モナコ音楽祭での新たな刺激を胸に秘め、彼らはシンガポール、香港へと飛んだ。そこではやはり初めての出逢いがあり、感動があった。また新しいプロジェクトへ向って動き始めたCHAGE&ASKA。今月から彼らのドラマチックな動きを、14年間彼らと共に歩んできたライター・小森クスコが報告します。
CHANGI AIRPORT。チャンギ空港と読む。まるでCHAGEの名前がなまったようなシンガポールの空港名。
「写真撮って、ファンクラブの会報に載せようよ」
スウェット地のジャケットを腰に巻きながら、CHAGEが空港の正面に掲げられた巨大な看板を指してスタッフの笑いを誘った。
五月十四日、午前九時、ニースからパリを経由して十三時間。C&A一行はシンガポールに降り立った。
「あー、飛行機の中でこんなに寝たの、はじめてだよ」
イミギュレーションへ向かう間、ASKAがGジャンを片手に大きな伸びをした。
ベッドで深い眠りについて、朝目覚めたらそこはシンガポールだった。そんな感じの、とても理想的なフライトだったといえるだろう。移動の間に疲れをとっておかないと、最後までもたない。そう、私たちの度はまだまだ続くのだ。
モナコ音楽祭終了後、シンガポールに四日間の滞在。その後は香港が待っている。モナコ、シンガポール、香港の三か国計十二日間の旅。滞在目的はプロモーションである。
シンガポールではドラマ「101回目のプロポーズ」のオンエアで「SAY YES」が大ヒットした。「SAY YES」をきっかけに他のアルバムにも火がつき、レコード店では輸入が間に合わず、欠品状態が長いこと続いていた。レコード店で「日本のCD置いてありますか?」と尋ねれば、すぐに「CHAGE&ASKAのCDですか?」という答えが返ってくる程、日本のCDイコールC&Aの図式が出来上がっている。ちなみに現在、海外盤セールスの売上げはマイケル・ジャクソンに次いでC&Aが第二位。このままいけばマイケルでさえも抜いてしまいそうな勢いがあるという。
「そんなことはない。おれは信じていない。シンガポールエアラインのスチュワーデス、おれたちのこと全然知らなかったもん」
機内でスチュワーデスに本名・柴田を「ミスター・シビタ」と呼び間違われたことに腹を立てての発言かどうかはわからないが、CHAGEが口を尖らせる。同じく本名・宮崎を「ミスター・ミタザキ」と呼び間違われていたASKAも続ける。
「うん、話し半分にとったほうがいい。みんなオーバーにするのが好きだからな」
でも、ふたりは空港ロビーで待ち受けていた女のコの集団を目にして、やや本気になる。ふたりの姿を見つけた彼女たちは、一斉にCHAGEとASKAの名前を呼んだ。
「Stop! Please!」
ふたりのもとへ駆け寄る女のコを制止するスタッフの声が響く。たくさんのスタッフにガードされながら、滑るように車に乗り込むCHAGE。続いてASKAが身をかがめようとしたとき、集団の中の何人かの女のコがサイン帳を差し出した。
「……Sorry」
すまなそうにASKAが謝る。サインをしたら、たぶんもっと大騒ぎになる。空港の他のお客さんの迷惑を考えたら、すぐにこの場を立ち去ったほうがいい。
女のコたちの落胆のため息を背中に受けて、ASKAも車に乗り込んだ。行き先は宿泊するラッフルズホテルだ。
翌日からハードなプロモーション活動がはじまった。記者会見、新聞、雑誌取材、テレビインタヴュー、コンサートムービー『GUYS』試写会の舞台挨拶……。
レコーディング以外で現地に深く入り込んでの仕事は初めてのことだったから、戸惑うことも多かった。まず、ジャーナリストのほぼ全員が時間を守ってくれない。遅れてくる、取材時間をオーバーするで、決められたタイムスケジュールに支障をきたした。
「すいませんね。お国柄、シンガポールの人はなかなか時間を守らないんです。本当にすいません」
ひとつの仕事が終わる度に、キャニオン・シンガポール支社の細字慶一氏が、こんがりと焼けた肌に汗を滲ませながらふたりに謝る。彼はすべてのスケジュールを組んだ、現地でのヘッドである。
「仕方ないですよ。逆に日本人が時間にこだわりすぎるのかもしれないし」
いつも時間には厳しいCHAGEが、笑顔でサングラスをはずす。でも、細字氏は何度も「お国柄」を口にして頭を下げる。その度に横で目を伏せている少女がいた。
彼女の名前はツァン・チャーシュエン。愛称は「かっちゃん」。まだ高校生だが、日本の音楽に詳しいこともあって、今回はC&Aの通訳の補佐を務めてくれることになった。
「のんびりしているってことだよ。平和な国の証拠だよね」
ASKAがかっちゃんを気づかって声をかける。
「いいえ、時間を守らないのは本当のことですから。そういうお国柄なんです」
かっちゃんは細字氏の言葉を真似して、笑顔で顔をすくめた。
でも、C&Aにはもっと別に気がかりなことがあった。
「僕らの言葉が本当に伝わっているんだろうか。通訳が入ってのインタヴューで、細かいニュアンスまで伝わるのだろうか」
答えた後の相手のリアクションが、期待しているものとは違うことが少なくなかった。
いつものCHAGEのとぼけたギャグも空を切る。
「ジョークのニュアンスが絶対伝わっていないんだよ」
ASKAは真剣に悩んでいた。受けを狙ってのジョークも、通訳というフィルターを通してニュアンスが削られたときは、相手を侮辱する発言にもなり得る。
