名前はジルケ・ペランダス。
一代で莫大な富を築きあげた豪商の父と言語学を専門とする学者の母の間に生まれ、しかし彼らの才能を引き継ぐことなく育った子である。
商売に興味は無かった。レンドリフトにありながら異形を極端に恐れ、外に出るのはもってのほか。執事たちによる教育指導も、始めて数十分持てばいい方。館内を風のように逃げるジルケを捕まえるのに、召使いは大層苦労したという。
そんなジルケが唯一夢中になって向き合えるのが、パズルだった。難問に対し一つ一つ手を試し、複雑怪奇でその実理知整然とした論理の過程を経て解に至るその作業を、ジルケはこよなく愛した。
自身の取柄はパズルを解くこと。それが自身の唯一無二の才能なのだと自覚するまで、そう時間はかからなかった。
ジルケにとって幸運だったのは、そんな自分を両親が認めてくれたことだ。
二人に見守られることで、ジルケは思うまま好きなように、膨大な数のパズルに取り組めた。持たざる者であった自分に腐ることなく、両親を愛する心を持ったまま成長することが出来た。
転機は15歳のある日、父の組する商工会の仲間が連れてきた子供と知り合ったことから始まる。
ケルマと名乗るその少女はブロークンだった。魔剣を抱かず生まれたが故、部族に捨てられた娘。その容姿はジルケにとって忌避の対象であったにも関わらず、結果的に二人は仲良くなった。
ジルケにとって初めての同年代の知り合いだった。そして同じように、望まれた才能を持たずして生まれた二人。ジルケはその縁にシンパシーを感じていて、それがケルマと仲良くなるために一歩勇気を出すきっかけとなった。どこか浮世的で、つかみどころのない性格をしたケルマと付き合っていくのは骨が折れたが、彼女が時折見せるいやに影のある顔つきが、パズルを見せた時の輝くような笑顔が、ジルケの心を捉えて離さなかった。
ケルマとの交友は長く続いた。18歳になる頃には、ケルマが思っていた以上に自虐的であることを知っていたし、その境遇に起因する諦観と納得がどす黒く織り交ぜになった感情を、そう簡単に癒すことが出来そうにないことも分かっていた。
それでもジルケにとってケルマは大切な人だ。ケルマと話をすること、一緒にパズルを解くこと、共に出かけ遊ぶこと、それだけでジルケは幸せであったし、ケルマの心に巣食う迷宮を紐解く吉兆になると信じていた。
だから、納得できなかった。
その日、ケルマが父と母を刺したことを。ケルマが異形の龍に姿を変え召使を虐殺したことを。ケルマがジルケだけ見逃したことを。ケルマが焼け落ちる館にジルケを残し、何処かへ飛び去ったことを。
大やけどを負いながら、ジルケは生き延びた。長い治療の末、再び館を訪れたジルケが見たのは、瓦礫と焦げ落ちた木材の山。ケルマは全て消し去ってしまった。
酒場に住み込みで働く傍ら、ジルケは情報を集め続けた。その結果、ブロークンたちのコミュニティがあることを知った。その拠点が、ダグニア地方の何処かにあることも。
ケルマを探し出し、全ての答えを聞く。そのためにジルケは旅立つことにした。
ジルケが冒険者になったのは、納得するためだ。
最終更新:2020年08月04日 18:22