SF百科図鑑

Brian Stableford "The Hunger And Ecstasy Of Vampires"

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December 16, 2004

Brian Stableford "The Hunger And Ecstasy Of Vampires"

吸血鬼の飢えと恍惚英国SF作家協会賞受賞作、未読4作中の1作。短編部門受賞作の長編化作品を、短編の代用として読むことにした。

(追記)粗筋メモ 16.12.20
吸血鬼の飢えと陶酔 ブライアン・ステイブルフォード

プロローグ
都市の頭上の空気はいつになく澄み、星星は明るく輝いていた。月は満月で、最寄りのガス灯は一〇〇メートル離れているにもかかわらず、はっきりと見えた。
ジャン・ロランは、夜明け前に決闘を行わなけばならないという、モンシュ・ル・コムトの──率直なる伝統への反逆ともいうべき──要求に反対したが、灯りが十分だということはいやいやながら認めた。
***
ロランは友人のコンテの決闘に立ちあう。コンテはムーリエを殺して決闘に勝つ。


「エドワード・コプルストン教授を知っているか?」オスカー・ワイルドが私にきいた。彼はありがたそうにグラスの酒をすすっていた。私がパリからこっそり彼のために仕入れたアブサンだった。私たちはソ-ホ-のロシェの店でディナーをともにしていたが、主人はアブサンに苦情をいわなかった。「理想の夫」が封ぎられて世界的好評を博していたが、ワイルドはその世界でもいかなる世界でも、決して間違いを犯せなかった。
私はロンドンに来て一月にみたず、ほとんど知りあいがいなかったから、考える余地もほとんどなく否定した。
「彼、時々この店に来るんだ」ワイルドはいった。「だが、実際彼が我々と同じ世界の住人とは思えないよ。彼は偉大な旅行家で、我々がきいたこともない世界での様々な素晴らしい冒険話を聞かせてくれる。その話の中には真実もあるかもしれないよ、まあほとんどどっちでもいいことだが。ぼくの知る中では、シベリアの荒野やモンゴルの高原の話をごく自然に身近なこととして語れる唯一の男だね、彼は」
それでピンと来た。極東を幅広く旅しては、怪しげな土産話を聞かせる男を私はもう一人知っている。「多分その名前は聞いたことがあるかもしれない」私は顔をしかめたくなる衝動を抑えながら、認めた。アルミニアス・ヴァンベリイの名を思い出させられるといつも、私はその衝動に襲われる。
「タイラーの『原始文化』やフレイザーの『金枝篇』の解説や文献目録を見れば、その名前は幅広くいろんなところに見つかるさ」ワイルドは軽くいった──どちらか一方でも彼が読んだかは疑わしいと思ったが。「彼は自ら認める原始宗教や魔法の専門家だ、特に呪術的カルト信仰に造詣が深い。とはいえ、断じて学者バカということはない。彼なりに、結構な夢想家だよ。石灰石造りの邸宅のアヘン小屋には、よそものを入れない。噂はたいていあてになる──むろん、その興味がぼくに向くときを除けばね」
***
このコプルストーンという男がワイルドに手紙で、面白いレポートがあるので今夜こないかと誘ったらしい。ワイルドは私も呼びたいようだ。パリで会った瞬間から私に才能を感じていたという。コプルストーンはブラム・ストーカーにも声をかけていたらしい。ストーカーといえば東洋学者のアルミニウス・ヴァンベリもロンドンで会っている。ローラ・ヴァンベリの名を思いだして胸がいたんだ。私は夜8時のコブルストーンの催しに同行することになり、馬車を出すことにした。


彼らはコプルストン宅に着いた。決闘事件の噂を客が知らないらしいのは安心した。二人の若者など様々な客がいた。もう一人作家がいて有名らしい。コナン・ドイル。友人をモデルに探偵小説を書いている。その他、彼らはいろいろな噂をした。コプルストンの話が始まった。


コプルストンはこれまでの原始宗教研究を紹介し、キリスト教も大差ないと語る。そして予知能力は我々も持っており、夢がそれである。ただし、願望によって汚染されているらしい。その議論は私を含め他の客も聞いたことがあった。そしてコプルストンは予知能力を取りだす薬品を開発したといって薬瓶と製法を書いた紙を持ってこさせた。彼はこれから三回のトリップについて話をするという。そして封筒をドクターに渡した。
***
「他には何も必要ないと断言しよう」コプルストーンが言った。
ドクターはいごこち悪そうだったが、こくりとうなずいた。「私はミスター・コプルストーンを三度、いずれも全く別の機会に見たことがある」気後れした様子で言う。「三度とも彼は薬を腕に注射していた。その残りが諸君の目の前の小瓶に入っている。その薬効が切れるまで、私はずっと彼のそばにいた。
薬を注射すると、コプルストーンは深い眠りに落ちた。そしてすぐに異常なせんもう状態に陥った。脈拍がスローになり、一分間に二八拍になった。体温は華氏一二から一四度程度。&&」
***
コプルストーンは投薬によりどんどん体重が減少し、三度目の実験では死んだように見えたという。ドクターはこれ以上実験を続けるとコプルストーンは命を落とすと危惧した。
コプルストーンはそれによって遠い未来を知りえたという。死すらも終わりではないのだと。そしてコプルストーンは実験での体験を話し始める&&。

ドラッグで頭が朦朧とし、『タイムシャドウ』が発生する。薬効を受けた者はタイムシャドウとなって未来に入り込み、未来を体験することができるのだ。コプルストーンは丘の斜面で目覚めた。そして未来社会に入っていった。家の中などを覗いたが、町は子供のおもちゃの町のように奇妙に単純化されていた。
その後、未来社会の描写が続くが詳細は省く。要するに、コプルストーンの印象は、
「この町はまるでミニチュアの町のように型にはまっている。背後に操っている者がいるはずだ。一体何者なのか?」
というものであった。


