親愛なるレオへ

□親愛なるレオへ

<民衆からの聞き込み>


レオさん? レオさんってあのレオさん? キレイだけど頭の悪いレオさん?
           ――<子供・7歳エルフ女性>

確か、国王様の頭をぶったたいたことがあるって……。
           ――<漁師・37歳人間男性>

そういえばこの間海辺でマーマンに説教されてたよ? 人間性がどうのとか。
           ――<漁師・29歳エルフ男性>

レオ姐さんのこと?
子供の時おばさんって言ったら首絞められたことあるわよ。
         ――<雑貨店店主・40歳人間女性>

前の衛兵長に言われたんだが、レオーナ・レオってエルフがやってきたら素直に通した方がいいらしい。
無暗に暴れたり勝手に忍び込んで余計に被害増やすからってさ。
         ――<衛兵・52歳人間男性>

何十年も前の話なんだけどね、貴族様に求婚されたんだって、レオちゃん。でもプロポーズの言葉が遠回しすぎて分かんなくて断っちゃったんですって! まーもったいない!
         ――<海女・139歳エルフ女性>


<1>

 まだ朝日も昇らない薄暗い早朝。
 エーファー王国の漁師や海女たちは漁業の準備を始めていた。夏といっても日の上らぬうちはまだまだ肌寒い。漁師たちは体を揺すりながら船を出し、海女たちは白い息を吐きながら体を動かしていた。
 その中を、一人の少女が歩いている。深い黒に染まった髪に褐色の肌、キラキラと輝く丸い瞳。童顔ではあるが整った顔立ちをしていて、その美貌はユーレリアの美姫たちに引けを取らないであろう。しかし大股でグングンと歩く姿は決して高貴な血筋を感じさせる所作ではなかった。
「おはようジョゼ。今日も冷えるね」
「おはよー! まだまだ朝はつらいね!」
 通りがけに海女仲間から声を掛けられると、ジョゼと呼ばれた少女は元気よく答えた。人懐っこい笑顔でくるくると回りながら歩く彼女を、人間の海女はにこにこ見送りながら自分の仕事へと向かった。
「ようジョゼ、今日もかわいいな」
「おはよー! 毎日かわいいでしょ!」
曲がった通りで、今度は年配の漁師に挨拶される。納屋から漁に使う網を出そうとして四苦八苦していた彼を少しだけ手伝い、ジョゼはエルフの漁師に手を振って別れた。
道行く人々から挨拶され、ジョゼはくるくると回りながら天真爛漫に答えた。
彼女の黒髪からピンと尖った耳が覗く。
ジョゼはエルフだ。

しばらく町を行くと、彼女はちらりと後ろを振り返る。
人間の漁師たちと、エルフの漁師たちは軽く挨拶を交わすと、どこかよそよそしくそれぞれの漁場に向かっている。
彼女は少しだけそれをさみしそうに見つめると、また目的地に歩き出した。

「おはよー!」
ジョゼが一つのあばら家の戸をどんどんと叩いた。
しばらく待ってみるがいっこうに扉が開く気配がない。
「レオちゃん、いないのー?」
ジョゼがもう一度どんどんと戸を叩くと。
――ウォ……オォ
地鳴りのような響きが辺りに木霊した。
「……レオちゃん?」
――ウォオオウ……
「いやもうそれいいから。普通にしゃべって」
「あだまいだい……」
「……入るね」
ジョゼがあばら家を開けると、むせかえるような臭気が鼻についた。思わずせき込みながら、ジョゼはあばら家の中を進む。中はガラクタと生活用品のなれの果てのようなもので満たされていたが、この臭気は別のものから発せられているのがわかった。
部屋の真ん中にごろんと転がる薄汚い布切れの中身がその発生源だった。
「うわぁ」
辺りに転がる酒瓶の山を見て、ジョゼはあきれたような声を出す。臭気の原因はまさしくそれだろう。
「みずぢょうだい……」
「はいはい」
ジョゼは土間にあるほとんどからっぽの水瓶から柄杓で水を救い上げると、その芋虫か蛹のようなものに渡す。
中からにゅうっと手が伸び、柄杓をつかむとそれを中に取り込む。
ごぎゅごぎゅと不気味な音を立てて、柄杓だけが蛹から出てくる。
そして、蛹がのろのろと起き上がった。
「起きた?」
ジョゼの問いに答えることなく、蛹はそのまま脱皮した。
ジョゼより少し薄い色の肌に、長い金の髪。銀細工で装飾されたそれは、暗闇の中であってもキラキラと美しい輝きを放っていた。年の頃はジョゼより上だろう。その分大人びた印象を受ける顔立ちをしていて、少女というよりは女性といった風貌だった。
彼女の耳もまた、ジョゼと同じくエルフのものだった。
「レオちゃん?」
彼女、レオはジョゼの呼びかけに答えることなくのろのろと歩き出し、あばら家を出ていった。
「オロロロロロロ」
「うわぁ」

<2>

「やーめんごめんご」
「……二度とやらない」
道のど真ん中に放出された乙女汁(レオ談)を処理した後、薄汚れた鏡台の前でジョゼは仏頂面でレオの髪を梳いていた。
「せめてトイレですればいいのに……」
「ウチ、ビンボーでな……トイレないねん」
「あるよ! そこにあるよ! 一週間前にキレイにしてあげたよ!」
「キレイなもん汚したないやろ?」
「往来のど真ん中も汚しちゃダメなところだよ。近くにいたタビットさん逃げていったよ」
「悪いことしたなぁ……今度は庭でするさかい」
「そこはお隣さんの庭だよ。レオちゃんち庭ないよ。あとトイレでしてよ。いやそもそも吐くほど飲まないでよ」
「なんや、ジョゼだって結構飲むやないか」
「前後不覚になるほど飲みませーん」
「アホか。まだまだ飲めるで」
「(こいつマジか、という視線)」
「(腹減ったなぁ、という仕草)」

