――目ぇ覚めたか?
だいぶ疲れてたんだな。裏通りからここまで連れて帰ってくるのに苦労したんだぜ?
……いや、俺が疲れさせちまったのかな。かなり集中して魔法使ってたってうちの妹が言ってた。
けど、おかげ様で俺の腹に空いた穴は元通りだ。救われちまったな、感謝してるよ全く。
ここ? 一応は俺ん家だ。雨が降りゃ屋根か壁のどっちかは流されるようなのが家かどうかは知らねぇ。
少ないけど食えよ。味はマトモじゃねぇけど、どうせここじゃマトモな味のメシなんて食えねぇ。俺も何年も食ってねぇ。
こんなんでも命を救ってもらった礼ってやつだよ。カビてるとこは流石に恩人に出したりしねぇぜ。
あいつらは……まぁ今頃はどっかの追い剥ぎが“処理”してくれてるだろ。
銃で人を撃つのがあんな感触だなんてな。あれでも初めてなんだぜ、上手いもんだろ?
その銃はどうしたって? 持ってきちまったしそこにあるよ、お前には向けねぇから安心しな。
おうおう、美味そうに食うねぇ。俺のおやつ抜きにした甲斐があるってもんだよ。
まぁ一日一食だけどな。おやつしか食ってねぇ。
……いや気にすんなよ。どのみち今日は食欲なんて湧かねぇからさ。
にしても操霊魔法ってやつはすげぇんだな。
いやお前才能あるよ。盗みや殺しをせずに生きていける才能ってやつだ。
俺? 俺には無理だな、学もねぇし品もねぇ。
そもそもこんなスラムでガラクタ漁ってる奴がマトモな暮らししてると思うか?
それが出来たらこんな家にゃ住んでねぇよ。
……種族、種族ねぇ。
いやお前が蛮族だろうってのは知ってるさ。悪ぃけど着替えさせる時に眼帯取っちまったからな。
けどお前は俺の命の恩人だし、俺だって家族にナイトメアがいる。今更気にしねぇよ。
それより可愛かっただろ? 誰がってうちの妹だよ。角生えてようがなんだろうが、ありゃルキスラ一の美人だね。
他の家族はいねぇよ。親父も兄貴もみんな死んじまった。
親父は技師だったけど、働き過ぎて過労死。兄貴は今日のあいつらみたいな強盗に刺されて素っ裸。
おふくろは……まぁ、妹を産む時に、な。
そのせいで親戚付き合いなんかも何も無いのさ。この汚い裏通りで兄妹身を寄せ合って生きてるってワケ。
親父の形見のこの錆びたマギスフィアが無きゃ、今日の俺も兄貴みたいに素っ裸で死んでたかもしれねぇな。
――お前さんも家族には苦労したみたいだな。顔色悪いぜ。
家族の話か。まぁ聞きてぇならしてやるけどさ。
妹の事を話してる時が一番楽しそうだって? まぁそりゃそうだ、あいつは俺の生きる意味みてぇなもんだからな。
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親父とおふくろは元々全然接点がねぇ人間だった。
親父は街の修理屋さん、一方でおふくろは神学を収めた敬虔なライフォスさんの信徒。
けれどおふくろん家の魔導機を修理しに行った時にお互い一目惚れして、駆け落ち同然でルキスラまで来たんだって、ガキん時は良く話されたな。
二人ともそれを楽しそうに話してたんだよ、ずっと。
それを俺も兄貴も喜んで聞いてたし、おふくろの腹を撫でながら妹の名前考えたりしてたのさ。
ただまぁ、わかるだろ? お前もナイトメアの出産がどんだけ負担になるかなんて。
今でも覚えてるね。
おふくろが今まで聞いた事無いような声で叫び続けて、親父は絶対に部屋に入るなって見た事無い怖ぇ顔で俺たちに言った。
丸二日くらいおふくろの叫び声を聞きながら、兄貴と二人で部屋の隅でどうなんのか怖くて震えてたよ。
ほんの数週間前までは妹が産まれてくんのが楽しみで仕方なかったのにな。
勘違いすんなよ、俺は妹の事を恨んでなんざいない。産まれてきてくれて本当にありがとうって、今でも思ってる。
けれど事実としておふくろは死んだ。
おふくろの棺を墓に入れながら、それでも親父は「ギーナを守るのが俺たち三人、男の誓いだぞ」って泣きながら言ってたんだよ。
それが祝福だったんだ。穢れ持って産まれて、神殿も嫌な顔して、けれど俺たちが祝ってやらなきゃ誰が妹を祝福すんだって話さ。
そっから親父は馬車馬みてぇに働いたよ。
男三人、学がねぇ。だからせめて妹を守るためには金だって思ったんだろうな、おふくろが死んでから寝てるところを見た覚えがねぇもの。
後から知ったけど、だいぶ嫌がらせも受けてたらしいぜ。何でだって、言わせんなよ。
穢れ持ちがどんな扱い受けるか、それもライフォスの敬虔な信徒から産まれた子が。わかるだろ?