私は、コプルストンの体験したという未来が予想外のものであることに困惑し、モンジューと取りとめのないことを話した。だが、結論の出ないうちに、コプルストンは話を続けた。
「私は、夜が明ければこのおもちゃの町も、子供がそれを片付けたかのように普通の状態に戻るのではないかと期待したんだ。私は待った。やがて住民たちははじめて行動目的を持ったかのように一斉に中央のビルに入っていったので、私も列に並んで順番を待った。子供と老人はいなかった。電動で町を動かしていることを示すハム音が聞こえた。
***
そしてこの町の住人は吸血鬼に家畜として飼われ、血を提供していることが分かる。
***
男がそれを引っ張ると、割れ目から透明なゴムらしきものでできた長いチューブが出てきた。男はその先端を握ったが、そこには細長い針が一本と、たくさんのスレッドが垂れ下がった、金属製の機械がついていた。短めのチューニックのすそをまくりあげて、男は何気ないしぐさで針を内腿の肉に刺し込み、たやすく熟練した手つきでスレッドを皮膚に吸い付かせ、針を固定した。それから背後の壁の小さなスイッチを押すと、けだるい様子で椅子に深く身を沈めた。透明チューブの中を急速に満たし、背後の壁に吸い込まれていく血液を見る気もなさそうだった。
これらの出来事を目撃したときに、私の感じた恐怖を正確に伝えるのは難しい。その牛のような冷淡さは身も凍るほどだった。
列のもう一つ向うの席が空いたので、私はコンパートメントに体を寄せて、列の後ろに並んでいる女を先に進ませた。女はいやがりもしなければ、私が自分の番を譲ったことに怒ってもいなかった。例の男──私がいまやすぐ近くに立っている──は、推し量りがたい表情で私を見た。心配でも、嫌悪でもなさそうだった。予想以上に変わり果てていることの明らかなこの人たちに対して、私は正確な判断を下す自信を失っていた。
恐怖が増すにつれ、市民のだれもが丸々太って血色がよく、奇妙に従順だというこの事実に、私は新たな重要性を見出した。この倉庫に似た建物が本当にただの倉庫であり、内心牛みたいだと思っていたこの人間たちが文字通り牛であるという考えが極めて強力に、天啓のように私の脳裏を満たした。知性も自立性も乏しい、唯の家畜。明け方ではなく夕暮れに、ミルクをしぼられに来る。そして、彼らが遺伝学的交配によって大量生産するべく調整された良質の赤い血液を、大量に提供するのだ。
私は今更ながらに悟った、この「人々」が住んでいる「家」は実は家ではなく、ただの家畜小屋なんだと。当然ながら、配管や暖房も外から管理されているというわけだ。家畜の管理人によって。
「やつらは吸血鬼なんだ!」と私は思った。迷信的な恐怖に身も凍るスリルを感じながら。「この世界の支配者は吸血鬼だ。人間の血液を飲んで生きている。ただし、夜にこっそり歩き回る捕食者ではなくて、注意深い農夫というわけだ。やつらは人類を奴隷化し、初期の原始人類が飼っていたヤギや羊と変わらない地位にまで貶めたんだ!」


コプルストーンは再び、一瞬の間、話を切った。自分の体験──あるいは夢──の記憶に、身震いするかのように。彼の額に汗が浮かんでいるのがわかったし、顔色も目に見えて悪くなっていた。果たして彼は、話の最後まで持ちこたえられるのだろうか。そして、私自身も、彼の話を最後まで聴く気力があるだろうか。
こういう話になるとは全く想像もしていなかった。バンベリのイギリス人の知り合いが来るかもしれないというワイルドの話を耳にして、興味を持ってはいたものの、彼の代わりに、私自身が困惑するほどの危険に晒される事態は、全く予告されていなかった。
一瞬かそこらの間、私自身の顔色も、私なりの理由で、コプルストーンと同様に悪くなったと言わせてもらおう。紙のように顔面蒼白だったに違いない。怒りによる震えを抑えるには、それしかなかったのだ。これはあからさまに私を不愉快にさせるために仕組まれたことなのか? 私を冷やかし、脅迫するために仕組まれたドラマなのか?と、疑わずにいられなかった。
だが、私はしばらくの間、注意深く思い直した、自意識過剰ではないかと。コプルストーンが語ろうとしている夢の中身と、バンベリが吸血鬼という言葉以外に広めた噂の数々とは、何の関係もない。それは今や共通の概念であり、文学や日常会話で頻繁に使われることを思い出した。ドム・オーガスティン・カルメとその熱心な仲間が広めた古い民話を、科学はいまだ打ち消していないのだ。単にそれらの民話をより奇妙に見せ、それゆえより興味深くしているに過ぎない。
***
支配階層の男に気づかれたコプルストンは逃げる。空に奇妙な飛行機械がいた。やがて彼は追っ手に捕まった。


コプルストーンは具合が悪くなり、場所を移動。ウェルズが自分の「タイムマシン」のぱくりだと主張する。未来の社会描写がそっくりであるし、吸血鬼こそ出てこないが、資本化と労働者に相当する階級設定もそっくりだという。ウィリアムスは、テスラの言うには人は多かれ少なかれ予知能力があり、ウェルズもコプルストーンも同じ未来を予知しただけだという。ウェルズは論理循環だと反論。コプルストーンが話を再開する。


コプルストーンは地下に連行され、スクリーンの「オーバーマン」に質問を受ける。コプルストーンは翻訳機で彼らと話せるようになり、ドラッグで時の影としてやってきたことを説明する。しかし信じてもらえない。彼らはかつて人類の敵だったが人類を家畜化し、その血で生活しているようだ。やがてコプルストーンの一回目のトリップが終わった。


ウェルズの作品からの影響についてコプルストーンは否定し、一年前のものは幾つか読んだが最近のは読んでいないという。何より、ウェルズの説明した終末観と、コプルストーンの未来像が違う。テスラはそれを証明するために誰かウェルズのを知らないやつにタイムトリップさせればいいと言う。いずれにしろ続きを聞いてから判断しようと言うことになる。

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二度目のトリップでコプルストーンはギリシャ神話の動物や、集まって人型になる機械虫、頭だけのオーバーマンなどに会う。