……改めて。
レオーナ・レオ。
エーファーのエルフにしては珍しく肌があまり焼けておらず、髪も金色。エルフの年齢は判別し辛いところがあるが、それでもジョゼよりはだいぶ年上だと思われる。
……半分寝ぼけて髪を梳いてもらっているジョゼに悪態をつく姿は、その年齢に見合う精神構造を持っているとは思えないが。
「……ほんと、憎たらしいほど綺麗な髪だね」
「せやろぉ? 自慢やねん……いたっ!?」
「あ、ごめーん。枝毛あったからつい」
「一言言ってや……」
櫛通りのいい金色の髪を睨んでため息交じりにつぶやいた言葉に鼻高々な反応を返すレオにイラついて、ジョゼは一本髪を抜いた。
こんな不摂生の塊みたいな存在にこれだけ美しい髪が備わっていることを、ジョゼは腹立たしく思う。彼女の髪も濡れたような美しい黒髪だが、レオの髪はこの辺りのエルフには珍しく金色だった。肌も褐色ではないし、レオの生まれはエーファーではないのかもしれない。
「んー……あれ、髪飾りどこいった?」
「鏡台の上。寝ぐせ直すのに邪魔だったから外した」
「そかー……ジョゼ、耳かゆい。かいて」
「(無視)レオちゃん一週間も何してたの? 全然来ないから組合長すっごく怒ってたよ?」
「一週間ぐらいいなくたってええやろ別に。奉公してるわけやあらへんし」
「いやレオちゃん組合員じゃん。お賃金もらってるじゃん」
「……そうやったっけ?」
「忘れることかなーそれ。寝ぐせひどいし、何時間飲んでたの?」
「んー、二日? あ、三日か」
「桁が違うんだなぁ……なんか目も真っ赤だよ? 大丈夫?」
「……あー、酒目ぇ入ったんかな。まぁ別に見えるし平気やろ」
「……んー?」
寝ぐせを直し終え、鏡越しにジョゼが顔を覗き込むと、レオはそっぽを向く。
「……ま、いっか。ほら、とにかくお仕事いくよ!」
「ウー……いきたくなーいー」
「わがままいわなーい! 組合長にごめんなさいしに行くよー!」
「いやぁー!」
ジョゼに引きずられるまま、二人は外に出た。

「おうレオ、生きてたのか。四日前に酒瓶抱えて家に籠ったっきり出てこないんでそろそろ肥溜めにぶち込まなきゃいけないかと思ってたぞ」
「あったり前やろ。三日四日飲んだくらいで死んだりするかい。アンタこそそろそろお迎えくるんやないか? アンタが死んだら息子夫婦がもう一人作るゆうとったで」
「はっはっは、くたばれ中年エルフ」
「毟るでハゲ人間」
「はいはーいいくよー」
「けっけっけ、しっかり働けよご両人」
「アンタこそ早く店の仕込みせーや……あたたた髪引っ張らんで! 禿げる! そこの店主とおんなじになーるー!」
「おいうっせーぞ阿婆擦れ!」
「誰が阿婆擦れやこんな美人捕まえて! 酔っ払いは黙って帰って嫁さんに謝らんかい! いたたたジョゼちゃんジョゼちゃん引っ張らんでぇ」

レオの叫びで目覚めたというわけではないだろうが、にわかに漁師たち以外の人々が起きだしてきて、町が少しずつざわめき始める。

「もーいちいち喧嘩しないでよー。全然進めないじゃん」
「いちいち奴らが喧嘩ふってくるからや」
「どうしてかな確かに喧嘩を売られてはいるんだけど確実にレオちゃんが悪いと思うんだ」
「なんでや。ただ生きとるだけやろが」
「ああ、うん、まぁ生きてるだけだね。すっごい自由に生きてるからね。皆呆れてるんだろうね」
「心外やなぁ。誰にも迷惑かけとらんやろが」
「私は? 今日レオちゃんの口から出た乙女汁を道端に埋めた私は?」
「ジョゼはほら……親友やから?」
「ちゃうで?」
「ちゃうんか?」
「……もぉ、仕方ないなぁ、今回だけだよぉ///」
「ちょろーい」
「ん?」
「いやなんでも……お?」
「ねぇ今なんて……あれ?」

レオとジョゼが組合の前の通りを歩いていると、目的地の組合の前に謎の一団がいることに気づいた。
物々しい鎧を着た人間の男たちが十数人。鎧はピカピカに磨かれており、男たちは組合の前で整列して油断なく辺りを睥睨していた。

「組合の前に鎧を着た人たちがいるね」
「なんや物々しいなぁ……というかあれ、近衛兵やないか」
「このえへい?」
「鎧の肩んとこに線があるやろ、あれは勲章みたいなもんで、近衛兵だけがつけとるんや。近衛兵ちゅーのは、王室を守るための兵隊、みたいなもんやな」
「へー……なんでレオちゃんそんなこと知ってるの?」
「まぁ、アンタより長生きやからな」
「へー、レオちゃんにも歴史があるんだね。そんな生き方して」
「お? 喧嘩か? 喧嘩か?」
「なんでこんなところにいるんだろうね?(無視)」
「……まぁこんな時期やからな、近衛兵が出張ることもあるやろ」
「こんな時期? ……あー、そっか」

エーファーでここ最近起きた最も大きな出来事は、国王の急逝だ。国王は決して若かったわけでもないが、死を連想させるような年齢でもなかった。流行り病だとか、暗殺だとか、色々噂が流れている。
ジョゼは政治に明るくないが、暗殺などという物騒な噂が流れていれば、兵隊が動き始めるのはおかしいことではないのかもしれない。事件の捜査をしているのか、噂の火消しをしているのかはわからないが。

「組合に何の用だろ?」
「んー……」

組合の中から男と、それに続いて人間の女性……つまりは組合長が出てきた。
男は強面の近衛兵であり、肩の線が二本ある。なんとなく、それは偉い人なのだろうとジョゼは連想した。
「あ、あの子ですよ。レオちゃーん」
「ふぁあ……え?」
近衛兵の頭目と思しき男と話していた組合長が声を上げてこちらに手を振る。男はぎろり、とレオを睨み、組合の前に待機していた近衛兵もレオを見た。
大あくび直後の間抜け面のレオは、近衛兵の頭目と思しき人と目を合わせる。

「――確保ぉぉぉぉ!!」

「――はっ!?」
兵長の号令に、男たちがレオに向かって走り出した。レオはしばらくぽかんとしていたが、男たちの殺気の籠った視線に射抜かれ、踵を返して走り出した。
「なんやなんやなんやーっ!?」
「なになになにーっ!?」
「何故逃げる!? 止まらんと撃つぞ!」
「撃つってなんや!?」
ばきゅーん、と足元を何かが穿つ。
「ふぁあああ!?」
「銃持ちかーい!? そんな恰好してるんやから槍か剣使えやあああ!」
「次は当てるぞ! 止まれ!」
「知らんわぁああ!」

