流石は音に聞くルキスラの帝都だった。なにもかも、本当に何もかもがあって、この世の全てがここにあるかとも思えるくらいだった。
だから四人で手を尽くして探してみても何一つ分からないと分かったとき、わたしはこの世の終わりだと思った。
早くも馴染みとなった古宿の一室で絶望にうちひしがれた夜を過ぎ越して、次の朝にエレーニア姉様は残りの姉妹を丸テーブルの席に座らせた。
「しばらくこの都で過ごして、ここで得られる情報はないと判断したわ。少なくともいまの間は、だけど」
エレーニア姉様の声はいつも通り凛と透き通っていて冷たく、自信に満ちていた。すごいな、姉様は。
「ロシレッタに私たち四人が漂着したときから、かのルキスラであれば二人の消息を掴めるに違いない、そう信じたからこそここまでやって来た。でもここで情報を得られなかったとなると、次はテラスティア、それともラクシアの各地を回るしかない。それは今までよりも遥かに過酷な旅になるでしょう」
残りの三人は一斉に頷く。
「それじゃあエレ姉ぇ、次はどこを目指す?またロシレッタに戻って船で海づたいを探すか?」
「あたしとしては、やっぱり人が集まる場所がいいと思うわ。例えばそうね……ユレヒトとか?」
エレーニア姉様以外のお姉様たちもいつも通りだ。ラメイディ姉様は力強さが声に表れていて、ルブランカ姉様は余裕が態度に表れている。
三人とも、全然諦めてないんだ。私も頑張らなくっちゃ。
「そのことなのだけれども」
エレーニア姉様が口を開く。
「提案があるわ。私たちは四人、それなら四方を手分けして探すというのはどうかしら」
でも、この言葉には誰も返答できなかった。わたしは三人の目を見た。エレーニア姉様の目は冗談を言っていない(まあ、いままで一度も聞いたことはないけど)。ラメイディ姉様の目は飛び出そうになっている、それはきっと私も。ルブランカ姉様の目は、怪訝そうながらも楽しげに細められている。
咳払いをして、姉様は続ける。
「ええ、わかっているわ。せっかく生き残れたこの四人がわざわざまた散り散りになることもない、そう思っていることでしょう。私もそう思うわ。
ただ、ここまで旅してきてわかったのは、私たち四人だけではこの先やっていけないだろうということ。さっきも言った通り、これからの旅は想像もつかないくらい大変なはず。田舎者の私たちだけでは、想い空しく中途に終わることは目に見えているわ。
かといって熟練の冒険者を雇うほどのお金は持ってないし、私たち全員を受け入れて貰いつつ各地を回るような旅商人はそうそういないでしょう。
だったら各々が各々の長所を生かして他の冒険者とパーティを組み、各地を巡る。そうした方が効率がいいのではないか、そう思ったの。
それに、後ろ向きに捉えてほしくないのだけど、これはいい機会だと思ったのよ。レーゼルドーンでの暮らしからルキスラに着く今この時まで、私たちは『家族』というつながりに縛られてきたわ。良くも悪くもね。それが村を捨て、家族を見失って、新たな転機に立った。これを機に各々が『家族』ではなく『自分』を見つめ直すことができるんじゃないって。
勿論これは私の勝手な意見よ。もし三人がそれを望まないのであれば、私はこれまで通りでいいと思うわ。さあ、意見を頂戴」
あの寡黙な姉様が、ここまで言葉を尽くして私たちに尋ねている。皆はどの道を歩みたいか教えてほしいと。その気持ちが伝わってきた。
口火を切ったのはラメイディ姉様だった。
「エレの姉貴ぃがそこまで言うなら、オレに反論は無ぇよ。乗った。賛成だ。そんじゃあ俺は東、プロセルシアの方にでも行ってみるかな。トル姉ならタフだし、そこまで流れ着いててもおかしくねえ」
ラメイディ姉様も続く。