11
空飛ぶ機械の上でオーバーマンの頭はいつからきたかときいた。紀元後19世紀と答えるが、紀元後の概念が理解できない様子だ。コプルストーンはこれ以上答える前にこちらの質問に答えよと要求。そして、あんたらは吸血鬼の子孫かときいた。だが頭は答えない。ただ我々は同じ祖先と言うだけだ。そして人類を家畜化したものの、再び元へ戻そうとしているが一度失われた知性などは戻らないと言うことだった。
やがて頭は消える、ホログラムだったようだ。空とぶ機械から降り、ようやくコプルストーンは生身の超人にあった。

12
そこまで話したコプルストーンは具合が悪くなった。医者はもうやめろと告げたが、本人は続けたがり、私もききたかった。結局、医者は押しきられた。
コプルストーンの乗った機械は山腹に降りた。町は規則正しく街路が直角に交差していた。男女が話しかけた。背後の建物から出てきていた。コプルストーンにあって驚いていた。女は額に触れてきた。コプルストーンは家に入った。男は「我々はもう生きるために他の生物を必要としない」といった。自在に自分を変えられるのだと。首はただのシミュラクラで回答能力に限界があったことを詫び、男は説明をはじめた。コプルストンは少数の興味のあるものに探査機をつけられていたらしい。人類ははるか昔、進化から脱落しより上位のものに譲り、今は残党がいるだけだと言う。種族間の戦争はなく、人類が自らの文明を破壊したらしい。たった一世紀で完全に滅んだ。21世紀暮れには。人類は原始化してしまい、暦もなくなったと言う。そして彼らはコプルストンが古代の人類であると言うことが未だに信じられないようだ。
***
「私は本物だ」と私は言った。男が明らかに再確認を必要としているのを見て、奇妙な落胆を感じながら。「証明できるといいんだが」だが、男は私を怪訝そうに見るだけだったので、無理だと分かった──彼の認識の中では、本気でただの冗談にすぎないと思っているようだ。
「想像できるかね?」男は非常に優しい口調だった。「あなたの種族の生き残りが私の世界にはどんなに少ないか。あなたの文明の痕跡が消えたのは時間が経ったせいだけではない──というのも、断言してもよいが、我々の考古学者はとても熱心に、見つけた文明のかけらの一つ一つを保存してきたんだよ──だが、あなたの種族自らが戦争でこっぴどく破壊してしまった。我々は一九世紀について、二、三千年前のことよりもほんの少しだけ多くを知っているに過ぎない。我々が今話している言語のテキストは一〇〇〇もなく、そのほとんど全てが不完全だ」
***
人類は自滅し、憎悪の処理法を心得た彼らが後を継いだというわけだった。人類の血に頼ることも止め、日中に歩くことも可能になった。彼らは生物の血で生きていたことを認めつつも、人類の吸血鬼伝説は笑止と一蹴した。彼らは瞳の色や形を変化させられるため、人類の片隅で人類のふりをして暮していたらしい。女は目の色を変化させたばかりか、狼女にも変身した。私は、私の時代で私の知らない恐るべきものが存在していたことを知り、震えあがった。

13
吸血鬼がウルフマンでもあると言う話に、聴衆はバートランドの事件を思いだした。コプルストーンは話を続けた。
超人の男は進化と生殖システムについて話した。すなわち進化につれ少子化し親が子を保護する。超人の先祖は少しずつ増加していたが、人類は突然増え、自ら滅んだのだ。コプルストーンはこの経験を戻って話し、超人による家畜化を回避するよう訴えることができるかと思った。しかし、超人の男は、それをしても人類は滅びるだけだ、超人の力がなければ生き延びることすらできないだろうと言う。そこでトリップが終了した。
コプルストーンは倒れ、話を続ける状態になかった。私はコプルストーンの話が真実であればよいのにと願った。

14
コプルストーンの具合はよくなったが、続きは翌日午後8時に決まった。私にはやることがあった。私は医師(コナン・ドイル?)らと馬車にのって帰った。医師は私がロシア系の者であることを感づいている様子だった。私は医師の持っていたコプルストーンのコートから薬の製法を書いた紙を盗んだ。私はオスカー・ワイルドと、コプルストーンの話術について論評した。ワイルドは、コプルストーンの技術を今一つだと言ったが、私は彼の話の内容を褒めた。やがて、客がベイカーストリートで降りた。

15
私はワイルドと話しつづけた。ドイルの文名の高さ。吸血鬼文学について本場はフランスである。イギリスではポリドリ程度だが、レファニュのカーミラのほうが上だ。ストーカーが同じような作品をかくつもりらしいということだった。それをきいて私はストーカーがバンベリとあったのはまずかったなと思った。ワイルドはストーカーの妻と昔つきあっていた関係にあったが今は交友はない。彼は貧乏と天然痘で結婚を諦めた。医者に性交を止められた。私は間もなくロンドンを去ることを告げた。ワイルドは私に南方への同行を求めたが断った。決闘の噂が広がっていづらくなったと私は告げた。明日も私が彼を迎えに行くことになった。

16
私はピカデリーで降り、夜の女と会った。この女は私の手なづけた女だ(注・語り手は吸血鬼で、その餌食とおもわれる)。私は女にローラと名をつけ、ある指示をした(内容不明だが、ある主人と召使のいる家に関する指示らしい)。そして、明晩またここに来ると言った。

17
ワイルドは遅刻した。私はワイルドと、未来の人類の行く末について論じた。ワイルドは、人類は第三のビジョンで階級をひっくり返せるのだろうか、思想を取りもどせるのか、と案じた。通常、善人はハッピーエンド、しからざるものはバッドエンドがフィクションの定石だが、コプルストーンは実話のつもりで話しているから予測がつかない。
我々は最後に到着した。そしてコプルストーンの死を知らされた。