<王室給仕長の話>

はぁ、レオーナさんのことですか。
あの方は……えっと、なんでしょうね? 私が王宮にご奉公し始めた時にはすでに我が物顔で王宮を歩いておりましたから。正直私は最初、この方が噂に聞くアルーク様という方なのかと……。いえ、なんかすごい偉そうというか、適当というか。あとなぜか国王様……先代の国王様になれなれしくて、先代様も嫌がりながら別に邪険にしてはいなかったので。

そうですね、彼女はたぶん……恐れ多いことではありますが、お友達、なんだと思います。先代様の。私が先代様にお茶をお持ちすると、時々後からついてきて今日のお茶菓子はなんや? などと聞いてくるので、甘いものですと答えると嫌そうな顔をしてました。辛党らしいです。先代様は甘党でしたから、味覚が合わないのかもしれません。
それ以外ですと……え、あ、この話はもうよろしいですか。
……ああ、そういうことですか。
ない、と思います。

レオーナさんって、その、だいぶ残念な方でしたから。

<3>

「いったい何したのレオちゃん!?」
「揺さぶるな揺さぶるな……何もしとらんわ」
「何もしてないのに追いかけられるわけないでしょ!?」
「しとらんしとらん……いや、待てよ……でもあんなん昔の話やし……最近だとアレか……でも別に」
「何かしてるじゃんやっぱりー!」
「まままままちぃや、近衛兵が出張ってくるほどのことはあらへんて……あらへんよな?」
「どうするの!? つい逃げちゃったけどやっぱり出頭したほうが刑軽くなるかもよ!?」
「人を犯罪者みたいに言うなや! ま、落ち着け。ウチにはふるーい伝手もある」
「古い伝手?」
「エーファー以外の国もそう悪いもんでもないらしいで」
「高跳びじゃん! 国外逃亡じゃん!」
「いやいや、単なる移住や。……まぁお天道様の下歩かんようになるかもしれんけど」
「そんな生活嫌だよ! 行くならレオちゃんだけでいって!」
「えー、さみしー」
「このっ……――ん? あれ、そういえば追われてるのってレオちゃんだけじゃない?」
「……え」
「じゃあ私逃げる必要なかったのかも」
「え、え……ここまできてウチのこと見捨てるん?(うるうる)」
「だってぇー、別にぃー、私関係ないしぃー?」
「コイツいきなり気ぃおおきなったな……そういわんとジョゼちゃーん!」
「へっへっへ、あばよレオちゃん、面会に行けそうなら行ってあげるよ」
<<「エルフの子供を連れていたぞぉ! 奴も捕まえろぉ!」
「ごめんねレオちゃん、親友だもんね、一緒に逃げよう!」
「すごいなその手のひら返し。アンタウチに染まって来とるで」
「……うん、気を付ける」
「ここでは素直に言うことを聞くのが一番酷い扱いやな」

港湾部の路地裏。二人は酔っ払いと酔っ払いの間に身を隠していた。二人とも死んだように動かないがたぶん死んではいない、とはレオの談。起きる気配もないが。

「よくこんな路地知っとったな。表の酒場で買った酒を中で飲めない奴が集まる穴場やで」
「中で飲めない理由が気になるところ」
「そんなん、旦那衆には永遠に勝てない人がおるからやろ」
「……ああ、奥さんのことね。表で飲んでると迎えに着ちゃうもんね」
「だから女子供が知らんここを利用するってわけやな。なんでウチが知っとるかは組合長には秘密やで」
「今度からはここも探してみようと思いました」
「へっへっへ。ウチの隠れ家はまだ13あるで」
「私これでも昔はここらへんのガキ大将だったんだけど、それでもレオちゃんにそういう汚くて臭そうな知識で勝てる気がしない」
「汚くて、臭そう……?」
「ショックは受けるんだね」
「女の子やもん」
「(女の子って歳かなぁ)」
「……余計なこと考えてると拳骨くらわすで」
「ごめん」

レオは耳を立てて辺りの様子を探っている。まだガシャガシャと辺りを動き回る鎧の音がジョゼにも聞こえていた。
耳に手を当てて目を閉じ、四方八方に顔を向けている姿は非常に滑稽だ。
そこで、ふとジョゼは疑問に思う。

あれ、なんか足りない。

レオの顔をよく見る。しかしいつも通りの美人だが阿呆が透けて見える顔立ちだった。
レオの顔が急に反対方向に向く。振り回された髪がジョゼの顔に当たる。ちょっとキレながらジョゼはレオの髪を振り払う。
金色の髪。寝ぐせのない髪だった。
「あ」
「んー……両方の道におるなぁ。どうしたもんか」
「……ねぇ、レオちゃん。あのさ」
「ん、なに?」
「レオちゃんがいつもつけてる髪飾りって大事なもの?」
「ん、まぁ。結構長いことつけてて愛着もあるからな」
「……そっかー」
「……(ペタペタ、と髪を触る)」
「レオちゃん」
「戻るか」
「レオちゃん、待ってレオちゃん、今でてったら絶対捕まるから」
「はーなーせー!」
<<「いたぞー! あそこだー!」
「「うわああああ!」」

<元衛兵長の話>

レオーナ・レオについてですか。これはまた、妙なことを聞きなさるのですな?
いえいえまさか、もちろん話しますとも。

彼女は子供の時から王宮に出入りしておりましたよ。私がまだ大門の守衛におりましたときから知っております。怠慢と罵られるべきかもしれませんが、彼女はどうにも人の知らない抜け道を見つけるのが上手くてですな、気づかぬうちに王宮の中にいることがよくありました。そのたびにどうやって入ったのかを聞いて門番を増やしてみたり巡回を見直したり城門を手直ししたりしていたんですが、どうやっても入ってくるのです。ある時なんか近くの屋根から走って城門の上のやぐらに組みついていましたよ。そんなことを繰り返していたものですから、見かねた先々代の国王様が
『あぶないからもう城門から入りなさい』
とおっしゃったので、それから彼女はごく普通に城門から入るようになりました。
ん? ああ、まぁ確かに不用心だとも思いましたが……王宮に忍び込む理由はかわいいものでしたからな。
いやなに、単に友達と遊びたかっただけなのですよ。その友達というのが当時まだ王子であらせられた先代様だったのですが。

お二方が知り合ったきっかけは、おそらくまだ幼かった先代様が城を抜け出したときでしょうな。そりゃあもう、王宮中をひっくり返す大騒ぎでしたよ。
当時の先代様はやんちゃというより、んー……人嫌いな方で、干渉を嫌う悪癖がありましてな。それでメイドが目を離した隙に城壁の小さな亀裂から外に出てしまったようでして。近衛兵や衛兵どころか、軍隊も出しての大捜索を行ったのです。

