ハイン・ジャックの始まりの独白

タビットの癖にファイターなんてしている変わり者の父と、タビットらしく純正のソーサラーの母の間に生まれた僕は、生まれながらにして貧弱で、父母の仲間だったエルフのプリーストの見立てでは、生後1時間も生きられなかったらしい。
しかし、僕は生き延びた。いや、生き延びてしまったというべきだろうか。
結果、貧弱で不器用なウサギもどきが誕生してしまった。
それでも父母は僕が生き延びたことを奇跡だと思い、感激とともに僕を大切に育てようと誓ったらしい。

病弱・貧弱な僕、ただそれだけでなく、僕には母から魔法の才能を受け継いでしたらしい。特に妖精と意思を交わす方面に。
妖精魔法を扱うためには言葉を発して妖精と意思疎通をしなければならない。
しかし幼い僕はあまり長い時間しゃべっているとせき込んでしまい、妖精とろくな話もできなかった。
そんな僕を見て酔っぱらった父母の仲間たちは「才能の持ち腐れだ」と笑った。

僕が3歳になった日、僕に弟が生まれた。
僕とは違い、健康な体を持って生まれた弟。
父の才能を受け継いだのか、タビットのくせに妙に器用で、6歳になるころには父母とともにレンジャーとして冒険に出かけるようになっていた。
多少マシになったとはいえ、走ったり跳んだりすることのできない僕を差し置いて、だ。
ただ、らが僕を疎んでいたかといえばそうではなかった。
でも、彼らは僕を家族の一員として愛してくれたし、父母の仲間たちはなんだかんだ僕をからかいながらも大切に扱ってくれた。

タビットの癖にファイターなんてしている変わり者の父、無駄飯くらいで役立たずの僕をいつも守ってくれた。
タビットらしく純正のソーサラーの母、そんなわけないのに僕の病弱さをいつも自分のせいにしていた優しい人。
タビットのくせに妙に器用なレンジャーの弟、こんな僕を兄として慕ってくれた。
僕が体調を崩すと看病してくれる、優しくて物静かなエルフのプリースト
いつも酔っぱらってからかってくるくせに、困っているとすぐに助けに来てくれるドワーフのファイター
普段はふざけているくせに、僕がいじめられていたら本気で怒ってくれたヒューマンのレンジャー

いつしか僕は彼らにあこがれ、彼らと一緒に冒険に出ることが目標になった。

タビットの寿命は短い。
特にエルフやドワーフと一緒に生きていられる時間はごくわずかだ。
彼らと一緒に冒険をするために、勉強をして、妖精魔法を練習する。
陰で僕を見守る優しい目線に気づかないふりをしながら。
穏やかな、平和な日々だった。

でも、平和はある日唐突に消え去ってしまうものだったらしい。
毎日の鍛錬が日課になり、体調も多少マシになった頃、父から拠点を変えるという話を聞いた。
どうもここ最近治安の悪化や蛮族の動向から、仕事があまりに割に合わなくなっていたらしい。
当然、いまだ無駄飯ぐらいな僕に拒否権はなかったし、そもそも家族と仲間と一緒に移動するとのことだったので、断る理由も全くなかった。

船に乗って海を渡り、陸路を何日も歩き続ける。
当然、他所マシになったとはいえ貧弱な僕への負担は大きく、旅程は想定よりも伸びていた。
それがいけなかったのだろうか。

その日は僕の体調がよく、皆で他愛のない話をしながら街道をゆっくり歩いていた。
なのに、突然エルフが短い悲鳴とともに姿を消したと思ったら、数秒後に彼女だったものが降ってきた。
突然のことにパニックを起こす僕をよそに、臨戦態勢を整えた父母たちの目の前に現れたのは、真っ赤な体と大きな翼をもつ化け物。
「魔神だ・・・」
そう父がつぶやいたのが聞こえた気がした。

回復役を失ったパーティーが、圧倒的格上の魔神と相対して戦いになるわけがない。
そう判断したのだろう、皆が僕と弟をかばいながら一斉に駆け出したところで、視界が真っ赤に染まり、僕の意識は一度そこで途絶えた。

次に覚えているのは血だまりに沈んでいる家族と仲間たちの姿。
そして弱弱しい息をして隣に倒れている弟だった。
僕が意識を失った後、相当に激しい戦闘があったことは痕跡から見て取れた。
そして、彼らが僕と弟をかばって死んだことも。
魔神の姿はどこにもなく、あたりは怖いくらいに静カだった。



これが僕にとってすべての始まり。
残酷なことに、世の中にとって僕たちの経験はあまりにもありふれた悲劇の一つでしかない。
突然身寄りを失ってしまった幼いタビットたちを、無償の善意で助けてくれる人などいなかった。
弟はけがの後遺症とトラウマでもう冒険に出ることはできない。
だから僕は、生きるために、生き残るために仕事をしなければならなかった。
かつてのあこがれはもういない。
でも、僕があこがれたあの人たちの背中に少しでも追いつくために、僕は冒険に出かけるんだ。



そしてもう一つ。
あんな町に近い街道に突然魔神が現れるのはあり得ない。
デーモンルーラー、魔神と契約する禁術使いがいる。
誰かが目的があって僕らを、正確には父母たちを狙ったのだろう。
絶対に許さない。
いつかその正体を暴き、正当な報いを与えなければいけない。

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最終更新:2020年04月11日 18:29