18
コプルストーンは一晩ほうっておかれたが、翌日の昼召使が入ったときには死んでいた。服毒自殺のようだった。薬品の瓶が盗まれており、薬品の製法を書いた紙もなくなった(こちらは「私」がすったもの)。ただし第3の旅は紙に書き残していた。まずそれを読みきかせてもらってから、探偵役の男が盗難の問題について我々を調べることになった。探偵役は私を見たが、偶然だろうか。(なお、「私」は、前夜の女をどうもコプルストン邸に送りこんでいたようである。コプルストーンの死と薬品盗難にも関与しているのかも)

19
医師はコプルストーンの手記を読み上げた&&。
私はまた丘の上にいた。機械虫が押し寄せて、私に人工細菌を感染させた。辺りは超人の生活にあわせて樹木で天の光が遮られていたが、私の来訪を予期してか、一部空の見える空間も丘の上にあった、そこから宇宙が見えた。超人は時影や時間旅行をマスターしたのか? いろいろ考えているうち、ウイルスの効果か、私は超人の知った宇宙のビジョンを頭の中で既に見たことになっていた。私は、火星、タイタン、小惑星、地球、そして外宇宙の様々な生物の生活を見たことがあった。様々な生命体がいた。しかしその中に人類はいなかった。我々はすべてを兄弟としての超人に託したと言うことだろうか&&。私は丘の上で夢を見ていた、夢の中の夢の中の、そのまた夢&&。そして私は更に強烈なヴィジョンを見た。私は恒星システムを外から見ていた、宇宙が爆発し、すべての時空間や存在が動的に生き死にしながら変化し、最終的に一個の純粋な無へと行きつくビジョン&&。我々一人一人の個体が内部に無数の生命を含む世界であり、一人一人、一つ一つの種の死亡にさしたる意味はない。けだし、全てが互いに全ての一部に過ぎないのだから&&。
こんなことを話しても狂人扱いされるだけだろう、私が過去を変えないように仕組んでこんなビジョンを見せたのだろうか? そうかもしれない、だがいずれにしろ、私が何を言っても人類が過去を変えることなどあるだろうか、悪い未来を避けるため闘争や相互破壊をやめることなど。私一人ではとけない難問だった。
私は超人の視点で、遠未来の様々な宇宙の光景の記憶を持った。記憶し書き記すのも困難なぐらい。いわば私は「吸血鬼の飢えと恍惚」を知ったのだ。人類が自らを祭壇に捧げて祭り上げた相手のそれを。
そして彼らは、私にとどまって欲しいと望んでいる。私はとうとう頭がいかれてしまったらしい。
私は、文字通り人類の「血を分けた」兄弟と会うことによって、真の心の平穏を得た。人類が自らを殺すのでなしに消すべき、人類の中の要素が何であるかが分かった(結局人類自体が死んでしまったのだが&&)。我々は自分の何たるかを知りさえすれば、自分と異なるものをそれほど恐れる必要もないのに。モンスターとは、人類が自己の未知なる部分への恐怖を投影した幻影に過ぎないのに&&。
だが私は過去に戻ることを選んだ。伝えなければならない、ひたすら書きつづけなければならない。私の話を理解する人が100人でもいれば。
せめて10人でもいれば。
せめて&&

20
その後には関連があると思われる事項がリストアップされているだけだった。世界大戦、吸血鬼は殺さない、原子爆弾、避妊薬、シリコンクリップ、人工灯、細菌戦争、海が死に蘇る、オゾン層、変体者は放射線に免疫がある、証拠、電気、陰極線、などなど&&。最後に5人の名。医師だけクエスチョンマークなし。あとは?マークつきで、ウィリアム・クルックス、ワイルド、シール、ストーカー。
これをきいて私は喜んだ、この瞬間のために今まで私は全てを傾けてきたのだ。
我々はコプルストーンが投げかけた問題について討議をはじめた。まずウェルズ作品の借用問題。ウェルズは、最後にいたり、両者の内容は類似点より相違点が多いことを認め、自作のほうがよりありえそうな未来である、意図的借用ということはないだろう、といった。そして、コプルストーンの最後のヴィジョンは明らかなせんもう状態にあること、吸血鬼へのこだわりや最後に至って同一化したことを総合し、最初の二回は現実の体験の可能性があるが、最後のものは現実の未来と言うよりも彼自身の私的内面生活に深い関係があるだろうと指摘した。
次いで友人のシールは、むしろ最後のビジョンからこそ学ぶべきである、それは夢かもしれないが、全ての生物が進化の階段を上がりつづけていくと言う真実、その中にあって人間が宇宙の中心であるという妄想を捨て、たとえ人類は滅び別に存在するよりすぐれた種に譲ることとなっても何ら悲観する必要はないことを認識すべきだ、血を提供するという部分はその象徴だろう、たとえ夢でもこのような夢を見る能力を持つものこそが未来を決定する力を持つのだ、と主張した。
クルックスは科学的側面に関し、電気への言及の乏しさに失望しつつも、降霊術、霊魂との対話の科学的可能性を指摘しているといった。時の影こそ霊魂の表現である。友人に研究させれば更に詳しいことが分かるだろう、テスラは同意しないだろうが、と。
これを受けてテスラは、同意しないといいつつも、更に詳しい発言をした。テスラは要するに我々人類がここで提供された情報を得ながらなおも吸血鬼にとって代わられると言うのは考えがたく、我々がここに呼ばれたと言う作為性とあわせ考えても話全体が眉唾臭いという意見だった。
ワイルドは、コプルストーンの話を嘘だと述べたことに関して、けなしたのではなくむしろ偉大な想像力の産物であると褒めたのだと釈明した。そしてコプルストーンが伝えたかったのは要するに、この宇宙には容易に感知できる領域を超えた素晴らしい未知の領域があり、また我々がそう信じることこそが重要なのだというメッセージではなかったかと。これをきいて私は気のきいたことをいうなあと褒めたが、ワイルドは無視し、もっとまじめな意図で発言したのだといわんばかりの顔だった。
探偵役の男は、ありそうもないことと不可能なことは区別すべきだと発言した。そして、コプルストーンの話が現実の未来を予知している可能性よりも、それが盗難事件の手がかりを含んでいる蓋然性のほうに興味があると述べた。そして、薬を盗んだ動機がその薬効によるビジョンを独占したい欲求だと述べ、ウィリアムスとテスラは薬効自体に懐疑的であったこと、ウェルズとシールはまだ若く、自分の想像力に自信を持っており薬に頼ると思えないこと、ワイルドは「効果的に嘘をつく」ことにかけて絶対の自信があることから、除かれると述べた。私を犯人にしようという意図を感じた私は機先を制し、「更に私には、考えうる動機が全くありませんな」と言い、ウェルズ氏が公式の紙をすったに違いないと断定した。会場に笑いが起こった。
そこへ、召使が検死の結果を持ってやってきた。長期間にわたり毒性の化学物質に生体組織をさらしたことによる死亡で、24時間以内に毒を飲んだことを示す証拠は上がらなかった。侵入の証拠がない以上、薬物の紛失に関する事件性もないというロンドン警視庁の最終結論だった。
ウィリアムが医師に、コプルストーンが薬品使用の前後でどれぐらい体重が減ったのかを尋ねた。3ストーン(約20キロ)だった。クルックスは、未来の何者かが過去へ手を伸ばして、コプルストーンの「時の影」を未来へ連れ去った可能性も考えられると指摘した。過去の肉体が死んでも時の影は生きられるのではないかと。テスラにきちがい沙汰だといわれると肩をすくめて黙った。ワイルドは結局我々は理性的議論をもてあそんでいるに過ぎず、たとえ誰かが薬を使って検証したとしても証明したことにはならないのだと指摘した。私は、彼らの誰もが結局知的遊戯を楽しんでいるだけで、決して本気で考えてはいないと感じた。
そう、その薬と、公式の価値を真に理解しているのは私だけなのだ。私だけがそれを盗む動機を持つのだ。
とりあえず会はお開きとなったが、盗難の件は忘れないように釘を差された。私は探偵と医師を送っていこうと申し出たが、探偵は断った。私はこの男と会うのはこれが最後ではないだろう、今度会うときは友好的ではないだろうと感じていた。