明くる日のことでした。
先代様は、先代様より少し大きな子供に手を引かれ、私の前に現れたのです。
『ほら、ついたで』
と、まぁ、なんというか。妙な訛りの女の子でしたよ。
『……戻った』
『ちゃうやろ!』
ごん、と、女の子が先代様に拳骨を落としたのですよ。本当に驚きましたし、身が凍るかと思いました。
『心配かけた人たちには、「ごめんなさい」や! なぁおっちゃん、この子のお父さんだれや? 居ないなら呼んできてくれへん?』
『いや君……この方は』
『……ごめんなさい。心配をかけた』
『は? ……え、あの、あ、頭をお上げください! そのようなことをしていただく身分では!?』
『いい。コイツと約束したんだ。今から父上に拳骨をもらいに行く』
『は? は? え?』
『なあおっちゃん、前から気になってたんやけど、このデカい屋敷誰の屋敷なんや? ……どうしたんアンタ、青い顔して?』
不敬罪で女の子と一緒に私の首が飛ぶかと思いましたよ。比喩ではなくね。でもまぁ、どうにもこの件で先々代様は彼女をいたく気に入られたようで。彼女が王宮に忍び込んでいても笑って許しておられましたよ。
それからはまー手をかけさせられました。先代様と彼女のいたずらで王宮内で何かが爆発する、なんて日常茶飯事でしたからな。はっはっは。
笑いごとではない? ごもっともです。でもまぁ、なんといいますか。

人嫌いの気すらあった先代様が楽しそうに笑っているところを見ると、なんとなく許してしまいたくなったのですよ。

は? 彼女が王宮を訪れなくなった時期?
まぁ、あの<髪飾り>の事件があってからでしょうなぁ。

<4>

「作戦を伝えます!」
「声が大きい!」
「(作戦を伝えます)」
「ねぇ本当に取りに戻るの?」
「ジョゼ、ウチはやると言ったら確実にやる女やで」
「え? 仕事してないじゃん」
「せやったわ」
「……ねぇレオちゃん、そういえばここどこ? 結構闇雲に走ったり跳んだりしてたから場所分からないんだけど」
「城門のやぐらの上」
「……へ?」
「だから、城があるやろ? そこの大門の櫓の上」
「そういえば視界がすっごい高い!? なんでわざわざお城に近づくの!?」
「ふっふっふ、奴らもウチらがわざわざお膝元に逃げるとは思ってへんやろ」
「単にこんなところに来れる人いないから探しに来ないだけじゃない……?」
「まぁここは滅多に見つからん。見つけたことがあるのはもう引退した老いぼれだけや」
「本当に大丈夫かなぁ」

「「うわあああああ!」」
レオが騒いだ結果、狭い路地で近衛兵たちから挟み撃ちを食らった二人がとった行動は早かった。
「おらぁ!」
「ごめん!」
両隣にいた酔っ払いの股間を蹴りつける。
「おぅ!?」
「がぁ!?」
急所に唐突な痛みを感じた酔っ払いどもは飛び起き、距離を詰めようとしていた近衛兵たちに向かって倒れこんだ。
近衛兵たちには彼らが視界に入っていなかったのか、唐突に表れたそれらに思わず動きを止めた。
そして二人は、その隙に壁をよじ登ったのだ。

「そこのデカい神殿の屋根から城門の端に近くてな、多少助走つければ行けるんや」
「お城の弱点を知ってしまった……」
「知りたかったらいっぱい教えるで?」
「そんな国家機密知りたくないです」
「さよかー」
「それで、作戦って?」
「おお、せやったわ。髪飾り奪還作戦や」
「それ私はやらなくてもいいやつ?」
「(無視)んー、やっぱりウチの家の周りに二、三人残っとるみたいやなぁ。あいつらをどかさんと」
「うん、そうだね(諦観)」
「そこで、や」

ぽん、といつの間にか手に持っていた木の棒みたいなものをレオは見せる。

「どうしたのその木の棒? なんか突っつくの?」
「阿保、これは魔法の杖や」
「魔法の杖?」
「うむ」
「え、なに、それどうしたの?」
「さっき横で寝てた酔っ払いから借りたんや」
「それ借りたって言わないよ。スリとか置き引きとかっていう奴だよ」
「あとで返すから問題ない。んで、や。実はウチな、魔法使いやねん」
「ついに頭がおかしく……。ん? あ元からか」
「まぁ疑うんも無理は……ちょいまてそこまで言うか」
「阿保のレオちゃんが魔法なんて使えるわけないでしょー? 夢は寝てから見てねー」
「おかんみたいな諭し方やめーや。マジで使えるんやで?」
「はぁ、そうなんだ」
「信じとらんな……? ウチのおとんはそれなりに名の売れた冒険者なんやで?」
「でもそれって別にレオちゃんが魔法使える理由にはならないよね?」
「十歳まではやっとった」
「うっわー……」
「オトンはうまいうまいってほめてくれたもんや」
「そんな何十年も前の話をされても」
「仕方ないやろ、オトンとはそれっきりなんや」
「えぇ……」
「まぁとにかくや。ウチがこれでやつらを引き付けるから、その間にぱぱぱっととってきてや」
「そんなにうまくいくかなぁ……」
「なぁに、秘策もある。ウチにまかせとき。そりゃ!」
「あ、ちょっと!? もー!」
人の話を聞かずに神殿の屋根に向かって飛んだレオに、仕方なくジョゼもついていくことになった。


「はっはっは、相変わらず感が鋭いというか、間がいいというか」
「……そのようだな」
レオとジョゼが去ったあと、初老の男と青年が櫓の中に立っていた。初老の男はニコニコと笑っており、対して青年は憮然としていた。
「失敗ですなぁ申し訳ない」
「……まぁいい。会話は聞こえた。次の動きはこちらの予想通りだ」
「はは、さすがは聡明にあらせられる。……こらお前ら! 櫓の上にも登れない衛兵があるか!」
「……無理ですって」
衛兵二人が先ほどまでレオとジョゼがいた櫓の上に登ろうとして二人の後ろにぶら下がっている。
「嘆かわしいのう……ワシがここにいたころはほとんど毎日登らにゃならんかったのに」
「貴殿、随分と嬉しそうだな?」
「おお、これは失礼をいたしました。懐かしいものでしてなぁこの捕り物が。先々代様の世が忍ばれますわ」
「……まぁ、よい。私は戻る。あとは後進の面倒でも見てやるといい」
「はっ、かしこまりました。……よーし、お前ら。そのまま懸垂してみろ」
「無理ですよ衛兵長ー!」
「元じゃ元! さぁ始め!」
「ひー!」


