リャリャリァーノ・クレトス=テステスタス、あのテステスタスの角付き娘について語るのであれば彼女の生まれについて語らなくてはならないし、彼女の生まれについて語るのであればテステスタス族について語らなくてはならない。
テステスタス族はドワーフの一部族であり、その響きからもわかるようにタートテッタ族から分化したものである。居留と放浪を繰り返すタートテッタの中にありながら、「放浪」へ極めて寄った存在である。彼らは半狩猟半牧畜の生活を営みながらテラスティアのありとあらゆる土地を練り歩いている。時には立ち寄った村落や城市で交易を行い、時には過去文明の遺跡に乗り込んで財宝を手に入れる。遊牧民とキャラバンと冒険者と傭兵の中間として、決して一ヵ所に留まることなく旅と冒険に昼夜を明かす、それがテステスタス族の生涯であり、彼らの宿命である。
テステスタス族は――一見その荒々しい生き方に反しているようにも感じるが――女系の氏族でもある。これは彼らが「攻める」よりも「守る」ことを美徳とするからである。獲物を狩ってくることよりもその得物を温かい食事にすること、敵将を打ち倒すことよりも一族の老人と子供を守ること、極寒の雪原や酷暑の砂漠を素早く駆け抜けることよりも耐え忍んで歩くこと……力は使い方によって矛にも盾にも姿を変えるが、総じて力をいかに得るかではなくいかに用いるかを重視するのがテステスタスの精神である。ゆえにテステスタスでは「家」の象徴の「母」が尊ばれており、一族の長も「テステマタス」、つまり「テステスタスの母」を意味する中間名で呼ばれている。
(テステスタス族の特徴の一つがこの中間名である。その多くはテステスタスでのみ通用する言葉から成っており、自称であることも他人から呼ばれる愛称であることもある。あるいは部族内における立ち位置を示すものや過去の名誉をたたえたもの、祖先の名前を受け継いだものなども見うけられる。部族内においては名前で呼びあうことは少なく、大体の場合はこの中間名が用いられる。当然一人の人物に対していくつかの中間名があることもあるが、気に入ったり良く呼ばれるもの一つを代表として用いるようである。)
リャリャリァーノの母はその「テステスタスの母」のラスカ・テステマタス=テステスタスである。あたりに優しい空気をまといながらも一族の長として芯の通った気丈さを持つ、テステスタスの女らしいドワーフだ。そして父ドヴァール・イスカティス=テステスタス――テステスタスの勇ましきドヴァ―ル――もまたテステスタスの男らしいドワーフである。
二人は幼いころから仲が良かったし、優秀であった。特にラスカは賢く、ドヴァ―ルは勇敢だった。ドヴァ―ルがラスカの所に婿入りする(テステスタスにおいては一般的である)のも早く、一族の道行きも明るく思われた。
実際のところテステスタスの旅路も冒険者稼業も上々の数年間が続いたが、一つ悩みの種があった。それは二人のあいだに子供ができないことだった。望んで得られるものではないとはいえ二人の子供となれば麒麟児も夢ではないと周囲の期待の高まるなか、二人は仲睦まじいながらも心苦しい日々を送った。
そんなある日、魔動機文明の遺跡を踏破して戦利品を持ち帰った夜、テステスタスのキャンプが蛮族に襲われた。遺跡はさらに剣の迷宮へとつながっていたのだ。ドヴァ―ルたちは懸命に応戦したが、女が数人ミノタウロスの一群に連れ去られた。そのなかには幼子をかばって捉えられたラスカもいた。
あくる朝、蛮族を退けたのちただちに奪還隊を編成してドヴァ―ルたちは再度遺跡へと向かった。奪還隊の士気は極めて高く鬼気迫るところがあったが、迷宮の深奥に至るまでにはおよそ丸一日の時間がかかった。ミノタウロスたちを打ち倒し女性たちを取り戻すことには成功したが、辱めを受けるのを止めるには間に合わなかった。
しばらくしてラスカの腹には赤子がいることがわかった。二人はこの事実を天命と受け止め、産み育てることに決めた。通常よりも相当長い妊娠期間ののちに産まれた子は女の子だった。子はリャリャリァーノと名付けられた。
リャリャリァーノはとにかく力のありあまる女の子だった。立ち上がるのも言葉を話すのも歯の生えるのも早く、角は三歳に届こうかという頃に両こめかみのあたりに先端を現した。ゆえに付けられた中間名がクレトス――「角付きの」である。当人がそれを気にすることはなく親が受け入れた以上、テステスタスのなかで問題になることはなくすんなり自然なものとして落ち着いた。
リャリャリァーノは父のドヴァ―ルによく懐いており、ドヴァ―ルも野外で遊びたがる娘を狩りに連れていった。そこでリャリャリァーノは二つの才を露にした。一つは動物の気持ちをよく分かり馬や家畜を上手に御す才能、一つは遠くを見通す目と弓を張る力強い膂力で対象をあやまたず射止める狩りの才能である。結果としてリャリャリァーノはテステスタスの子供たちの頂点に長らく君臨することとなる。
リャリャリァーノの弓の腕を示すエピソードに次のようなものがある。テステスタスがある時立ち寄った街で弓術大会が開かれていた。その巧拙を確かめる方法は遠くに立てた竿の頂点にある的を射るというもので、狙いの正確さと矢を遠くまで飛ばす力を試されるものだった。彼女が参加するまでに幾人かが的の中心を射ており、その幾人かで再び試す運びになっていた。順番の回ってきたリャリャリアーノは与えられた十本の矢のうち九本を竿の根元に打ち込み、九本目で竿を打ち倒した。どよめきをあげる観衆をよそに彼女は最後の矢を天高く打ち上げ、それは気の遠くなるほどの時間を経てからようやく降りてきて、横倒しになった竿の先の的に命中した。どよめきは歓声に変わった。
そんなリャリャリァーノも二八の十六歳を越し、反抗期まっただなかである。近ごろ族長の心得を伝えようとする父をうっとおしく思い、テステスタスの居留地を離れて冒険者の真似事をするようになっている。ドヴァ―ルは内心あまりこころよくは思ってないものの、ラスカが好きにさせているのでそれに従っているようだ。
今、テステスタス族はグラスノ共和国ほど近くの草原にキャンプを張っている。時折リャリャリァーノは退屈でたまらない勉強の鬱憤を晴らすために、守りの剣の心地悪い波動を我慢しながら冒険者の宿に顔を出して面白そうな依頼を探している。だから街なかで不機嫌そうにしている民族衣装の角付き娘を見かけることがあるとすれば、そういった訳なのである。
最終更新:2020年09月07日 21:46