21
72時間後、探偵は私のアパートにやってきた。
探偵は私の荷物を持とうというので、これは大事なものだからと断ると、コプルストーンの薬品を合成する最後の成分が入っているのだろう、と言ってきたので、私は無視して部屋に入った。そして探偵に入るように言った。私は酒を勧めたが断られた。私が引きだしを開け銃に手をつけると、彼も銃を出した。そして、私のは決闘用の銃で一発しか弾は入らないが、彼のは6連発レボルバーで彼のほうが有利だといった。
***
「君は銃の効用を本気で信じているのかね?」私は馬鹿にするように言った。「私のことでアルミニアス・バンベリと話したのか?」
「教授はブダペストにいる」相手は答えた。「だが、私は五年前ビーフステーキ・クラブに参加した人物と話した。バンベリ氏が東欧の吸血鬼の血も凍る話を客に披露したときのね」
「なら、君は吸血鬼よけにはピストルよりもニンニクと十字架が有効だと知っているはずだ。聖水を浴びてきたのかね? もちろん、尖った木の杭も持っているのだろうね? 夜明けまでにはずいぶん時間があると思うが。少なくとも、私が太陽の光を浴びて消え去りもしなければ、萎んで塵になりもしないと見届けるまでは、君は興味津々なようだな」
「あんたは昼間には絶対外出しない」彼は躊躇なく言った。「それに関してはしっかり確認済みだ」
私は彼から八フィートと離れていない場所に腰を降ろした。私は銃を彼に向けなかったし、彼のほうも私に向けなかった。だが二人とも銃を降ろさなかった。彼を催眠術にかけられるほどリラックスさせるには時間がかかりそうだった。だが、時間は遅い上に、彼の椅子は座りごこちがいいはずだ。
「私の皮膚と目は、日光アレルギーがひどいんだよ」私は言った。「ロンドンの灰色の棺桶のような気候は、イタリアやギリシアの青空に比べたら大したことはないんだが、私はもっといい環境に慣れてしまっているし、昼間の退屈な日常よりも、夜のロンドンのほうが面白い」
彼は暖炉の上のろうそくを見、次に壁の灯りのついていないガス灯を見た。「部屋の中でさえ」彼はじっと見つめた。「あんたは弱い光を好むようだ。たぶん、ろうそくの火がもっと青かったらいいんじゃないかね?」
私は笑った。「あんたは私がどういう種類の吸血鬼なのか、勘違いしているようだね」私もじっと見返した。
「吸血鬼なんていない」彼は言った。「獲物を求めてこっそり町を歩く不死の怪物なんていないんだ。丘にこそこそ隠れて人類の自滅を待つ、人に擬態したお化けなんていない。私は迷信深い人間じゃないんでね、ルガード伯爵。だが、アルミニウス・バンベリの中傷的な話をあんたの口から聴くとどんな風になるか興味がある──それに、ドクターが馬車に乗ろうとしてあんたとぶつかったときに、なぜコプルストーンのコートから製法の書いた紙を盗んだのか、あんたの弁解もね」
「あの名医はどこにいるのかね?」私はきいた。「君の冒険に関する彼の説明によると、君はめったに彼なしでは出かけないらしいが──ああ、もちろん、少し前休養で君がスイスの療養所に行ったのを除けばね。神経の具合はどうだね? 新種のアヘンの中毒はよくなったのか?」
「コプルストーンの使用人が、とうとう非行を暴露したんだ」お互いに話が食い違ってきていることを意に介せず、偉大な探偵は陽気に言った。「あの娘が屋敷にいることには気づいていた。そして薬瓶を盗むチャンスがあったことも。むろん彼女に動機はなかったさ──彼女は平凡な娼婦以外の何者でもなかったからね──だが、彼女はただ淡々と役割を果たしただけなのさ。彼女は、あんたとよく似た人物と話しているのを目撃されている──それに、この三日間、彼女はピカデリーから姿を消している。他の売春婦連中が、おかしいと思ったのさ。彼女はここ数週間というもの宗教的なまでに自分の持ち場につきっきりで離れなかったらしい。この冬の寒さにもかかわらずね。誰かを待っているんだ、と連中は言っていた。誰か特別な相手を。普通の客じゃないってね」
「私が彼女に何をしたと思うかね?」私は軽く言った。「今も彼女が棺桶の蓋を引っ掻きながら、外に出て人の血を吸おうと必死になっているとでも思うのか?」
「あんたは彼女に何をしたんだ? モンジュー・ル・コンテよ」彼は最大限の侮辱だぞといわんばかりにその言葉を言った。とってつけた丁重さをついにかなぐり捨てたといった感じで。
「私がアルミニウス・バンベリの娘にしたのと同じことだよ」このゲームに飽き飽きしながら、私は呟いた。「それだけだ──そしてそれ以下でもない。君が本当に知りたければ、彼女の居場所を教えてやってもいい。だが彼女は絶対に薬瓶のことを言わないだろう。自分にそんなことができると思ってすらいないよ」
「だが、あんたは薬瓶を持っている」彼は言った。「そうじゃないのか?」
「アルミニウス・バンベリは完全に気が狂っている」私は静かに言った。「君の情報提供者が強調しなかったとしても、君は気づいているに違いない。もちろん全ての点においてということではない。その一つを除くあらゆるテーマに関して、彼は完璧な学者で、いかなるごまかしもしない&&だがその一つのテーマに関してだけは、彼は悲惨な幻滅の餌食なのだよ。それに関して、彼があんな風に、どんな人にも、誰にでも、話したがりさえしなければいいのだが。それが彼の狂気の形態であり、特徴なのだ。もっと残念なのは、話の支離滅裂さも、物語の魅力を減じることはないようだ。オスカー・ワイルドがいみじくも気づいたように、きらびやかな嘘は、退屈で赤裸々な真実よりも記憶に残るからな」
「まさにその、退屈で赤裸々な真実だ」探偵は断言した。「今夜私がここへ確かめにやってきたことは」
私はそれをあまりありがたくは思わなかった。ある意味、彼が全くの妄想を聴かされるつもりで来てくれたほうが、話は早かっただろう。
「それは結構だ」私は言った。「では、退屈で赤裸々な真実を語るとしよう。私はバンベリの末娘をたぶらかした。彼女と恋に落ちるんだと自分に言い聞かせる必要もなかったさ。私は彼女に求婚してもいない。私は彼女を、他の人間を利用するのと同じように使っただけだ。心などない、冷酷といっていい。私は悪いやつなんだ。自己弁護するつもりもない。厳しい学校でしごかれてこうなりましたと言う気もない。私は自分の本能と嗜好から、常に悪漢であり続けた。どうでもいいことだ。赤裸々な真実は、私が娘を誘惑したということだ。愛とは何の関係もない気持ちから。後になって私は、それを後悔するようになった──非常に痛切にね──だが、それで免罪を得ようとは思わない。言い訳にならないことは分かっているからね。
「バンベリは復讐を誓った。そして最も一般的な方法でそれを果たせたなら、と思っただろう。もし剣や銃の腕前があったならと。しかし彼にはなかった。彼には言語学教授の脳と筋肉しかなかった。それと、学術研究が必要としまた授けてくれるところの、物事に執着する能力しかね。娘が誘惑されたことで、彼は半狂乱になった。そして自殺がとどめをさした。彼は私と戦うことも、私を殺すこともできなかった。そこで彼の脹らんだ妄念は、私に報復する別の道を見出した。彼がもっと立派で勇敢な男でなかったことが、返す返すも残念でたまらない。この一〇年で彼が私にしたことに比べれば、私の心臓に銃弾一発でも撃ちこんでくれたほうが、よっぽどよかったと思うよ。
***
私は語る。私の本名はルガード(Lugard)であるが、ドラキュラの語源であるドラグル(Dragul)を逆にした偽名だというバンベリの説はでたらめであること。私が人の生き血を吸って奴隷にするという彼の説も、私が通常の催眠術を使って娘をたぶらかしたことを認めることは娘の名誉を汚すと考えたバンベリの苦肉の策のでっち上げに過ぎないこと。コプルストーンが、恐怖や希望や幻想が人のビジョンを狂わせると指摘したが、バンベリはその典型だった。彼は私の名誉を汚すべく、あらゆる手段を用いたのだ。むろんそんな嘘を本気で信じるものなどいなかったが、嘘はきらびやかで魅力的なものだ。私がドラキュラの生まれ変わりで生き血を吸うと本気にする者がいないとはいえ、面白おかしく話の種にするやからが続出した。そしていずれにしろ私がローラ・バンベリにしたことは殺すより悪いことだったと。バンベリの目論見は成功し、私は名誉も地位も徐々に確実にはぎ取られていった。もしブラム・ストーカーがバンベリの誤った主張に基づいて小説を書こうとしているのなら、私の人生に更なる暗雲が垂れこめることになる。自分の人生がモンスターのそれにおとしめられたらどんな気分か、想像して欲しい、と私は探偵に迫った。
探偵は答えなかったが、話の内容に興味を引かれ、少し落ちついてきたようだった。何と奇妙な存在なんだろう。
***
「ある意味で」私はほとんどささやくように声を落として言った。「私は本当に吸血鬼だったほうがましだと思う。バンベリが私についていっていることが全部本当だったら、どんなに気が楽かと。そうすれば彼の嘘で傷つかなくていい──ローラ・バンベリは墓場から蘇って、私の仲間、私の慰めになってくれる。それが無理でも、私はコプルストーンが人間以上の存在として言及したあの種族になったほうがましだ。私は心の底から、コプルストーンの一語一句が全部真実だったらいいのにと願っていた──全ての人間が滅亡して地獄に落ち、吸血鬼が地球を継いでくれたらと。そうすれば、めくらで気違いの人間どものばかげた憎しみあいに悩まされることもないのだ。ああ、コプルストーンがアルミニウス・バンベリ以上に恐怖や幻想の犠牲者になっていたのじゃなかろうかと考えると恐ろしい。退屈な真実にして悲劇なのは、君は全く正しいということだよ。吸血鬼なんてものは存在しないんだ」
「それならなぜ」明らかに単刀直入にとどめを差そうとの意図を込めて、探偵が言った。「あんたは、教授の製薬法と、薬の残りを盗んだんだ? 売って金儲けをしようと思ったとでもいうつもりか?」
***
私は危うく肯定しそうになったが、こんな風に説明した、私は生まれつき欲しいものを手にいれたくなる性癖なんだと。このいまいましい本能に関して、コプルストーンの話に出てくる未来の超人の差しがねと考えたくもなるが、そんな戯言誰も信じないだろう。
***
私は自分が安全な場所にいると分かっていた。この男こそ、「不可能なことを消去していけばいいのさ。残ったものがどんなにありえなさそうに見えても、それが真実なのだ」という警句を残した人物ではなかったか? むろん、学者っぽく知ったかぶって言うと、それはドクターの文学的創作なのだろうし、この男の目の憑かれたような様子から、彼が必死で自分の伝説に合わせようと努力しているのが分かる。一方で私は完璧に知っている、明白に不可能なことを消去して、一考の余地もないものが残ったとするなら、可能性の限界に関する自分の仮定そのものを洗いなおしたほうがよいということも。
「するとあんたは、既に製法を手に入れているというのに、単純で身勝手な泥棒的衝動から、薬の残りも盗んだというのかね?」彼は言った。
「だが、もちろんそうだ」私は穏やかに言った。
***
彼は人の行動の源泉への理解をほとんど持ち合わせていない。バンベリの狂気の行動も、私の行動の動機の複雑さのかけらすら理解していないのだ、と私は思った。オスカー・ワイルドなら理解するかもしれないが、いずれにしろ私を残して南へ去った。
探偵は製法を返せと迫った。薬はいいが、製法はしかるべきコプルストーン配下の者に管理させるべきだと。私は、暗記して紙は捨てた、私の頭の中にしかないと答えた。彼は私の言うなりだ。君は自分の信じる力に驚くだろうといってやった。探偵は驚いて私に銃を向けた。しかし撃つ気配は全くなかった。
私は、この銃で人を殺したことがあるといった。探偵は、それは跳ね返って偶然当たっただけだろうと言った。そこまで聴きだしたんだぞとアピールするかのように。
私は、その銃弾が私をパリから追いだし、この数奇な運命に導いたのだと、述べた。何たる偶然かと。
**
私は大胆な気分だった。
「聴きたまえ、我が義理深い友よ」ビロードのように滑らかな口調で私は言った。「耳を傾ければ、私は本当の真実を語ろう&&」
そして私は、バンベリの言ったことが全部真実であり、私は吸血鬼で滅ぼされるべき存在だと信じ込ませた。探偵が私の家を出るころには、完全に信じ込んでいた。私は彼に夜明け後一から三時間以内に杭をもって戻ってくるように指示をした。彼は気づくだろう、私の体が今より少なくとも三ストーン軽くなっているであろうことを。私の肉体に杭を打ちこめば彼は英雄になれると、私は探偵に信じ込ませた。全てが終わったころには彼は眠りそうになっていた。私は彼を起こし、家に帰した。夜明けまで三時間以上あった。