<5>


「ひーふーみー……五人ってとこやな」
「私たちのこと見失って、ここに戻ってくると思って待ち構えてるんだね」
「まぁそうやろな。でもまぁ、あんなんちょちょいのちょいやで」
「どうしてそんな自信満々なの……?」
「ジョゼ、無理という言葉は嘘吐きなんや。できると思ってやってれば必ずできる」
「洗脳しようとしないで」
「なんだかんだ言いながら手伝ってくれるジョゼが好きやで」
「何でもかんでもそういうふうに言っておけば納得すると思わないでね」
「かーらーのー?」
「………」
「……行ってきまーす」

レオは気まずそうに路地裏に降りようとする。
そこで振り返って
「……かーらーの?」
「行ってらっしゃい」
「はい」
つべこべ言わずに行けよ、とジョゼが目で語っていた。


「はーっはっはー!」
「むっ、いたぞ!」
「(なぜそこで高笑いするのレオちゃん……)」
「さっきはさんざん追いかけ回しよってからに……これをみい!」
ばーん、とレオが天高く右手に握った杖を掲げる。
近衛兵たちは警戒するようにそれを見て、しばし動きをとめた。
「……なんだ?」
「杖?」
「このその辺のオヤジからパチった魔法の杖があればアンタらなんかイチコロやで」
「なんだと!?」
「(なんでいちいち説明しちゃうんだろうあの人)」
「ほないくでー!」
レオが素早く呪文を唱え、辺りには魔力の渦ができる。レオの体からバチバチと雷光がほとばしり、近衛兵たちに緊張が走った。
「っ、防御態勢!」
「(すごい! レオちゃん本当に魔法使えたんだ!)」
「はーっはっはっは!」
レオの高笑いが木霊する中、雷光のほとばしりが一点に収束し、まばゆい光の帯となり、

ぽす、という小さな音とともに辺りに渦巻いていた魔力が消失した。

「(……ん?)」
「……ん?」
「……えーっとな、ここまでしか覚えとらんかった。『ライトニング』の呪文」
「………」
「あ、あれなら分かるで! 『エネルギーボルト』! 確か……」
「確保ぉぉぉ!」
「秘策発動ぉぉぉ!」
「(秘策って逃げることかよ)」

レオは大きく踵を返し、城下町を走り抜けていった。続いて、近衛兵たちがそれを追っていく。

「……あ、結果オーライ?」
ぽつねん、と残されたジョゼはようやく自分がフリーになったことに気づいた。
「……回収してあげるか」
するっと屋根から降りると、周りに人がいないことを確かめながらレオのあばら家に入った。

相変わらず酷い散らかりようだ。とても人の住処とは思えない。酒瓶が転がりっぱなしの屋内を、足の踏み場を探しながら進む。
「あ、あったあった」
化粧台の上に、その銀細工はあった。それを手に取り、しげしげと眺める。
ジョゼもこれをじっくり見るのは初めてだった。銀細工の中に碧い宝石が収められており、深みのある濃淡が見て取れる。美しいが、華美なものというよりは、落ち着いた色合いのものだ。
なんとなく髪に当てて鏡台を見てみる。
「んー……あんまりか」
悪くはないが、ジョゼの黒髪を飾るには少し色味が抑えられすぎているようだった。
「……?」
なんとなくくるくると回してその銀細工を眺めると、裏側に何か紋章が彫られていることに気づく。
なんとなく、見覚えがある。これはなんだっけとジョゼが考えていると

バァン!

と勢いよく扉が蹴破られた。
続いて三人の衛兵が中に入ってくる。
「動くな!」
あっという間に鎧姿の男たちに囲まれ、ジョゼは両手を挙げた。
「抵抗しませーん。助けてくださーい。全部レオちゃんが悪いんですー」
「残念だが君もつれてくるように言われている。さぁこちらに――」

――「ぐーるぐーるぐーる」

「?」
謎の声が辺りに木霊する。衛兵たちが辺りを見渡し、ジョゼもきょろきょろとする。謎の声は次第に強まり、気分が悪くなるようなリズムで続き、そして

バキィ!
――「三倍『スリープ』ッ!」

天井を突き破って現れた金髪が叫んだ声で、兵士たちはバタバタと倒れていった。

金髪のエルフ――レオはカッコイイ着地ポーズを決めながら嘯いた。
「――思い出したわ。魔法の使い方」
「……どうやんの?」
「こう、バーっとやってビーっとやる感じや」
「うわぁ感覚的ぃ」
「まぁそんなことええねん。ジョゼ、大丈夫か?」
「うん」
「よーし、じゃあとりあえず逃げるで。ウチのこと最後まで追ってたやつらが合流する前に隠れんと」
「……死んでないよね兵隊さんたち?」
「寝とるだけや。いくで」
レオが先に外を警戒しながら出ていくので、近衛兵に障らないようにゆっくりとそのあとを追う。
途中、本当に死んでいないかだけ確かめようと近衛兵の顔を覗き込むが、案外幸せそうに寝ているのでジョゼは気にせず外に出た。
「……?」
しかし、何か違和感を覚える。今何か、既視感のようなものを感じたような。
「ジョゼ、いくで」
「あ、うん」


そして、再びの城門の櫓の上。
「ねぇレオちゃん、なんか兵隊さんが担架で運ばれてるよ?」
「なんやろな? 無理な稽古でもしてたんかな?」
「あ、そうだ。レオちゃんこれ」
「お、あんがとー。これでパーフェクトレオや」
「謎だ」
ジョゼの手からレオがそれを受取ろうとする。
その時、ジョゼはその手の中でその裏面を見た。

――あ。

「やっぱこれないとなー」
「……れれれれれレオちゃん?」
「んー?」
「近衛兵さんの鎧に描かれてるマークってさ」
「あれか? あれはここの王様の紋章やで」
「だ、だよねー……それでさ」
「なに?」
「レオちゃんのその髪飾りについてるマークってさ」
「これか? これはここの王様の紋章やで」
「だよねー」
「そうやで」
「さよか」

………。

「どどどどどういうこっちゃねん!?」
「落ち着けジョゼ、口調移っとるで」
「落ち着けないよ!? 絶対レオちゃんごときが持ってるようなものに描かれてていいようなマークじゃないよ!?」
「ごときって何や! めっちゃ美人やろが!」
「どどどどどどういうこと!? レオちゃん実は王様の娘なの!?」
「違う違う。今の王様はアンタと同じくらいやし、前の王様もウチより年下や。その前の王様はまあまあそんくらいの年やけど、ウチのおとんは別におるで。もう四十年はあっとらんけど」
「じゃあなんで」
「そりゃあ」
レオはあっけらかんと言った。
「これ前の王様からウチがパクったもんやし」
「……きゅー」
「おいジョゼ!? 気絶すんな! ここめっちゃ高い! めっちゃ高いからぁー!?」


<レオーナ・レオの供述>


……落ち着いたかー? うちの腕力でも支えられる細身でよかっ、痛っ! ぶつな! ぶつな!