それで結局親父は無茶がたたって流行り病にかかって、呆気なく死んじまった。
兄貴も責任感は親父譲りだったんだろうな。
俺と妹を食わせるためには何かしないといけないって、減ってく一方の金を見て思ったんだろうさ。
家に帰らない時が増えて、そのうち服から煙草の嫌な臭いがするようになってよ。
そりゃそうだよ。学も技術も人脈もねぇ十代のガキが金を稼ごうとしたら、大抵は命を懸けるか法を破るかどっちかだ。
ただまぁ、兄貴もつるんでた奴らも頭は良くなかった。
ある日無謀な盗みに挑戦して、どうにか逃げたは良いものの横取り狙いの強盗に襲われて、あとはさっき話した通りだ。
他の奴らも捕まったか死んだかのどっちかだって聞いたけれど、俺としちゃ知りたくもねぇ。
表情のねぇ騎士様がうちにいきなり訪ねてきたと思ったら、いきなり兄貴を犯罪者呼ばわりした上に死んだ報告ときたもんだ。
妹は泣くし、俺はどうしたらいいのかわけわかんなくなっちまったよ。
けどな、兄貴はバカだったけど恨んじゃいねぇんだ。恥とも思わねぇ。
だって俺と妹の為に無い知恵絞った結果だろ?
親父も兄貴もおふくろも、みんな必死だったんだよ。そんくらいわかるよ。
だから残った俺だけでも、親父と兄貴との誓いは守らなくちゃいけねぇんだ。
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つまんねぇ話だっただろ?
そっからはまぁ、今と変わんねぇさ。兄貴の末路を見た俺は、おとなしくガラクタ漁って直して売る、みたいな事でどうにか生きてる。
俺まで死んだら妹は今度こそ天涯孤独になっちまうからなぁ。
だからお前には感謝してんだ。今までで一番やべぇ日だったからな。
そういや名前をまだ聞いてなかったよな、なんていうんだ?
……ポズィ、ね。はぁはぁ、バジリスク語で「穢れた種」ねぇ。
知るかよそんな事。交易共通語じゃ「前向きに考える」事をポジティブっつーんだぜ。
だからお前さんの名前はその意味に違ぇねぇよ。いや、今日からその意味だって事にしよう。
そんでポズィはこれからどうするんだ? せっかくだからその魔法はなんかに使うべきだろ。
まぁ、蛮族がいきなり魔術師ギルドには入れないか。
蛮族ってだけで信用されねぇ、嫌な世の中なもんだよな。
俺? 俺は今まで通りいくしかねぇよ。
……銃? なんだ、俺に強盗しろって言うのか? さっきまでの話聞いてたか?
………冒険者?
確かに、面白ぇかもしれねぇな。
どうせ命を懸けるんなら多少なりとも真っ当な仕事の方が良い。
銃が使えりゃ冒険者の仕事も出来る。頼れる魔法使いもいる。
なに不思議そうな顔してんだよ。俺が冒険者になるならお前も一緒になるに決まってんだろ。
確かにルキスラで冒険者になるのは難しいかもしれないけどよ、せっかくだし新天地探して旅立っても良いんじゃねぇのか。
こんなボロ家なんて捨ててったって構わねぇんだ。
そうだな……ダーレスブルグとかエイギアまで行っちまえば、俺らでも冒険者になれるかもしれねぇ。
おっと、ギーナは冒険者にはさせねぇぞ。危険な真似はさせたくねぇからな。
だろうと思ったって顔しやがって。
そうと決まれば早速ギーナにも話をしてこねぇとな。あるもの全部売っ払えば馬車代にはなるだろ。
じゃあポズィ、今日からお前は俺の“家族”だ。
親父みたいにギーナを守れとは言わねぇよ、守らせてぇけど。
けれど、お前の背中は俺が守る。だからお前も俺らを守ってくれ。
……ああ、そういえばまだ俺の名前を言ってなかったな。
俺はマルデック。よろしく頼むぜ、ブラザー。
最終更新:2021年04月19日 03:41