22
私は地下室に行き、棺の中のローラ(と名づけた例の娘だろう)を見た。「今すぐ行くぞ、愛する人よ」私は言った。彼女は私が彼女に薬を注射しても目覚めなかった。
***
「恐れることはない、愛する人」私は話しかけた。「君や私のような者にとって、更によい世界があるのだ。私たちが手をとりあってそこへ行く道がある。&&」
***
私は自分が泣いているのに気づき、袖で涙をぬぐった。私に心がないなどと、どうして私に、そして他の誰に考えが及んだろう? 私が怪物であり、人間のコミュニティから終生疎外されるべきであり、嘲笑と不幸によって汚されるべき存在だと非難できたろう? 
私は注意深く処方したコプルストーンの生命の薬の残りをシリンダーに入れ直した。
コプルストーンのような奇妙な陶酔心を持った人物が再び現れない限り、この薬を他に使う人間は出ないだろう──。
***
私の向かうべき未来は、現実に運命づけられた未来なのだ。人類が杭で退治される吸血鬼のごとくに、伝説となりはてた&&。
私は自分に薬を打ち、自分の棺に入る前に、ローラの額を撫でた。
***
「私たちが後にするのは、おろかな気違いがたむろする、太陽のない世界に過ぎない」私は優しく彼女に言った。「私たちは、生き生きとした素晴らしい未来に向かっているのだ。そこで私たちは、吸血鬼の飢えと陶酔に、楽しみ、高揚することができるのだよ!」