まぁ分かる。ジョゼの言いたいことも分かるわー。ホント分かる。ただまぁお姉さんの話も聞きなさい。損はさせんから。

この髪飾りは確かに前の王様からパクったもんなんやけど、別にこれに関しては罪を問わないってことになっとるんよ。まぁいろいろあったわけや。

色々は色々や。といっても納得できんやろから軽ーく掻い摘んで話したる。

前の王様が王子様のころや。結構歳いっても嫁さんもらわない王子様やったもんやから、周りが結構いろいろお世話しててな。まーウチがあっちこっち引っ張りまわしてて社交界とかいっとらんかったからという説もあるんやけど。
まぁええわ。そんでな? ある日結構いいとこの貴族さんが自分の娘をどうか、ってな具合で王子様に見合い話持ってきたんよ。家の格式も高いし、本人もめっちゃ美人。とんでもない好物件だったわけな。
王様になるって難しいんやで? 王子様なんてゆーても権力なんて最初はほとんどないんや。だから、嫁さんの実家の力を借りるってのがいっちゃん簡単なんやな。そういう意味であの嫁さんは好物件だったわけや。美人やったし。

んでなー、あの男がその貴族様の娘に贈り物をするっていうからそれ見に行ったんよ。そしたらまーひどいセンスでな? 嫁さんの顔みたことないんかってぐらい似合わんかったんよ。んでまぁ、そんなもん渡してしまったらせっかくの良縁が壊れるおもてなー。
だからインターセプト? パスカット? まー、ようは渡す前に止めたんよ。こうな、銀細工師のおっちゃんの工房からちょいとな。
んで、別の贈り物を作らせて、ウチはこれもろたんや。結果縁談はうまくいって、あの男は無事に王様になったわけや。めでたしめでたし。


<6>


「などと供述しており……」
「大筋は間違っとらんって。まぁ一回めっちゃいろんな人に怒られたけど、あの男が不問にするゆーたんやから不問や。今更追われる理由なんかあらへんわ」
「実際に追われてるんだよなぁ」
「やからな、たぶんそれが理由ちゃうんやと思うんよ」
「まだ何かやったの? もう私レオちゃんを突き出して自分だけ助かろうと考えてるよ?」
「まてまて、それが通じる条件かもわからんうちに友達を売らんでくれ」
「……友達ってなんだろうね」
「哲学やな」
「きっと普通の友達は一緒に王様の兵隊から逃げたりしないと思うの」
「貴重な体験ができてよかったやん。きっと人生で二度とないで」
「レオちゃんは何度目?」
「五回から先は覚えとらんな」
「結構早く数えるのやめてるね」
「まーあの男と付き合っとったら自然とトラブルに巻き込まれるようになったんや。ウチのせいやない」
「……ねぇレオちゃん?」
「うん?」
「前の王様とレオちゃんってどんな関係だったの?」
「ただの友達やで」
「……へー」
ジョゼの訳知り顔に、レオが困った顔で笑った。


<7>


青年は憮然とした顔で玉座に座っていた。
「……取り逃がした、というわけか。どちらも」
「恐れながら」
「……もうよい、下がれ」
近衛兵は少し震えながら玉座の間から去っていった。
「はっはっは、苦戦しておりますなぁ」
初老の男が青年の傍らで大笑いをしている。青年はそれを恨めしそうに睨んだ。
「……貴殿は本当に楽しそうだな」
「恐れながら、楽しんでおります」
「最初から貴殿に任せてしまうほうが早かったか?」
「アダダ持病の癪が」
「私は貴殿ほど健康体な老人を見たことがないな」
「まー、不可能ではないと思いますが自信はありませんなぁ」
「そこまでレオーナ・レオというエルフは手ごわいのか」
「いえ手ごわくはありません。その辺の海女の方が強いまでありますね」
「近衛兵が何人も撃退されているようだが?」
「手強いというより、厄介というのが正しいですな。例えるなら盤上遊戯をしているのにいつの間にか目つぶしを食らっているような感覚です」
「分からないぞ?」
「私もよくわかりません」
「……何故そんな女がこの件に絡む。面倒この上ない」
青年は嘆息してがっくりと肩を落とす。初老の男はそれをみてまた大笑いをした。
「それでは罠を見てまいります」
「罠?」
「まぁー、かかるかかからないかは分かりませんが、今回はレオーナと一緒に行動している娘がいるわけですからな。おそらくかかるでしょう」
「そんなものがあるなら先に言ってくれ」
「はっはっは。これは失敬」


<8>


「ええか、なんでも物事には理由っちゅーもんがある。近衛兵がウチらを追う理由はなんや?」
「レオちゃんが悪い?」
「ちゃうで。……たぶんちゃうで。そうやなくてな」
「つまり、兵隊さんが出張ってくる理由ってこと? そんなのそう命令した人がいるってことでしょ」
「そーそー。そういうことや。で、追ってくるのは近衛兵。つまり」
「命令したのは王様ってこと?」
「ええな。ウチの思考が分かってきたんちゃうか?」
「うれしくないなぁ……」

 櫓からするすると城内に降りると、物陰で話を始める。

「ウチはこれから王様に直接話を聞きに行く」
「……え、自首するの?」
「ちゃうちゃう、捕まらんて。まぁちょっと不法侵入することにはなるかもしれんけど」
「捕まる理由を増やしてどうするの」

 ジョゼは気付いていないが、すでに王城の外壁を越えているので二人とも犯罪者である。

「気になるやんか」
「?」
「……あいつが死んだあとに、ウチなんかに何の用があるか」
「……」
 少しだけ、しんみりした顔をしたレオに、ジョゼはそれ以上何も言えなかった。
「というわけで、今から城の中に忍び込むルートをいくつか教える」
「やめて。そんなものいくつも教えないで。私は平穏に生きたいの」
「んー? 一緒に行かへんの?」
「……行くけど。だってここで捕まったら私別の罪に問われそうだし」
「だったら幾つか知っておいた方がええと思うで? 一個ダメだったときに別の方法で入らないかんし」
「ええ……? いいよ、レオちゃんが入った後に入るし」
「んー……」
「ひぇ?」
 レオがおもむろにジョゼの尻を揉んだ。
「んー……まぁイケるか?」
「なにすんのぉ!?」
「えっへっへ、姉ちゃんいいケツしとんのぉ?」
「ほあああああ!?」