「わたしも異存はないわ。自分を見つめ直すってのも確かに丁度いい機会かも。そうね……さっき言った手前、まずはユーレリアを目指そうかしら。あちこち見て回るのも楽しそうね。そうして回ってるうちにあの大きな声のお説教が聞こえてくるかも、なんて。ちなみに東と西は取っちゃったわけだけど、二人はそれでいいのかしら?」
エレーニア姉様と目が合う。わたしが先を譲ろうとしてるのがわかったのだろう、姉様が答える。
「そうね、私は南、フェイダンに行こうと思っていたわ。遠いうえに寒い土地と聞くから、そういうところには姉さんがいない今、私が行かないとね。それに、噂に聞くカイン・ガラには一度は行って見たいと思うの。自分の趣味ばかりではないわ。私たちの村に伝わっていた秘伝、いつだったかこっそり見せて貰ったことがあるけれど、魔法のような力を感じたわ。カイン・ガラほどの研究都市であれば、村の秘伝に近いものも研究しているかもしれない。もしかしたら、それを頼りに姉さんの足取りも追えるかもしれない、そう思ったの。……それで、あなたはどう、マル?」
気を使ってくれたのだろう、私も緊張しながら言葉を紡ぐ。
「わっわ、わたしもそれでいいと思います。わたしは……このザルツ周辺にいようと思います。やっぱり人も多いし、流れ着いたロシレッタも近いから。もしかしたら、船から落ちた二人は村に戻ろうとしているかもしませんし」
エレーニア姉様が頷く。ラメイディ姉様もルブランカ姉様も納得と安心が表情に浮かんでいる。
その時、ふと疑問が浮かんで、口から滑り出た。
「……あの、それでなんですけど、何で姉様方はトルペスタ姉様のことしか話さないんですか?」
その瞬間はきらめく朝日も空気中のほこりも止まったかのようだった。
たぶん心臓がゆっくり三回ぐらい動いてから、ラメイディ姉様がへにゃへにゃと崩れかかりながらため息をついた。
「だってよおぉ~マル坊、ギー坊だぞ?あのちっこくて弱っちいギー坊だ。最後の瞬間まで帆の綱を握っていたトル姉ならいざしらず、大波で吹っ飛ばされちまったあのギー坊だぞ。オレにはちょっと、その、無事であるとは考えづらくてだな……」
エレーニア姉様もあせあせと続く。
「いや、そのね、マル。勿論私としても諦めたつもりはないわ。ただメイの言うことも一理あるというか、覚悟は持っておいた方がいいと思うの。その、姉さんとギレだと覚悟の度合いがどうしても変わって来ざるを得ないと、そういう気持ちがあるのも否定できなくて」
「そ……そんなぁ~……ギーちゃんが可哀想過ぎますよぉ~……」
ああ、みんな諦めていなかったわけじゃなかったんだ。可哀そうなギーちゃん。わたしだけでも真剣に探してあげないと。そう考えると、涙が込み上げてきた。
ついに堪えきれなくなったルブランカ姉様が笑い出す。
「優しいわね、マルちゃんは。ギーならきっと元気でやってるわよ。あの子ニブいしツイてなかったけど、悪運だけは強かったから。なんならあたしたちより先にトル姉と合流しているかもしれないわよ」
「うぅ~、でも、だってぇ……」
「おおー出たな、泣き虫マル坊。これからは慰めてくれる姉貴たちはいないんだぞ。人の心配よりまずは自分の心配だな。なんか護身術でも習わせるか、いや、真面目に」
「まあ、もうしばらくはこの四人で過ごすことにしましょうか。悔いが残らないようにね」
姉様たちが席を立ち、わたしを囲んで慰めてくれる。そっか、そうだよね。姉様たちも寂しいんだ。二人がいない分の寂しさもあるけど、四人が今いる温かさも、確かに感じられた。
※ ※ ※
それから一週間ほどルキスラの都を楽しんで、わたしたち四姉妹は別れることになった。
エレーニア姉様は南、ラメイディ姉様は東、ルブランカ姉様は西。わたしは叩き込まれた道場を卒業してから、北を目指すことになる。
とりあえず再開の日は、一年後の今日。皆また無事で会えますように。願わくば、トルペスタ姉様かギーちゃんを連れて会えますように。
最終更新:2024年01月13日 02:08