あとがき
実際の歴史と人物相関図を変えた改変歴史小説である。(その説明)

silvering at 01:11 │Comments(9)TrackBack(0)読書

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この記事へのコメント

1. Posted by slg   December 16, 2004 03:31
プロローグだけ読んだが何じゃこりゃ。モンジュー・ル・コンテとかいう正体不明の男が未明に決闘をして勝つ。ジャン・ロラン(実在の世紀末作家を指すと思われる)がそいつの友人として立ち会う。
何でもこのモンジューという男を中心にオスカー・ワイルド、H・G・ウェルズなどなどの実在人物やホームズとワトソンが出てきて、19世紀後半のレトロでスチームパンクな雰囲気たっぷりに語られるらしいのだが、ドラッグによるタイムトラベルをして来たという人類学者が話の核心らしい。彼は未来の地球を見てきたが、吸血鬼に支配されているらしい。後半はレム、ディックっぽくもなったりするとか。また、ナノテクやバイオテクノロジーの描写も結構出色らしい。
内容の想像がさっぱりつかねえ。
また、受賞したインターゾーン掲載の同題短編は、後に2編の続編があり、いずれも同誌掲載、一節によればこの3編をまとめたのがこの本だという説もあるが、掲示板の書き込み情報であり心もとない。
とにかくぐぐっても情報が乏しく、自分で読んでみるしかあるまい。
2. Posted by slg   December 16, 2004 12:00
Arminius Vambery[vAmォbAri] Pronunciation Key, Hung. Armin VAmbEry[Arォmin] Pronunciation Key, 1832ミ1913, Hungarian philologist and traveler. In Constantinople (1857ミ63) he learned several languages and dialects of Asia Minor and then traveled through Armenia and Persia in the dress of a native. He was a professor of Oriental languages at the Univ. of Budapest from 1865 to 1905 and wrote many books on his travels and on languages and ethnology.