 ※ジョゼはファイター5あります。


<9>


「つまり、小さな穴とか通れるか確かめた、と?」
「はひ、すびません」
「なにそのタラコ唇。ふざけてるならやめて」
「………」
 口の中がボロボロなのだが反論するたびに叩かれるのでもう黙るしかないレオは、近くの野草を摘み取ると口の中に入れる。
「んぐぇ……いったぁ……」
「……レオちゃん、そこまで……(ホロリ)」
「ちゃうわ、治療しただけや……お、ようやくまともな発音できるで」
「たとえそれが薬草だったとしてもそんな速さで効いたりしないと思う」
「まぁ思い込みも力やな。さて」
 そんなんでいいのか、と思いながらジョゼはレオに続いて立ち止まった。
「……ここ?」
「うん」
「……なにこの穴」
「子供の頃のウチが開けた穴」
「もうなんか犯罪とかそういう次元じゃないよ。普通に縛り首になるようなことしてるじゃん」
 城の壁になぜかレンガが外れるところがあり、人がひとり通れるほどの大きさの穴を開け始めるレオに、もはや当たり前としか言えないツッコミしか出来なくなっているジョゼ。
「中入ったら物陰に隠れててな。ウチが入るまで動かんこと」
「ええー? レオちゃん先行ってよー」
「いやー……先行ったほうがええと思うで?」
「やだ、レオちゃん先行って」
「分かった。わかったから拳振りかぶらんで」
 もぞもぞとレオは中に入る。ゲホゲホと咽る声が聞こえた。
「くそっ、掃除係がサボっとんな……ゴホッゴホッ」
「抜けた? もう行っていい?」
「あー、ええで」
「分かったー……ん?」
 ぐぃっ、と体を押し込んだジョゼの下半身に違和感。
「……あれ?」
「……あー……」
「ちょ、ちょっと……まって」
「まぁ、成長期やしな。気にせん方がええで?」
「待って待って、レオちゃんの方がお尻ちっちゃいの!?」
「ほら、ケツに力入れんかい。こっちから引っ張ってや――」
 と、レオがジョゼの手を引っ張ろうとしたところ。
「うわっぁ!?」
「ぼげぇえ!?」
 ジョゼの体がぐわんと外側へ引っ張られた。鼻から壁にぶつかるレオを一瞬見たが、そんなことより。
「はっはっは! よい尻ですなお嬢さん」
「うわぁあ!?」
 次の瞬間には初老の男が仕留めたウサギでも持つようにジョゼを持ち上げていた。


<先代王妃の話>


 ……私から話すことなどありません。
 私にも、プライドがありますから。


<10>


「死にかけの爺に捕まるなんて、ウチも衰えたなぁ……」
「はっはっは!」
「……近衛兵から半日逃げ回っておいてよく言う」
 ジョゼとレオを捕まえた初老の男性は、一人ずつ腕を片手で締め上げて玉座へとやってきた。
 玉座に座る青年は呆れたように三人を出迎えた。
「お初にお目にかかる。私はガシオン、エーファ―の第十二代国王だ」
「うわー……ホンモノの王様だぁ」
「知っとるわ……いだだだだだ!?」
「はっはっは! あまり舐めた口を利かないほうがいいぞ~」
「………」
 ガシオンは少し苛立たし気な顔をしたが、溜息をつくと立ち上がり、腕を締め上げられて顔を歪めるレオにつかつかと歩み寄った。 そして銀細工の髪飾りをその金髪から取り上げた。
「いっ……! 女の髪に触れるときはもっと優しくっておとんは教えんかったんかい!?」
「残念ながら、先代が私に女性の扱いを教えることなどなかったよ」
 あしらうような言い方で冷たい目線を向けると、ガシオンは視線を落として銀細工を見る。
「……ふん、どういうわけか、我が王家の紋章であるようだ」
「……なんや、それが気になったんかい。別に要らんで、盗んだものやし。欲しかったら返したるわ」
「それほどことは単純ではないよ」
 ガシオンは少し嘆息すると、また玉座に戻った。

「……当然だが、私生児であっても王族は王族。血の定めからは逃れられない」
「……何言うてんねん?」
「分からないかい? 父の不始末を私がつけようというのだよ」
 ガシオンはレオとジョゼをにらみつけると、何か羊皮紙を数枚ぺらぺらとめくって見ている。
「当時、我が母……先代王妃は父との縁談の際、贈り物を賜ったそうだ。結納品としてな。だが、その前にその結納品を盗んだ女がいたそうだ。不届き千万ではあるが、古い縁のあるものだったためそれを不問とし、新たな結納品を拵えた。……それは、耳飾りであったそうだ。黒髪に似合う、色味の強く豪奢な耳飾りをな」
「………だからなんやねん。髪飾りを盗んだのは確かにウチやけど、あい――先代さまが不問にするゆうたもんをアンタがほじくり返していいとはならんやろ」
「それはもちろんそうだ。が、当時の父がどういう心持ちだったかは伺えるな」
 ガシオンはそれを掲げる。
「これは確かに、黒髪には似合わない」
「!」
「もちろん先代王妃もまた、黒髪だ。これを彼女に送るなど、よほどのセンスをしていたか、もしくは」
「………」
 もちろん、ジョゼにだって彼の言いたいことは分かる。
 その髪飾りは本来別の誰かに送られるはずだったということだ。

 そして、何故か。レオの髪にその髪飾りはとてもよく似合う色味であった。

「…………」
 レオはそれに対して何も語らない。
「……もちろん、父の懸想を今更問いただしたりする気はない」
「だったらほっとけ――いだだだだだ!」
「だが、王家の血が本来の手順を踏まず外へ流れるのは頂けない。キチンとした手順や国儀を通して行ってもらわねばならない」
「……?」
 ここに至り、あれ、なんで私ここにいるんだろう、とジョゼに疑問が出る。別に私、本当に関係ないのでは。
 しかしガシオンの視線はジョゼを捉えた。
「君と父の間に生まれた彼女を――」
「………???」
「はぁ? 何言うてんねんおま――いだいいだいだい! アンタウチが口開くたびにやってへんか!?」
「だから、そこの君の娘を――」

