【〇月△日】
馬車の荷台に揺られること十数日、ようやく王都ダーレスブルクに到着した。
商会の雇われ売り子の仕事も今日でお終いだ。
今後はここに留まることになるから、各地を転々とする行商隊に同行する訳にはいかない。
路銀節約になるし、愛想良くさえしていれば大抵の事は許されて楽だったんだけどなあ。
【〇月△日】
王都ダーレスブルクの人口は4万人を超えるという。
やばい。
故郷の田舎村の何十倍の規模だよ。
詳しいことは知らないけど、開拓やら入植やらで人の出入りも活発らしく、行き交う人々の数は額面以上に多そうだ。
本当にこの大都市の中で、妹を見つけることなんてできるんだろうか。
妹がザルツ地方に居るって情報だけを頼りにここまで来たけど、正直不安しかない。
記憶の中の妹の姿は、もう15年以上も前のものだ。
まあ双子の姉妹だから、私と同じ姿恰好を捜すことになるんだけど。
メモ 中央広場の串焼き屋
【〇月△日】
そろそろちゃんと今後の課題について考えようと思う。
職無しとなった今、僅かな貯蓄が底をつく前に生活費も工面しなきゃいけない。
売り子の経験はあるけど、都市内外で人捜しをするならあちこち歩き回りたいから、商店勤務は不向きだ。
妹の捜索方法についても、実際どうしたものか。
王都に着けばどうとでもなると高を括っていたけど、すれ違う人全員を片っ端からチェックする訳にもいかない。
双子の姉妹なんだから「私と同じ顔の人」って酒場にでも触れ込めれば楽なんだろうけど……それは効果が薄いだろう。
おそらく、妹は顔を隠して生活していると思うから。
その事を思うと、少し胸が痛くなる。
卓上にある蝋燭を見つめているだけでも、あの火災を思い出して肌がチリチリと痛む感覚がする。
いや、ここ数日観光と散策ばかりしていた罪悪感かも……。
【〇月△日】
決心をした。
色々と考えた結果、
居場所も現在の生活も分からない妹を捜すより、妹に私を見つけて貰った方が早いという結論に至った。
顔を隠しているであろう妹は、表で目立つような生き方はしていないと思うし。
だから、私がこの街で有名人になれば良いんだ。
妹(もしくはその知人)が双子の姉である私の姿を見れば、必ず反応があるはずだ。
遊んで暮らせる程余裕もないから、それは同時に食い扶持を稼ぐ手段であると良い。
条件をまとめると、多数の人と接する機会があり、活動場所が不特定であり、(実入りが良くて)有名になれるような仕事が望ましい。
この際、安定性や安全性はある程度度外視だ。
そう、
つまり、
アイドルになろうと思う。
【〇月△日】
手始めには路上ライブとかをやってみよう。
正直、歌には自信が無いけど、外見の可愛さで何とでもなるだろう。
童顔小柄は生まれ持った武器だ。どんどん活用していくぞ。
チヤホヤされるのも騒ぐのも好きだし、案外天職だったりして。
なんて、少しワクワクしている自分がいたりする。
【〇月△日】
疲れた。
【〇月△日】
誰が娼婦だよ。
ちょっと弱気になって表通りから外れ過ぎたかもしれない。場所選びは良く考えないと。
【〇月△日】
市街地の空き地で子供達の人気者になった。
賑やかしに召喚した妖精が珍しかっただけかもしれないけど。
あと、収入的にはお世辞にも仕事とは呼べないので、得られる客層は考えないといけないとも思う。
今日の私は近所の面倒見の良い愉快なお姉ちゃんでしかなかった。
でも楽しかったな。
昨日までのように、物珍し気な視線の一瞥だけを貰って通過され続けるのは、豪胆な私といえどしんどいものがある。
【〇月△日】
今日はとある大きめの酒場のマスターにごり押しで頼み込んで、店内の一角でアイドル活動する許可を貰った。
飲みに来た男性客のウケも上々で、酔いも相俟ってか投げ銭の羽振りも良い。
「お嬢ちゃん音痴だな!」ってヤジが飛んできた時には空き瓶を投げつけてやろうかと思ったけど。
でも、繁忙時間になると店内は私の存在関係無しに大盛況になり、
それなりに多い客席は常に満員状態で、数少ない従業員は明らかにてんてこまい状態になってしまった。
そんな中、一人だけ歌って踊ってしてるのも申し訳なくて、
見かねて手伝いを申し出たが最後、結局は店仕舞いまでウェイターとして店内を奔走する羽目になった。
帰り際にはマスターにここで(ウェイターとして)働かないかと言われる始末だったけど、
それは固辞しつつ、不定期でアイドル活動はさせてくれという都合の良い約束を無理矢理取り付けることに成功した。
例え酒場であっても、一ヶ所への帰属というのは案外得られる情報が限られてくるものだ。
説明の時は、神出鬼没でいたいとか何とか適当に誤魔化したけど。
【〇月△日】
あれから数日経った。
私は引き続き酒場や路上やその他諸々の場所でアイドルとして売名行為と集金に勤しんでいる。
芸の一助として妖精使役をしたりすると、大道芸人かと勘違いされることもあるけど。
ああ、一回だけ酔った冒険者かと思われたこともあったっけ。
良く覚えてないけど、やたらフェアリーテイマー技能を褒められた気がする。
そういえば、明日行ってみる予定の商業区の西にある「そびえたつ若木」亭も、冒険者の宿って場所らしい。
酒場とはまた違うんだろうか。
個人的には人が集まってるなら肩書なんて何でも良いけど。
やや辺鄙な場所にあるみたいで、存外そういう所にこそ情報通ってのは居るかもしれない。
まあアポ無しなんだけどね。
門前払いされないよう、雑用くらいなら何でも引き受けるくらいの気持ちでいよう。
最終更新:2021年01月04日 15:46