRものの寄せ集め。それならそういうタイトル、解説にしてほしい。「ハッカー」の名の下に集めるなら、いっそもっと限定した編集にしたほうがよかった。中途半端な印象は拭えない。
さて、次は「スノウクラッシュ」と90年代ヒューゴー短編残り。
ヒューゴーは、
ニューヒューゴーウィナース