See his autobiography (1884) and his memoirs, The Story of My Struggles (1904), both in English.


この人物実在していた。辞書サイトより
3. Posted by slg   December 18, 2004 00:18
何か非常に読みにくい。実在の人物がいっぱい出てくるのだが、全く興味のない奴ばかりなせいだろう。それに出だしを勿体つけすぎでなかなか本題に入らない点、薬を使ったタイムトラベルというどうでもいいディテールに関する説明過剰(興味ねーよボケ)、ようやく始まったと思った未来社会の描写がウェルズの「タイム・マシン」と大差ない割に、パスティーシュであるという意思表示も希薄で中途半端であることなど、私が「つまんねーーーーーっ」と思うことには理由がないわけでもないのだ。
こちとら高い金出してわざわざ米国から古本を取り寄せたのだ。従っておれのほうが作者よりも偉い。さあここから挽回できるものならしてみろ。もしできなかったら口を極めて罵倒してやるからな。
4. Posted by slg   December 18, 2004 23:02
ゲロゲロンチョ。急に面白くなったぜよ。吸血鬼が進化して人類を家畜化した未来社会。このネタは、「すずめ」とか「ケイズムシティ」でも出てきたけど、面白い。一気に進化テーマSFになっちゃったぞ。
しかも、二回目のトリップでは、小型の虫が集まって人体を形成するという奇抜な機械生命体が登場。吸血鬼野郎は頭だけになって登場。バリバリのナノテクSF? 
吸血鬼ものと聞いてつまんなさそうと偏見をもっていた私を許して。
5. Posted by slg   December 19, 2004 05:31
118まで読んだ、オモシろいぞ
6. Posted by slg   December 20, 2004 01:06
もうちょいで読み終わる。すっげー面白いぞ、当たりだった。
7. Posted by slg   December 20, 2004 11:16
読みおわった。はぁ~、おもちろかった。巻末の解説によると実際の歴史とはかなり変えているらしい。医師&探偵は、多分コナン・ドイルとホームズのモデル人物?だと思うんだが明確な言及はなし。鍵になっているバンベリという人物には娘はいなかったらしい(ストーリー上重要なんだけど)。一種の改変歴史小説か。
で、肝心のドラッグによる時間旅行だが、本当に未来に行ったのか否かは最後まで明確にならない。主人公は真実であってほしいと願いつつ、自分とローラの遺体に注射してトリップするわけだが、結末は解釈に委ねられている。ローラの遺体だが、要するにこのローラがロンドンで娼婦として薬品盗難に使った娘ということなのか。そうするとローラは自殺したにもかかわらず不死の死体として生きているということで、主人公は吸血鬼ではないものの、催眠的手法によって相手に不死を与える能力があるというわけか。
主人公の属する種族がかなり特殊な野力を持つ種族であることは間違いないようだが、ディテールの説明は少ない。
コプルストーンの体験する未来が事実なのかただの未来なのかは結局明確でなく、主人公はむしろ否定するような発言を最後にしたりもするのだが、これは探偵をけむに巻くためで、その内容がコプルストーンの知るはずもない真実を言い当てていることは、現実であることの証拠ではないか。タイムパラドックスの可能性以外にこれを否定する根拠は指摘されていない。タイムパラドックスは起こらないということか、起こらなくする何らかの説明があるのかは明確でないものの、スタンスとしては読者の解釈に委ねつつもどちらかというと肯定派といったところだろう。
本作は、改変歴史ホラー風に始まり、ウェルズのパスティーシュSF風展開を経て、本格的な未来SF、進化SF、宇宙SF、ナノテクSFにまで突き抜けながら、ミステリ的解決編に至りつつ、結局真相を読者の解釈に委ねるアンチミステリ的結末で終わる、ジャンルミックス小説といえる。エンタテインメントして一級品。特筆すべきは、バクスター辺りをすら髣髴とさせる強烈な宇宙史のヴィジョンであろう。本作の印象が跳ね上がったのはやはりこの部分故である。しかも、それが真実なのか幻覚であるのかを最後まで注意深く明らかにせず、読者の解釈に委ねたまま終わるのが巧妙である。
満足度の高い一作であった。

テーマ性 ★★★★
奇想性  ★★★★
物語性  ★★★
一般性  ★★★
平均   3.5点
文体   ★★
意外な結末★★★★
感情移入度★★
主観評価 ★★★(31/50点)

なお、おって追記に粗筋メモをアップする。
8. Posted by slg   December 20, 2004 13:10
>ローラの遺体だが、要するにこのローラがロンドンで娼婦として薬品盗難に使った娘ということなのか。そうするとローラは自殺したにもかかわらず不死の死体として生きているということで、主人公は吸血鬼ではないものの、催眠的手法によって相手に不死を与える能力があるというわけか。

粗筋を読み直して気づいたが、そうじゃなくて、要するに、主人公はローラを死なせたことを悔いているため、催眠術で手に入れた娘にローラと名をつけ、この女性をローラに見立てて、ともに「ニックキ人類が滅亡し超人類によるユートピアが実現した未来」に行き、罪を償い心の安寧を得ようとするラストなのだろう。
9. Posted by slg   December 22, 2004 02:33
粗筋の中で、コプルストーン邸で語り手が『モンジューと」話すというくだりがあるが、もちろん『ワイルドと」の誤りである。
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