「ギャグって、ニュアンスが伝わらないと、バカにしてるだけに聞こえちゃうもんなあ」
CHAGEが珍しく神妙な顔をする。実際過去に誤解を受け、現地のメディアに叩かれていた日本のアーティストがいたこともふたりは知っていた。
以来、ふたりは実に真摯な態度で取材陣に接した。各新聞はC&Aの記事をトップで扱い、それが好意的な文面であることを知って、彼らは胸をなで下ろしていた。でも、かっちゃんから、また落ち込む話を聞くことになった。
一部の現地スタッフが、C&Aは高慢だ、横柄だと囁き合っているという。取材陣同様にスタッフには誠意をもって接してきたつもりだったし、誤解される発言をした覚えもない。
「サインです。C&Aはファンにサインを求められても断ってきたでしょう? そのこと、一部のスタッフがよく思ってないんです」
かっちゃんの目は真剣だった。
「シンガポールではサインを求められて断るアーティストはいないんです。なぜなら、それが第一のファンサービスだから」
空港での女のコたちが漏らした落胆のため息をASKAと思い出していた。背中に受けたあのため息は、確かに重かった。細字氏が言う「お国柄の違い」が、ひどくのしかかってくる。
沈黙が続く中、プロデューサーの渡辺徹二氏がそっと口を開いた。
「ひとりにサインをするとみんなが騒ぐでしょう? そうすると他の人に迷惑がかかる。だから丁寧にお断りをするんだ。僕らはファンを拒絶しているわけではないんだよ。それぞれの国にはそれぞれの常識があるから、ケースバイケースで取り組んでいかなければいけないのも理解しているつもりだしね」
あくまでも状況判断の末の結果であることを渡辺氏は強調した。
「わかりました。誤解しているスタッフには私から話をします」
翌日からの彼女の奔走で、スタッフの誤解は難なく解けた。
自分たちの常識とは別の次元で存在する「常識」。この毛色の違う常識を認めようとする努力こそが、その国へ深く入る術であることを、私たちは学んだのだった。
香港では二~三年前から現地の人気シンガーにC&Aの楽曲がカバーされ、「C&Aを歌えば大ヒットする」と言われていた。本家本元C&Aのアルバムも人気が出始め、香港のためだけに制作されたベストCD『雨心知』(広東語で「はじまりはいつも雨」の意)を5月にリリースするまでに至った。『雨心知』はウー・シン・チーと読む。もちろんCHAGEもASKAも読めなかったタイトルだ。この『雨心知』も発売と同時に完売。駅張りの告知ポスターは次から次へと盗まれる。楽曲の人気にC&A人気が一気に追いついた状況といえるだろう。
香港では、メインとしてラジオ公開録音が待っていた。日本から合流したバックバンドのブラックアイズを従え、香港で初のC&Aライヴの決行である。
香港サイドのリクエストで選曲されたのは「僕はこの瞳で嘘をつく」「SAY YES」「終章」「男と女」「PRIDE」の五曲。現地でC&Aの楽曲をカバーしているシンガーたちによるライヴも組み込まれていた。出演者はルイ・フォン、K.C.リー、アンディ・フイ、そしてサリー・イップ。
ラストはC&Aと彼らのジョイントによる「男と女」で、ライヴは締めくくられる段取りだ。
会場は香港島サイドにあるA.P.Aホール。リハーサルにはたっぷりと時間がかけられた。最後はこの日の目玉である「男と女」だ。
「えっ、サリー・イップって女性なの? おれ、てっきり男かと思ってた」
ステージにいちばん最後に現れたサリーを見て、ASKAが驚く。
「サリーって女の名前に決まっとろうが。『魔法使いサリー』という偉大なアニメを知らんのか、おまえは」
CHAGEがASKAを見て呆れる。ところが、これがアクシデントの発端になった。
「男と女」のジョイントが決定したとき、ASKAは現地のシンガーのキーの確認を求めていた。「全員C&Aのオリジナルキーで大丈夫です」。スタッフの返事だった。中に女性がいることを知っていたら、納得していなかったことだ。
でも、サリー・イップは女性だった。ただでさえ高いC&Aのキーで歌えるはずがない。ASKAは現場で再度スタッフに確認をした。でも、サリーの返事は「オリジナルキーで」。
しかし、サリーはリハーサルで声を出せなかった。サリーのいうオリジナルキーとは、つまり自分のキーだったのだ。それをC&Aのオリジナルキーと間違えて受け止めてしまったスタッフ。
急遽、サリーのパートだけ転調することになった。
そして、ようやくサリーは「男と女」にジョイントすることができたのだった。
アクシデントはあったものの、ライヴは盛り上がり、きてくれたお客さんの誰もが感動を胸に会場を後にした。満足した人だけが発散する、あの独特な熱気を漂わせながら。同時にC&Aもこの日のライヴに感動していた。
「一生懸命C&Aの歌を聞こうとしてくれているお客さんの顔に胸を打たれたよ。音楽が言葉を超えた瞬間をはっきりと感じた気がする」
CHAGEがポツリと漏らしたこの言葉こそが、今回の旅の目的だったのだ。
CHAGE&ASKAはメロディーでふたつの国の人々と会話をしてきたのだ。お国柄による小さな誤解も摩擦も、メロディーが解決してくれるだろう。
「今度はコンサートでこよう。きっといいものができるよ」
ASKAが自信をもって言った。
そのときには、音楽が言葉を超える楽しさを「感じる」だけでなく、十分に「味わう」ことができるはずである。
最終更新:2025年12月22日 00:39