 ぽくぽくぽく、ちーん。

「あの、一ついいですか?」
「ああ、許そう」
「……私別にレオちゃんの娘じゃないです」
「…………」

 一瞬の静寂。

「隠したところで調べればわかることだぞ? いちいちこちらの手を煩わせても君達にいいことなど――」
「えっと、私はジョゼって言いまして、父は――」
 そこでジョゼは自分の出自を説明する。
「……だ、だが君が関係ないとして、彼女のこど――」
「――こや」
「……? 何か言ったか?」

 レオが口を開く。大きく。大きく。

「ウチはオボコやぁあああああ!」

「……すまない、近衛兵長。彼女は今何歳なんだ?」
「私より少し年下くらいではないですかね?」
「うわああああああああああああん!」


<11>


「……あの、レオちゃん」
「……なんや、ジョゼ」
「……なんでもない」
 なんか呼ばれた女性の医者に連れられ別室にレオが連れて行かれ、ガシオンに彼女が耳打ちすると二人は解放された。
 すでに空はすっかり夕暮れ、二人はとぼとぼと歩いていた。ジョゼは少しげっそりしていて、レオはすこしシクシクと泣いていた。
「なんでこんな目にあわにゃならんのや……女の子やぞ、ウチ女のコやぞ」
「……災難だったね?」
「ふぐぅ……ひっく」
「あ、あのぉ……?」
「乙女を追い回してくっさいとことか高いとことかに追いやって最後に縛り上げてあんなこと言わすなんて……」
「それはたぶん全部レオちゃんが勝手にやったんじゃないかな……」
「あのぉ!」
「?」
 ようやく、レオとジョゼの周りをぐるぐる回っていたタビットに二人は視線を移した。
「あー、やっとこっち見てくれた」
「なんや、見世物ちゃうで!」
「レオちゃんどーどー」
 今にも噛みつきそうなレオを抑えて、タビットを見るジョゼ。
 彼女は何かを抱えていた。
「よかった、今朝なんかすごい具合悪そうだったから後にしたらずっといないし、家壊れてるし。今日中に渡せないかと思ったよー」
「なんやねん一体……?」
「これ、前の国王さまからの手紙!」
「…………」
「…………」
「あれ? あれ?」
 苦虫をかみ潰したような顔をする二人。タビットは知らないが、今まさに王家に関わりひどい目にあってきた二人なのでその反応はさもありなんというところだが。
「あいつから手紙? なんやねん……」
「さぁ? 中身は知りませんよ、余計なことに関わって面倒なことになったら嫌なんで。私は渡してくれって言われただけですし」
 はー、なんでタビットに頼むんですかねぇーエルフでも人間でもよさそうなのに。などとタビットはぼやきながら、それをレオに押し付けると、さっさとどっかへ行ってしまった。
「……」
 ジョゼはなんとも言えないような表情でレオを見た。また面倒にかかわるのもごめんだが、彼らの事情を少しでも知ってしまった身としては、先代国王が最期に彼女に残した言葉を知りたいとも思う。
「…………」
 レオは少しの躊躇いの後、シーリングを外した。


<12>


 翌日。
「あ、ジョゼちゃん? その、昨日あの後レオちゃんどうしたの? 今日もお休み?」
「あ、あのぉー……組合長、その、実は」
 海女が集まって船の用意をしているところにジョゼが出ていくと、もじもじと組合長に切り出した。
 その隣に、例の金髪はいない。
「あの、レオちゃんは……旅に出ちゃいました」
「…………はぁ?」


「あっひゃっひゃっひゃ!」
 突然、あの手紙を読みだしたレオは大笑いし始めた。
「なになに!? どうしたの!?」
「あっひゃひゃ、アイツぅ、分かってんなぁ!」
「何が何が! 何かいて――!?」
 ちぃーん、と。何が書いてあったか知りたかったジョゼがのぞき込む前にその手紙でレオは鼻をかんでしまった。
「えええ!? 国王様の手紙でしょ!? 何やってんの!?」
「そぉい!」
「ええええええ!?」
 鼻水がついていい感じの重りになったのか、丸めたからか、それは大きな放物線を描いて川に落ちる。
「えええ捨てていいの!?」
「ええねんええねん、そいや!」
 そのまま、レオはたまたまそこに止まっていた川渡しの船に乗り込んだ。
「どしたの!? 何があったの!?」
「あー、ジョゼ! ウチちょっと旅に出てくるから!」
「はぁあ!?」
「心配せんと、そのうち帰ってくる! おっちゃん頼むわ!」
「あー? レオ、ウェルマーンにでも行くのか? それともユレヒト?」
「どこでもええて! とりあえず出して!」
「ちょー!? いきなりすぎるよ!? せめて何があったか教えて!?」
「へっへっへ。昔馴染みの頼みや! ちょっと頑張ってくるわー!」
「えーえーえー!?」


「って」
「えぇ……?」
 困惑する組合長に、周りの年老いた海女が笑っていた。
「なんか昔みたいねぇ」
「昔?」
「なんか昔も突然フラッと居なくなって、フラッと戻ってきたものよあの人。ここ何十年もなかったけど、何か吹っ切れたんじゃないかねぇ」
「えぇ……?」
 ジョゼには何があったのかよくわからない。
 でも、なんだか。一度もそんなこと見たことはないけれど。
「……なんか、レオちゃんらしい」
 ぼそっと呟くジョゼに、また海女たちは笑い、組合長は頭を抱えた。


<13>

「……貴殿は知っていたのか?」
「まさか。……ただまぁ、そんな不義理をするような二人ではなかったとは思っていましたよ」
「…………」
 ガシオンは仏頂面で頬杖をついていた。
「ではなぜ父は今わの際に彼女に手紙なぞ送ったのだ」
「……さぁて、数十年来の友達に最期に送る手紙などまだまだ私にはわかりかねます」
「……貴殿はいつまでも元気だと確信できるよ」
「さて、だいたい話はまとまったと思いますが、調査を続けますか?」
「ん……、そうだな。軽くあの二人の身辺を調査するだけでいい。エルフの貴族たちもそれで黙るだろう」
 青年は瞳に暗い色を溜めていた。
「この国に、エルフの王族など要らないからな」
「…………」
 初老の男は目を伏せ、その場を去る。
 男は弁えていた。青年の闇に、自分ができることなどあるはずがないと。
 願わくば、先代に彼女が現れたような、そんな出会いがあらんことを。


<14>


「かーぜーはーどこへー」
「レオ、なんか顔に文字写ってるぞ」
「はよいわんかいボケじじい!」

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最終更新:2022年11月15日 18:38